DRIFTERSの主人公が舩坂弘だった話   作:BOMBデライオン

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1話:時空を超えて

 熱帯地方に属する太平洋の小さな島。赤道よりやや北に位置するこの場所では、昼間の強烈な陽光が海をエメラルドグリーン色に輝かせ、豊かな山林を青々と照らし、今では戦場となった荒野を茶色に照らす。

 熱帯特有の強いスコールに代わり、沖合から発して降り注ぐ砲弾で豊かな自然は根こそぎ吹き飛ばされ、爆風とそれに伴って飛び散る金属片が大勢の日本人の体を次々と貫き、骸へと姿を変えさせる。

 

「はあッ! はあ…!」

 

 自然の色を失ってしまった常夏の島。猛烈な熱気を吸収する木々や植物の不在により、その大地はまるで砂漠のように乾燥している。

 

 鼻から垂れ落ちた汗が大地の小さな一点を真っ黒く染め上げた。

 酸素を求める肺に呼応するかのように、呼吸器官は大気を吸い込む。直後に口の中に鉄粉が飛び込んで来たのではないかと思う程に、無意識に顔をしかめる。

 遠方で三八式歩兵小銃の銃声が鳴り響き、それを掻き消すように米軍側の連続した発砲音が轟いた。

 

 戦う前からわかりきっていた事だ。

 今の戦況は最悪の一言に尽きる。

 

 指揮していた中隊はアメリカ軍の圧倒的な物量差に押されて壊滅。補給状況も絶望的で、もう何日もろくに飲まず食わずで戦ってきたのだ。

 

「これまでか…」

 

 腰から下げた手榴弾──自決用に最後まで使わずにとって置いた物に顔を向ける。

 

 昔から傷が治るのがとにかく早いのが自慢だった。それが幸いして、ここアンガウル島で米兵を相手に長く戦えた。

 銃弾の雨に打たれながら、砲弾の嵐に揉まれながらも、筒内が擦り切れるのではないかと思う程に擲弾筒を撃ち続けた。そして最終的に屠った敵兵は200人以上。

 意識が朦朧としててハッキリとは思い出せないが、銃剣でも何人か殺害していたはずだ。アメ公の顔がハッキリと見える距離だった。

 

 彼は震える手で自決文をまとめ、新品同然の手榴弾をその手に取る。

 

 悔いはなかった。むしろ自分の命1つで敵を200人も道連れに出来たのだから、名誉の余りある大金星(戦死)だ。

 

「……思い残すこと無し!」

 

 そう叫ぶと、彼は安全栓を引き抜いた。

 目を閉じ、爆弾の信管を思い切り地に叩き付ける。硬い石に打ち付けられた金属部品は頭に響くような音を鳴らし、彼は爆発の時を待った。

 

 味方の玉砕する音が鼓膜に届く。銃声に混じって、今となっては懐かしい気持ちさえ起こる歌も聞こえた。

 

 

 光は常に東方より

 

 

 

 

 正義は常に我方より

 

 

 

 

 

 

 

 戦雲 此處に治まりて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇武の兵は今還る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いざ讃うべき皇軍の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建てし勲を大呼して──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………。」

 

 いつまで経っても仏はおろか、死神すらも彼の目の前には現れなかった。幸か不幸か手榴弾は不発だったのだ。

 

 望まぬ『生』を押し付けられ、彼はその事実に愕然とした。

 全身の力が抜け、血塗れの身体は膝を地につく。それと同時にこれまで痛覚を遮断していたダムも派手に決壊し、電気信号が濁流の渦となって神経に溢れ出る。

 無数の傷の一つ一つがハッキリとした痛みを脳へと伝え、彼の顔から血の気が引いた。

 脳裏に浮かんだのは『絶望』の二文字。

 

「なぜ死なせてくれない…」 

 

 曇天の空のように真っ黒な言葉を吐き出し、直後に起こった数秒にも満たない束の間の思案。

 

 彼はまだやり残したことがあると思い出した。

 

「大将首だ…!!!」

 

 その顔は絶望から憤怒の色に切り替わっていた。大きく見開かれた目はギラギラと輝き、全身の毛は燃え盛る業火の如く逆立っていた。

 

「アメ公……奴等は仇だ…!」

 

 もはや耳に届くのは、未練を憂う亡者の声のみ。それを自分が発したのか、他者が発したのかは不明瞭であった。

 ブンブンと集まるハエを払い除け、見つけた手榴弾を手当り次第に体に巻き付ける。燃えるような暑さの戦場はすでに掃討戦の様相へと様変わりしていた。

 

