三人はシェルターに戻り、高山は事務机に、美咲と綾香はテーブルに座り、コーヒーを前にして向き合った。まだお昼前だ。美咲と綾香はうつむき、高山は何かを考えている。
「さて、どうしようか」
数分の沈黙の後、まず高山が言った。
「まず場所は確保できた。これは大きな前進ということで素直に喜ぼう。結婚式は式そのものと披露宴から成り立っていると思うけど、少なくとも後者の方の問題は解消されたということだ。それで前者の方、式そのものということになるんだけど、綾は特にリクエストはないということでいいのかな?綾は特に意見を言ってこなかったけど」
高山はまず綾香に振った。
「そうですね。私は前に一度、とても盛大なのをやってますから。特に結婚式というものに思い入れはありません。ですから美咲に合わせたいかなと。まあ、二人そろってウェディングドレスは着てみたいですけど」
「で、美咲はどうなの?さっき言ってたけど、キリスト教式がお望みかな?」
高山は、今度は美咲に振った。
「あたしは、……なんだかよく分からなくなりました。なんかこう、テンションが上がったなあと思ったら落とされて。その連続で」
「美咲にしちゃ珍しくへこんでるね。まあ、常識にとらわれない生き方をしようとするとそういう経験をすることになるよ。僕の人生も持ち上げられては振り落とされることの連続だったからね」
「先生がですか?」
「まあ、その話は機会があったら改めてすることにしよう。とにかく色々と整理してみよう。一番大切なのは美咲が何をやりたいのか、どうありたいのかということで、綾も僕もその美咲の気持ちを尊重したいという思いは強く持っている」
「ありがとうございます。…あたしがやりたいのは、…普通の結婚式です。…どこにでもあるような普通の結婚式。キリスト教式で挙げるカップルのすべてが敬虔なクリスチャンではないと思います」
「それはそうかもしれない。きっとそうだろう」
「だったら同性婚だからってキリスト教式で式を挙げられないっていうのはおかしいと思いますけど」
「まあ、教会側にも信教の自由というものがあるし、守りたい戒律もあるだろうから」
「当たり前かもしれませんけど、キリスト教では同性婚は禁止ですよね?」
「どうしてそう思うの?」
「どうしてって、……常識に反するから。古い考えの人ってそういうの嫌がるじゃないですか?」
「なるほど、性的逸脱ってことか。僕は聖書というものを真剣に読んだことがないからよく分からないのだけど、聖書には同性婚を禁じる直接の記述はなかったと思う。ただ、『女と寝るように男と寝てはいけない』ということと、『そういうことをした場合は殺される』ということが書いてあるだけだったと思うから同性婚が認められるかどうかは解釈の問題ともいえると思う」
「そうですか」
「さっき、美咲は漠然と憧れるというようなことを言っていたけど、どうしてキリスト教式に憧れるのかなあ?文金高島田ではなく、ウェディングドレスを着たいというだけ?」
「それもありますけど、もっと乙女チックというか、愛を誓いたいんだと思います」
「愛を誓うって何に誓うの?」
「『何に』って?」
「自分自身にではないだろ?」
「『何に誓うのか?』って聞かれると…やっぱり神様になるんだと思います。別に神様でなくてもいいのかもしれないんですけど、何か人間を超えた存在なんだと思います。じゃあ人間を超えた存在って何か?って言われると神様以外に答えようがないんで神様になるんだと思います。人間ってそうやって何千年もやってきたんだと思います」
「だから結婚式が今のような形に制度化されたってわけか」
「ええ、だからあたしはホントに漠然となんですけど、神様の前で永遠の愛を誓いたいんだと思います」
「綾もそういう理解でいいのかな?」
高山はさっきから黙って聞いている綾香に突然降った。綾香はビックリしたようにハッとして「はい」と答えた。高山が続けた。
「分かった。じゃあ神様に誓うとしてやっぱり結婚式のスタイルはキリスト教式ということになるかな。それで、二人そろってウェディングドレスで入場というわけだ。それはそれでいいのだけど、そうするとさっきも言われたとおり、聖職者を我々が準備しないといけない」
