オレを踏み台にしたぁ!? 作:(╹◡╹)
「ふぅ…」
額からこぼれ落ちようとする汗を拭いつつ、私は大きく息を吐いた。
焦げ臭い匂いが漂い、ところどころ崩壊している屋敷の惨状。
しかし犠牲者も重傷者もないまま、なんとかこの難局を切り抜けることに成功した。
無力化されて目の前に倒れているのは、恐るべき性能を持った自動人形。
もし屋敷にいる戦える人間が私と恭也だけであったならば無事では済まなかった。
その我々の恩人とも言える赤いポニーテールを揺らす彼女が笑顔を浮かべる。
「中々強かったねぇ、コイツ。一対一だったら危なかったかもしれない」
「あぁ、そうだったろうな。助力に感謝する、アルフさん」
「あははっ! 良いってことさ。こっちもやれ寝床だ食事だって世話になったしね」
言葉少なに頭を下げる、無骨ばった恭也の礼。
それに気持ちよく応える彼女。
彼女… アルフさんのそんな姿を見て自分の心にも爽やかな風が吹くのを感じる。
きっと男性はこういう気っ風の良い女性のことを快く思うのではないだろうか?
そんなにべもないことを考えつつ、私は彼女に御礼の言葉を述べようと口を開いた。
「ううん、そんなことないわ。むしろお世話になったのはこっちの方よ」
「でも、戦うためとは言え屋敷のあっちこっち壊しちゃったんだ。おあいこだよ」
「でも…」
まだ事件が起こったばかりで、明確なことはこれから調査しないと判明はしない。
しかし今回の襲撃は、親族である月村安次郎によるものだとも直感していた。
彼は過去の財産配分の一件から、私たち本家の人間に良い感情を抱いていない。
月村家の有する特殊な血筋や技術についても権力を増やす道具と考えている節がある。
まだ、ことを起こしてないのだからと大目に見ていた。
牽制を繰り返すことで自制をしてくれればと考えていた。
今回の事件は、それらの采配が裏目に出た形となった。
手ぬるい対応から自分たちはもとより、すずかたちの身まで危うくするところだった。
これを慢心・驕りと言わずしてなんというのか。
もし何か起こっていたら悔やんでも悔やみきれない。
そして彼女… アルフさんがいなければそうなっていたことは想像に難くない。
それだけの手練であったのだ。このイレインと名乗った自動人形の襲撃者は。
やりきれない私の表情を見かねてか、アルフさんが頬を掻きながら再度口を開く。
「あー… だったらさ。アタイは良いから悠人に感謝しておいてよ」
「え?」
「アイツが許可してくれたからこうして駆け付けることができたんだ。だから、ね?」
「なるほど… 何もかもお見通しだった。そういうことですか」
「ま、そうなるね。自動人形、だっけ? の数もかなり早い段階で把握してたし」
無機質な表情で淡々と確認をするノエルの言葉に、悪びれもせず応じるアルフさん。
どうやらこの必死の防戦も、彼にとっては予定調和の一幕に過ぎなかったらしい。
こうまで見事に手のひらの上で転がされると、もはや怒りの感情すらも湧いてこない。
「それじゃ、アタイはこれで。あんまり遅くなってもアレだしね」
「でもアルフさんにもお礼をしてないわ」
「いいっていいって! たまにゃ『正義の味方』も悪くない。それが充分な報酬さ」
なおも引き留めようとする私たちの言葉を振り切って、アルフさんは笑顔を見せる。
それはお礼を無理強いをするのが申し訳なくなってしまうほどの満面の笑みであった。
思わず見惚れてしまったその隙に、彼女は風よりも素早くその場を後にしていた。
きっと彼女自身が認めた主人の元へと戻ったのだろう。
「さて… 恭也、ノエル。少し手伝ってくれるかしら?」
「無論だとも。といっても、技術的なことは門外漢だけどな」
「全ては忍お嬢様の御心のままに」
アルフさんの主人である桜庭悠人… 彼との会談を思い返しつつ私は行動に移った。
さしあたってはイレイン… 安次郎の欲望のままに操られた彼女を修復してあげたい。
さて、これから少しばかり忙しくなりそうだ。
………
……
…
私こと月村忍はノエルからの不可解な報告を受けて考え込んでいた。
一時の『彼』と今の『彼』の、その違いについて。
一時の彼は、それはもう酷いものであった。
少しでも見目が良い女性を見ると我が物にしようとし、気に入らないことがあれば暴れる。
それも生半な大人では対抗すら危ういとなれば、危険極まりない存在であった。
それなのに大きな惨事に至らなかったのは、運が味方してくれていたことも大きいのだろう。
……だが、本当にそうだろうか?