 それから銃剣を手にした彼は、鬼神の如き覇気と強さを以て敵の包囲網に単身で穴を穿ち、今は敵の占領治下となった地点を次々と地獄へと変えながら走り回った。敵兵を見つけては撃ち殺し、刺殺し、殴り殺し、喉元を噛み千切っては殺し、銃床で頭蓋を粉砕し、ひたすらに殺し尽くした。

 擦り切れたボロ雑巾のような身体はますます擦り切れ、彼はただ戦場に縛り付けられた幽鬼の如く、敵の命を奪い続ける。

 

 

 数日後、彼は米兵の包囲網を完全に抜け出していた。焦点が合っていない視線の先にはアメリカ軍の指揮官が居座るテントがズラリと並ぶ。

 

 瞬間、彼の顔に狂気の笑顔が浮かび上がった。

 

 地面が抉れる程の蹴り出しをして、彼の身体は物凄い勢いで加速した。

 その姿は(まさ)しく『鬼』。

 ボロ切れの狭間から見える皮膚はもはや人間としての色を維持しておらず、幽鬼と化した日本兵の姿はそれを目の当たりにした米兵の度肝を抜くには十分過ぎた。

 

「「」」

 

 文字に起こせない叫び声が大気を揺るがし、近くにいた警備兵の銃が途端に口火を切り出す。

 叫ぶ敵兵に何の思いも抱かず、己に向けられた銃口に微塵の恐怖も感じず、敵将校を恐ろしい形相でギロリと睨んだまま、彼は安全栓の抜かれた手榴弾を片手に飛ぶように走った。

 

 彼に向けられた発砲音もその耳には届かなかった。その逞しい身体に食い込む弾も痛みを届けられなかった。

 彼の身体はただ燃えるような異常な熱さを脳に伝え、視界は米兵の驚愕の顔だけを残して段々と狭まって行く。

 

 

 今なら何でも出来そうな高揚感が脳から溢れ出し、身体が白い光に包まれていくような錯覚を覚え始める。

 

 

 彼は敵将校の胸倉を片手で掴んだまま、手榴弾の信管を叩こうと腕を大きく振りかぶった─

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「────あッ!?」

 

 

 

 気付くと、彼は異様な空間にいた。目線の先には奥の方に永遠と続いていそうな真っ白な通路が存在しており、その両サイドには様々な形容の戸がズラリと連なっている。

 そしてその廊下の中央にある机には、どこか人間らしくない風貌の西洋人男性が我が物顔で椅子に座っていた。

 

「こ、ここ…は?」

 

 彼は自分の口から漏れ出た疑問の声に思わず驚いてしまった。今の彼の声は渇いてもなければ、少しの怪我もしていない健康そのものという感じの声だったのだ。

 おまけにボロボロだったはずの服と無数の傷で真っ赤に染まった身体は綺麗な状態へと元通りとなっており、彼の身に何か超常的な力が働いたのは明白であった。

 

「………。」

 

 机の男は何も答えない。そして彼は目の前の困惑する日本兵を一瞥してから静かに万年筆を手に取り、手元の書類に全く見知らぬはずの日本人の名前を書き上げた。

 

大日本帝国陸軍 第59連隊第1大隊 舩坂弘

 

 その直後に舩坂の隣にある扉がその口を開き、彼の身体はまるでブラックホールのように真っ黒な扉の向こう側へと吸い込まれ始めた。その光さえも吸い込んでしまいそうな強力な引力により、彼は為す術もなく異世界へと引き込まれてしまう。

 

「何ッ?! 待っ────」

 

 無情にも異世界へと通じる扉は舩坂が言葉を言い終わる前に、その全身をスッポリと覆って姿を消してしまった。

 

 


 

 

 摩訶不思議な場所を抜けて辿り着いた先の地は、日本でもなくアンガウル島でもない。ましてや先程のような異常空間でもなかった。

 野原にボーッと立ち尽くす舩坂の目の前には、人の手が全く入った事がなさそうな雄大な自然が広がっており、しばらく唖然としていた彼の意識を呼び起こしたのは足元でちょろちょろと流れる小川の音であった。

 

「水だ…!!」

 

 生前にいた島が戦場となってからは、彼が所属する部隊は来る日も来る日も深刻な水不足に見舞われていた。その影響もあってか、舩坂弘という日本人は今だけ飲み水に対する執着が尋常ではなく、彼はどうにかしてこの生水を飲めないかと必死に頭を捻らせる。

 

 だが、そんな彼の問題を一挙に解決したのは、いつの間にか腰に提げられていた水筒であった。新品同然の見た目をした水筒には清潔な水がたっぷりと詰まっており、それに気付いてから彼の欲求が満たされるまでは早かった。