「スミマセン、話、突然変えちゃうんですけど、さっき牧師さんって言ってましたけど、神父ともいいますよね?どっちが正しいんですか?それとも牧師と神父って別人ですか?」
美咲が聞いた。
「別人か?と言われると別人だなあ。たとえて言うと、う~ん、適当なたとえが思い浮かばないなあ。…相撲の行司とボクシングのレフェリーくらいの違いかな?」
「はっ?」
「たとえの方が難しかったかな?ボクシングの行司とは言わないだろうし、相撲のレフェリーとも言わないだろ?」
「そうですけど、言葉の問題ってことですか?」
「そうともいえるかな。行事もレフェリーも勝負を裁くという文脈では一緒だ。カトリックは神父でプロテスタントが牧師だね。カトリックとプロテスタントの違いは分かるかな?」
「はあ、なんとなく。バチカンにあるのがカトリックの本山ですね?」
「そうだね。僕も宗教のことはよく知らないのだけど、カトリックの方が本家でプロテスタントの方が分家みたいな感じになるのかな。カトリックの方が、伝統があるから保守的だね。だから君達を受け入れてくれそうなのは神父さんよりも牧師さんということになるのかもしれない。でも神父も牧師も神の代弁者という文脈では一緒だ」
「それで、先生としてはこれからどうしようという作戦ですか?」
「とにかく君達を受け入れてくれそうな聖職者を探し出して、直接会って交渉するってことになるかな」
「うまくいきますか?」
「美咲はどう思う?」
「先生はこないだ、確か『憲法は国民のためにあるのであって、国民が憲法のためにあるのではない』とおっしゃっていましたよね?」
「うん。確かそんなことを言ったと思うけど」
「宗教も同じようなことが言えるんじゃないでしょうか?」
「宗教と国家の規範である憲法を同列に捉えることはできないよ」
「そうかもしれません。でも『教会は神様のためにあるのであって、神様が教会のためにあるのではない』ということはできるんだと思います」
「なるほど。それはそうかもしれない」
「あたしは、聖書なんか読んでないし、難しいことは分かりませんけど、神様はきっと弱い者の味方なんじゃないかと思うんです」
「いいところに気が付いたね。…カトリックは戒律が厳しいから君達を受け止めてくれる神父さんを見つけるのは難しいかもしれないけど、牧師さんなら見つかるかもしれないね。まあ、ここで喧々諤々、議論しても何も前に進まないから、とにかくやれることをやってみようか」
高山はそう言ってノートパソコンを開き、キーボートを操作した。インターネットに接続するようだった。
それから数日が経過した十二月十四日の午前、三人は高山の運転する軽ワゴンで東京外郭環状道路、通称外環を東へと向かっていた。水戸にゲイであることをカミングアウトした牧師がいるということを知り、会いに行くためだ。性的マイノリティーの研究家でもあり、大学の教壇にも立っているという。既にアポイントメントは取ってある。
リアシートの美咲と綾香は新幹線の中と同じように、子どもの遠足のように二人ではしゃいでいた。時々高山に突っ込みを入れていたが、高山は適当に相槌を打ってかわし、アクセルを踏み続けた。クルマは三郷ジャンクションから常磐自動車道に入り、さらに北関東自動車道に入って水戸南インターチェンジを降りると市街地とは逆方向にハンドルを切った。
そして郊外というよりも田園風景が広がる幹線道路沿いに目指す教会はあった。近付いてよく見ると十字架が掲げられてあり、看板も出ているので教会だということが誰にでも分かるのだが、遠目には普通の住宅と区別がつかなかった。ただ、遠方からの信者のためなのだろう、この規模の住宅にしては贅沢に駐車場の敷地を取っていて、高山はその一区画に軽ワゴンを止めた。
クルマを降りた三人は目指す建物の前に立ち、高山が呼び鈴を押した。インターフォンはついていたが、それに応える声はなく、しばらくするとドアが開き、四十歳くらいの男が姿を現し「はい」と無機質な声を出した。濃い聖職者の衣装を身にまとい、胸には十字架のペンダントが光っている。
