シネマハウスへようこそ   作:遊馬友仁

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プロローグ~イノセント・ワールド~①

四九九本━━━。

これは、有間秀明が、生後十五年と二カ月あまりの間に、観てきた映画の本数である。

 

小学五年生になる年の春にテレビで放映された『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に衝撃を受けて映画のトリコになって以来、映画館、レンタルビデオショップを駆け回り、地上波でテレビ放映される作品なども含めて、週に二~三本の観賞をこなすことで、この数にたどり着いていた。

一九九四年の夏休み終盤、一ヶ月ほど前に読んだ、とある書籍のコラムに書かれていたハリウッド映画のプロデューサー兼脚本家であるジョン・ヒューズの作品を

 

(記念すべき映画観賞五〇〇本目のタイトルにしよう!)

 

と計画した秀明は、ヒューズが脚本を執筆した学園生活を描いた六本目の作品となる『恋しくて』が置かれているレンタル店を探し、相棒のブライアン号(平行ハンドル自転車タイヤサイズ二十六インチ)で、彼の住む街とその近郊を巡っていた。

この日は、昼過ぎに自宅を出発して、高級住宅街が並ぶ私鉄沿線の駅を中心にビデオ店のハシゴをしたものの、お目当ての作品は、まだ見つけられていなかった。

午後の早い時間は、残暑の厳しさが感じられ、山の手の坂を愛車で登る時には、

(この炎天下で坂道か……。あのスポーツ飲料のCMみたいやな)

と、この年のシングルCD売上のトップを獲得したナンバーが流れるテレビコマーシャルを思い出したりしながら、サイクリング兼ビデオ探索を続ける。

自宅を出て、すでに数時間。

私鉄の路線と競馬場に挟まれた《駒の道》と名付けられた宝塚市内の県道を南下する。

この頃になると、朝からの快晴が一転し、北西の六甲山系から黒い雲が立ち登りはじめ、夕立の前ぶれとも言える独特の香りが鼻を付いた。

(これは、夕立が近い!?時間も時間だし、今日は次の店で探索を止めて、明日は、別の方面に遠征してみるか)

などと悠長に考えていると、突如として背後で雷鳴が轟き、二~三の雨粒を感じたあと、ザーと言う轟音とともに、滝の様な雨が降りだした。

幸いなことに、競馬場前の坂を登りきった後で、目指すビデオ店『ビデオ・アーカイブス仁川店』は駅前のロータリーの一角にあったので、急いで愛車を店舗の前に停め、店内に駆け込んだ。

夏休みとは言え、平日の昼下がり。

さほど広くない敷地のビデオ店は、秀明の他に客の姿はなかった。

早速、お目当ての作品の探索にかかり、洋画の《ドラマ》コーナーに移動する。

すると、コーナーの隅の方に、

 

《ジョン・ヒューズ作品》

 

と書かれた一角が目に入った。

(おお、ここは、『分かっている』店だ!)

と、何に感動を覚えたのかは自分にも分からないまま、一人テンションを挙げてみるも……。

 

『素敵な片想い』

『ブレックファストクラブ』(貸出中)

『ときめきサイエンス』

『フェリスはある朝突然に』(貸出中)

『プリティ・イン・ピンク~恋人たちの街角~』

『恋しくて』(貸出中)

 

と言うビデオ棚の構成に、

(ああ、無念……)

と、天を仰ぐ。

 

その時、アプリコットとジャスミンのフルーティーな香りが秀明の鼻腔をくすぐり、不意に声を掛けられた。

「ジョン・ヒューズの作品が、お好きなんですか!?」

少し高揚した声色に振り返ると、ショップの店名が書かれたエプロンをした女性が立っている。

「え、ええっと……。最近、読んだ本に面白いと書いていて、『ブレックファストクラブ』とか『フェリスはある朝突然に』とか面白かったので……」

「そうなんですか!」

彼女の声が弾むと同時に、後ろに縛られた長い黒髪も僅かに揺れる。

「ちょうど、貸出中のが返却されたところなんですよ。と言うか、三本ともワタシが観てたんですけど」

三本のテープを抱えながら、そう言って悪戯っぽく笑い

「お探しの作品は、コレですか?」

と、『恋しくて』のテープを差し出す。

唐突に声を掛けられただけでなく、探していた作品が、邦題も、そして、ストーリーも、ナタデココよりも、甘々のラブコメディー作品であるとの情報を仕入れていた秀明は、急に気恥ずかしくなり、

「えっ、あっ、はい……」

と答えるのが精一杯だった。

「やっぱり!『ブレックファストクラブ』も『フェリス~』も観ていて、棚に無かったのは、『恋しくて』だけだったから!このまま借りられますか?」

一気にまくし立てる彼女の言葉に、

「あっ、はい……」

と、壊れた電子機器の様に、同じセリフを繰り返す秀明。

「他にお探しの作品はないですか?」

「いや、今日は、その一本だけで良いです」

そう答えると、

「じゃあ、レンタルの手続きをしますね」

と、サッサとカウンターに向かって歩き出す店員。

あまりに急な展開と、目当ての作品が見つからなかった時は、雨宿りも兼ねて、じっくりと店内のビデオタイトルを見学させてもらおうと考えていた秀明は、内心かなり焦ったが、カウンターに戻った店員は、貸出の手続きをすすめる。

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