私は今日、死ぬことになるだろう。
二航戦。かつての大戦で日本海軍の航空機動部隊の一角を担った2隻。
その片割れである『飛龍』になってから、もう5年が経とうとしている。
相棒の『蒼龍』とは訓練学校時代からの付き合いで、そこそこ仲良く友達付き合いしていたと思う。
その蒼龍が失踪した。
失踪当日の朝。鎮守府は上から下への大騒ぎで、普段は冷静沈着な『大淀』さんまで顔を真っ青にしながらアチコチへ電話をかけ続けていた。
幸い、行方はすぐに分かった。蒼龍は辞職届けを出して地元に帰ったらしい。
艦娘というのは文字通り、国の為に命を捧げる仕事だ。
想像を超える激務。血反吐を撒き散らし、糞尿を垂れ流し、目の前で仲間が死に、それでもなお戦わなければならない過酷な仕事。
当然、艦娘たちには離職の自由というのも存在する。
開戦当初とは違って戦況もだいぶ安定してきた現在、強制徴収で艦娘をかき集めなくても最低限の人では足りているのが現状だ。
だからこそ、私たちには職業選択の自由という権利が与えられている。
……この自由っていうのは胸糞悪いことに、PTSDや四肢欠損という、もう二度と戦えない状態に陥った艦娘を無慈悲に解雇する方便に使われたりすることもあるのだけれど。
退職勧告を受けない限り、命を賭けるだけあって公務員の中でも高給取りなこの仕事を辞める人ってのは滅多にいない。心が弱い人は訓練学校で脱落するし。
とにかく蒼龍は、そんな私たち艦娘にも与えられた当然の権利を行使しただけであって、正式な手続きを踏まず逃げたことで多少の罰則はあっても、辞職自体はそのうち受け入れられるだろう。
上層部がゴネにゴネている現状、まだ1ヶ月経っても結論は出ていないらしいけど。
一方で、残された私は大本営に呼び出され、その上層部から蒼龍を引き留められなかった叱責を受けることになった。
相棒でありながら辞職の兆候に気付けなかった責任。
引き留める交渉に同行しなかった怠慢。
挙句の果てには、蒼龍に遠く及ばない私の戦果を晒され「無能で愚図の役立たず」と罵られた。
また、鎮守府に戻っても同僚の艦娘たちからは無視を決め込まれた。
訓練にはほとんど参加させてもらえなくなった。
出撃任務もほとんど単独でのモノばかりとなり、護衛艦のいない空母はひたすら敵から逃げ回るしかなかった。
提督は辛そうな表情を浮かべて「…………すまない」と呟いた。
随伴艦を何度も務めてくれた仲の良い子からは「ごめんなさい」と書かれた手紙をもらった。
きっと、上からの圧力に従わざるを得なかったのだろう。
今にして思えば、あれは私に「全ての責任を負って自主退職しろ」という圧力だったのだろう。
ただ、私はそれを無視した。気付かないふりをした。情けない戦果を挙げ、周りからの圧力も跳ね除け、私は傲慢にも『艦娘』という椅子にしがみついた。
だから、とうとう大本営も堪忍袋の緒が切れたんだろう。
私は、迫りくる無数の魚雷に顔を引きつらせながら、脳内で大本営の偉ぶった白豚どもの顔を蹴とばした。
蒼龍は、天才だった。
訓練学校では、同期の蒼龍・飛龍たちの仲でもダントツの成績を修めた。
それに加えて、空母艦娘の中でもブッチギリの成績を修めた。
一航戦の艦載機を圧倒的な練度で壊滅させ、ノリに乗っていた五航戦トップの2人はそのプライドがへし折れるほどボコボコにされていた。
配属されてからの実戦でも、その能力は如何なく発揮された。
敵空母の艦載機はただの1つも帰艦することが叶わなかった。
鬼級・姫級の例外なく彼女から制空権を取ることができる敵はいなかった。
歴代『蒼龍』最強。
下手すれば、歴代『空母』最強。
その彼女が艦娘を辞めるということは、鎮守府どころか日本海軍の大幅な戦力ダウンということに他ならない。
大本営としては是が非でも引き留めたいところだったそうだが、どうやら当初は艦娘に乗り気でなかった彼女を艦娘にする為に、相当悪いことをやったらしい。
未だ、蒼龍は戻ってこない。
一方で私、飛龍がどういった存在だったのか。天才と呼ばれる蒼龍の相棒を務めるくらいなのだから、さぞかし優秀――というわけでは、もちろんない。
むしろ、その逆。
飛龍の中ではドベ。同期の艦娘全体でも下から数えた方が早い落ちこぼれ。それが私だ。
特に艦戦の扱いはひどいもので、教官からは「蒼龍が制空権を絶対に確保できるが、飛龍は制空権を絶対に失う」と酷評されたものだ。
比較的マシだったのが艦爆による対艦攻撃で、蒼龍と一緒に出撃する時は蒼龍が艦戦を多く積むのに対して、私がそのスロットのほとんどを艦爆で埋めるという極端な装備構成だった。
なんで私と蒼龍が同じ鎮守府配属になったのか。理由は未だに分からない。
ただ、こうして蒼龍辞職の責任を私に取らせようとしている現状を見て分かる。
きっと、何かあった時の足切りに使うためだったんだなって。
いつ途絶えるとも分からない魚雷の群れを必死に避けながら、私は内心で大本営の白豚どもが全員ハゲてしまえ、と呪った。
私に下された任務。
『通商破壊攻撃を繰り返す敵の殲滅』
東南アジアの重要な通商ルートを通る輸送船を攻撃し続ける敵を討て。