「矢沢先生でいらっしゃいますね?」
高山がそう尋ねると聖職者はもう一度「はい」と答えた。美咲と綾香は後ろの方に控えている。
「遅くなりました。先日、お電話を差し上げました高山と申します」
「お待ちしておりました」
「スミマセン。道が混んでおりまして到着が随分遅れてしまいました」
「いいえ。気にされることはありません。元々何時にという約束ではなかったはずです。気長にお待ちしていました。さあ、どうぞ中へお入りください」
聖職者と高山の間でそんなやり取りがあり、聖職者は紳士的に三人を教会の中に招き入れた。教会といっても、内装も普通の住宅と変わりはなく、三人は丸テーブルの置かれたダイニングルームと思われる部屋に案内され、テーブルを囲んで四人で着席した。聖職者が改めて自己紹介した。
「改めましてごあいさつをさせていただきます。私がここの牧師をやっております矢沢と申します」
「今日はお忙しいところお時間をとっていただきましてありがとうございます。お電話をさせていただきました高山と申します。物語を書いております。そしてこちらがR市で市議会議員をやっております高遠美咲と、同じくR市で社会保険労務士をやっております藤森綾香です」
高山が美咲、綾香の順で紹介した。隣のキッチンから紅顔の美青年が現れ四人の前にお茶を置き、一礼して立ち去った。
「今のは弟子の山本です。弟子であり、私の生涯のパートナーです」
牧師がそう言うのを三人は刹那に理解した。
「電話ではお会いしてからと申しましたが、今日は矢沢先生にお願いしたいことがあってまいりました」
高山は椅子に浅く腰かけ、少し前かがみになり、牧師の目をしっかりと捉えて言った。
「私に解決できることでしょうか?」
牧師も高山の視線をしっかりと捉えて答えた。
「矢沢先生にしか解決できないと思い、R市からやってきました」
「どういったことでしょう?」
「この二人はご存知ですか?」
高山はそう言って美咲と綾香に手の平を向けた。
「ええ。存じています。藤森綾香さんと高遠美咲さん。若い頃はお二人の歌を歌ったりしたものです。懐かしいです。先日も新聞でお顔を拝見させていただきました」
牧師が軽い微笑みを浮かべて答えた。
「ならば話は早いと思います。この二人はお互いを終生のパートナーとして認め合っていて、結婚式を挙げることを希望しています。そして今、その結婚式を取り仕切る聖職者の方を探しているところです。地元の聖職者には断られてしまいまして、それで矢沢先生にならお願いできるのではないかと思い、はるばるやって来ました」
「そうですか……」
牧師はそう言ってうつむいた。
「…どうかお願いできないでしょうか?」
高山がそう言って牧師を促したが、牧師はなおしばらく両手の指をテーブルの上で組み合わせたままうつむいていた。そして十五秒くらい時間が流れてから静かに口を開いた。
「…そういうお話だろうとは思っていました。しかし、申し訳ありませんがお力にはなれません」
「……この二人は今、とても弱いのです。どうかお力をお貸しいただけないでしょうか?」
高山がもう一度懇願した。
「確かに、『弱い者に救いの手を差しのべてほしい』と言われれば私は聖職者としてそれに取り組まなければならないのかもしれません。しかし、ここは私達のことも考えていただきたいのです。私達は、この小さな教会に身を寄せ合って、ひっそりと暮らしています。もちろん全員がこの建物の中で暮らしているわけではありません。でもこの建物の中にはいない者も、この教会をよりどころにして、この近くで暮らしているのです。中には北海道や九州から家出同然でこの教会に逃げてきた者もいるのです。自分の立場を理解してもらえず、自分の居場所を探してようやくこの教会に辿りついた人も少なくないのです。それはご理解いただきたいのですが」
「それは十分理解しているつもりです。もちろん理解が不十分だとお感じになるかもしれません。でも、理解したいとは思っています」
