「あらたまって、何ですか?」
廊下を出て間もなく、秀明が疑問を口にすると、
「うん、ちょっと四月からの『シネマハウスへようこそ』について、有間クンに確認しておきたいことがあってね~」
と、先ほどまでとは表情を一変させ、番組プロデューサーの顔付きで、翼は切り出した。
「今のところの予定では、四月以降も番組を続けるつもりやし、吉野さんにも、放送した音源を送る気で話してるけど、そもそも、有間クンは、四月から『シネマハウスへようこそ』に出演する気持ちはあるの?」
いつもの様な語尾を伸ばす、おっとりした口調はなりを潜め、真剣な表情で秀明に問い掛ける。
「そりゃ、まあ続けようとは思ってますけど……。亜莉寿───、いや、吉野さんも楽しみにしてくれてるみたいですし、彼女自身からも、この番組を続けてほしい、と言われたことがありますから……」
いつもと異なる上級生の様子に、やや気圧されながら秀明が答えると、
「『誰かに頼まれたから』じゃなくて、有間クン自身が、今までと同じ気持ちで番組に向き合う覚悟があるか、ってことを聞きたいんやけど?」
翼の鋭い問いに、
「……」
秀明は、しばし口を閉ざしてしまう。
「今までの『シネマハウスにようこそ』は、有間クンと吉野さんの二人のおかげで成立してたことは、放送部の人間としても、番組制作に携わる人間としても、感謝しきれないくらいやけど───。二人がいることで成立していた番組のパートナーが、いなくなることで、有間クンの気持ちに、寂しさや、やりきれなさは無いの?」
「それは……」
秀明は、答えようとするも、やはり、言葉が続かない。
「もし、有間クンが、そう思っていたとしても、私は責めへんよ?そう感じるのも当然やと思うし、今までと同じモチベーションが保てないなら、番組を降りてくれても構わへんし───」
「いや、番組をやめたいとまでは、思ってないですけど……」
秀明は、何とか言葉を口にするも、
「番組の責任者としては、吉野さんがいなくなった後に、これまでと同じ気持ちで番組に向き合えないなら、もう出演はしないでほしいなって考えてるんやけどね」
翼は、突き放した様に断言した。
「……」
「それでも、もし、有間クンが、『シネマハウスへようこそ』に出演し続けたいと言うなら、これから私が話す、ふたつのことを覚悟してほしい」
「───《ふたつのこと》ですか?」
秀明が、そう返すと、翼は、ゆっくりと、うなづいて語り出す。
「ひとつ目は、番組の放送内容のことと関係あるんやけど───。正直、今日の放送で流した内容は、学校批判をする部分が含まれてるし、職員室にいる先生方には、《受け》が良くないだろうな、って私は思ってる。その《受け》が良くない部分の多くは、吉野さんが語った内容にあるけど……。今後、番組が続くなら、それは有間クンが語ったこととして、とらえられる可能性が高いことを覚悟しておいてほしい」
「ボクが話したこととして、ですか?」
秀明が、不思議そうにたずねると、
「うん。吉野さんは、学校を去っていくから、みんなの記憶から薄れていくこともあるけど、有間クンが番組を続けるなら、みんなの記憶から消えることは無いからね。あと、吉野さんは、学業面でも優秀だったみたいやし、問題行動を起こすタイプにも見えなかったから、そんな生徒が、学校に対して批判的な言動をするなんて、考えにくいから……」
翼の言葉には、確かに説得力がある。そう感じた秀明は、
「確かに、そうですね」
と、微苦笑を交えて、返答した。
「先生たちだけじゃなくて、『何かの意見や主張をする人間』を快く思わない生徒からも、注目されるようになるけど、その覚悟は、ある?」
ここまで翼に口にされたことで、秀明は、あらためて自分自身に問い掛ける。
どうして、自分は、映画を紹介する校内放送に出演しようと思ったのか───?
昨日の番組収録時、亜莉寿の語る言葉に、大いに共感を覚えたのは、何故だったのか───?
この校内放送を通じて、自分が放送を聞く人たちに伝えようとしていることは、なんなのか───?
