魔法少女まどか☆マギカ [新編]救済の物語(完結) 作:曇天紫苑
放課後、私は呆けた様な状態で教室に座っていた。
数日前からずっとこの調子だ。授業中も半ば意識が別の場所に有ったので、内容なんかまるで聞こえていなかった。
幸い、授業中に当てられた時も経験と勘を駆使して答える事が出来ていたが、それにしても、最近の私は酷い有様だと思う。
今日は空模様も悪く、私の内心を現しているかの様だ。最近、曇りが多くて余計に憂鬱になる。
じっと空を見たまま固まっている姿は、周りから見ても変だったのだろう。ケンナが私の前に立っていて、じっとこちらの顔を覗き込んでいた。
「ほむらちゃん?」
「ええ……ああ、どうしたの、ケンナ」
ケンナの心配そうな声にも、私は殆ど生気の無い返事を返していた。
そんな返答が不味かったのか、彼女は一層心配そうにする。
「何だか、最近元気無いよね……もしかして、この前の事、まだ気にしてるの?」
「い、いいえ。貴女が許してくれたんだもの。気にしない様に心がけているわ」
この間の、ケンナの家を知ろうと尾行を行った事は、既に彼女へ露見していた。嫌われるかと思ったけど、でも、彼女は全く怒らず、笑って許してくれた。
最悪の場合は絶交も覚悟していただけに、その優しさが身に沁みて、余計に最も問うべき事を口に出来なくなる。
そう、私はまだ、彼女へ致命的な一言を告げていない。『貴女はまどかではないの?』と聞く、ただそれだけの簡単な事が、どうしても出来なかった。
「そう? 何度も言うけど、私は杏子ちゃんにもほむらちゃんにも全然怒ってないからね、本当に」
「分かってるわ……」
分かってる。だが、私を悩ませているのは、その優しさなのだ。
もしかして、まさか、でも、しかし。ケンナに対して生まれる数々の疑問が、私の頭を沸騰させる。毎日がこの調子なのだから、疲弊して当たり前だ。
精神面において疲れ切った私にとって、ケンナは癒しであり、恐怖でもある。彼女がまどかであれば、まどかで無ければ。両方とも、想像するだけで怖くて、震えてしまうのだから。
「私じゃ、力になれないのかな」
「そんな事……無いわ。少なくとも、ただ話が出来るだけで、貴女が優しくしてくれるだけで、私は結構、助けられているから」
でも、それが私を余計に疲れさせている。言葉には出さなくとも、私はそう思っていた。
もし、ケンナが居なければ。私はきっと、まどかの愛した世界を守ると誓い、戦い続けていただろう。
でも、そのまどかが側に居るかもしれないと思うと、身体が働きを止めてしまう。二度と、まどかと離れたくなくなる。
「ねえ、ケンナ」
「何かな?」
「私の事は気にしなくて良いから、さやか達と遊んでいたらどう?」
時折、私に向かって視線を飛ばしてくるさやかを指さし、ケンナに提案する。
少なくとも、こんな無気力な私と健気に話し続けるよりは、遙かに健全で幸せな事だろう。
でも、ケンナは首を横へ振った。
「駄目、ほむらちゃんを放っておけないもん。鬱陶しいって言われても、私は離れないよ」
「鬱陶しいから干渉しないで」と言いたかったのに、先回りして潰されてしまった。
どうも、彼女は私の内心を把握している様だ。こんな風に会話している事が、私を少しでも安らがせると分かっているらしい。
「……なら、適当に何か話してくれないかしら」
絞り出す様にして、私は頼み込んでいた。
それを聞いたケンナはニッコリ笑って頷き、私の机に膝を置いて、目を合わせてくる。
「じゃあさ、ほむらちゃん。この間のテレビでやってた映画なんだけど……」
「ええ……」
私が何を求めているのかを理解したらしく、彼女は当たり障りの無い雑談を始める。
一応は聞いているので相槌は打つが、疲弊した私の頭は内容を理解していなかった。
本当に、何も手に付かない。私は一体、どうしてこんな所に居るんだろう。私にはもっと違う役目、違う在り方が有る筈。
まどかの犠牲を無駄にしないと決めたのに、どうして……こんな……
「あれは面白かったよ。今度、続編が出るらしいから、ほむらちゃんも見に行ってみたら?」
「……ケンナと一緒なら、行くわ」