恭也や私は勿論、すずかと仲良くしてくれている御剣くんも尽力してくれた。
力を持つ者が陰日向に悪しき者に対処する、ということに否やはない。
……巻き込んだ形になってしまった御剣くんには、若干の負い目は感じていたけれど。
しかし、そんな緊張感を孕んだ小競り合いが続いた『あの日』のことだ。
彼と御剣くんは決闘を行い… 御剣くんが『力』に目醒め勝利した。
こんなことを考えるのは、私が大人になってすれてしまったせいなのだろうか?
──それがどうにも、『出来過ぎていて気に入らない』。
その日以来、彼の悪逆非道はコレまでのことが嘘だったかのようにパッタリ鳴りを潜めた。
まるで、もう必要がなくなったと言わんばかりに。
それに対する反応は様々だった。
なお疑念を抱く者、恨みを抱く者、そして崇拝する者。
私とてバカ正直に無害になったのだと信じられるほどお花畑な頭をしていない。
だからこそ私なりに注意深く観察し、彼の在り方を見極めようとしていた。
その結果、思いも寄らない事実が判明したのだ。
惑星外知的生命体がコンタクトを取りに来て、それ絡みの異変が町に発生している。
最初に報告を受けた時にはどんな陳腐なSFかと一笑に付したものだ。
しかし、恭也の妹のなのはちゃんや御剣くんまで渦中にあると知り真実と認めるに至った。
彼女たちは手探りながらも、ギリギリの線の中でなんとか奮闘しているようであった。
それを聞いて私は安堵の溜め息を漏らしたものだ。
あの日、決闘という形で御剣くんの目醒めがなければどれだけの苦戦を強いられていたかと。
……そこまで考え、私は背筋に氷柱を突き立てられたような錯覚を得た。
認めたくない。認めてはいけない。
しかし、もしや… 心に湧いた小さな疑念を消すために更なる追跡調査を命じる。
そんな疑惑が確信に『変わってしまった』のは、つい先日のこと。
努力に努力を重ねていた彼女たちでも乗り越えられぬほどの特大級の災厄。
恐らくは人為的に引き起こされたであろう落雷を、彼は一人で引き受けたのだ。
そう、彼はこうなる事態を見越して私たちを挑発し鍛えようとしていたのだろう。
依存されることを避けるため、憎むべき敵という立場をとって御剣くんを覚醒へと導いた。
それでも乗り越えられない脅威が迫った時に、躊躇いなく己の身を差し出すために。
それはなんという孤独な戦い。
何故一言素直に事実を話し協力を求めてくれなかったのか。
月村が介入することで生じるであろう事態の混迷化を避けるため…
そんなお題目で未だ介入を避けている己の恥を棚に上げ、私は内心で彼を詰った。
彼に協力をする機会はもはや永遠に喪われてしまったのだから。
そんな諦観の念に囚われていた私に驚くべきニュースが届いたのは昨日のこと。
なんとすずかが行き倒れている彼を保護したというのだ。
直ちに緊急入院の手配をしようとしたが、他でもないすずかによってそれは止められた。
何故と問うてみれば、至極当たり前の返答が投げ返された。
「いや、お姉ちゃん。すごく疲れてるみたいだけど… 『目立った怪我はない』よ?」
そう聞いた時の私は、内心の動揺を表に出さないことで精一杯だった。
そして、最後に残っていた僅かな疑問の種も氷解に至った。
……あぁ、そうか。
常識的に考えればあのスケールの攻撃を受けて人間が生き延びられるはずがない。
よしんば生き延びられたとしても、あの短期間で『目立った怪我はない』など有り得ない。
ならば何故か?
答えは一つ。……彼もまた、人外なのであろう。夜の一族か、あるいはまた別の。
彼が頑なに真相を私たちに明かそうとしなかったのも頷けるというものだ。
ヒトは、人外を嫌う。姿形が似ていればこそ、そこに生じる僅かな差異を殊更嫌うのだ。
きっと彼自身もそういった思いを幾度となく味わってきたのではないだろうか?