放送部の企画する映画情報番組に出演しようと思ったのは、昭聞に誘われたから、というのが直接的な理由ではあるが、自分自身の中に、校内放送を通じて、聞くヒトに、より多くの映画と接する機会を増やしてほしいと想う気持ちがあったからだ。
また、昨日の収録で取り上げた『今夜はトーク・ハード』を語る亜莉寿の言葉に共感したのは、「誰かに流されるんじゃなくて、みんなが自分の意見を発信できる様になればイイな」と言った彼女に、十ヶ月の間、番組を続けてきた秀明自身が励ませれた様にも感じたからだ。
そして、自分が放送を聞いてくれているヒト達に伝えたいと思っていることは───。
このことについて、漠然とした想いはあるものの、まだ秀明の中では曖昧模糊としていて、言葉にすることが出来ないでいる。
それを具体的な言葉として語った亜莉寿に対して、「先を越された……」という悔しい想いがあったのも事実だった。
『シネマハウスにようこそ』を通じて、自分が伝えたい想い───。
それを自分の口から語ることができる様になるまで、番組を降りたくはない。
放送部の大切な企画に、誘ってくれた昭聞の気持ちに報いるために───。
出演する最後の機会に、熱いメッセージを残してくれた亜莉寿の想いに応えるために───。
何よりも、自らの心の中にある想いを具体的な言葉として伝えたいと感じる自分自身のために───。
《トーク・ハード!》
「そういうことか……」
秀明はつぶやき、目の前の上級生に告げる。
「高梨センパイのお話しを聞いて、覚悟が決まりました!『シネマハウスへようこそ』の番組の看板、ボクが背負わせてもらいます!」
秀明の唐突な宣言に、不意を突かれたのか、翼は、一瞬目を丸くした後、プッと吹き出して、クククと笑い、
「いきなり、何を言い出すかと思ったら……。まあ、有間クンが覚悟を決めてくれたんなら、それでイイわ!」
と意図が伝わったことを喜びような表情で言葉を返す。
そして、
「あと、もう一つ───」
さらに言葉を続ける。
「これは、プライバシーに関わるお節介やけど、有間クンが吉野さんに対して想うことがあるなら、そのことについても、決着をつけておいた方が良いと思うよ?吉野さんがアメリカに行くまで、もう、あんまり時間もないみたいやけど……」
プライベートな問題に斬り込んできた上級生に、たじろぎながら、
「そ、それは、ボク自身の彼女に対する気持ちをごまかすな、ということですか?」
秀明は、問い返す。
「まあ、端的に言えば、そういうことになるかな~。この期に及んでも、否定したり、ごまかしたりするかと思ったけど、意外にモノわかりがイイね~、有間クン」
緊張状態を解いたのか、翼の口調は、いつもと同じ様なモノに変わってきた。
「あ~、半年くらい前にも、クラスメートに同じようなことを言われましたからね」
秀明が答えると、
「そっか~!良いアドバイスをくれる女子の友だちがいて、良かったね~。まあ、どう行動するかは有間クン次第やけど───。四月から番組を続けた時、気持ちを切り替えてもらっていないと困るからね~。新メンバーがいないまま、『シネマハウスへようこそ』が、有間クンの一人語りの番組になるにしても、新しいパートナーが決まるにしても───。ファーストネームで呼ぶくらい仲の良い、最愛の……パートナーがいないことを引きずられると、周りのヒトに迷惑が掛かるよ~」
いつも以上に饒舌に話しながら、自分の恋愛感情にまで踏み込んでくる上級生に閉口しつつ、秀明は、半年ほど前に、信頼するクラスメートから言われた言葉を思い出していた。
もし、有間が自分の想いに気付けなかったら───。
自分の気持ちにケリを付けられなかったら───。
どういう結果になるにしても、誰も幸せにならへんと思う。
彼女は、確か、そんなことを言っていた様に記憶している。
あの時は、「誰も幸せにならない」という言葉の意味が、いまひとつ理解できなかったが、翼の話しを聞いた今なら、わかる気がする。
「色々と言いたいことはありますけど、センパイの言うことにも一理ある気はするので、胸に刻んでおきます」
秀明が、そう告げると、
「がんばって~。結果は保証できへんけど~」
と、気の抜けた様な感じで、上級生は返答する。
その脱力ぶりに、ガクッと、全身のチカラが抜けるのを感じつつ、
「まあ、やれるだけのことは、やってみます」
秀明は、自分自身に言い聞かせるように語った。