蒼い空に願いを乗せて   作:語部創太

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 まさか続くとは思わなかった。


蒼い空が自分から堕ちてきた

 自宅から徒歩5分。神社とは反対の方向に歩けば、地元では馴染みのある中華料理店がある。

 早い・安い・美味いはもちろん、その量も他所のチェーン店なんかとは比較にならないほどの大盛り。下町の職人たちが仕事終わりにガッツリ食べながらこれでもかと酒を呑んだくれる。好きなだけ呑んで食べることが出来るこの中華料理店は、大工だった祖父に連れられて小さい頃から通っていた俺にとって、なくてはならない憩いの場だった。

 

 毎週末になると必ずここに来て、料理と酒に舌鼓を打つのが日々の楽しみとなっている。

 今日はチャーハンと唐揚げ、キュウリと白菜のお新香。これらを思うがままにかっ喰らい、生ビールとレモンハイで流し込む。

 

 仕事で疲れきった体を癒す幸せを噛み締めつつ、無事に完食。食後の一服をするべく机の上に置かれた銀の灰皿を目の前に持ってくる。

 タバコの中でも甘いと言われている銘柄とライターをジャケットの内ポケットから取り出す。1本取り出して口に咥えて、軽く吸いながら火を付ければ、癒しの火種が先端に灯った。

 

 ふぅ……と口から煙を吹きながら幸福の余韻に浸る。アルコールを摂取したことによる酔いが頭をボンヤリと鈍ってくる。トグロを巻いて天井に昇っていく煙を眺めながら、タバコをもう1吸い──

 

「……何やってんの」

 

 機嫌の悪そうな声と共に、口に咥えていたタバコが取り上げられた。

 

「あ゛ぁ゛?」

 

 余韻に浸っていたのを邪魔されて少し不機嫌になりつつ振り向く。誰だの至福の一時を邪魔したのは。

 

「喉ガッサガサじゃない。タバコ吸うのやめたら?」

「………………蒼乃(あおの)」

 

 つい先日絶交したはずの幼馴染みの姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 ……いかん、どうも酔いすぎたらしい。

 

 まさかジョッキ2杯で寝落ちするほど深酔いするとは思わなかった。俺はそれほど疲れてしまっていたらしい。

 目の前には遠くの鎮守府で艦娘としてお国のために働いているはずの幼馴染み。綺麗スッパリ諦めたはずの初恋相手が夢に出てくるとか、どれだけ未練タラタラなんだ俺よ。

 

 タバコの先端を灰皿に押し付けて俺の貴重な1本を無駄にした幼馴染みは、椅子を引いて俺の目の前に座ってくる。

 元々2人用のテーブル。何ら不自然はない。

 蒼乃はグレープフルーツハイと野菜炒めを頼み、再度俺の方を向く。

 

「……何しに来たんだよ?」

 

 夢だと分かっていても、高校時代から意識してきた突き放すような言い方で話しかけてしまう。しかし蒼乃は怒った様子も見せず、俺の目を見つめたまま淡々と答えてくる。

 

 

 

「仕事、辞めてきた」

 

 

 

 …………………………はい?

 

 キョトンと目を丸くする俺の内心を知ってか知らずか、蒼乃は一切目を逸らさずジッと俺を見つめてくる。

 

「なんでまた、そんなことを」

「艦娘じゃなくなれば、また虎太郎(こたろう)と一緒にいられるでしょ?」

 

 ……なるほど。さすがは俺の夢。どうやら幼馴染みも俺のことを好きでいてくれるなんて妄想を味わわせてくれるみたいだ。

 俺の名前を呼び、俺の反応を伺うように見つめてくる幼馴染みのことが、夢だというのにたまらなく愛らしくなってくる。

 

「そうだな。蒼乃が艦娘じゃないなら、海軍のお偉いさんたちも「別れろ」だなんだとは言わないだろうしな」

「…………やっぱり、そうだったんだ」

「おう。本当は嫌だったけど、国家権力には逆らえなくてなぁ」

 

 どうせ夢だ。今までの全てを洗いざらい話しちまえ。吹っ切れた俺はまるで懺悔するかのようにこれまでのこと全てを打ち明ける。『大淀』とか名乗るメガネの女性に脅されていたこと、大本営と呼ばれる場所に拉致られて数日間監禁されたことなんかも全部だ。

 

 そんな俺のつまらない告白を、蒼乃は変わらずジッと目を逸らさず、ただただ先を促すように相槌を打って聞いてくれた。

 ……というか蒼乃さん、瞬きしてます?