ならば容易に真実など告げられようはずもない。
これまで行ってきた唾棄すべき振る舞いの数々こそが、彼に出来る精一杯だったのだろう。
ならば同じ闇に生きる者としてそれを暴かないのは最低限の礼儀というもの。
匂わす程度ならまだしも、基本は何も知らないふうに装って振る舞うことにしよう。
しかし何も知らないというのも後々がある場合は差し障る… なにより万が一のこともある。
甘えるようで申し訳ないけれど、恭也にも参加をお願いしてみようかしら。
そうして始まった話し合いの中で、『彼』は落ち着いた理性的な様子を示した。
だからこそ、少しだけ興味が湧いて話してしまった。夜の一族のことを。
勿論、冗談めかす形でオブラートに包んでだけれども。……恭也のジト目が怖かったです。
とはいえ、ほんのちょっとだけ鉄面皮の彼の表情が驚きに彩られたのはしてやったりだ。
多分、『いきなり何言ってるんだコイツ…』の表情ではなかったと信じたい。……信じたい。
その会話では彼自身が夜の一族やそれに連なる者であるかという証言は引き出せなかった。
しかし、幾つも興味深い証言を彼の口から聞くことが出来た。
ティナ・ハーヴェルという女性のこと。
彼女はヴァンパイア・ハーフでありオレンジシフォンケーキが好物の女の子だったこと。
アルクェイド・ブリュンスタッドという女性のこと。
彼女は今や絶滅したとされる真祖の姫君であり、ふとした縁から友誼を結んだこと。
様々な話を、柔らかくも嬉しそうな表情で話す彼の姿は『かつて』とはかけ離れていた。
あぁ、なるほど。やはり、すずかやなのはちゃんアリサちゃんに語っていた愛はまやかし。
きっと彼自身の目的を達成するために必要な『言葉の羅列』でしかなかったのだろう。
彼の真意はこの短い会話の中で充分以上に図ることが出来た。
必要なことだったとはいえ、あの傍若無人な振る舞いが綺麗に許せるかというと難しいが。
それでも、世界は汚いばかりではないと考え直すことが出来てほんの少し安心した。
だからだろうか?
私は… 私たち夜の一族は、『これからどうすべきなのか』をふと訊いてみたくなった。
彼の答えは簡潔の極みであった。
「別にどうも? あるがままに生き、己の為せる最善に邁進すればいいさ」
「『別にどうも』って… でも、私たちには特別な力が…」
「変わらないさ。君たちが人であれかしと望むのならば、もとより森羅万象に区別はない」
「あっ…」
「陽の光を克服し、人と交わり生きる道を君たちの祖先は君たちに託したのだろう?」
「……えぇ」
「『遺された物』について考え『次に何を遺すか』を考える。それが君の為すべきことでは?」
その言葉に思わず笑ってしまった。恭也と抱き合いながら涙までこぼして。
だって、それでは私がまるでただの人間みたいではないか。
あぁ、なんて私は恵まれていることなのだろう。
恭也には恋する女であることを教えられ、彼からはただの人間であることを教えられた。
そしてお父さんお母さんやお爺ちゃんお婆ちゃん、その以前から受け継いできたものがある。
今も、私の中に。私が生きるということがその証なのだから。
…
……
………
「なんだか楽しそうだな、忍」
作業の手は休ませず追想に耽っていた私の耳朶を、恭也の声が優しく叩く。
「えぇ、本当に。なにからなにまで思い通りに転がされて、でも、それが悔しくないの」
「お互いに大きな借りができてしまったみたいだな。やれやれ… 全く難儀なものだ」
言葉と裏腹に恭也の目付きも声のトーンも、普段より幾分優しいものとなっている。
さて、今の『彼』にならば私の… ううん、『月村』の力を貸すことも二つ返事なのだが。
『えぇ、ありがとうございます。それではまた“次”の機会にでも…』
さり気なく水を向けた時に社交辞令じみた返事で濁されてしまったことを思い出す。
その意味するところは、恐らく『今回は』手出し無用といったところか。
しっかりと釘を差されてしまったのならば仕方ない。
そこはそれ、次の機会を待ちながら彼と彼らの活躍を見守ることとしましょうか。
「ね? 恭也」
「……まぁ、俺なりにアイツらを鍛えてサポートくらいはしてやるさ」
「まったく、ホントに素直じゃないんだから」
耳を赤くしながらそっぽを向いたどこか素直じゃない恋人。
愛しい人のそんな姿にため息を吐きながら、私は隠しきれない笑みを浮かべるのであった。
勘違いを加速させてしまっている忍さんとリンディさんを決して邂逅させてはならない(いましめ)。
ティナ・ハーヴェル
・ギャルゲーのヒロイン。めっちゃ可愛い。
アルクェイド・ブリュンスタッド
・エロゲのヒロイン。めっちゃ綺麗で可愛いけど鬼のように強い。
『遺された物』について考え『次に何を遺すか』を考える。それが君の為すべきことでは?
→(意訳)そろそろ親御さんの蓄えもアレかもしれないし、現実を直視しよう。な?