DRIFTERSの主人公が舩坂弘だった話 作:BOMBデライオン
A.それ以上は言うな
自然が豊かでのどかな山間部に、この世には在らざる三八式歩兵銃の乾いた発砲音が鳴り響く。
海の〝大和〟 空の〝
カランと軽快な金属音が地面を跳ね、硝煙を発生したままの薬莢がコロロと地面を転がる。その直後に、大いに興奮した声が舩坂のすぐ隣で起こった。
「これは素晴らしい! すごい精度だ!」
白い死神ことシモヘイヘは、自分の母国語でそう叫ぶ。英語なら何とか解せる舩坂でも彼の国の言語は全くわからなかった。
舩坂は何を言っているのかわからないという反応をジェスチャーで示すが、そんな事お構い無しにとヘイヘは狩猟を再開した。
ただ、店先に羅列される玩具を眺める少年さながらの目と「グレイト! グレイト!」とひたすら繰り返す表情から、隣の男が非常に喜んでいることだけはわかった。
「どうだ? 良い精度だろ?」
この三八式歩兵銃、長い銃身と洗練された内部構造からくる高い命中精度は、第二次世界大戦当時、天下一品と言われた程の代物である。風の便りに聞いた噂だが、中国戦線では2キロ先から敵を撃ち抜いたという事例もあるらしく、これをシモ・ヘイヘに渡すとはどういう事か。
まさに「鬼に金棒」だ。
その高い命中精度だけでなく、菊模様の綺麗なチェッカリングが施された、美しくかつ実用的なセーフティーも彼はいたく気に入った様子だった。
「見てくれヒロシ! 8羽は仕留めたぞ!」
そんなヘイヘの射撃結果を聞き、隣に座る船坂は一瞬固まる。彼が長く連れ添った相棒の装填数を間違えるはずがなかった。
8羽という数字がヘイヘの数え間違いか、舩坂の聞き間違いでなければ可笑しい。三八式の弾倉に入るのは5発までのはずなのだ。
「いや、遠すぎて見えん。双眼鏡を貸してくれ」
そんな馬鹿な、と思いながらも舩坂はヘイヘに借りた双眼鏡を好奇心の伴った目で覗き込む。
直後に彼はあっと驚きの声を漏らした。なんと望遠レンズを介して見ても小さすぎる湖面に、極小大の豆粒程にしか見えない鴨の死体がきっちりと8羽分浮かんでいたのだ。
「これが〝白い死神〟か…」
話を詳しく聞くと、隣に座るシモ・ヘイヘという人物は生前、冬戦争期間中に何万人ものソ連兵の猛攻を僅か数十人で撃退した部隊の狙撃手であったらしい。
そんな彼の最終スコアは狙撃だけで500人以上、短機関銃においても200人以上であるらしく、狙撃時はスコープを装着していないにも関わらず、300メートル以内なら百発百中で頭部を狙い打てると彼は言った。
冬戦争という100日にも満たない短い期間の中にも関わらず、総スコアは700人以上。まさしく鬼神のような戦績だ。
そんな驚異的な狙撃の腕前を持つ彼の性格はと言うと、非常に慎ましいの一言に尽きる。傲慢さや厄介性の類は微塵も感じられず、ヘイヘという人間はほんの少し会話をしただけでも人柄の良さがわかってしまう温和な人物であった。
そして彼は邂逅時に地に叩き付けてしまった事も笑って許してくれたのだった。
それにしても、時系列が可笑しいと舩坂は首をひねった。ヘイヘがこの世界に来たのは半年前との事だが、彼の知る「冬戦争」はそれ以上に前のはずだったのだ。
この疑問を目の前にいるヘイヘにぶつけても、ヘイヘはニコニコ笑いながら「〝彼〟に会ったらビックリするよ」と言うだけであった。
「〝彼〟?」
確証はないが、恐らく先程の古城で火を焚いていた人物だろう。フィンランド人であるヘイヘが仲良くできるのだから、枢軸国の人間に違いない。
彼の反応からして日本人ではなさそうだが、今から会うのが楽しみである。菓子折りの一つも持っていないのは非常に残念だ。
そんな風に舩坂が勝手な妄想を始めた矢先であった。
「あ、おい! ヘイヘ、カモ泥棒だ! お前の獲物が盗まれるぞ!」
舩坂は大きく声を荒げた。その手に持つ双眼鏡のレンズは、河畔に立つ2人の少年が鴨を白昼堂々と持ち去る様子をハッキリと映しており、いくら子供でも泥棒は良くないと彼は憤慨したのだ。
