魔法少女まどか☆マギカ [新編]救済の物語(完結) 作:曇天紫苑
「で、何だよ」
杏子は、胡座をかいてカップうどんを片手に持ちつつも、私をじっと見つめていた。
此処は私の家の中である。電話に出た杏子も暇だったらしく、すぐに来てくれたのだ。正直、杏子はさやかと一緒に遊んでいるとばかり思っていたから、すぐに受けてくれたのはありがたくも、意外だ。
しかし、その内心で微かに抱いた意外さは即座に消えて、私は杏子の姿をしっかり捉えた。
私の知る彼女より穏やかさが目立つ、その表情。険が取れていて、頼りがいの有りそうな印象だ。今まで見てきた佐倉杏子の中でも彼女は抜群に安定感が有り、なおかつ悪ぶった所が見当たらない。
今の杏子は好意を抱ける人間だが、私の知る彼女より孤高さが薄れている分、独立した戦力としては期待出来ない。けれど、相談相手としては抜群に魅力的だった。
きっと、傍に居てくれる人の存在が彼女を変えたんだろう。恐らく、その人物は青い髪をしているに違いない。
「佐倉さん。貴女、ケンナが何処に住んでいるのか、知らないかしら?」
前置きをする気は無く、ストレートに問いかける。
それを聞いた杏子はカップうどんを食べる箸を止めて、私の顔を見た。私にそんな質問をされるとは思わなかったのか、怪訝そうな色が見て取れる。
けれど、聞かれたからには答えるつもりなのか、彼女はうどん片手に肩を竦めた。
「知らないな。大体、ほむらの方があいつとは仲良いじゃねーか。あんたが知らないなら、あたしが知ってる訳無いだろ」
その通りだ。私が教えて貰えないのに、杏子が知っている筈が無い。仮に『私の知らない何か』を知っていたとしたら、その方が辛いくらいだ。
でも、何かの手掛かりを求める私にとっては、必要な問いかけだった。
「でしょうね。でも、もしかしたら、と思って……」
「まさかと思うが、ケンナに嫌われてる、とか思ってないだろうな?」
「そんな事は無い、と思うわ」
そう、嫌われているとは思わなかった。
毎日の様に話しかけてくれて、二日に一回のペースで遊びに誘ってくれる。彼女は、まどかの居ない灰色の世界を素敵な光で彩ってくれていた。
だから、嫌われているとは思えないし、思いたくない。
でも、どうしても気になるのだ。理性は『ケンナが隠したがっているのだから、尊重しなければ』と考えているのに。
「放課後に二人で遊びに行っても、一緒に登校する時も、一緒に帰る時も、マミの家に魔法少女の事で話をする時も、あの子は絶対に教えてくれないのよ……」
ケンナは必死に隠しているのではなく、やんわりと隠してくる。そういう態度を取られると、私も言葉を紡ぎ難くなってしまうのだ。
「そうなのか? でも、何でそんなにあいつの家の場所に拘るんだ? あたしなんか、さやかの家に入る前はホテルを無断で使ってたんだぞ。あいつだって」
「その場合は、私の家を使って貰いたいと思っているわよ」
「……お前ならそう言うと思ってた」
余りに返事が素早かったので杏子に引かれた様だけど、気にしない。だって、事実だからだ。
少なくとも、ケンナが自宅を隠す理由が『ホームレスだから』なのであれば、私は即座に自分の家に彼女を住まわせる事を決意する。他の人間ならともかく、彼女であれば大歓迎だ。
でも、そうではないという直感が有った。彼女にはもっと、深い秘密が有る様な、そんな気がしていたのだ。
「お前、ケンナにだけは態度が違うよな。あたし達に接する時は時々棘が有るってのに、あいつにだけは妙に温いって言うか」
「ええ。彼女にはどうも強く出られないのよ。昔の友達によく似ているから、つい……」
ただ、似ているだけなのだろうか。自分で言いつつも、その疑問は膨らむ一方だ。
しかし、これ以上は杏子に相談しても、ケンナの秘密に対する直接的な答えは得られないだろう。ならば、と。ヒントになる様な物は無いか探りを入れる。
「ねえ、あの子に関連する事で何か知っている物は無い? 私が知らなくて、貴女が知っている事とか……」
「そんなの有る訳が……いや、有るな」
全く期待していなかったが、杏子は何かに思い至ったらしく、うどんを啜りながら顔を上げた。
食べながら話を続ける気は無いのか、すぐにカップを脇へ置いている。それまでより少し重い雰囲気を漂わせつつ、杏子は私の顔をじっと見つめた。
「ほむら。お前さ、ケンナの願いの内容を知ってるか?」
「いいえ、聞くのは失礼かと思って」
