亜莉寿が日本を発つ前日、秀明は彼女と会うために、西宮北口駅近くの《珈琲屋・ドリーム》に向かっていた。
彼女と電話で話し合った際に、一番落ち着いて会話ができる場所を二人で検討した結果、最初に『シネマハウスへようこそ』の打ち合わせを行った、この喫茶店で会おう、ということになったのだ。
貸出中のビデオテープを返してもらう他に、秀明には、放送部で撮られたスナップ写真と番組宛に届いたという投書を亜莉寿に手渡すという使命が託されていた。
三学期の最終登校日となった三月十九日に、放送部に呼び出された秀明は、
「これまでも、何通か番組への御意見とか感想はいただいてたんやけどね~。この前の吉野さん最後の出演回の後は、投書が特に多かったから~。有間クン、吉野さんに渡してあげて~」
と、いつものようにのんびりした口調ながら有無を言わせぬ態度の翼に、投書されたという何通かのレターセット、そして、放送部有志が書き込んだ寄せ書きの色紙を渡された。
(写真も投書も高梨センパイから直接、亜莉寿に渡せば良いのに……)
と感じたものの、上級生なりに、自分たちに気を使って、亜莉寿と会う約束をしていた秀明に託してくれたのかも知れない。
喫茶店に到着した秀明は、そう考えなおして、店内に入る。
店舗の一番奥の四人掛け用の席には、すでに吉野亜莉寿が座っていた。
「ゴメン!待たせてしまったかな?」
と問う秀明に、
「ううん。私も、いま来たところだよ」
亜莉寿は、にこやかに笑って返答する。
「そっか、良かった。じゃあ、注文をしようか」
そう言って、二人は、いつものように、アイスエスプレッソマイルドのコーヒーを注文した。
ウェイターが席を離れると、亜莉寿は秀明が貸し出したビデオテープの入った紙袋を差し出し、
「ありがとう!すごく楽しめたよ。後半は、何だかトンデモない展開になって来てるけど……」
と、感想を添えてくれた。
秀明は、その感想を喜ばしく思いつつ、
「そう言ってもらえて、良かった。───けど、水曜日の第弐拾伍話を観ると、来週まともな最終回を迎えられるとは、思われへんなぁ」
と、苦笑しながら答えた。
「私は、その最終回を観られないんだよねぇ」
亜莉寿も連れて笑う。
「もし良かったら、弐拾伍話と最終回の録画分を亜莉寿の引っ越し先に送ろうか?『シネマハウスにようこそ』の新学期からの収録音声と一緒に───」
秀明の提案に、
「そこまでしてもらわなくてイイよ」
と、亜莉寿は、その申し出を断る。
「そっか……」
自分の勇み足ぶりを実感した秀明は、話題を変えることにした。
「最終回といえば、亜莉寿が出演した『シネマハウスへようこそ』の最後の放送は、反響が大きかったらしくて、投書箱に入ってたっていう御意見・ご感想の手紙を高梨センパイから預かってきたよ」
「ホントに!じゃあ、あとで読ませてもらおうかな?」
亜莉寿が、そう言うと同時に、注文したコーヒーが運ばれきた。
丁寧にコーヒーを配置してくれたウェイターが立ち去ると、亜莉寿は、秀明にこんなことを語った。
「ねぇ、有間クン。今日は借りていたビデオのお礼も言おうと思っていたんだけど───。それ以上に、今まで色々と私の話しを聞いてくれたり、相談に乗ってくれたりしたことへのお礼を言わせてもらおうと思ってるんだ」
秀明が、亜莉寿の言葉に、
「いや、自分はそんなに大したことをしてないから───」
苦笑しつつ、遠慮がちに答えると
「もう、またそうやって否定する!私にとっては、大事なことなの!今まで、私の話しは、たくさん聞いてもらったから───。今度は、有間クンが悩んでいることとか、話しておきたいことがあったら、聞かせてほしいな、って思うの」
亜莉寿は、より具体的なかたちで、自分の想いを提案してきた。
「う~ん……」
と秀明は、熟考した末に、
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか───。いま、悩んでることは、置いといて、亜莉寿に……、と言うか、亜莉寿と話しておきたいことはあるかな?ちょっと長い話しになるかも知らんけど、大丈夫?」
と、問い返す。
亜莉寿は、
「私も、たくさんお話しを聞いてもらったからね!イイよ、有間クンが考えていることを聞かせて!」
そう言って快諾した。
そして、亜莉寿に了承を得た秀明は、静かに語りだした。