 

 まあいい。自分の抱えていた胸の痛みを全部吐き出したことで、少し気分が良くなった。

 

「こんな俺がまだお前を好きだなんて……おこがましいにも程があるよな」

 

 自分の情けない心情に思わず苦笑する。蒼乃はこの苦笑いにも黙って相槌を──

 

 

 

「そんなことない」

 

 

 

 ──打たなかった。

 

「私を守るためにしてくれたんでしょ?」

「あ、あぁ……」

「私が幸せになれるって信じてやってくれてたんでしょ?」

「も、もちろん」

「自分がどれだけツラくても、私の為になるならって頑張ってくれたんでしょ?」

「お、俺は別にツラくなんか──」

 

 

 

「嘘だッッッッッ!!!」

 

 

 

 店内に響き渡るほどの大声量。店員さんもお客さんも、みんな何事かとこっちを見てくる。

 

「ちょ、声が大きいって……」

「そんな苦しそうな顔してるくせにツラくないなんて見栄張らないでよ!」

 

 ダメだ。蒼乃が止まらない。

 

「私だって虎太郎と離れたくなかった! 虎太郎が一言「行くな」って言ってくれたら艦娘になんてならなかった!!」

 

 さっきまでの無表情が一変。ボロボロ泣きながら叫ぶ蒼乃に息を呑む。

 

「才能が何よ! 指輪が何よ! そんなのいらない! 必要ない! 私が、私が欲しかったのは……!」

 

 それ以上は言葉にならなかったらしい。嗚咽混じりの泣き声を漏らしながら机に突っ伏した幼馴染みにかける言葉が見つからない。

 ただ。こんな鈍感な俺でも。

 何かにすがるように。温もりを求めるように。救いを求めるように。

 俺に向かって伸ばされた左手を突き放したらいけないってことは分かった。

 

「蒼乃……」

「こたろー……?」

 

 蒼乃の左手を、両手で包み込むように握る。8年ぶりに触れた幼馴染みの女の子の手は、想像より遥かに小さく、震えていた。

 

「お前をこんな悲しくさせようなんて思ってなかった。お前のその、見た人みんなを元気にする可愛い笑顔のままでいてほしかった」

 

 好きな女の子に、夢の中だけでも泣かずに笑っていてほしい。俺は懸命に、自分の想いを伝えようと言葉を紡ぐ。

 

「もっと幸せになってほしかった。もっと人生を楽しんでほしかった。そのためなら、お前の隣にいるのが俺じゃなくても良かった。だって──」

 

 龍崎蒼乃は、俺なんかにはもったいないくらいに素敵な女性なんだから。

 

 

 

 思いの丈を余すことなくぶつける。目を大きく見開いた蒼乃は、しばらく金魚のように口をパクパク開閉させていたが、意を決したように喋りだした。

 

「…………私の幸せは、私が決める」

 

 あぁ、もちろんだとも。自分で自分の歩む道を選択する。それは人として当然の権利だ。

 

「私の幸せは、艦娘として命を燃やすことでも、職場の上司とケッコンすることでもない」

 

 それは、俺の勘違い。いや、惨めな思い込みだったのかもしれない。

 これは蒼乃のためなんだ。蒼乃はこうしなきゃ幸せになれないんだ。そうやって自分を騙し、偽り、蒼乃を傷付けた。

 

「虎太郎、私の幸せはね?」

 

 握っていた左手は、いつの間にか両手に変わっていた。

 俺が包んでいた手を逆に包み返しながら、蒼乃は俺の目を見て微笑む。

 

 それは8年ぶりに見た、好きな人の心からの笑顔だった。

 

「アナタと一緒に生きることなんだよ」

 

