倫也の家、玄関前。手には合鍵を持つ英梨々。
「なっなんなのこの感覚っ・・・」
扉の前でとまどう。左右をキョロキョロ見る。はたから見ればコソ泥に勘違いされてもしかたない挙動不審ぶり。
深呼吸をする。
ガチャリ。
「・・・開いたっ!!」
ドアを少し開けてのぞき込む。薄暗くて中は良く見えない。
ドアをもう一度閉じて鍵をかける。ケータイを取り出す。
「こちらスペンサー。組織への潜入は成功した。引き続きミッションを進める」
「なにってんの英梨々?」
「恵ぃ~。この鍵開くんだけど・・・」
「そりゃあ、開くでしょうよ」
「あんたよくこんなイベントを平然とした顔で入れるわね」
「あのね、英梨々、平然とした顔と内心が平然としていることは別だよ?」
「そうよね、あんただって緊張するよね」
「そりゃーまぁ、多少はね?」
「で、どうすればいいのかしらね?」
「ミッションの成功を祈るよ。英梨々」
「ありがと・・・恵」
「エル・プサイ・コングルー」
ドアを開け、手彫り漆仕立ての下駄を脱ぐ。ちなみに特別な描写はしないが、上から下まですべて手製の一品物、総額は軽く200万を超える。とくに帯の柄は特別発注で、英梨々本人のデザインによる手刺繍はそれだけで、安い着物を一式そろえることができる。
普通の人と違う点はこういう高級品を普通に気後れせずに身にまとう点であり、加藤家では着物に汁物がかかるアクシデントがあっても、周りの固まるような動揺を笑い飛ばすような人柄にある。
倫也の部屋のドアを開ける。ここまでくると平常心を取り戻す。
「くさっ!汚なっ!」
想像以上にひどい状態だった。
部屋の電気をつける。散乱した紙とペットボトル。無造作におかれたラノベ。倒れているフィギュア。
「とーもーやー 生きてるかー」
床の上に毛布で包まっている倫也を発見する。
カーテンを開け、空気を入れ替える。とりあえず倫也を放置して部屋を軽く片付ける。
「いい加減起きなさいよ・・・」
倫也の反応がない。
「ちょっと、倫也ぁ!」
「ん・・・」
冬コミ後のサークル打ち上げ兼忘年会で、すでに倫也は元気がなかった。原因ははっきりしている。あまり認めたくはないけれど。
「あけましておめでとうって感じじゃないわね」
「あっ、英梨々・・・?」
「まず、顔ぐらい洗ってらっしゃいよ」
「ん、ああ」
倫也が起き上がるが、すぐによろけて倒れ込む。
「ちょっちょ・・・あんた・・・」
額を触るが熱はない。
「風邪じゃないようだけど」
「ああ、だいじょぶ・・・」
再び立ち上がって、部屋からでていく。
英梨々は窓を閉める。書類に軽く目をやると、ゲームの感想のまとめ、製品版への進捗状況、おまけゲームの企画などどれもブレッシングソフトに関するものばかりだった。
英梨々の胸がチクりと痛む。
倫也が戻ってくる。シャワーを浴びてきたようでさっぱりしている。
「って、あんたひどいやつれようね・・・」
「そういえば飯くってねぇな・・・」
「寝食を忘れるのは冬コミ前だけでしょ、冬コミ後もそんなんじゃ倒れて当然ね」
へたり込むように座る倫也。首をうなだれている。
「親はどこいったのよ・・・」
「どこか旅行じゃないか?」
「息子をほっぽって・・・」
「加藤が・・・いるから大丈夫だろって・・・笑ってたな・・・ハハッ」
「それもどうかと思うわ・・・どんな親よ・・・」
「そういえば英梨々、なんで着物なんか着ているんだ?」
「今、気が付いたの」
「ごめん」
「こう具合が悪いと盛り上がらないわね」
「ははっ」
「どうかしら?」
「とても、似合ってる」
「べ・・別にあんたのために着たんじゃないんだからっ!」
(つづく)
英梨々はクールな時が素に近いような気がするけれど、どうなんだろう。