自宅の位置や経歴などはそれとなく尋ねているが、魔法少女としての出自を聞くのは、かなり重い物となる。だから、私は今までそれを聞こうとした事は無かった。
私の返事を聞いた杏子は同意を示しつつも、小さな溜息を吐く。
「まあな。でも、この間ちょっとした弾みで聞いたんだ。そしたら、明確に何を願ったのか、ってのは聞けなかったんだけど……」
「教えて」
私からの素早い催促を受けて、杏子の顔に迷いが宿る。教えて良いのか、悪いのか。それを考えているのだろう。
彼女がこんな顔を見せるのだ、相当に重く苦しい願いなのだろう。少なくとも、『交通事故に会った野良猫を助けたい』ではないと思われる。
私が内心で聞く覚悟を決めたのを感じ取ったのか、杏子は深く息をして、薄く微笑んだ。
「……まあ、あたしやほむらになら知られて良い、とか言ってたからな、良いよ」
話す事を決めてくれたらしく、彼女は座る姿勢を正して、持ち続けていた箸をカップの上に置く。無意識の内にやっているのか、目線は私の所から微動だにしない。
どんなに小さい声でも聞き逃さない様に、私は身体に力を入れた。それが合図となったのか、杏子は遠くを見る様な目で語り出す。
「あいつの身体、実はケンナ自身の物じゃ無いんだってよ。他人のを、使わせて貰ってるんだとさ」
「そう、なの?」
「ああ。身体を借りてる様な状態らしい。かなり外見を変えてるらしいけどな」
初耳だ。彼女の、環之小鳥ケンナの身体が実は他人の物だったなんて。
でも、そこには酷く違和感が有った。
「それが彼女の願いだとしたら、随分と彼女らしくない願いね」
「そうだな……あの調子狂っちまうくらい優しい奴の願いって感じはしないぜ」
杏子も同意を示してくれる。あのケンナが他人の肉体を乗っ取って使っているなんて、全く想像出来ない。そんな悪魔的な所業をするには、彼女は優しすぎる。
でも、もしも。そんな彼女が他人の身体を使う事が有るとすれば、そうなる状況とは……
「本当の持ち主はもうこの世界の何処にも居ない、って言ってたから……多分、な」
『これ以上聞くな、察しろ』と言いたげに、杏子は口を噤んだ。
彼女が言いたい事は分かるし、その可能性は十分に有り得ると思えた。ケンナの肉体が他人の物であるならば、そうなった理由は恐らく、肉体の本来の持ち主が既にこの世に居ないからだ。
どういう経緯でそんな事になったのか、それは分からない。でも一つ、『それならば』という希望が生まれる。
(彼女の肉体が彼女の物でないならば……中身は、もしかして……まさか……)
一つの予想を立てると、それが真実の様に思えてくる。確信は無くとも、それは正しい考えだと思えてしまうのだ。
それは確かな手掛かりとなり、正しく道標となった。こんな事を教えてくれた杏子には、しっかりとお礼を言っておくべきだろう。
「ありがとう、杏子。話してくれて」
「……ああ」
心から感謝すると、それを受け取った杏子は目を逸らした。
私達は、そのまま黙り込んでいた。元々、特に率先して話し合う相手では無かったので、話題が無くなると沈黙してしまう。
でも、今日の杏子は少し寂しげに見えた。その原因が何処に有るかは、誰が見ても明らかだ。ふと、その原因たる彼女がこの場に居ない事が気になった。
「今日は、さやかはどうしたの?」
「あいつはケンナと二人で遊びに行っちまったよ」
重苦しくなっていた空気を四散させ、杏子はほんのちょっとだけ妬ましそうに話している。
私が見たって分かるくらいに、可愛らしい嫉妬心だった。隠している気で居るのだろうけど、寂しそうな様子は全く隠れていない。
不満げな顔を見せている所は、微笑ましいとすら思えた。
「あの二人、仲が良いのね」
「ああ。しかも、あたしは除け者にするんだよな、あの二人」
不満の原因は、それだったらしい。
でも、あのさやかとケンナが、他ならぬ杏子を除け者にして二人っきりで遊んだりするのだろうか。そんな扱いを受ける程、杏子は嫌われている訳ではないだろうに。
杏子自身もそれは分かっているのだろうが、やはり少しだけ悲しそうだ。誰だって、大切な人に遠ざけられたら辛いだろう。
「貴女から近づいていけば良いじゃない」
「まあ、そうだけど……でもな、二人で話してる時と、あたしと話してる時じゃ、何か態度が微妙に違うんだよな」
「具体的には、どういう風なのかしら」
「あの二人は友達とか親友、っていうのじゃなくて、秘密を共有する関係、って奴か? そういう感じなんだよ。その秘密をあたしは知らないから、入り込めない訳だ……ははっ」
