限界超えるの、大好き。
「ほんと、最悪」
龍崎蒼乃――蒼龍が、大きく舌打ちする。
「いや~、申し訳ない……テヘペロ!」
「さっきまで死にかけてたくせにノリ軽すぎじゃない?」
ピョンピョンと海面を飛び跳ねながら、呆れた顔で私を見てくる蒼龍。
その肩に担がれているのは、素っ裸同然の私。
……情けないにも程がある姿で失礼します。どうも皆さん、落ちこぼれの飛龍です。
いや、というか蒼龍すごすぎ。絶え間なく襲ってくる魚雷の群れを余裕でひょいひょい避け続けてる。
……どっかに赤い角生えてたりしないかな。
「ところで蒼龍さんや」
「なんだい飛龍さんや」
「実家に帰ったはずの貴女がどうしてこんなところにいるんだい?」
「……………………」
あれ、どしたの蒼龍さん? 急に立ち止まったら危ないよ?
「……………………アンタが」
「私?」
「アンタが死ぬっていうから助けに来たんでしょうがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あ、ありがとうございますぅあー!?」
蒼龍が、さらに加速した。
め、目が回るぅ。
「やっとこのクソみたいな仕事を辞められると思ったのに!」
蒼龍は叫ぶ。
「やっとゆっくり休めると思ったのに!!」
日頃積もり積もった鬱憤を晴らすように、大声で叫ぶ。
「やっと虎太郎とイチャイチャできると思ったのにぃ!!!」
欲望ダダ洩れですよ、蒼乃さん。
「なに勝手に死にかけてんのよぉ!?」
「さすがにそれは理不尽すぎない!?」
私だって好きでこんな地獄に来てるわけじゃないんだけど!?
「だいたい虎太郎だって何よ! 私のことが大事なんじゃないの!? なんで「親友を助けに行きたいんだろ?」よ! 私が怪我しても良いっていうの!? なんで見ず知らずの飛鳥ちゃんに優しいのよ!! そんなところも大好き!!!」
「ストップ。蒼乃ちゃんストップー」
私の首を掴んでガクガク揺さぶりながら叫ぶのやめて。私ケガ人。しかも死にかけ。
というか……そっか。彼氏さんに言われたから来たんだ。本当は助けに来るつもりなんかなかったんだ……。
「ご、ごめんね? なんなら私のことは置いて帰っちゃっても――」
「はぁ? 何言ってんのバカ」
「ヴァカですとぉ!?」
傷付いた! 唐突な暴言が無垢な飛龍を傷付けた! これは損害賠償請求待ったなしの介――
「親友を見捨てるわけがないでしょ?」
……………………ほ、ほほぅ?
「なに照れてんのよ。気持ち悪い」
「う、うるさい!」
急にそういうこと言わないでよ! こっちにも心の準備とかあるんだからね!
「おっと危ない」
また私を肩に担ぎ直して、蒼龍が飛び跳ねる。
こうやって口でふざけてるけど、未だに敵潜水艦からの魚雷攻撃は止まらない。
「……でも、やっぱり良いよ」
せっかく助けてくれたけど、やっぱり蒼龍は私を置いて逃げた方がいいと思う。
今は余裕綽々で飛び跳ねていられても、これがずっと続けばどうなるかは分からない。
天才と言えども、体力の限界はあるのだ。
そうなれば、さっきの私みたいに無様な最期を迎えることになる。
ずっと一緒に戦ってきた親友に、死んでもらいたくはない。
だから、私を置いて逃げて。
そう主張しても、蒼龍は不機嫌そうに鼻を鳴らすだけだった。
「だったら逃げてないで戦えばいいじゃん」
「……いや、だから私たちの攻撃は潜水艦には当たらないんだって」
ずっとそうだったじゃない。出撃した時に運悪く潜水艦と接敵した時も、2人で中破しながら這う這うの体で逃げ帰ったの忘れたの? 遠征部隊だった駆逐艦の子たちに助けてもらわなかったらどうなっていたやら。
「通るじゃん。正規空母の攻撃」
……………………とうとう頭がおかしくなったか。
天才と言えどもこれだけの魚雷に襲われる極限状態では狂ってもおかしくない。
ああ、残念だよ親友。やっぱり私たちはここで死ぬ定めなんだね。
「違うわよバカ!」
「またヴァカって言ったー!?」
ひどい! たしかに座学ではいつもビリだったけど! いや、というか貴女も座学に限って言えば中の下くらいの成績じゃなかった!?
