シネマハウスへようこそ   作:遊馬友仁

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第3章~パルプ・フィクション~①

神戸・新開地。

この街の商店街の北の端にある市民のいこいの広場、小高くなった湊川公園の東口に、名画座『パルシネマしんこうえん』がある。

一九七一年に開業したこの映画館は、高校生料金・八〇〇円の低価格で二本立ての映画を観賞できるということで、映画観賞にもコストパフォーマンスを重視する秀明が、もっとも頻繁に通う劇場であった。

バブル景気の浮き沈みを経験し、平成に時代が変わり、神戸市内に大きな被害をもたらした震災を経た後も、再開を果たし、元号が令和となった現在もなお、昭和の名残を強く感じさせるこの劇場は、秀明のお気に入りスポットの一つなのだが。

 

しかし……。

 

昭和の薫りが強く漂うこともあり、秀明と同世代の十代の人間が多く訪れる場所では、決してない。

 

(況んや、同級生の女子においてをや)

 

思わず古語表現になるほど、彼の思考回路はショートし、混乱を来していた。

自分の様な、同世代の流行とは無縁な人間のテリトリーである場所に、クラスメートの女子が立っている。

この状況をどう理解すれば良いのか、頭のなかを整理するのには、時間が必要なことは言うまでもない。

 

 

「ねえ、有間クン、だよね?稲野高校の」

「あ、うん。吉野さん」

思考がまとまらない秀明の脳内は、

(えっ?なんで?吉野さんが?なんで、ここに?)

というクエスチョンマークの嵐が風速四十メートルの勢いで吹き荒れる。

呆けた顔で自分を見つめる秀明に、亜莉寿がたずねる。

「ん?『どうして、ここにいるの?』って、顔してるね」

「え?ああ、うん」

某実況プロ野球ゲームで連打をくらった投手のように混乱状態継続中につき、同じ答えを繰り返す秀明の様子を見つめ、クスクスと笑う亜莉寿。

「あの時と、同じだ」

相手には聞こえない小さな声でつぶやく。

さらに、彼女はわざとらしく拗ねた様な表情で、

「女子が一人で映画を観に来ちゃいけませんか?」

こんなことをたずねる。

「いや、全然そんなことはないと思うけど……」

と答える秀明だか、頭の中では、全く別の想いが錯綜していた。

(女子が一人で映画を観に行くことに疑問はないけど。……けど、この劇場に一人で来るか!?)

秀明の疑問のもとは、劇場の立地にあった。

先述した様に、この劇場は、広々として明るく開放的な公園の隅に所在しているが、二区画ほど先には、日本有数の歓楽街が広がっていた。

その雰囲気を色で表すなら、ズバリ《桃色》の一言に尽きる。秀明には、最初にこの劇場に来た際、道に迷い、その歓楽街のど真ん中を延々と彷徨した経験があった。

(ここは、十代の自分が歩いていて歓迎される場所ではない)

そんな想いにかられながら、ようやく劇場にたどり着いた時には、そこがオアシスの様に思えた。

ともあれ、健全志向の作品としては、これ以上の描写は致しかねるので、秀明の戸惑いの理由については、読者諸氏の想像力に委ねたい。

 

「綺麗な公園もあって、周りもとってもイイ雰囲気だよね」

 

秀明の困惑をよそに、吉野亜莉寿はつぶやく。

彼は、自身のトラウマに近い経験をクラスメートの女子が体験していないことを察して、安心しつつ、

「あ、ああ。商店街も、ちょっとレトロな感じがあって良い感じでしょ?」

と返答し、話題を変えることにした。

「吉野さんは、タランティーノ好きなの?」

「そうね。『余計なおしゃべりが多いんじゃないか』とか気になるところもあるけど、とにかくセンスの良い映画を撮るなって思う!有間クンは?」

「うん、自分も、そんな感じ」

秀明は、混乱から立ち直り、ようやく会話を成立させられる状態になった。

しかし、落ち着きを取り戻しつつある彼の心情をよそに、吉野亜莉寿は、さらなる追撃の矢を繰り出す。

「ねぇ、有間クン。有間クンは、映画のことより、私のことで気になってることがあるよね?」

そう言って秀明の座っていたベンチの隣に座る。

「えっ、ああ」

(あぁ、そうやった。彼女から掛けられている《謎》は、まだ、解明できてない)

再び、脳内をフル回転させる準備をしながら彼女の表情を観察する。

その顔はニッコリと微笑みながらも、よくよく見ると目が笑っていない。

秀明には、その表情に見覚えがあった。

一部の男子を勘違いさせる破壊力を持ちつつも、正田舞に《何か言いたそうな表情》と感じさせた、あの微笑みである。

 

(これは、慎重に言葉を選ばねば……)

 

教室内の対角線上の位置、約二十メートルの位置からではわからなかったが、手を伸ばせば届く距離にいることで感じる緊張感なのだろうか?

同級生と話しをしているだけなのに、何故だか強烈なプレッシャーを感じながら、質問をする。

「あの、正田さんにも話しを聞かせてもらったんやけど、吉野さんは、オレのことを以前から知ってくれていたんかな?」

「ええ、そうね」

簡潔に返答する亜莉寿は、変わらない微笑を浮かべながら、相変わらず重圧を感じさせるオーラを放っている。

「本当に申し訳ないけど、自分には、その認識というか記憶が無くて……。もし良ければ、吉野さんとオレが、ドコで会ったことがあるのか教えてもらえないかな?」

そう一気に秀明は言い終えると、最後に、「ゴメン」と小さく謝った。

この言葉を聞いた彼女は、

「ハァ~~~」

と、盛大なため息をつき、

「仕方ない、これが本当に最後のヒント」

そう言って、持っていたポーチからゴムバンドを取り出し、髪をたくしあげる。

彼女が髪をかきあげると同時に、アプリコットとジャスミンの香りが微かに漂った。

その香りを感じた瞬間、秀明の脳裏に、八ヶ月前の夏休みのあの日の記憶が、鮮やかに、よみがえった。

 

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