英梨々はジャージ姿で気楽に過ごす。最近は詩羽と電話していることが多い。
マルズの仕事を受けることは倫也と恵を裏切ることになる。伊織が仲にはいって、倫也と調整してくれとはいえ。恵との衝突を回避するための説得が必要不可欠だった。余計な波風は立てたくない。
「まずは、お嬢様のまま倫理君との関係性を深めるわよ」
「具体的には?」
「明日、倫也君の家にいってコンタクトにしてもらいなさい」
「突然ね」
「そして、三学期初日を倫理君と一緒に登校するの。それで周りから自然と注目が集まるわ」
「それだと倫也との関係がばれてしまわない?」
「それでいいのよ。いつまでも隠しても仕方ないわ。倫理君があなたにふさわしい人にすることを考えましょう」
「わかった。いろいろ考えてくれてありがとう霞ヶ丘詩羽」
「まだお礼には早いわ。だって、これから戦って傷ついて、立ち直って、また戦って・・・がんばるのはあなた自身じゃないの」
「無傷ではすまいのよね・・・まぁそりゃあそうよね」
「あと、必ず合鍵は加藤さんに返しなさい。敵対してはダメよ」
「ちょっといいかしら?」
「何かしら?」
「初期プロットだと、確か・・・徹底して恵を遠ざけて既成事実を積み上げていく作戦だったわよね?」
「ええそうね。私から『幼馴染ヒロイン』シナリオで新ゲームを提案する予定だったわ」
「いい案じゃない、どうして中止になったの?」
「・・・倫理君がガチ切れしたからよ・・・」
「あ、また泣かされたのね?」
「・・・」
「霞ヶ丘詩羽って、倫也にシナリオを提出する都度もめるわよね」
「あなた私にケンカ売っているのかしら?」
「ちがうわよ。影でがんばってもらっているなぁってアピールしただけよ」
「・・・そう」
英梨々は不安を覚える。物語を変えていく『if』は諸刃の剣だ。何かを得れば何かを失う。あたしが今ここにいるのはあたしの未来を変えるため?それとも・・・過去に執着しているため?いったいどっちだろう?
「澤村さん大丈夫?」
「・・・あっ、うん」
「あまり、シリアスなモノローグはいれないほうがいいわよ」
「どうして?」
「あなたが気が付いたことでプロットが変わってしまうからよ」
「ごめん」
「いい?今はあなたのことだけを考えて、あなたが倫理君・・・倫也くんと結ばれるゴールだけを」
「だけど、倫也は恵をっ・・・!」
「落ち着いて澤村さん・・・」
英梨々は深呼吸をする。冷静な自分を取り戻さないとダメだ。
「大丈夫。どこまで話しをしたっけ?」
「加藤さんに合鍵を渡すところよ」
「うん。わかった」
「それから、強引だけど視聴覚室でマルズのことを加藤さんに報告するわ」
「難易度高いわね・・・」
「ねぇ澤村さん。両想いの人でも現実だと結ばれないことが多々あるわ」
「そうね・・・」
「ましてや作中の私たちは必ず試されるイベントが起こる。そうでしょう?」
「だから、せめて諦めずに無様でもいいから戦いましょう。戦って泣いてずたぼろになって、それでもダメなら、きっと・・・」
「それは違う・・・霞ヶ丘詩羽。あたしは・・・絶対に勝つわ」
「澤村さん・・・」
英梨々は電話を終えてぼんやりと考える。モノローグは危険だといった。なるほど思考を進めれば、倫也と恵の幸せを願う自分がいることに気が付く。それは美智留が導いた結論ともいえるし、物語の宿命ともいえる。
だけど、これは同人に過ぎない。澤村スペンサー英梨々の亡霊は何を望む?倫也と結ばれる能天気な未来?加藤恵はどうする?何もかもハッピーになるだろうか。考えても答えがでない。
「だから、あたしは戦う」
※※※
いつもの喫茶店で倫也と詩羽が会っていた。話題が暗い。
「倫理君。移籍することを認めてくれてありがとう」
「うん。正式に決まったみたいでよかったよ詩羽先輩」
「顔がひきつっているじゃない」
「複雑な気分だけど、でも俺の企画は何もきまってないし」
「そうね・・・でも裏切ったことには変わりがないわよね」
「そんな言い方しないでよ。詩羽先輩も英梨々も上を目指して欲しいし」
「ありがとう」
「でも、確かに加藤にどう伝えるか、考え物だな」
「そうね、最悪もう修復不能になるんじゃないかしら?」
「そうかもしれない、だからって、二人が飛躍するチャンスを逃すことはないし、加藤の了解を得なければいけないことでもない」
「倫理君・・・」
倫也がコーヒーを飲む。その目は正解のための道筋を探していた。
「わかったよ、恵と英梨々の仲が悪くならないことだけ考えよう」
「で、どうするの?」
「俺が土下座かな?俺、悪くないけど」
「なんか結果の見えそうな対処法ね」
(つづく)
次回は倫也の部屋での倫也と英梨々。
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