「んー……うん、予定が合ったらね」
歯切れの悪いケンナの声を聞いていると、心なしか良い気分になる。
ほんの僅かだが、空の雲の間から陽光が漏れ、私の身体を仄かに照らしていた。
「ありがとう、少しは楽になるわ」
「ほむらちゃん……」
私が心からの感謝を告げると、ケンナが嬉しそうにする。
そんな顔を見て、私もまた嬉しくなる。互いに気持ちを交わし合い、そして共感出来る関係は、本当に素晴らしい物だ。
出来れば、まどかともこんな関係になりたかった。気持ちが離れていくのは、何を言い繕ったって辛かった事には違いないから。
少しでも油断すると、抑えが効かずに甘えてしまいそうだ。そんな自分を律していると、そこへ、つい数日前まで『単なる魔法少女仲間』だった者がやってきた。
言うまでもなく、美樹さやかだ。美樹さやかが、私とケンナの間に入り込んでくる。
「ほむら」
「……何、美樹さやか」
『転校生』とは呼ばないのか、と思いつつ返事をしたが、自分でも驚く程に感情の籠もっていない声となっていた。
あの日から、私と美樹さやかの関係はかなり棘の有る物となっていた。いや、特に嫌っている訳ではない。だが、酷く距離感が有るのだ。
出来れば、まどかの事を覚えている人間同士、語り合いたい気持ちは有った。あの子の思い出を、美樹さやかと話したいとも思っていた。
けど、美樹さやかの方も私に多くの情報を与えるつもりが無いのか、それとも私とケンナの邪魔をしない様に気遣っているのか、素っ気ない態度を取ってくるのだ。
何故だろう。
「二人とも……」
ケンナは私とさやかの間に立って、心配そうにしている。
そんな顔を見るのも、もう何度目だろう。彼女には笑っていて欲しいのに、私がその笑顔を奪っていると思うと、たまらなく嫌な気分になる。
「……心配しないでよ、ケンナ」
流石にさやかも申し訳無く思ったのか、ケンナに笑って手を振る。そして、私へ視線を送ると、また距離を感じさせる声を放ってくる。
「マミさんから、全員集合だってさ。話が有るんだって」
必要事項だけを告げると、美樹さやかはさっさと私から背を向けて、杏子の居る方へと戻っていった。
そちらへ行くと同時に調子を戻して、明るく振る舞っている。何て楽しそうなんだろう。私への態度とは大違いだ。ケンナが居るから、寂しい気持ちにはならないけれど。
美樹さやかの言葉を聞いた限りでは、マミが呼んでいるらしい。またお茶会だろうか。それとも、何か別な問題でも有るのか。
分からないけど、何であれ、今の疲れた私に何が出来るだろうという気持ちは有った。
「大丈夫、私が守るから」
「え? いや……それは……」
自分の内心が口に出ていたのだろうか。ケンナが真剣な様子を見せ、励ましてくる。
……それを聞いて、少し情けなくなった。
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数日ぶりに訪れた巴マミの家は、相変わらず整っていた。家具の選び方から配置まで、女性らしさの溢れた部屋だ。
私の殺風景な家に比べれば、遙かに素敵な所だと思う。誰に見せても恥ずかしくない、人を招待する事の出来るお部屋だ。この内装を見る度に、昔の私は自分の部屋との落差に羨ましい思いを抱いていた。
今でも少し思う所は有る。こんな良い空間を作れるなら、私も自信を持って誰かを、主にまどかを招待出来るのに。
「いらっしゃい。暁美さん、ケンナさん」
何時も通りの優しげでありながらも繊細な声で、巴マミが挨拶をしてくる。私とケンナはそれに対して、軽く頭を下げて「お邪魔します」と告げ、中へと入っていった。
特徴的な三角の机の前には、見慣れた魔法少女達が居る。美樹さやかと、佐倉杏子だ。どうやら、私達が一番遅かったらしい。
美樹さやかと、目が合う。だが、お互いに素早く逸らした。喧嘩をしている訳でもないが、接触を避けようとする姿勢が感じ取れる。
なら構わない。ケンナと手を繋いでいる私は、気にせず床へ座り込んだ。クッションの感触が心地良く、悪くない気分だ。
「さやかちゃん、ほむらちゃん……」