一方のヘイヘはと言うと、相変わらずニコニコ笑っていた。
「ああ、村のエルフだね。可哀想に、この世界で
「えるふぅ?」
聞けば、この世界は人間だけの物ではないらしく、人間以外にもエルフやドワーフやホビットなど多種多様な亜人と呼ばれる知的生命体が存在しており、50年程前までは各々が集まって国を形成していたらしいのだ。
だが、そんな平穏な状況もとある
「──って、
「待て待て待て、わからん! 初耳の単語が続け様に出てて何一つ理解できん!」
親切にも、ヘイヘは仕留めたカモを回収する道中と根城へと帰路の途中で全ての単語を一つずつ丁寧に教えてくれた。
まず、漂流物と書いてドリフターズと読むのは、どうやら俺やヘイヘみたいな異世界人の事を指すという事が判明した。
そんなドリフターズだが、彼らが元いた環境は一貫して日本が存在した世界に変わりは無いのだが、その年代や地域はかなりバラけているらしく、いつのどこの誰がこの世界に来るのかは全く予測ができないとの事だ。そしてその多くは何か突出した才能や能力、逸話で後世に名を残す人物が多い傾向にあるらしい。
「え…じゃあ俺、ドリフターズの異端じゃね?」
「200人も殺して自身も瀕死の重傷を負ってるのに、敵陣地に自爆特攻しに行く奴が異端な訳ないだろ。いい加減にしろ」
「それもそうか」
で、そんなドリフターズの管理をしているのが
「待て、話のスケールが一気にデカくなったぞ。
拝啓、三島由紀夫氏。
俺が戦い没したアンガウル島は敵により陥落してしまっただろうが、そちらは如何お過ごしだろうか? こちらの生活と言えばだが、剣林弾雨の暗いジャングルを抜け出た先はとんでもない世界だ。
「だいたいそんな認識で良いと思う、私もエンズを見た事はない」
ヘイヘとの親交を深めつつ話を進めていると、何となくだが自分がこの世界に飛ばされた理由がわかってきた。どうやら舩坂弘という人間は前世で戦死してしまったらしいが、どういう訳か漂流者としてこの世界に呼ばれ、廃棄物による世界滅亡を食い止める運命にあるのだと。
前世でも祖国を鬼畜米英の魔の手から守るために戦っていたが、この世界でもやる事は大して変わらない。守る対象が1つの島国から世界に変わっただけだ。
「てことは他にも漂流者が存在するのかもしれないのか。時系列がバラバラなら、歴史の偉人とかに会えるかもな」
「私はジャンヌ・ダルク、ナポレオン、ロベスピエールに会いたいな」
「アホ抜かせ、全員
舩坂がそう突っ込むと、2人はお互いにフッと鼻で笑った後、ガハハと大きな声で笑い合った。〝白い死神〟と〝不死身のサイボーグ〟という、一見とんでもない組み合わせにも感じられる怪物同士のペアだったが、温和な性質のヘイヘが舩坂の性格と絶妙にマッチしたのだろう。互いの相性が良いせいか、時間の進みはいつもに増して早く感じられた。
それ故に、彼らはドイツ帝国を象徴するピッケルハウベ(頭頂部にスパイク状の頭立が付いたヘルメット)を被った人物に「ヘイヘ、そのアジア人は誰だね?」と声をかけられるまで、古城に到着している事に全く気が付かなかったのだった。
「あ、ビスマルクさん。新たな
早口の英語でヘイヘは返答した。舩坂はそのほとんどを聞き取る事は出来なかったが、会話文の中の固有名詞だけには敏感に反応し、人生一の衝撃を受けて唖然とした。
「び、ビスマルク…!?」
驚愕、震駭、驚倒…どれだけ強い驚きを表す言葉を並べても、今の彼が受けた衝撃を完全に表現するには余りにも足りない。青天の霹靂や驚天動地の更に上を行く言葉が欲しくなるほど、彼の登場は意想外であったのだ。
「し、師匠! いや大先生!!」
舩坂は感銘の余り、思わず彼をそう呼び、地に膝を着いてドイツ建国の英雄の前に跪いた。何しろ目の前にいるビスマルクという人物は、ナポレオン、エリザベスと並ぶヨーロッパの偉人と呼んでも差し支えのない英傑なのだから。
「ふむ、日本人にそう呼ばれるのは久しぶりだな」
印象的な髭を撫でながら、ビスマルクも前世から続く不思議な因縁にそれとなく感謝をした。