高山が静かに答えた。
「藤森さんも高遠さんも有名人でいらっしゃいます。恐らく、式には多くのマスコミ関係者もおいでになることでしょう。そうすると式を取り仕切る私も世間の視線から無関係でいることはできないでしょう」
「顔を外に出したくないということですか?先生のお顔は教会のホームページ上でも公開されていると思いますが」
「おっしゃるとおり、私は自分の名前も顔も隠してはいません。しかし、私に興味を持つ人は本当の救いを必要としているごく少数の人々だけなのです。正直申しまして、私はこれまでお二人のようなカップルの結婚式を取り仕切って来ました。しかしそれは誰からも注目されていない、私達だけのひっそりとしたものなのです。私の仲間は、これまでさんざん世間の好奇にさらされてきました。そしてたくさん傷ついてきました。この教会は彼ら達、彼女達がようやく見つけた、心安らげる自分たちの居場所なのです。その安らぎを奪って欲しくはない」
「分かります」
「高山先生にはご理解いただけるかと存じます。本当は、高山先生からお電話を頂戴した時に、状況を察してお会いすることをお断りすべきだったのかもしれません。今日、わざわざ高山先生にご足労をいただいたのは、実は私自身が高山先生にお会いしたかったからなのです」
「はっ?」
「実は、私は随分以前から高山先生のことを存じていました。先生のご本を拝読させていただいていたのです。もう、十年以上前になるかと存じますが、先生は『男が母性を発揮するとき』というご本を書いていらっしゃいますね?」
「ああ、はい。もう絶版してしまいましたが」
「私は自分がそういう立場の人間だということもあって、性的マイノリティーの研究もしています。学際的な研究が認められて博士号もいただきました。大学で非常勤講師として教えてもいます」
「大学の教壇に立たれていることは存じています。ホームページで紹介されていらっしゃいましたね?」
「ですから高山先生のお立場はある程度理解しているつもりです。先生も随分と辛い経験をなさったんではないですか?」
「まあ辛くなかったといったら嘘になりますね」
「私やそこにいるお二人よりも先生の方が辛い経験をなさっているのかもしれません。あの本には『ダブルマイノリティー』と書いてありましたが」
「それをおっしゃるなら矢沢先生も、牧師としてそれに近い経験はされているのではないのですか?」
「少なくとも私はダブルマイノリティーではありません。私のことを受け止めてくれる仲間は確かにいましたし、今もたくさんではないにせよ、いますから。私のような例は太古の昔からあったのだと思います。しかし、先生や、藤森さんや高遠さんのような社会的な性差、ジェンダーの問題を抱えるということはここ最近の問題なのだと思います」
「そうですね。僕達は急激に進化してしまった社会の異端児なのかもしれません。だからこそ、二人の結婚を、同性婚というものが社会に認められるためのチャンスにしたいのです。矢沢先生にお力添えをいただきたいのですが」
「高山先生。先生にお会いできてよかったです。神に感謝します。お二人のご多幸を心から祈念させていただきます。お二人に神のご加護を。お力になれず申し訳ありません」
牧師と高山のそんなやり取りを、美咲と綾香はただ黙って聞いているだけだった。
牧師との会談は不調に終わり、高山は再び軽ワゴンのハンドルを握った。高山は沈黙していたが、美咲と綾香は相変わらずリアシートではしゃいでいた。何事もなかったかのようだった。
「やっぱり駄目だったかあ」
水戸南インターチェンジから北関東自動車道に入るとようやく高山が口を開いた。冷静な高山にしては珍しく落胆している。
「別にいいじゃないですか。ダメもとだったんでしょ?三人で水戸までドライブに来たと思えばそれでいいじゃないですか」
高山の落胆をよそに、美咲がさばさばした元気づける口調で言った。
「そうですよ。それでなくてもうちの事務所、人使いが荒いとはいいませんけど、社内レクとかなかったですからね。従業員の福利厚生の一環だと思えば」