けれど、ケンナは気にしたらしい。さっきの教室の時と同じく、私達の顔を見て、何か言いたげになっている。
巴マミも、私達の事は気になっているのか、困った様な様子を見せていた。我関せずとしている杏子は、恐らく、こちらの事情を有る程度理解しているのだろう。
「二人とも、この間からずっとこの調子じゃない。何か有ったの?」
「えっ、いや。何も無いですよ」
「そう、何も無いわ。何もね」
美樹さやかと私は、殆ど同時に首を横へ振り、作り笑いを浮かべて、努めて軽い調子で気にしない様に告げていた。妙に息が合うので、思わず顔を見合わせた程だ。
その態度が間抜けに見えた様で、マミが笑いを堪えて、それに釣られてケンナも苦笑する。私達の事で多少重くなっていた部屋の空気はかなり緩み、普段通りの雰囲気が戻ってくる。
それを見越した様なタイミングで、マミは私達の前に用意されていたティーカップへ紅茶を注ぎ始めた。
漂う湯気に心が躍る。私はコーヒー派だけれど、彼女の紅茶は常々美味しいと思っていた。精神に疲労を溜め込んだ私にとっては、良い薬になるだろう。
「さ、どうぞ」
「いただきます」
渡されたカップには、紅茶がしっかりと入っていた。温度も最適に保たれているのか、美味しそうには見えても、火傷する危険性は感じられない。カップ自体も丁寧に磨かれていて、きっと、マミは私達に飲ませる事が楽しみで仕方が無いんだろう。
香りを味わってみる。少し甘めながら、落ち着く香りだった。頭痛や疲労を和らげてくれそうだ。私の事を考えていた訳じゃないと思うけど、有り難い。
一通り香りを楽しんだ所で、一口だけ飲んでみた。お茶らしい苦みと甘みが混在した味に、香りが最適な補助を果たしていた。
誰よりも繊細で人との触れ合いを愛するマミだからこそ、こんなにも美味しくなる。これは良い物だ。少しずつ、ゆっくり飲み干していこう。一気飲みなんて、もったいない。
ああ、紅茶は素晴らしい。味わい深さという意味は勿論、心の平穏を取り戻させてくれる点に関しては、コーヒーを上回る物が有る。
マミの部屋の内装も派手過ぎずに整えられていて、紅茶が与えてくれる落ち着きを更に深めている。この効果を狙っての内装なら、巴マミという人物は紅茶に人生でも賭けるつもりなんだろうかと思う程だ。
頭が整理出来た頃を見計らって、飲み終えた紅茶を置く。すかさずマミがお代わりを注ぎ足したので、また手に取って口へ運んだ。うん、良い。
「それで、今日は何をするのかしら」
夢中で紅茶ばかり飲んでいる訳にもいかない。マミが私達を呼んだ理由を尋ねてみる。すると何やらマミの顔色が曇ったので、私は、何かしらの悪い話なのだろうなと思った。
魔法少女絡みの話である可能性が高い。内心で覚悟を決めつつ、紅茶をまた飲む。そんな私に合わせて、隣に座るケンナも同じ様に飲み、出されたケーキを美味しそうに頬張っている。
ケーキと紅茶を楽しむ私達の姿は、余程安らいでいるのだろう。マミは嬉しそうにしながらも、瞳にだけは真剣な物を含ませて、強い声を放つ。
「……ワルプルギスの夜が来るわ。今日は、その対策会議よ」
「なっ!?」
この世界では絶対に聞かないと思っていた忌々しい敵の名を聞いて、危うくティーカップを落としそうになった。
何とか間一髪で止められたので、慌ててカップをテーブルへ置く。しかし、動悸の様な物が止まらない。こんな所で舞台装置の魔女の話を聞くとは思わなかったので、不意打ちを受けた気分だ。
私が余りにも大きな反応を見せた為か、マミは驚いて目を見開いている。杏子も驚いた様だが、やはり、さやかは訳知り顔でこちらを見ていた。
「わ、ワルプルギスの夜、ですって?」
「……暁美さんは聞いた事が有るの? 稀に、大量発生した魔獣が強力な集合体になる事が有るの。その現象が、見滝原で発生するらしいのよ」
その話は知らないが、ワルプルギスの夜を忘れられる筈がない。繰り返しの中で、最も大きな障害となった存在だ。私が魔法少女となるきっかけでもあり、最後の最後まで私の壁で有り続けた、恐るべき魔女である。
だが、魔女の居ないこの世界にアレが居る筈が無い。マミの言う事が本当なら、魔獣にも近しい存在が居るのだろう。
