シネマハウスへようこそ   作:遊馬友仁

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第10章~Smells Like Teen Spirit~④

化粧室に駆け込み、洗面台の前に立って、鏡に映る自分の顔を確認すると、目は赤くなり、頬には涙が……、のみならず、鼻からも垂れているモノがある。

 

(ホンマ、なんちゅうヒドい顔してんねん)

 

あらためて、鏡を見ると、自分の姿の情けさに、笑いすらこみ上げて来る。

洗面台の蛇口をひねって、水を流しながら顔を洗う。

一度、水を止めてから、台に設置していたペーパーで鼻をぬぐってゴミ箱に捨てる。

もう一度、水を流して、顔を洗ったところで、ようやく、秀明の感情は落ち着きを取り戻し始めた。

 

映画を観るために心斎橋に赴き、商業施設の前にたむろするコスプレ集団に面喰らって以降、今夜は、感情の振れ幅が大きくなる出来事に巻き込まれすぎて、なかなか冷静に物事を考えることができない。

なにしろ、応援上映に熱狂し、亜莉寿の言動に一喜一憂させられ、自らの恋愛感情に向き合ったと思ったら、数十分後には、彼女と離れ離れになるかも知れないという失恋に近いショックを味わうことになったのだ。

 

(イベント盛りだくさん過ぎて頭がついていかへん)

 

秀明は、率直に、自分のおかれた現状を認識するとともに、今後の自分が取るべき行動を考え始める。

正田舞に釘をさされた様に、自分の恋愛感情と向き合うことは出来たが、現段階で、この感情を亜莉寿にぶつけるべきでないだろう、ということは、いくら恋愛経験に乏しい自分と言えども理解できる。

何より、彼女には、これから自らの進路について両親と話し合うという課題があり、それを乗り越えたとしても、海外の高校に通うための準備で忙しくなるはずだ。

不安や心配事の尽きない、その時期の彼女に、自分の感情を押し付けて良いはずはないだろう。

ならば、自分にできることはなんだろうか?

 

(結局のところ、亜莉寿が不安に思っていることを聞いてあげるくらいしか、自分にできることはないか……)

 

一瞬、先ほど彼女が言った「両親や周りのヒトを説得するのを協力してくれないか?」という言葉が頭に浮かんだが、秀明は、すぐにそれを否定する。

理路整然と自分の考えを伝えることのできる吉野亜莉寿に限って、彼女の将来の話しについて語るとき、自分の出る幕はないだろう、と秀明は考えた。

 

それが、自分の得意なフィールドである映画や小説の話しにおいて、いつも自分より優れた見解を示しているという評価に基づくものなのか、彼自身の恋愛感情に基づくものなのか、あるいは、いつも会話の中で、イジられ、からかわれ、やり込められているという実体験に基づくものなのかは定かでないが、有間秀明は、吉野亜莉寿を過大に評価している面があった。

 

かたや、自分には何も誇れるモノがない───。

 

夏休み前に校内放送で語った『耳をすませば』の月島雫なら、海外で夢を叶えようとする天沢聖司に見劣らない様に、と小説を書き始めるところだろうが、自分には、そうした創作の才能や意欲すら、ある様には思えなかった。

このところ、彼女との会話を楽しむ機会が増え、少しずつ彼女の内面にも触れることができているのではないかと感じていただけに、先ほどの彼女の話しは、圧倒的とも思える差を付けられた様に感じさせられて、悔しさや悲しさの感情がこみ上げて来ることを抑えられない。

 

とはいえ、その想いを亜莉寿に悟られることは、何よりも避けたかった。

 

(とりあえず、早く席に戻らないと)

 

最後に、もう一度、洗面台で顔を洗い直した後、秀明は、ようやく化粧室を後にした。

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