DRIFTERSの主人公が舩坂弘だった話   作:BOMBデライオン

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5話:窮鼠反抗

「て…撤退だ! 一時撤退! コボルト兵もオークも一旦引け!」

 

 土方が叫ぶ。

 

 安倍晴明がティーガー戦車に乗り込んだと同時に、50トン超もある鋼鉄の虎は動き出した。

 その異常な重量に耐えきれず、キャタピラが回る度に地面の石畳はバリバリと大きな音を立てて破壊され、馬車では突破が困難なバリケードは易々と乗り越えられ粉砕し、付近のコボルトやオークと言った雑兵は細木を薙ぎ払うように踏み潰される。

 剣の刃も、槍の切先も、矢の鏃も全てが弾き返され、その圧倒的な威圧感は好戦的な土方歳三にですら一時撤退を促させた。

 

「いやはや、本当にこんなのが動くなんて…。年月の経過は、かくも素晴らしく、末恐ろしい…」

 

 窮屈なのには変わらないが、思ってたよりも広い車内で安倍晴明は額の汗を拭いながらも、ひとまずは光明が見えたと安堵した。

 

 何寸(一寸=約3センチ)もの厚さがありそうな鋼鉄の車体。いや、触ってみた感じはもっと分厚そうな…最も分厚い部分で一尺(約30センチ)以上はあるのではないかと思われる鉄壁に、私は今守られている。

 話を聞くと、ヴィットマンと名乗るこの南蛮人は、私が生きた時代から約1000年も後の時代の人間だと判明した。そして彼が指揮をするこの鉄の車、『ティーガーI戦車』と言うらしいが、『紫』はよくもこんな代物を送ってきたもんだ。

 

「お、重いっ…!」

 

 それにしても、この砲弾とか言う尖った鉄塊が、あまりにも重すぎる! 

 道案内をするために乗れと言われたが、こんな重労働をさせられるなんて聞いていない。

 

「ハルアキラはジャパニーズだろ! 日本の若いのがこの程度で音をあげるなんて、一体全体ヤマトダマシイはどこに行ったんだい?!」

 

「わ、私! こう見えて中身は83歳なんですよ!」

 

 それはジャパニーズジョークか、と軽く受け流されてしまったが、本来この砲弾を装填する係がいないと言うのだから仕方がない。それに、この戦車が現れてくれなかったら、自分はきっと早いうちに死んでしまっていただろう。命が助かったと思えば安いものである。

 

「ハルアキ! 次はどっちだ!」

 

「そこの角を右に出れば大通りです! そこを真っ直ぐ進めば城門に辿り着きます!」

 

 それでも道案内を欠かすことはできない。ここの乗務員は誰一人として道を知らないのだから。

 砲弾の装填作業の手伝いがひと段落つき、出窓からチラッと後ろを伺う。

 この戦車が障害物を打ち払って道を切り開き、後続から馬車が続くという構図だ。馬車に乗る3人は今のところ大丈夫そうだが、この戦車と言うのは重い弊害か人が全速力で走る程度の速度しか出ず、彼らがさらに後ろから迫る敵兵に追い付かれないか、気が気でない。

 

「追っ手が気になるのか?」

 

「ええ、徐々に距離が狭まってきています。このままでは追い付かれてしまうでしょう」

 

「それなら問題ない。この音が聞こえるだろ? うちでは悪魔のサイレンって呼ばれる音だ」

 

 それを聞いて安倍晴明が耳を澄ますと、彼自身は聞いたことがない奇妙な音が鳴っているのに気付いた。

 ゾッとするような音は、徐々に大きく、甲高くなっている。

 

「しかも、あの機体にあの装備……『魔王ルーデル』だ」

 

 甲高いサイレン音が街を震わさんばかりに鳴り響く。ガッシリとした武骨なフォルムの黒い影が、黒王軍部隊の直上から彼らに襲い掛かった。

 重力加速度により威力を増した機関砲弾は、着弾すると共に真っ黒な土煙をあげて炸裂し、黒王軍を文字通り粉砕せしめる。偶然か、はたまた狙ったのかは定かではないが、機関砲弾が最初に着弾したのは先頭集団だったため、後続の歩兵は震え上がり、足を止めてしまった。

 

「追っ手の足が止まった!」

 

 晴明が叫ぶと同時に、再び追っ手の中で連続して爆発が起きる。

 足を止めてしまった大多数の標的はもはや格好の的であった。それが魔王ルーデルならなおさらである。

 

 追っ手の脅威が消え去ったのを確認すると、晴明はホッと胸を撫で下ろした。

 それから彼が搭乗するティーガー戦車とその後ろに続いて走る馬車が、燃え続けるカルネアデスの北壁からの脱出に無事成功したのはすぐであった。

 

「よし! 脱出だ!」

 