「ワルプルギスの夜か……噂には聞いたが、まさかこの見滝原に来るとはな。確実に来るのか?」
「ええ。発生すれば、町一つくらい簡単に破壊されてしまうそうよ。此処に住む人間として、見過ごす訳には行かないわ」
マミの口振りからは本気が見て取れる。未だ見た事の無い敵に対する警戒心の強さは、そのまま頼もしさに通ずる物だ。
そんな彼女の姿に触発されたのか、杏子もまたケーキを素手で掴んで食し、力強く不敵に笑って見せた。
「あたしも賛成だ。戦うさ」
「佐倉さん、でも、貴方の本来の領域は風見野……」
「バカ。今更そんな事を言うんじゃねーよ。もうあたしは見滝原の……いや、さやかの家の住人だぞ。なあ、さやか?」
話を振られたさやかは、状況を静観していた態度を崩して、頭に腕を回す。
「ま、あたしも逃げる訳には行かないよね。ケンナは?」
「私も、勿論戦うよ」
ケンナも当然の如く頷いて、戦う意志を表明している。至極あっさりと、ワルプルギスの夜の対策チームが完成した。私の手では何度やっても上手く行かなかったのに、こんなにもスムーズに話が進む物なのか。
感心しつつも、私は疑問を抱いていた。かつての自分は、幾度も同じ時間を繰り返していたからこそ、ワルプルギスの夜の到来を知り得たのだ。で、あれば……
「それ、誰から聞いたのかしら?」
「え?」
私の質問に対して、マミが戸惑った様に首を傾げた。意味が上手く伝わらなかったらしい。だが、マミは馬鹿でも間抜けでも無いので、私の言わんとする所を瞬く間に理解して、何故か困った様な顔となる。
「えっと……そう、なぎさから聞いたの」
聞いた事の無い名前だった。
それが誰なのかと尋ねようとした時、私より先に杏子の方が疑問を抱いたらしく、マミの顔を覗いている。
「なぎさって、誰だよ? そんな奴居たか?」
「……ええ。多分」
「多分、って。おいおい、それ、大丈夫なのかよ?」
「それは、分からないわ。でもワルプルギスの夜が訪れる可能性が有る以上、対策だけは最低限取っておくべきだと思うの」
「まあ、そりゃそうだが……なぎさ、なぎさねぇ」
なぎさとは、一体誰なのか。マミと付き合いの長い杏子が知らないのだから、実在するのかも酷く怪しい物だ。マミ自身、よく分かっていない様ですら有る。
私も巴マミと関係の有る人物は何人か知っているが、その中になぎさという名の少女は居なかった。
「ともかく、これからワルプルギスの夜までもう二週間も無いわ。特訓と対策の計画を始めましょう」
内心で疑問を抱いている私を余所に、マミは歴戦の気配を漂わせて、戦意を現した。なぎさに関する事は、ひとまず置いておく気らしい。
杏子もワルプルギスの夜の方へ意識を傾けているのか、腕を組んで考え込み、唸る様な声を出した。
「対策って言っても、相手の能力がまるで分からないんじゃどうしようも無いぞ。マミ、他に情報は無いのか?」
「残念だけど……私も伝聞でしか知らないから、正確に知っている訳じゃないの」
「不味いな。都市一個滅ぼすレベルとなると、想像も出来ねえぞ」
ベテラン二人が顔を付き合わせ、悩んでいる。どちらもワルプルギスの夜をその目で見た事など無いのだろう。対策の為にどれくらいの準備が必要なのか、という段階で詰まっている様子だ。
「……」
チラりと、ケンナの顔色を窺ってみる。
彼女は普段と余り変わらず、少しばかり心配そうに二人の様子を見守っていた。巨大な力を持った魔法少女なのに、その態度は控えめで、先輩であるマミ達の話を邪魔しない様に口を閉じていた。
特に妙な反応を見せている訳でも無く、ただ状況を静かに見ているだけで、その内面は見通せない。
「ね、ほむら」
そんな時、私に向かって、さやかが話しかけて来た。相変わらず距離を感じる声音だったが、それは何やら深い意味の込められた物に聞こえた。
「……何?」
声に答える形で、さやかの顔を見る。
仄かに微笑みを浮かべているが、さやかは口を閉ざしたまま、何も言ってこない。
どうして、私を呼んだのか。話しかけて来たのは貴女の方でしょう、と思っていると、そこへ、テレパシーとも異なる意志の様な物が伝わってきた。
