シネマハウスへようこそ   作:遊馬友仁

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第10章~Smells Like Teen Spirit~⑤

席に戻ると、またも亜莉寿が、心配そうに

 

「大丈夫だった?」

 

とたずねる。

 

「ゴメン!何回も席を外して……。今日は、普段とは違う特別上映に参加したからか、ちょっと感情が高ぶりやすくなってるかも。こういうのを情緒不安定っていうんかな?」

 

彼女に心配させないために、何より、彼女に自分が感じた想いを悟られないために───。

秀明は、わざとらしいくらいに明るく、おどけた口調で、そう語った。

 

「もしかして、夜更かしで、変なテンションになっちゃったとか?」

 

亜莉寿は、怪訝な表情で秀明に問い掛ける。

 

「確かに、それもあるかも。けど、自宅で映画観たり、ラジオを聞いて夜更かししても、こんな風にはならないんやけどねぇ……」

 

と、秀明は作り笑いで答えた。

 

「ふ~ん。でも、私も今日は気分が上がったり下がったりして、落ち着かない感じかな」

 

と亜莉寿。

 

「そっか……。まあ、それだけ『ロッキー・ホラー・ショー特別上映』の体験が強烈だったってことかな?」

 

秀明は、会話の流れが、なるべく自分の感情を刺激しない方向に向く様に話していた。

 

「そうなのかな~。でも、ホントに貴重な体験だったな、って思うよ」

 

亜莉寿は、秀明の意見に同調しつつ、言葉を続ける。

 

「ねぇ、もう一つ聞いて欲しいことがあるんだけど、イイかな?」

 

秀明も、快く

 

「うん!何でも聞かせてもらうよ!」

 

と応じた。

 

「ありがとう!あのね、実はいま、短いけど小説を書き始めてるんだ。それで───、良かったら、有間クンに最初の読者になってほしいと思ってるんだけど……」

 

亜莉寿は、またも唐突な告白をする。

今日は、何度、自分を驚かせれば、《運命の神様》は気が済むのだろう?

秀明は、そう思いながら、

 

「これまた、いきなり───。って、訳でもないか……。脚本家を目指すなら、自分の中で描きたい物語とかもあるだろうな、って思うし」

 

と笑いながら返答し、

 

「でも、最初の読者が、オレなんかで良いの?小説とか物語の添削なんて、できへんよ?」

 

遠慮がちに疑問を投げかけた。

 

「うん!有間クンは、ティプトリーの『接続された女』を面白いって言ってたし!それに、もう一つ有間クンから貸してもらった『くるぐる使い』に掲載されてる短編の『のの子の復讐ジグジグ』が、個人的に、とても面白いなって感じて……。この二つのお話しを読んでる有間クンなら、きちんとストーリーを把握して楽しんでもらえるんじゃないかなって思ったから」

 

先ほどの転校の話しをしていた時とは異なり、嬉しそうに語る亜莉寿の様子を見ていた秀明の心の中では、またも様々な感情が交錯する。

 

自分の夢を叶えるために海外へ飛び立とうと決意した様子は、まるで天沢聖司の様だ───。

そして、自分の中から湧き出る創作意欲を形にしようとしている姿は、月島雫の様だ───。

お互いに相手を想いながら、自分自身を高めようとした『耳をすませばの』聖司と雫の二人分の覚悟を背負おうとしている様に、秀明には思えた。

だから、あの映画を観ていた時に彼女は───。

 

いったい、亜莉寿は、どこまで自分との差を拡げれば気が済むのか?

 

そんなことを考えていると、再び秀明の心に、自己嫌悪と言う名の『黒いマント』が覆い被さって来る。

 

(これは、ダメだ……)

 

彼女の前でだけは、ネガティブな自分をさらしたくない。

とはいえ、もう、化粧室に逃げ込むこともできない。

秀明は、何とかポジティブな思考を巡らせる。

亜莉寿は、何と言ったのか?