「前例がいるでしょ! 前例が!」
「前例? ……………………あっ」
加賀改二『護』。
他所の鎮守府の加賀さんが、長年の研鑽の果てに辿り着いた境地を思い出す。
正規空母ながら潜水艦に攻撃できる――むしろ潜水艦攻撃に特化した最終改装形態。
それを引き合いに出した。出してしまったこの天才は。
「ムリムリムリムリムリムリムリムリ」
「やる前から諦めてどうすんの」
「それこそ戦争初期から活躍してる大先輩と同じことを私にやれと抜かすか!」
それを私がやれと? 無理に決まってる!
下から数えた方が早い私にできるわけがない。私は天才の蒼龍とは違うんだ。
「そ、蒼龍がやってよ。私には無理だけど、蒼龍なら出来るでしょ?」
「私じゃ無理だよ」
「じゃあ私にだって無理じゃん!!」
天才が出来ないことを落ちこぼれが出来るなんて、そんな馬鹿げたことないでしょ!?
「というか、むしろ飛龍と
……………………なんて?
「飛龍、対艦攻撃の命中率ほぼ十割でしょ?」
「……まあ、そうだけど」
「しかも、艦爆も毎回ほとんど全機が帰艦してるじゃん?」
「…………いや、あれくらい誰にだって出来るでしょ」
航空機に比べて遥かにノロい艦船に爆撃を当てることくらい、誰だって出来る。
機銃だってまともに当ててこないんだから、鼻歌交じりに避けて全機帰艦だって楽勝で可能だ。
でもそれだって、制空権を必ず確保して安全に艦爆を飛ばせる状況を作ってくれる蒼龍のおかげだって。
「出来ないよ」
「…………またまたぁ」
「いやいや、冗談抜きで無理」
ご謙遜を。天才の蒼龍さんなら余裕でしょ?
「私に出来るのは、制空権を取ることだけ」
「それが出来るならさ――」
「試しに艦爆使ったら、全機あっさり落とされた」
………………嘘、でしょ?
「ホントなんだなー、これが」
「……………………」
「私には出来ない。飛龍にしか出来ない」
……………………冗談、とかじゃなさそうだ。
「というかさ、私が何も出来ない子と相棒組むわけないじゃん?」
蒼龍は本気で言ってる。
「配属だって、教官に直談判したんだから。飛鳥ちゃんと一緒が良いですって」
こんな落ちこぼれの私でも。
「私が制空権を取って、飛龍が敵を沈める」
私だからこそ。
「良いコンビだって思わない?」
不可能を可能に変えられる。この天才は、本当にそう信じてくれてるんだ。
「……………………」
「で? やる気はあるの? ないの?」
……こんだけやる気出させといて、その聞き方はズルくない?
「仕方ないわねぇ! やってやろうじゃない!」
「よく言った! じゃあ気合入れていくわよ!」
「…………比叡センパイのカレーは勘弁ね」
「…………このタイミングで、あのゲテモノ料理思い出させないでよ」
ちょっとテンション下がった。
「それじゃ、この弓は大事に使わせてもらいます」
「返さなくていいよ。もう私には必要ないしね」
折れてしまった私の弓と甲板の代わりに、蒼龍が使っている弓と甲板を受け取る。
正直今でも、潜水艦に有効な攻撃を与えられるかは分からない。
それでも、信じてくれた親友のためにも、絶対にやらなくちゃならないってことは分かる。
「ふぅ…………」
肺の中の空気を吐き出す。深い深呼吸をして心を平静に保つ。
通常の対艦爆撃と対潜攻撃は、似て非なるものだ。
水の中に潜む敵に当てるんだ。それは想像を絶する難易度に違いない。
いつもより精度の高い爆撃と、軌道予測が欠かせない。
故に集中する。深く深く、海の底に着くぐらい深く集中する。
足元は揺れる。蒼龍が必死になって魚雷を避け続けてくれている。絶え間なく動き続けるこの足場では、照準を合わせることすら困難だろう。
それでも、それがやらない理由にはならない。
「――――行くよ。蒼龍」
「…………うん。任せたよ、飛龍」
そうだ、思い出した。
私ってば、小さい頃から少年マンガが大好きだったんだ。
「――――――――飛龍改二、『護』」
「……………………蒼龍改二、『戊』」
いざゆかん。
暁の水平線へ、勝利を刻むのだ。
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