『あんたなら、マミさん達に必要な情報を持ってるよね?』
向けられたのは明確な言葉ではないが、そう言われている気がした。
そして、その言葉は私の中に有った迷いを止めさせる。私は、彼女が言わんとする所に心当たりが有った。
「……ふっ」
一度息を吐き、続いて言葉を口にする。
「……噂では、その本体が竜巻の様に風を纏っているそうよ。ただ近寄られるだけでも危険な上に、口から炎を吐き、破壊した建物をこちらへぶつけてくる事も有るとか」
「暁美さん? 知ってるの?」
マミの質問を聞いて、私は暫し口を閉じた。それが不安要素になったのか、マミは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
美樹さやかに押される形で、情報を口にしてしまった。後悔は覚えなかったが、この選択が正しい物だとは言い切れない。
不安は有ったけど、表情をコントロールするのは慣れているので、自分の中の心配する気持ちは表に出さない。が、何故か内心を周りに見破られている気がしてならなかった。
「……まあ、昔ね。でも、噂は噂よ。この世界に居るワルプルギスの夜が、同じ物だとは限らない」
魔女のワルプルギスの夜と、魔獣のワルプルギスの夜が同じであるという保証は何処にも無い。前者と後者が全く異なる物であれば誤情報を与えた形となるので、危険極まり無い。
だが、それでも私は話す事を選んだ。
疲弊して倒れそうだった頭が少しずつ加速していき、無気力だった感情が燃え始める。やけにやる気を出した私の姿に、マミが僅かに目を見開いた。
「……噂や真偽の分からない情報でも構わないわ。暁美さん、私達は色々な可能性を考えておくべきよ」
「ああ、少しでも手がかりが欲しいんだ。ほむら、話してくれ」
「ええ、喜んで」
二人の要求を受けて、記憶の中から忌々しい敵の姿を呼び起こす。すると瞬く間に調子が戻り、鈍っていた心が絶好調で回り出した。
ワルプルギスの夜……ワルプルギスの夜だ。アレの事なら、私が一番詳しい。何せ幾度も挑んでは負けたのだ。自慢ではないが、アレと戦った回数は史上最も多いと自負している。
まどかに関連する事で随分と疲れていたが、それよりも高揚する戦意が勝った。
此処には、まどかを除く何時もの面子が完璧な状態で揃っている。私がどれだけ繰り返しても得られなかった、理想的な状態だ。しかも、此処には怪物的とまで呼べる程の魔法少女である、ケンナも居た。
これなら、ワルプルギスの夜を相手にしても勝てるかもしれない。何度やっても勝てなかったけど、今回は負ける確率の方が低い様に思える。
「ふ……」
「? ほむらちゃん?」
「いいえ、何でもないわ、ケンナ」
まどかの居ない世界で奴に勝っても、と思う自分を振り払い、ケンナの存在を頭に叩き込む。
ケンナがまどかなのかは分からない。けど、それでもまどかに似た少女を殺させるなんて、絶対に許さない。自分の心が幾ら疲れているからって、彼女に迫る危機を見逃す様な弱さは、私自身が一番に否定する。
絶対に、勝つ。今度こそ決着を付けてやる。ワルプルギスの夜を倒して、人生で一度も見た事が無い、転校してから一ヶ月と一日後の世界を見てやるんだ。勿論、ケンナと一緒に。
「そうと決まれば、此処からのスケジュールは相当に詰め込む事になるわ。悪いけど、付き合って貰うわよ、みんな」
「う、うん。何だか凄そうだね」
ケンナが生唾を飲み込み、これからの特訓に期待とも不安とも付かない気持ちを寄せている。
ワルプルギスの夜と戦うのだ。相当に大変な特訓になる予定だが、ケンナは大丈夫だろうか。怪我はさせたくないし、過度な疲労で倒れる様な事は有ってはならない。
その辺りも、私がしっかりと考慮して予定を考えなければ。内心で決意を新たにしながら、私は高鳴る胸を押さえた。
これで勝てなかったら、勝つ方法なんか最初から無かったと言う事だ。絶対に、勝たなければ。強い戦意を胸に乗せ、私は全員へ目を向ける。
私の放つ強烈な感情に当てられたのか、部屋の空気が引き締まっていく。その中で、紅茶の仄かな湯気だけが、のんびりと立ち上っていた。
「さあ、今すぐ特訓よ」