 そう言い切って──いや、言ってくれた。照れ臭そうに笑う幼馴染みは、目を閉じる。

 いつのまにか鼻が触れ合うほど顔を近くに寄せていた蒼乃の綺麗な顔に、思わず吸い込まれる。

 目を閉じてアゴをわずかに押し出してくるかつての恋人に、もう辛抱堪らない。

 2人の距離を縮めるべく、俺は小さく息を吸って蒼乃の唇を────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あだだだだだだっ!!」

 

 ものすごい頭痛がしてベッドから飛び起きた。

 頭を抱えながら周りを見れば、そこは見慣れた俺の部屋だった。

 

「あぁぁぁ……」

 

 夢かぁ……。

 ずいぶんリアルというか、青臭いご都合主義的な夢を見たもんだ。

 未だに忘れられない初恋の人と良い感じになる夢を見たことが恥ずかしくなり、ベッドの上をゴロンゴロンと転がり回る。

 

 …………頭痛が悪化したのでやめよう。

 それにしても、昨日はどうやって帰ったんだろうか。寝落ちして夢を見始めてからの記憶がまったくない。

 誰か顔見知りの人に送ってもらったのか? とりあえずスマホに何か昨日の件についてのメッセージが届いてないか確認するか。

 

「…………うん?」

 

 いつも枕元に置いてるはずのスマホが机の上にある。何か違和感を感じるけど、まあそういうこともあるかと気にしないでおこう。

 

 

 prrrrrrrrr!! prrrrrrrrr!!

 

 

「うぉっ!?」

 

 ビックリした。手に取った瞬間に着信音が鳴って、思わずスマホを落としそうになった。

 こんな朝早くから着信ってことは、ひょっとして昨日の件についてか? やっぱり誰か送ってくれて、確認のために電話してくれたのか。

 そう思って番号を確認する。

 

『海軍 大淀』

 

 …………朝から気分が悪くなった。

 

「……もしもし?」

『も、もしもし! こちら大淀です!』

 

 電話で叫ばないでほしい。朝から元気な人だなぁ。

 

「……何の用ですか?」

『蒼龍さんがそちらにいませんか!?』

「………………はい?」

 

 予想外の質問が飛んできた。

 

『朝、出撃の時間になっても部屋から出てこないのでマスターキーで中に入ったら『辞職届け』と書かれた封筒がありまして!』

 

 …………あれ? おかしい。なんか昨日の夢と内容が似ているような……。

 

『それと蒼龍さんが書いていた日記帳も見つかりまして! 何か手がかりがないかと中を見たらですね!』

 

 頭痛がする。そろそろ声を張り上げないで静かに話してくれないかな。

 

 

 

『まるまる1冊、ほぼ真っ黒になるほど『柳本虎太郎』とだけ書きなぐられていました!』

 

 

 

 ………………何それ、ホラーゲーム?

 

『もし蒼龍さんがそちらにいるのなら、すぐに彼女から逃げてください! 彼女は今、まともな精神状態では──』

 

 なおもスマホの向こうで叫び続ける声を聞いていた俺は、背後に何かしらの気配を感じて恐る恐る振り向いた。

 そこにあったのはこの部屋から廊下に出入りするドア。全開になっているそこに立っていたのは──

 

「あっ! 虎太郎、起きたんだ?」

 

 ──満面の笑みを浮かべている俺の幼馴染みだった。

 

「お、おはよぅ……」

「もう! 昨日はお店で寝ちゃったから運んでくるの大変だったからね?」

「わ、悪かった。送ってくれてありがとう」

「うん! 虎太郎が元気そうならそれで良かったよ」

「な、なぁ蒼乃。昨日のことは……」

「ところで虎太郎──」

 

 

 

 誰 と 電 話 し て る の ?

 

 

 

 夢にまで見た幼馴染みの笑顔。それをこうして間近に見ることが出来て嬉しい。

 そう、嬉しいはずなのに。

 まるで得たいの知れない何かに囚われたような、能面のように貼り付けられた笑顔を見ているような、そんな背筋がゾッとする感覚を覚える。

 

 耳に当てたスマートフォンからは、未だに通話相手の切羽詰まった叫び声が流れていた。




 蒼龍が不幸になっていいわけないだろ。
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