杏子は元気な様子を装って、ヘラヘラと笑ってみせている。でも、やっぱり寂しさは拭えていない。
その話を聞いた私は、二人に対して疑問を抱いた。杏子の言う、秘密とは何なのだろうか。
ある意味でまどかと一番近い所に居た美樹さやかと、ある意味でまどかに一番近い環之小鳥ケンナ。その組み合わせには、奇妙な秘密を感じざるを得ない。
「最近なー、さやかの奴。ケンナと一緒にコソコソ何かやってるみたいなんだよ。何やってるのか聞いても答えやしねえ。今日だって、あいつら二人で何処かに行っちまって、暇で仕方無かったんだよ」
私の疑問を後押しする形で、杏子は不満そうな声を漏らしている。
杏子は二人を不審に思っている訳ではないだろうが、一人で放っておかれる事は嫌がっている様子だ。対する私は、さやかとケンナへの疑惑を更に深めていった。
それを知るには、方法は一つ。少し気が引けるけど、私は提案を口にした。
「……尾行、してみましょうか」
「は? いや、おいそれは……」
一瞬戸惑った後で杏子は少し身体を下げて、私から僅かに距離を取った。けど、私は言葉を止めない。
「明日の放課後、あの子を追いかけましょう」
ケンナの秘密と、住んでいる場所を知る方法として、私は尾行を決意していた。黙って秘密を暴こうとするのは気が引けるけど、やるべきだと思う。
「お……おいおい、幾ら何でもそれはどうかと思うぞ」
「お願い、一緒に来て」
引き気味に制止する杏子へ、私は深々と頭を下げて頼み込んだ。
一人で彼女を尾行する気がなかった。私の中の色々な感情が、どうしても単独でケンナに馬鹿な真似をする勇気を持たせてくれなかったのだ。
「でもな……」
「お願いよ」
もう一度、頭を下げる。
私の尋常ではない様子に気づいたのか、杏子は少し眉を顰めてから、一気に真剣な顔をした。
「……何か、事情が有るのか?」
「ええ」
「どうしても、知りたいのか?」
「ええ……」
巻き込む事を申し訳無いと思いつつも、私は杏子の言葉に答えた。すると、杏子はより一層真剣になり、私の顔を凝視する様に覗き込んでくる。
「理由は……」
「ごめんなさい、言えないわ……」
でも、その理由は言えない。誰が言えるというのだろう、『この世界に居ない筈のまどかと、ケンナがよく似ているから』だなんて。
悪いと思いつつも、頭を下げるしかない。
普通なら、断られても仕方が無い。でも、私はきっと余程深刻な顔をしていたのだろう。杏子は決意した様子で息を吐き、大きく頷いてくれた。
「……分かった。でも、後でちゃんと謝るぞ。あたしも、お前もな」
「ええ……本当にありがとう、杏子」
「ダチがそこまで思い詰めた顔で頼んでくるんだ。嫌とは言えねーよ」
「杏子……」
杏子は、やっぱり頼りになる。性根が優しく、でも、とっても心の強い人。そんな人だからこそ、私は繰り返しの中でも彼女を頼っていたんだ。
照れ隠しか、杏子はまたうどんを手に取って食べ始めている。啜る音も余計に響かせていて、顔は仄かに赤い。
そんな分かりやすい杏子の姿は、あの他者を拒絶していた頃の彼女を知っている者の一人として、感動を覚えるくらい穏やかな物だった。
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放課後になった。今日も授業は簡単だったし、ケンナ達と一緒にお昼ご飯を食べるのも、掛け替えのない幸せだった。
「ほむらちゃん! 今日も一緒に帰ろっか!」
何時もの様に、ケンナは私を誘ってくれる。私の家の前までだけど、彼女は毎日の様に一緒に帰ろうと言ってくれるんだ。そのまま私の家に泊まっていく事も有るし、だからこそ、決して自分の家を教えようとしないのが余計に気になる。
普段なら、私は一も二も無く彼女の誘いを受けて、一緒に帰る所だ。手を繋いだりするのも、最近ではもう慣れていた。だが、今日は断らなければならない。
断るのは酷く心苦しい。尾行していた事を知られて、次から誘ってくれなくなるかもと思うと、凄く怖い。
でも、心を強く持たなければ。まどかに辛辣な態度を取っていた時に比べれば、まだ楽な方だと開き直る。
「ごめんなさい、今日はちょっと用事が有って」
「え、そうなの?」
「ええ。明日は一緒に帰れるから、安心して」
言葉にするだけで、背中に重い物が落ちてくる錯覚が有る。その用事が、自分を尾行する事だなんて、ケンナは知りもしないだろうから。