ただし、単独で。
無数の潜水艦を撃破しろ、と。
大本営はそう言ってきた。
……もう一度、言う。
正規空母1隻で、何隻いるか分からない潜水艦を全部撃沈させるまで帰ってくるな。
端的に言えば、「死ね」。
大本営は、私にそう言ってきたのだ。
責任を取って辞めないなら死ね。ずいぶんな扱いだ。きっと大本営の連中は、私たち艦娘のことをヒトだとは思っていないんだろう。
だって、そうじゃない。
正規空母は潜水艦を沈められない。何年も前からの常識だ。
この海域にいる限り、私は敵にとってただの動く射撃訓練用の的でしかない。
だからほら。こうして的に当てようと、何十何百の魚雷が水中を猛進してくる。
私はそれを、汗だくになりながら必死で避け続ける。
いったいどれだけの時間が経っただろう。
ほんの数分しか経っていないかもしれないし、もう何時間も避け続けたかもしれない。
ただ、どれだけ無尽蔵な体力を誇る艦娘でも、やがて限界は訪れる。
「イッタァア!?」
足元で起きた爆発。
足首から先がなくなったんじゃないかってぐらいの激痛に顔をしかめる。
傷む足を抱えて蹲りたい。そう思いながらも、未だ続けて迫りくる魚雷から逃れようと懸命に足を動かす。
――しかし。
「な、なんで!? 動いて! 動いてよ!?」
動かない。動けない。どれだけ必死にもがいても、私の足は海底に縫い付けられたようにその場からピクリとも動いてくれない。
足を見る。そこにあったはずの艤装は、見る影なく消し飛んでいた。
海上を進むための艤装が大破。それはつまり、私が「動く的」ではなく「ただの的」に変わったということ。
それはつまり、敵の魚雷から逃げる術を失ったことを意味する。
「!? アアァァァァァァッ!!」
絶好の的になった私に、次々と魚雷が着弾する。
身体のアチコチを気を失いそうな激痛が走る。
全身の艤装から上がる火煙。腕に持っていた甲板と弓はへし折れて使い物になりそうにない。
痛みで反射的に流れた涙が視界をぼやけさせる。
腕で目を擦って状況を確認する。
「…………ハハッ」
ひどい状態だ。海軍で用いている艦娘被害状況の基準でいえば、中破どころか大破を大きく超えている。
艤装のほとんどは爆発で消し飛び、残っている艤装もほとんどから黒煙が上がっている。
着ていた服は破れて裸同然。左腕は折れてるし、右の足首から先はない。
次、魚雷を喰らえば間違いなく轟沈する。そんなギリギリの、立っているのが奇跡なほどのひどい有様だった。
周囲を見れば、薄っすらと私に迫ってくる魚雷の影が見える。
どうやら敵に情けなんてモノはないらしい。
……まあ、仕方ない。
ただ避けるだけしか出来ないんだから、いつか限界がきて沈むなんて最初から分かってたことだ。
遺書は、艦娘になる前に書いた。命を賭けた仕事なんだから、殉職は覚悟してたじゃない。
そう、頭で考えて理解する。
私は頑張った。ここまでやってこれた。
落ちこぼれと言われた私が、「天才」の付属品になってでも、二航戦の中でトップの成果を残せたのは奇跡だ。
ここまでの人生に悔いなんてない。一生懸命頑張ってきたんだから。
そう呟いて、納得する。しようとする。
この世の未練を断ち切って、生きることを諦めようとする。
「……………………イヤだなぁ」
――でも、やっぱり出来なかった。
「イヤだ……っ、やだよぅ……! 死にたくないよ……!!」
目から零れ出る涙が止まらない。歯を食いしばっても喉から漏れる嗚咽が止められない。
後悔なんてない? 嘘だ。この世界でまだ20と数年しか生きていないのに、未練がないわけないじゃないか。
もっと美味しいご飯が食べたかった。もっと友だちと遊びたかった。
もっと、好きな人と一緒にいたかった。
頭に浮かぶのは、大好きなあの人。小さい頃からずっと一緒にいた、訓練がツラくてへこたれてた私をいつも励ましていてくれた。
そんな、誰よりも優しい人。
『蒼龍』が艦娘辞めたから、ケッコンも白紙になって私にもチャンスがある。そう思ったのになぁ……。
でも、もう遅い。
意地汚く生への願望を訴えたところで、私の命を刈り取る死神の鎌は止まらない。
魚雷着弾まであと数秒。
それでも、最期まで死ぬことを諦められなかった私は、ボロ泣きしながら、それでも未練タラタラに呟く。
「生きたいなぁ…………」
「じゃあ、そんな所で棒立ちしないでくれる?」
私の身体が、誰かにぶん投げられた。
「……………………なんで」
どうして。
アナタは、ここにはいないはず。
来れないはずだ。
だって、自分から言ったんじゃない。
艦娘を辞めるって。
だから、絶対に戻ってくるはずないのに。
もしかしてこれは夢なのかな?
でも、全身を変わらず襲う激痛がそれを否定する。
これが、間違いなく現実だと主張する。
「蒼乃、ちゃん?」
「なに?
背筋を伸ばし、胸を張る。
自信と誇りに満ち溢れたその立ち姿は。
間違いなく私が憧れた、嫉妬した最強の艦娘だった。
蒼龍。
『天才』と呼ばれた艦娘が、私の目の前に立っていた。
バッドエンドよりハッピーエンドが見たい。