吉野家を出たあと、三月の穏やかな夕陽が照らす下り坂を歩きながら秀明は、この日の午後のことを思い返す。
競馬場での胸を熱くする興奮から、亜莉寿の自室で過ごした時間まで、わずか数時間ほどであったが、とても、中身が濃く充実した時を過ごせた様に思う。
自分自身の内面のことなので、亜莉寿には語らなかったが、秀明は彼女との会話の中で気付いたことがあった。
叶えたい夢のために、海外に引っ越すこと、小説を書き始めていること、半年近く前に亜莉寿から、その話しを聞かされた時には、自分が置いていかれるかの様な焦燥感を感じた。
そのモヤモヤした感情を抱えながら、秋からの期間を過ごしてきたが、この日、競馬場で目撃した光景を思い出し、その感情の原因が、ようやくわかった気がする。
自分の夢に向かって、確実に歩き始めた亜莉寿に対して、『自分はナニをしてるんだろう?』───。
彼女に追い付ける様に、『なにかをしなくては!』───。
そう思うものの、『何をしたら良いのか』も、『将来、何をしたいのか』も、わかっていない。
それでも、『亜莉寿に追い付きたい!』という自身の感情の空回りぶりは、十二月の有馬記念で、第四コーナーからマヤノトップガンに並び掛ける様にレースを進めながら、最後の直線でもがく様に失速して行ったナリタブライアンのレースぶりを見ている様だった。
いや、十二月のレースに限らず、亜莉寿の打ち明け話しを聞かされた十月のあの日から、彼女との差を感じながらも、何をするべきかもわからない自分自身を、前年と異なり、レースに勝てずにもがくナリタブライアンの姿に重ねていたのかも知れない。
それが、この日のレースでは───。
有馬記念と同じくロングスパートで他馬を引き離しに掛かるマヤノトップガンに真っ向から挑む格好で馬体を併せに行ったナリタブライアン。
三~四コーナーを上がって行く二頭の姿に、多くの観客とともに胸を熱くさせられたのは、亜莉寿に追い付きたいという自分自身の願望を現実のものとして見ることが出来た様な気がしたからだ。
そして、今回は、十二月のレースとは異なり、ナリタブライアンは直線で失速することはなく、最後までマヤノトップガンと馬体を併せたまま、ゴール板に駆け込んだ!
その光景は、まるで秀明が、無意識のうちに理想として描いていたモノではなかったか?
もっとも、その一時間後に、完成した亜莉寿の小説を読んで、
(また、彼女に差をつけられた)
と、現実を突き付けられたものの……。
気持ちの整理がついた今では、気持ちが落ち込んだり、自分に存在価値がない様に感じる自己嫌悪に、感情が支配されることはなくなった───。
(あとは、これからの考え方と行動次第だ……)
そう考えると、気持ちも楽になる。
(さて、それじゃ、自宅に帰って、アリス店長オススメの『今夜はトーク・ハード』を観てみますか!)
秀明は、気分を切り替え、スッキリとした晴れやかな気持ちで、駅に向かって歩いて行った。