そして、ケンナがどんな顔をして、どんな事を言うのかも私は想像がついていた。
「そっか……うん、また明日ね!」
「……そうね、また、明日」
少し寂しげにしつつも、相手が用事ならと引き下がる。どんな用事なのかを聞きもせず、迷惑にならない様に気遣って、あっさり納得してくれた。
ああ、やっぱり。想定していた通りの返事に、私は胸を押さえた。誘いを断るだけで、罪悪感で胸が痛くなるんだ。
そのまま、ケンナは鞄を持って帰っていく。その綺麗な長身の背中が、寂しそうに揺れている様に見えるのは、目の錯覚なのだろうか。
私は、酷い奴だ。これから、そんな彼女を追いかけるつもりなのだから。
「……行きましょう、杏子」
「ああ……」
声をかけると、杏子は素早くこちらに来て、声を潜めた。他の誰かに聞かれない様にしながらも、目はケンナの背中を追っている。
隣にさやかは居ない。この世界では殆ど常に一緒だから、やはり違和感が有る。
「さやかは?」
「先に帰らせた」
一言で答えると、杏子はケンナへ意識を集中させて、音を立てずに歩き出した。
私達は、校門に向かうケンナから少し離れた位置を歩いている、周囲には生徒だって残っているのだ。自然に、気づかれない様に立ち回る事を心がけなければ、即座に尾行は露呈するだろう。
客観的に見て怪しくない程度に気配を潜めて、自分達の存在を気づかれない様に努力する。それでもケンナを見失わない様に、背を見つめるのは止めない。
「綺麗な歩き方よね……」
「あ?」
「綺麗よね、ケンナ。背筋もしっかり伸びているし、肩の揺れる動きも凄く綺麗……その中にも可愛らしさが有って……」
偽らざる感想を口にすると、杏子は呆れ気味な顔をした。
「……そういう趣味でも有るのか?」
告げられた言葉の意味が分からず、私は首を傾げる。その間にも、尾行は止めていないし、気配も殺したままだ。私達の会話は、私達にしか聞こえていないだろう。
「それは、どういう意味?」
「だから、やたらとケンナを気にするのは、そういう意味が有るのか、って聞いてるんだよ」
「要するに、私がケンナに恋をしているんじゃないか、と?」
「そ、そういう訳じゃないが……」
目を逸らし、顔を赤くする。この手の話は苦手なのだろうか。私も得意ではないけれど、照れる気持ちは殆ど無い。
「ど、どうなんだよ」
「……さあね」
聞かれても、困る。ケンナに対しては今の所、何とも言えない。友好的な気持ちは抱いているが、不信感も有るのだ。
でも、まどかに対する私の気持ちは、もっと形容出来ない物だ。恋愛なのか、親愛なのか、友愛なのか。そのどれとも言えるし、どれも違う。
猛烈な感情を抱いている事に嘘は無いが、それを何かの単語として形にするのは、何だか無粋な気がする。それでも、あえて言うなら……『愛』だろうか。
「おい、曲がったぞ」
杏子に告げられると同時に、私はそれに合わせて身体の向きを変える。
人通りの多い道なので、下手をすると見失いそうだ。けれど、彼女は高身長のストレートな黒髪なので、人の中に居てもかなり目立つ。
歩調は、かなり遅めだ。トボトボと歩いている様にも見えるのだが、まさか、私が誘いを断った事を気にしているんだろうか。
だとしたら、今から飛び出していって謝って、また一緒に帰りたくなる。でも、理性がそれを止めさせた。
「杏子」
「何だよ」
「私、今……酷い罪悪感を覚えてるわ。友達をストーキングする自分の最低さに、反吐が出る」
酷く自嘲的な気持ちが沸いて来て、止められない。
「……じゃあ、止めるか?」
「……いいえ。止めない。彼女は、あまりにもあの子に似すぎているから」
まどか、その存在の手掛かりを掴む為だ。友達一人裏切るくらい、私の心が痛むくらいで、何の問題が有るだろうか。
半ば妄想に近い気持ちだと、自分を罵る気も有った。まどかはこの世から消えた、それを認めようとしない自分を情けないと思う気持ちも有る。
でも、それ以上の物が今の私を動かしていた。まどかに会いたい以上に、私は、『真実を知らなければならない』、という使命感にも似た感情に支配されていたのだ。
ふと視界の隅に入ってきた路地の奥で、黒い服をした少女が踊っていた様な気がした。
でも、次の瞬間に、それは影に隠れて消えていた。
-解説-
まどかを追うもの、そのまんまですが、一応元ネタは「ウルトラマンを追うもの」ユーゼス・ゴッツォから来ています。