綾香は社会保険労務士風に応じた。高山が続けた。
「君達はそれでいいのか?特に美咲だよ。美咲はキリスト教式にこだわりがあったはずだけど。矢沢牧師は最後の砦だったはずだ。もうキリスト教式は無理かもしれないよ」
「…確かにこだわりというか憧れはありましたし、今でもありますけど、でももうベストは尽くしたと思っています」
「じゃあ、式はどうするつもりなの?」
「さっきの牧師さんの話を聞いてる間に色々と考えていたんですけど、こないだVクラブの支配人が言っていた『人前式』っていうのも悪くないのかなとか思いました」
「人前式?それは婚姻届がないから駄目っていうか無理だって支配人は言ってたと思うけど」
「婚姻届なんて神様じゃなくて人間が作ったものでしょ?そんなのどうにでもなると思いますけど」
「出せもしない婚姻届にサインするっていうのか?まあ、確かにセレモニーには使えるアイテムではあるけど」
「いいえ。出しちゃうっていうのもありだと思いますよ」
美咲はいたずらっぽく続けた。
「そんなのは無理だよ。受け取ってはもらえない。まあ郵便で一方的に送り付けるってことができなくはないかもしれないけど」
アクセルを踏みながら高山が言った。
「大丈夫ですよ。窓口で出せますよ」
「窓口だったら『これは受け付けられない』って拒否されるだろ?」
「大丈夫。時間外に裏口の警備員詰所に出すんですよ。こないだの綾の離婚届のときもそうだったじゃないですか」
「ああ。あの警備員さん、美咲のお友達みたいだったね」
「まあ、お友達というか、顔見知りというか。あの警備員さん、実はラピスラズリのファンで美咲推しだったんですよ。ですからあたしの言うことなら無理が効くと思います。五月十八日の夜に彼のシフトが入るようにしてもらえば後はあたしが話をつけておきますよ。それで受理してもらって、後は住民課のメールボックスにでも突っ込んでもらえばいい話です。うまくいきますよ」
「でもね、美咲」
綾香が横から突っ込んだ。
「人前式はいいと思うし、婚姻届を出すのもいいとは思うんだけど、婚姻届は夫の欄と妻の欄しかないよ。保証人もあるけど、保証人には親になってもらうとして、どっちかが夫にならないと人前式は成立しない、というか少なくとも婚姻届をアイテムとして使うのは無理だと思うんだけどそれはどうするの?」
「ああ、それならあたしが夫でいいよ」
美咲が間髪を入れずに言った。
「ラピスラズリの時はあたしと綾でキャラ設定が逆だったと思うの。あたしは背が低いってことで、ツインテで妹キャラをやらされていた。でも、本当は、あたしは男キャラだった。だから本当はお嬢様キャラの綾とは馬があったのかもしれない。だから、あたしは男役でいいよ。男装してもいいと思ってるくらい」
「美咲が紋付袴で私が文金高島田?」
美咲に続けて綾香が言った。
「う~ん。ウェディングドレスもいいけど、まあそれはお色直しをすればいい話じゃない?」
「そっか。和装と洋装で、途中で男女役を逆転させるでもいいかもしれないね」
高山の落ち込みをよそに二人が盛り上がってきたので高山も少し安心した。
「じゃあ決まりでいいね。人前式にして。で、何人くらい呼ぶのかな?」
高山が聞いた。
「Vクラブだったら百人くらいが限界ですかね。まあ普通の結婚式ってそんなもんだと思うけど」
「マスコミも多数、押し寄せると思うからそれはそれで対応を考えておいた方がいいよ」
「黒崎社長の奥様も招待しちゃおうかね。マスコミ担当ということで記者さんのご案内を押し付けちゃうのもいいかも。ラピスラズリのメンバーも全員集合だろうし、久し振りに同窓会みたいなのをやるのもいいかもね。ね、綾」
美咲は綾香に振り、綾香は微笑んだがそれには答えず、ハンドルを握る高山の方を見た。
「ところで先生」
美咲のはしゃぎぶりを抑えるように静かに綾香が高山に聞いた。
「ん?」
「さっきの牧師さんとの話の中で『ダブルマイノリティー』っていう言葉が出てましたよね?」
「ああ。出てたね」
