年明け、1月1日の元旦。午前9時。
朝食も食べたことだし、近所の神社へ初詣に行くかと外に出れば、肌に突き刺さるような冷気が襲ってきた。
ジャンパー羽織るだけじゃなくて、手袋とか帽子とか着ければ良かった。そう思うも、わざわざ家の中に戻ると初詣に行く気が失せそうで。
数秒ほど逡巡するも、結局そのまま徒歩10分のところにある神社まで歩いていくことにした。
川沿いに位置する神社の境内は、道路から10段ほど階段を降りたところにある。普通は神社まで登っていくところが多いと思うんだが、土地柄なのか何故かこの近辺の神社はどこも階段を降りて神社の境内に入るところばかりだ。
「――だ~れだ?」
「つっめてえぇ!?」
さっさとお参りして家に帰るか、と信心が微塵もない罰当たりなことを思いながら杓子で水を掬って手を清めていたら、首筋をヒンヤリする柔らかい何かが覆った。
「…………蒼乃(あおの)か」
「やっほー」
振り返れば、ビショビショに濡れた手を振ってヘラヘラ笑っている幼馴染――龍崎蒼乃(りゅうざきあおの)がいた。
「この寒いのになんちゅうイタズラしてくるんだ、お前は」
「久しぶりに会ったから、ちょっとばかしイタズラをね?」
……言うほど久しぶりだろうか? たしかに高校までは一緒だったが、大学は別々だったし就職先も違う。言われて見ればここ数年、顔を合わせたことはなかったような気もする。
久しぶり、と言われればそうなのかもしれない。
「……相変わらず、他人に関心がないんだねぇ」
「そんなことはない、と思うぞ?」
会社で異動辞令が出れば自分が関係なくてもすぐ目を通しているし、実家に帰った時も近所のおばさま方の誰それさんが昨日ねーって世間話には積極的に関わるようにしているし。人並程度には他人と関わりを持っていると思う。
「……そんなこと、あるよ」
全否定された。何ですか、俺がボッチだとでも言うんですか君は?
「大学時代、新しい友だち作った?」
「いや、作ってないな」
そもそも大学の構内で話したのなんて教授と食堂のおばさま方、高校時代の顔見知り程度だ。
別に大学で何か話すような用事もなかったし、それで困ったトラブルもなかった。趣味も家でゲームすることくらいしかなかったし、どこか遊びに行くアウトドアな人間ではないから、わざわざ友人を作る気にもならなかった。
「同期の人たちと会話したり、食事行ったりしてる?」
「このご時世だぞ? そんなことしてないっつの」
現に俺もお前もマスク着けてるでしょうが。三密を避けろってユリリンも言ってただろ?
「じゃあさ、高校時代の友だちとか後輩と、連絡取ってる?」
「いや、特には」
そもそも用事がないだろ。せいぜい同じ大学行った奴と楽単やゼミの噂話とか情報交換したくらいだ。
「母校の文化祭も行ってないでしょ?」
「そういえば行ってないなぁ」
顔を出そうとは思ってたんだよ? ただレポート提出の時期と重なったり雨降ってるから行くのやめたりってタイミングが悪くてな?
「……………………そういうところだよ」
さっぱり分からん。
「私は取ってるよ? 後輩の子たちと連絡」
「そりゃ良かったな。元気そうなのか?」
「……自分で聞きなよ」
「わざわざ『元気ー?』ってメッセージ送るのもなぁ」
「……ホント、変わらないね」
何故だろう。めっちゃ呆れ顔されてる。
久しぶりに幼馴染との会話を楽しみつつ、二礼二拍手一礼でお参りを済ませる。
「――じゃ、またな」
初詣も終わったし、さっさと帰るべ。暖かい我が家が恋しくなってきたぞい。
「………………私、ケッコンするんだ」
「なんですと!?」
祝。幼馴染が結婚するらしい。
よし囲め、やれ囲め。祝いの宴じゃドンドコドンドコ。
「………………未練とか、ないの?」
「ほへ?」
未練? なんの?
「自分が昔付き合ってた女がケッコンするって言ってるのに! 何か未練とかないのって訊いてるの!!」
…………ぁ。付き合ってたって言ってもねぇ?
「高校時代の、ほんの数か月だろ? 未練とか生まれるような仲でもなかったしさ」
ただ、蒼乃から告白されたから付き合って。蒼乃から別れようって言われたから幼馴染に戻った。それだけの話だ。
「……………………やっぱり、キミはどこかおかしいよ」
小さい頃、おもらしが親に見つかった時のようにボロボロと泣き崩れる蒼乃。
どうしたどうした。結婚するんだろ? 良かったじゃないか。俺からも祝福させてくれよ。
どうにか慰めようと声をかけると、蒼乃から親の仇を見るような目で睨まれた。
「アンタなんか、大っ嫌い!!」
パンッ……………………!
乾いた破裂音と同時に、俺の頬に鈍い痛みが走った。
「……………………」
神社の境内にあるベンチに座って、ボンヤリと空を眺める。雲1つない蒼く澄んだ空は、高校生の時に当時恋人だった蒼乃にプレゼントしたイヤリングと同じ色をしていた。
「お気遣いいただきありがとうございます、柳本さん」
「……はいはい、どうもどうもです」
ポケーッと口を開けた俺に声をかけてきたのは、腰まで伸びた長い黒髪とメガネが特徴的な女性。名前は、大淀さんだっけ?
「これで蒼龍――龍崎蒼乃さんの未練は断ち切られたことでしょう」
「……………………」
「高校時代からお手伝いいただいた柳本さんには何とお礼を言ったら良いか――」
「…………蒼乃は、」
「はい?」
「蒼乃は、これで幸せになるんですよね?」
「…………ええ、もちろんです」
では、これで。会釈して去っていく大淀さんの背中を一瞥してから、再び青空を見上げる。
『蒼龍』として稀代の才能を持つ、とか。『提督』って人と絆を深めないといけない、とか。
何かと理由付けされて、半ば脅される形で引き受けた海軍大本営からの依頼は、8年の時を経てようやく終了したらしい。
「他人に関心がない、か」
蒼乃から言われた言葉を思い出して、乾いた笑いが口から漏れる。そりゃ、他人に対する関心も薄れるってもんだろ。
1番好きだった奴に興味を示しちゃいけなかったんだからな。
「あぁ、クッソ……。悔しいなあ」
顔も知らない『提督』って奴に嫉妬する。世界一可愛い幼馴染とイチャコラできる野郎が羨ましくてたまらない。
でも仕方ない。ああそうだ。そう言って、自分を納得させるしかないじゃないか。
龍崎蒼乃には艦娘の才能があって。
幼馴染の俺には提督の才能がなかった。
それでもう、運命ってやつは決まってたんだから。
「……………………フゥ」
今日くらい、というか今日から。
このはらわた煮えくり返る心を鎮めるために、煙を吸うことくらいは許してほしい。
嫌煙の世界に許しを乞いながら、さっきコンビニで買ったばかりのタバコを口に咥えて火をつける。
「…………ゲフッ! ゴッホ、ゴホッ!!」
初めてのタバコは、高校1年生の時と同じ、失恋の味がした。
これは、人生の負け組のお話だ。
バッドエンドで終わらせたい人は次話に進まないことをオススメします。
バッドエンドじゃ嫌だって人は次話に進んでください。