シネマハウスへようこそ   作:遊馬友仁

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第7章~恋人までの距離(ディスタンス)~⑨

正田舞は、一人残ったファーストフードのテーブル席で考える。

余計な期待を持たさないため、秀明には話さなかったが、亜莉寿は、ここ一ヶ月ほどの彼との会話で、秀明への信頼をかなり深めた様だ。

放課後の会話で、彼女は、自分が大切に思っている小説を秀明が気に入ってくれたことを舞に話した。

 

「しかも、何が気になったのか、その作家について、色々と調べたりしたみたいで、本を薦めた私より詳しくなってたり……。アレには、ちょっと引いたな~」

 

冗談めかした口調で辛口なことを言うが、亜莉寿の表情は、心の底から嬉しそうだった。

さらに、彼女たちが出演している『シネマハウスにようこそ』の収録を通して、秀明が策を練りながら、亜莉寿の担当するコーナーの決定権を守ろうとしていたことも……。

 

「私は、自分の考えていることを察してもらえないと、相手の人と駆け引きしたり、交渉するのが苦手だから……。有間クンが、そういうことを考えてくれてたのは、ちょっと嬉しかったな……」

 

秀明のことをほとんど誉めない彼女が、彼の言動について珍しく素直に喜びの感情を口にしたことに、舞は少し驚いた。

 

四月の入学式の頃には、秀明が亜莉寿に最悪に近い印象を与えていたことを考えると、半年も経たないうちに、ここまでの関係性に発展するとは予想もできなかった。

もっとも、驚いたと言えば、ようやく秀明が亜莉寿とコミュニケーションを取れる様になったと聞いた日から、十日ほど後に、いきなり二人が昼休みの校内放送を始めた時もそうだったが……。

後に、知り合いの上級生から聞いたところによると、昭聞たち放送部が以前から企画していた番組だったらしく、ある程度は納得したものの、常識人である正田舞にとって、秀明と亜莉寿の行動は、予想のつかないことだらけだ……。

 

(まあ、それがあの二人を見ていて飽きない理由でもあるけど)

 

と考えると、不意に笑みがこぼれる。

周囲の人間の心情に対する好奇心が誰よりも旺盛な正田舞にとって、わからないことだらけの秀明と亜莉寿が、関心の的になることは必然なのかも知れない。

 

さらに、わからないと言えば、吉野亜莉寿が、

「有間クンと坂野クンが、番組内でイチャイチャとトークをするのを眺めているのが楽しい」

と言っていたことも……。

「有間秀明は反発しながらも、いつも最後は坂野昭聞を受け入れる」

といったニュアンスのことを語っていたが、この発言だけは、まるで彼女の真意がわからず、舞は曖昧にうなづくことしかできなかった。

 

(この話しについては、また機会がある時に有間に聞いてみよう)

 

と、ここまで自身の頭の中を整理した後───。

それにしても───と、正田舞は秀明と亜莉寿について考える。

 

二人の心理的距離が、なんとも微妙なバランスの時期に取り上げる映画のタイトルが、『恋人までの距離(ディスタンス)』とは……。

 

あれは、秀明の亜莉寿に対する何らかのメッセージなのか?

それとも、過去の経験から自らの感情にフタをした秀明の無意識の現れなのか?

あるいは、ただ単に、秀明が気に入った映画を他人に薦めたかっただけなのか?

 

(まあ、有間のことやから、多分、三番目の可能性が高いな……)

 

さらに、それにしても───。

心理的距離が、その様な状態にある時に、二人とも、よく照れることもなく、人前で、恋愛をテーマにした映画について語れるものだ……。

しかも、タイトルから想像できる様に、どうやら、その映画は、友情と愛情の間で揺れる男女の心理をテーマにした作品らしい。

現在の自分の心理状況と登場人物を重ねると、冷静かつ客観的に、その映画の魅力を他人に話すことなんて出来るものなのか?

 

(普通は、無理やわ)

 

ここから、有間秀明と吉野亜莉寿について考えられることは、二人は恋愛に関して、恐ろしいまでに初心(うぶ)なのか、ド級クラスの天然なのか、ということである(あるいは、その両者かも知れない)。

「今どき、小学生でもあり得ない」と秀明には言ってしまったが、吉野亜莉寿の自室で過ごした時間について、二人は大いに満足している様子だ(秀明は、舞の指摘に苦笑するだけの客観的視点は持ち合わせている様だが)。

 

そこには、他人にはうかがい知ることのできない信頼関係があるということだろう。

いずれにしても───。

正田舞の見立てでは、有間秀明と吉野亜莉寿は、良くも悪くも似た者同士であることに変わりはなさそうである。

そして、現状では最も信頼のおける異性の友人であることも……。

 

ただし、男女の友情が成り立ち難い様に、一方に恋愛感情が芽生え、相手が、その想いを受け入れられない場合に、片思いをしてしまった側の心理的ダメージは、計り知れないモノになる。

これまでの二人の言動から、舞が想像するに、秀明は過去の体験から自分の感情に気付かないふりをし、亜莉寿は、そもそも異性との交際に価値を見出だしていない様に感じる。

このことから、二人の心理的距離に変化が訪れ、その想いが成就しない場合、心理的ダメージを受けるのは、おそらく───。

 

(二人には幸せになってほしいけど……)

(その道は、茨の道かも知らんで有間)

 

そう心の中でつぶやいた舞は、ようやく席を立ち、帰宅することにする。

 

(まあ、高校生活は三年間もあるし、もう少し二人を見守ろう)

 

正田舞は、自分に言い聞かせて、店を後にした。

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