 

「さて、ここはどこだ〜?」

 

 久方ぶりに喉の乾きを潤した彼は少しだけテンションが高かった。

 場所については先述の通りである。ここは日本でもなければアンガウル島でもない。彼は己が死んだ可能性も視野に入れたが、彼のいる場所は天国と地獄のどちらかでもなさそうであった。

 

「ま、とりあえずは生き延びる事を考えるとしよう!」

 

 ここで夜を過ごすのは得策ではないと考えた舩坂は、まず手頃な長さの〝棒〟を拾って来て、それを地面に軽く突き刺した。それから地面と水平に立った棒から手を離し、それがパタリと音を立てて倒れた方角を彼は見る。

 棒の指し示す先には森が広がっていた。

 

「…実家の裏山を探検した時を思い出すな」

 

 彼にとってはこちらもまた、久しぶりに見る熱帯雨林ではない森であった。アンガウル島に群生していたバナナやパパイヤの林といったような、木々の間隔が広い森とは違い、こちらの森は鬱蒼としている。

 刺すことに特化する余り、斬るための刃がない銃剣を片手に、彼は強引に雑草を刈り取りながら進んだ。

 

 そうこうして、しばらく歩いてから見えてきたのは森の開けた場所に佇む西欧風の趣のある古城だった。それは城壁の所々が崩れており、相当の昔に建てられたものだと一目で分かるほどであった。

 

「……誰かが居るな、アメ公か?」

 

 そんな廃墟寸前の古城にも誰かしらが住み着いているらしく、外壁の隙間からはうっすらとだが白い煙が青い空に立ち登っていた。

 人里から遠く離れていそうな山奥の廃城。そんな場所を根城にするくらいの人物だ。どうせろくでもない無法者が住んでいるに違いない、と考えた舩坂は山賊のような者の存在を想定し、肩の小銃をゆっくりと手にした。

 後方から誰かが接近しているとも知らずに──

 

Jäätykää(止まれ)

 

 舩坂の背後から発せられた聞き慣れない異国語。それと同時に、後頭部に銃口を突きつけられたのを彼はハッキリと感じた。

 背後の人物が敵であれどうであれ、向こう側に主導権がある状態である。明確に不利な体勢だった。

 

 しかし、舩坂の身体と心はすぐさま臨戦態勢へと移る。

 

mistä olet kotoisin(どこから来た)? Oletko venäläinen(ロシア人か)?」

 

 後方の人物の顔も身体も見えていないが、舩坂は彼が発する静かな殺気を明確に感じ取っていた。静かで平然としているが、強烈な吹雪のような恐ろしい寒さが肌を突き刺しているような感覚だった。

 

 後ろに立っているの人物は精強な武人に違いはない。だが、その者の唯一の失敗は、無警戒にも〝舩坂 弘〟という人物が最も得意とする間合いに侵入してしまった事である。

 

 舩坂はゆっくりと銃を地面に下ろした。国はどうであれ、両手を上げたポーズが降伏を意味するのは万国共通だろう。

 その直後に、舩坂は後方の人物の殺気が収まるのを肌で感じ取った。

 

Anna nim(名前を教え)──」

 

 ──刹那、舩坂は身体を捻る。彼は後ろの敵が油断した隙を見逃さなかった。

 

「──!?」

 

 直後にモシン・ナガンの発砲音が山中に木霊した。だがその銃弾は舩坂の体には擦りすらもせず、古城の外壁に小さな穴を穿つだけに留まった。

 

「FUCK!!」

 

 ボルトアクション式のライフルであるモシン・ナガンは、一度発砲するとボルトを手動で操作して弾薬の装填、排出を行う必要がある。

 遠距離での撃ち合いならまだしも、敵との距離をこうも詰められてしまっては、一度発砲してしまったこの小銃は途端に木偶の坊と化す。

 

 北欧のツンドラ地帯では無敵の強さを誇る兵士──その余りにも高い狙撃技術から〝白い死神〟という異名を付けられた彼でも、この間合いではナイフでの白兵戦を強いられた。自分の身長程もあるモシン・ナガンを右手に、左手に狩猟用のナイフを逆手に持って構える。

 

(厳寒期用の防寒具にモシン・ナガン…。ソ連兵か? 仮面で顔が隠れてて国籍の判別がしづらいな…)

 

 一方、大日本帝国が誇る〝不死身のサイボーグ〟は素手。先程の銃撃が片手で軽く逸らされたとは言え、通常なら誰がどう見ても〝白い死神〟に部がある状況であった。

 

 だが、この場を制していたのはむしろ舩坂の方であった。

 