 

自分に最初の読者になってほしいと言ってくれた───!

自分が薦めた小説に感銘を受け、作品を執筆していると言ってくれた───!

 

そして、何よりも、自分自身が吉野亜莉寿の作る物語を読んでみたいと思った。

ようやく、秀明は考えをまとめ、返答をする。

 

「ありがとう。スゴく楽しみやわ。でも、その二つの短編って、共通点とかあったっけ?」

 

彼が、亜莉寿にたずねると、今度は彼女が意外そうな表情で、

 

「えっ!?ストーリー構成とかは、かなり似てると思ったんだけどな……」

 

と、秀明の問いに答える。

亜莉寿の返答に、秀明は夏休みに読んだ『接続された女』と、一年ほど前に読んだ『のの子の復讐ジグジグ』のストーリーを思い返してみる。

両者はともに、不幸な境遇の少女が世をはかなんで自殺を図り、一命を取り戻した後に、かたやアイドル歌手の様な存在として、一方は宗教家として、カリスマ的な存在となっていく。

前者の作品は、サイバーパンクの元祖的な存在として知られ、後者の作品は、死後の世界を科学的な側面から描いたモノでジャンルとしては異なるものの、亜莉寿の言う様に、ストーリーには共通するところも多かった。

 

「あっ、確かにそうやね!この二つは、ちょっとジャンルが違う作品だと思ってたから、気付かなかった」

 

と、秀明は納得した様子で答える。

 

亜莉寿は、「わかってくれたか」と穏やかな表情で、

 

「それで、どうかな?読んでくれる?私の小説……」

 

と、あらためて質問を重ねる。

 

「もちろん!オレで良ければ、喜んで読ませてもらいたいな。楽しみにして待ってる!」

 

秀明も、あらためて快諾の意思を示した。

その後は、秀明が、亜莉寿に小説を書こうと思った動機を質問したり、お互いの好きな小説や映画のストーリー分析など、いつもの様な会話を楽しんだ。

 

気が付くと、時刻はすでに午前五時近くになっている。

ファミリーレストランの窓から見える空は、まだ暗いままだが、この店舗に近い、なんば駅発の始発電車が出る時間も近づいている。

 

「もうすぐ、始発が出る時間やね。そろそろ行こうか」

 

秀明が、うながすと、

 

「そうね!ずいぶん、長居をさせてもらったし」

 

と、亜莉寿もうなづく。

ここで、秀明は映画を観終わってから気になっていたことをたずねた。

 

「そう言えば、昨日の夜は帰らないことをご両親に伝えていたみたいだけど……。何て言って許可をもらって来たん?」

 

彼の疑問に、亜莉寿は、

 

「うん、友だちの家に泊まらせてもらうって、言って来たんだ。それで、正田さんにも協力を頼んだんだけど……」

 

と、少し申し訳なさそうな表情で答える。

 

「そうなんや……。ちなみに、オレと映画を観に行くってことは、ショウさんに伝えてる?」

 

と、秀明は確認する。

 

「ううん。特に、訳を話さなくても正田さんは、協力してくれるって、言ってくれたから」

 

亜莉寿の答えに、「そっか」と秀明は答え、

 

(自分自身のことじゃないけど、またショウさんには、『借り』ができたな)

 

と、考える。

 

日付が変わる前に入店してから、何度もおそってくる感情の波に翻弄され、他の機会で徹夜をした時よりも、遥かに心身の負担は大きかった。

白み始めた空から感じる空気は心地よいが、秀明の心には、喜びと楽しみ、悔しさと寂しさなど、様々な感情が渦巻き、まだ気持ちの整理が付かない部分も大きい。

 

それでも───、

 

(この日の夜のことは、一生忘れられない思い出になるだろう)

 

そんな予感を覚えながら、秀明は、亜莉寿とともに、ファミレスを後にした。

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