 ひとまずは助かった。『紫』の送ったドリフターズの支援もあって、何とか命を繋ぎ止める事ができた。

 だが、黒王が健在なままでは世界中のどこに逃げようといつかは追い付かれ、この身も滅んでしまう運命なのだ。

 

「……黒王、お前の好きにはさせんぞ!!」

 

 遠ざかる『北壁』を歯痒そうに見つめながら、ドリフターズ安倍晴明は黒王の脅威をしかと心に刻みつけた。

 

 黒王軍南下という名の厄災。そして、それがもたらした余りにも早すぎる「北壁陥落」という凶報に、各諸侯やその民は大きく震え上がるだろう。

 そして北部から大量に流れ込んだ難民が道中で経験した恐怖は人々の口から口へと次々に伝播し、民は故郷を捨て、救世主を求めて南へと逃げ惑うのだ。

 だが、それもこれも全て、不退転の災厄の元に参集した多くの人ならざる者による、人なる者廃滅の旅の序章に過ぎない。

 

『絶望』の軍勢が北から押し寄せる──

 

 


 

 

 一方、北壁から遥か南の古城を根城に生活している舩坂達は『カルネアデスの北壁』が失陥されたとは露知らず──例え知っていたとしても、異世界にも戦争はあるのだな程度にしか思わないだろうが──エルフの村民達の麦の収穫作業を()()()()()()

 

「ふぅ、実家を思い出すな!」

 

 鎌を片手に、物凄い勢いで収穫を行う船坂。

 それをドン引きの目で見る領主の私兵ら。

 そして如何せんとした困り顔で収穫を行うエルフ達。

 

 場はまさにカオスであった。

 

「アラム様、ドリフターズきちんと3人、十月機関(オクト)の連中の報告通りの数を確認しました。それで……エルフへの処罰はどうしましょう…?」

 

 部下から報告を受けるのは、エルフ族占領土政庁に属する執政代官付きの騎士武官アラムであった。他者からは冷酷冷徹と評される彼でさえも、今だけは「むう…」と音を上げ、困惑していた。

 

「まさかドリフと亜人(デミ)共が交流を持つなんてな…」

 

 オルテ帝国に住むエルフやドワーフなどと言った「亜人(デミ)」と呼ばれる人類は、帝国の侵略以来、被差別対象であった。彼らは純粋な人間から徹底的な差別を受け、奴隷として過酷な労働の役に就かされながら、緩やかな生物的絶滅をも視野に入れた苛烈な統治手法を採らされている。

 そして被差別者である亜人らは「漂流物(ドリフターズ)に関わる事」を完全に禁止されており、何かしらの事柄で少しでも関わった場合は、即座に非常に重い罰が下されるのであった。

 

 そして先日、十月機関(オクト)経由で「エルフの少年2人が森でドリフターズの食物を盗んだ」という報告が入ったのはまだ記憶に新しい。その直後に、アラムは領主の命を受け、懲罰のために巡察隊を率いて颯爽と飛び出したのだが……すぐに駆け付けたのはいいものの、着いた先でその懲罰対象とドリフが仲良く収穫作業を行っていたら、どうすべきか誰でも悩むだろう。

 それがアラムが置かれている状況であった。

 

「そうだな。あそこの老骨…は辞めて、シモ・ヘイヘと言ったか。まずはあの仮面に防寒具のチビと話をつけるとしよう」

 

 アラムは身長190cmの巨漢(ビスマルク)ではなく、あえて身長が低いシモ・ヘイヘの方に向かって、威圧感を前面に押し出しながらズンズンと歩みを進めた。

 金属鎧に包まれたその肉体は一層大きく見え、第三者から見たらヘイヘが絡まれているようにしか見えなかっただろう。

 

 真っ先に口を開いたのはアラムの方であった。

 

「困るんですよねえ…勝手にデミ(亜人)共と交流を持たれてしまっては」

 

 はじめましての挨拶も抜きに、アラムは突っかかる。

 それに対するヘイヘの返答は「何故?」だけであった。

 

「…我がオルテ帝国では、ドリフと関わったデミは即座に処罰されるべきなんですよ。そういう決まりなんです。それがわかったら、とっととここから退散して下さい。これ以降はエルフなんかと関わってはいけませんよ」

 

 亜人達は「ドリフターズと関わる事」を完全に禁止されており、それはドリフターズの方から関わって来た場合でも例外はない。

 だが、アラムとて馬鹿ではない。ドリフの目の前でエルフに処分を下した場合、彼らの心情を害する可能性も考慮していたのだ。

 そのため彼は、まず3人のドリフターズに元の根城に戻るように忠告する事から始めたのである。

 

「断る」

 

「…なんだと?」

 

 交渉は決裂。

 アラムは片目をつりあげた。

 

「エルフらはすでに我々3人の友人であり仲間だ。彼らを殺すと言うなら、まずは私が相手だ」

 

「ほう…?」

 