開国以来、日本はドイツを近代国家の模範として軍事、法律、科学、芸術など様々な分野で影響を受けており、第二次世界大戦時には同盟国になるなど、日本とドイツの国交は交流が始まって150年以上にも及んだ現在でも切っても切れない関係にあるのだ。
おまけに、舩坂はタイミング良く日独同盟時代の人間である。
頼れる味方の登場に、彼は思わず歓喜に打ち震えてしまったのだ。
「──で、フィンランドの猟師が作る鴨料理はどうだね? 日本人の舌にも合うと良いのだが」
「最高です師匠!」
陽光が強い赤味を帯び始め、影が一層黒く変色して来る頃、古城では焚き木を囲んでヘイヘの作った鴨料理に舌づつみを打つ舩坂とビスマルクの姿があった。
「焼いて塩をかけただけだけど…」
ヘイヘは小さく呟く。
それでも、アンガウル島では滅多に食べられなかった肉を目の前にした舩坂にとっては、焼いて塩をふっただけの肉でも老舗の料亭の料理に匹敵する美味さであった。
「ところで舩坂君、君は見たところ軍人のようだが、この世界に飛ばされる直前の階級は
「はっ! 軍曹です!」
「そうか、それとついでに…1940年から君が転移する間の出来事を大まかで良いから話してくれまいか?」
「お易い御用です! 師匠!」
この時点でビスマルクが知っているのは、シモ・ヘイヘがこの世界に飛ぶ直前──つまり西暦1940年3月6日までである。彼はナチス・ドイツによるポーランド侵攻で実質的に第二次世界大戦が起こった事は知っているが、その後に凄惨を極めた歴史が再び繰り返される事は微塵も知らないのであった。
「──自分が知っているのはここまでです」
舩坂がこの世界に飛ばされたのは1944年の10月頃である。アメリカ軍の『B-29』による日本本土爆撃は始まっていないものの、ヨーロッパではスターリングラード攻防戦やノルマンディー上陸作戦を代表とする血で血を洗う大激戦が繰り広げられている真っ最中なのだ。
それを聞き、ビスマルクは物憂げな顔を浮かべながらも突然激怒した。
「あんの馬鹿息子が…! 儂の半生をドブに捨てよってからにッ…!!」
彼が言う馬鹿息子とは、ビスマルクがオーストリアとフランスを打ち負かして作ったビスマルク体制という
「あまつさえ2度目の世界大戦だと?! 回避できたはずの戦争のために一体どれだけの血が流れたことか!! これではヴァルハラに旅立っても先代に顔向けが出来ないではないか…」
ビスマルクは大きな、大きなため息をついてガックリと項垂れた。
「世は無常、無情だ。僕も祖国がカレリア地方を失ったと聞いて残念だ」
「日本の未来も暗いだろうな。あのチョビ髭と大本営がソ連とアメリカを敵に回した時点で厳しいだろう」
ビスマルクに続いて、2人も大きなため息をついた。
『ハム、応答しろ。ハム』
右手の水晶球が急かすような音声を発する。ここでこの球体が言うハムとは、いわゆるタックネームであり、水晶球の持ち主──十月機関に属する魔術師であるカフェトは真面目な顔でそれに応答をした。
「こちらハム、師匠の仰った通りドリフ2名を捕捉しました」
そのメガネの見つめる先には、広大な荒野で手を振る2人の人間の姿が写っていた。半ば薄汚れた格好でカフェトの元へと近付いて来た彼らは、片方は18〜19世紀の紳士服を着ており、もう片方は第一次世界大戦期の軍人であった。
しばらく3人の間で会話が交わされる。
「お待たせしました。こちらの2名は画家と工兵だそうです。少なくとも
どこか安心したような顔でカフェトは再度水晶球に向かって言葉を発した。
『兵士はまだしも画家だと…? まあ良い、ドリフであるなら問題はない』
水晶球の向こう側にいる人物は、片方の人物が画家であるとの事を聞いてやや不服そうではあったが、エンズではないとわかると好色を示した。
交信が途切れ、カフェトの上司に当たる人物は使命感に満ちた目で空を見上げる。
『なんとかしないと、でないと──』
十月機関の創設者であり現当主、そして自身もドリフターズである安倍晴明は面妖な面持ちで微笑んだ。
『──ほんとにこの世が滅んじまうぞ』