高山が前を見ながら答えた。
「なんなんですか、その『ダブルマイノリティー』っていうのは?」
「興味あるの?」
「はい。あっ、でもさっき、先生も辛い思いをされていたという話を牧師さん話していましたから、もし話したくないのであれば無理に聞こうとは思いませんけど」
「…まあ、そんなに難しいことじゃないよ。『ダブルマイノリティー』とは読んで字のごとく、まあ横文字の場合にはそういう言い方はしないのかもしれないけど、ダブルでマイノリティー、つまり二重の意味で少数派だということだよ。そういう経験を僕はしてきたということだ」
「スミマセン。ちんぷんかんぷんです」
「ゴメンね、上手く説明できなくて。例を挙げれば分かりやすいかな。例えばアメリカ社会ではアングロサクソンの白人が中心でアフリカ系やヒスパニック、あるいは日系人なんかもそうだったと思うけど、そういう人達は少数派だということで差別されてきたと言われている」
「はい」
「しかし、そういう人達はそういう人達の世界、つまりアフリカ系ならアフリカ系のコミュニティ、ヒスパニックならヒスパニックのコミュニティが形成されていて、そういうコミュニティの中では仲間意識を持っていたはずだ」
「分かります」
「もう一つ例を挙げると、例えば我が国で女性は、職場においては少数派で男性に比べると差別されてきたと言われている。しかし、さっきと同じように女性同士のつながり、コミュニティというのは形成されているのであって、そういうつながりの中では仲間意識が形成されているはずだ。ママ友とかね。働いている女性の間でも保育園の送迎とかで顔を合わせているうちにママ友同士、結束できているはずだ」
「はい」
「でも僕は職場における男性社会では育児に重きを置いてる変な奴で、女性社会においても男のくせに育児をやってる変な人ということで、どちらの社会にも受け入れられないという経験をしてきた。だから二重に少数派としての寂しい思いをしてきたということさ。それがダブルマイノリティー。そういうことを処女作の『男が母性を発揮するとき』では書いていて、それなりの共感も得ることができた」
「牧師さんもそんなこと言ってましたね」
「さっきの牧師さんはゲイということで一般社会には受け入れられなかったかもしれないけど、ゲイの社会では受け入れられてきたはずだ。僕はそういう経験をしていない。職場では一人ぼっち。子どもが熱を出したので休みますとか、保育園にお迎えに行くので早く帰りますとか、そういう話は受け入れてもらえなかった。保育園のママさん仲間にも入れなかった。パパさん仲間には入れるかなとか期待もしたけどそれも無理だった。どこの家庭も育児は女の仕事。イクメンとかいわれている人も所詮は女性のやっている育児の協力者にすぎなくて、自ら母親役を自認している男はいなかったよ」
「私たちも『ダブルマイノリティー』になるんでしょうか?」
「今のままではそうだろうね。君達は同性愛者でないにも関わらず、同性婚をしようとしているのだから一般社会ではもちろんレズピアンの社会にも受け入れられないかもしれない。でも君達は同じ経験をした者同士ということで今までになかった新しい関係を作り出そうとしている。それは君達が我慢するのではなく、社会がもっと大人になって新しい生き方を受け止めるべきだと僕は思う」
「……」
綾香はいつもよりも真剣な高山の言葉に聴き入っていた。美咲も静かに高山の声を聴いている。
「僕は色々な生き方があっていいし、そうあるべきだし、そうあってほしいと思っている。僕のような男だけど母親役をやっている生き方とか、君達みたいな同性婚とかね。もちろんみんながみんなそういう生き方を選ぶ必要はない。ただそういう生き方も尊重されるような、そういう社会になってほしいと思っている。だから君達は僕の希望の星でもある」
「はい。頑張ります」
そう言ってバックミラーに映る綾香の顔がニッコリ微笑むのが見えたが、その横で美咲が「それより先生。次のパーキングエリアで一休みしません?お腹空いちゃって」と言ったので高山は苦笑した。