 何せ〝舩坂弘〟という人物は特別銃剣術徽章・特別射撃徽章・剣道教士六段・居合道錬士・銃剣道錬士など、あらゆる武道・射撃の技能を習熟しており、その白兵戦におけるあまりの戦果から、個人名としては唯一「戦史叢書」に名前が載っている程の人物なのだ。

 おまけに、小柄な死神と舩坂の体格差は歴然であった。

 

「FUCK!! FU──CK!!!!」

 

 死神は必死にナイフを振るも、刃先が全く当たらない。刃物を使った戦闘では、かすり傷ですら敗北に直結する。小手先の一撃が肌と肉を裂き、出血をもたらし、それによる痛みが手足を使用不能にするため、短い刃でも容易く致命傷へと届くのだ。

 

 だが、それも全ては攻撃が当たればの話である。死神が振るう全力の一撃も、舩坂からしてみれば素人が模造刀を振っているのと等しい。

 

(体格差、技術差で接近戦ではまず負けん! このまま体力を消耗させて、疲弊したとこを突いてやる!)

 

 舩坂の目論見通り、彼がしばらく回避に徹していると、目の前の敵は息も絶え絶えに、ゼエゼエと死にそうな呼吸音を発し始めた。

 元は狩人、従軍時代は凄腕の狙撃手であった〝白い死神〟。彼は狙撃手であったが故に忍耐はあるものの、持久力では毎日炎天下を走り回っていた舩坂の方が一回りも二回りも上手であったのだ。

 

 おまけに厳寒期用の服装をしているがために、その分体力の消耗は大きいのだろう。なぜ彼が服を脱がないのか舩坂は疑問に思ったが、わざわざ敵に塩を送るような行為をしてくれているのだから深くは考えなかった。

 

 直後に、舩坂は電撃的な速度で距離を詰め寄る。〝白い死神〟は襟首とナイフを持つ左腕を掴まれ、体が宙に浮く感覚を覚えた。

 

 柔道で言う〝背負い投げ〟だ。

 

「He…! Heitä selälle(背負い投げだと)!?」

 

 抗う事も出来ずに、一瞬だけ宙を舞った彼の体は大地に叩き付けられる。その衝撃により一瞬で肺が圧迫され、体内の呼気が半ば咳となって吐き出された。

 それと同時に両手の武装も強制的に解除され、奪われたナイフのヒンヤリとした刃が喉元に当てられたのを感じる。

 

「お前はどこの人間だ! どこから来た!」

 

 鬼気迫る表情で問われた。地に倒れ伏した彼に日本語はわからない。だが、死が目の前に迫った時と言うのは存外聞いたことも無い異国語も理解できるようになるものだ。

 

「s…Suomi…」

 

 彼は弱々しく答える。

 

「あぁ!?」

 

 フィンランド語ではこの鬼のような形相のアジア人には通じなかったようだ。

 

「Finland…」

 

「ふぃんらんどぉ?」

 

 英語では何とか通じたらしい。直後、舩坂の頭の中ではこのような図が思い浮かんだ。

 

 フィンランド 1941年7月10日に枢軸国加盟

  ↓

 フィンランド=枢軸国(AXIS)≒味方

 

「味方じゃないか!!」

 

 舩坂は嬉々とした表情で叫んだ。次の瞬間には地に倒れ伏していた〝白い死神〟の体は無理やり引き起こされ、2人の男は半ば強引に右手を固く握りしめ合った。

 だが舩坂ではない方の彼は、仮面の下ではキョトンとした表情を浮かべていた。この短い間に、いったい何が起きてこの平たい顔族と握手をする事になったのか皆目見当もつかなかったのだ。

 

「うむ! アメ公の言葉なら多少わかるぞ! アイム、フナザカヒロシ! アイム、ジャップ!」

 

 舩坂は意気揚々と話しかける。

 

「JAP…!?」

 

 どうやら目の前のアジア人は日本人らしい。残念ながら彼がこの世界に飛ばされた時期はまだ日独伊三国同盟が締結されていなかったので、彼はまだ状況が上手く掴めていなかった。

 だが目の前の日本人の顔は明確に友好的であると示している。ひとまず彼は、魚心あれば水心の精神で場の流れを維持する事に務めることにした。

 

「Hiroshi! My friend!」

 

 再び、2人の男は固く握手をする事となった。

 

「ああ、そうだ。君の名前も聞いておこう」

 

 舩坂がそう聞くと〝白い死神〟はゆっくりと仮面を外してから、優しい声で自分の正体を明かした。

 

「名はシモ・ヘイヘだ。よろしくなヒロシ」

 

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