 アラムは額に青筋を浮かべながら、腰の剣に手を伸ばす。

 

「チビのドリフめ、我々の邪魔立てをするか。よろしい…その度胸は認めてやろう」

 

 本来は両手で扱う事が推奨されそうなロングソードを鞘から抜き、アラムはそれを片手で軽々と振ってみせた。

()()()()()()()では、このアラムという人物は代官付きの本物の騎士武官であるらしく、巡察隊と戦う際は彼こそが最も警戒すべき人物なのだと言う。

 

「やれやれ…結局は『鉄と血(戦争)』か」

 

 その一部始終を見ていたビスマルクも剣を抜き、それに呼応するかのように、エルフ達も各々が持っていた農具や弓を構えた。

 アラム以外の巡察隊の面々は突然の出来事に面を食らい、武器を手にするよりも前に怒声を上げる。

 

「お、おいデミ共!! それは一体何の真似だ!?」

 

「お前ら全員死罪にするぞ!」

 

 アラム以外は練度の低さが窺える言動が目立つ。やはり、ビスマルクさんの言った通りだとエルフらは素直に関心した。

 

 話は数日ほど遡る────

 

 


 

 

 村の子供2人が森に入り、鴨を数羽取ってきた翌日。

 俗にドリフターズと呼ばれる彼らは、十月機関に属するという女性を引き連れ、この村に堂々と入って来た。

 

「どうも村長さん、息災そうで何よりです」

 

 ビスマルクがそう言うと、エルフ村の村長は苦い顔で応答する。

 

「そちらこそ元気そうで何よりですよ、ドリフさん。お仲間を連れて本日は何用ですか? 本当は貴方と関わってはいけないのですが…」

 

 ドリフさんと呼ばれた巨漢のドリフと村長はお互いに面識があるらしく、彼は村の若い連中に村周辺の見回りを命じた後、客人4人を座らせた。

 

「いえね、あの時助けてもらった御礼のついでにと思いましてね」

 

 巨漢のドリフは鷹揚に話し始める。

 その雰囲気は日常会話をしに来たと言うよりも、外交交渉などの重要な儀式に臨んでいるようだった。

 

「ああ、ちょうど1年くらい前ですかね。森で倒れてた貴方をうちの村の若いのがここに連れて来たのは」

 

 薄い茶を啜りながら、エルフ村の村長は思い出話に浸る。

 

「この近辺に現れたドリフは貴方が初めてでした。だからその時は十月機関の監視も無かったのですがね…。今回はもう言い逃れは出来なさそうですが、一体なんのつもりでここに来たんですか?」

 

 彼は十月機関の女性を一瞥し、警戒心を顕にした。

 

「いえね、それよりも昨日の鴨料理はお口に合いましたでしょうか?」

 

 ビスマルクがそう言うと、村長の手から木製のコップが滑り落ち、中身の無くなったコップはコロコロと床を転がった。彼はそれから頭を抑え、苦渋の表情をその顔に浮かべたのだった。

 

「ああ、あああ…! そういう事ですか! なんて事だッ!」

 

 昨日から不思議に思っていた。弓も持っていない、狩りの経験もない少年が鴨を取れる訳がないのだ。そして、巨漢のドリフの仲間なのであろう男性陣の隣には、ドリフターズの管理を一任されている十月機関の人員がいる。

 つまり、そういう事なのだ。

 

「ええ、残念ながらお察しの通りです。貴殿の村の少年2人が知らずのうちに取ってきた鴨は、この世界でドリフと呼ばれる人間の獲物だったのです」

 

 そして、とビスマルクは続ける。

 

「不運な事に、その一部始終を十月機関のオルミーヌさんは本部に報告してしまいました。つまり、少年2人が良かれと思ってやった事を、オルテ帝国はすでに把握済みなのです。近いうちに巡察隊がこの村に懲罰に来るでしょう」

 

 村長だけでなく、この会話を外で盗み聞きしていた連中の顔も青々と変色していく。これが本当ならば、近いうちに領主の私兵がこの村に殺戮をもたらしに来るのだ。

 

「シャラ! 外で聞いているんだろう、シャラ! マーシャとマルクをここに連れて来い!! 今すぐにだッ!」

 

 シャラとはこの村の村長の息子である。

 そしてマーシャとマルクとはシャラの弟であり、鴨を取ってきた張本人たちであった。

 

「ああドリフさん、この度はうちの若いのが多大なご迷惑をおかけして大変申し訳ございません! 何卒お許しください!」

 

 村長は地に頭をつけ、必死に謝罪をした。

 だがそうこうしているうちにも、巡察隊はここに向かって来ているのだ。一刻を争う状況という事もあり、彼がそれから頭をあげるのは早かった。

 

「村長さん、これからどうするので?」

 

「もちろん夜逃げです! 村人全員を連れてどこか山奥に逃げます!」

 

「逃げるアテは? 全員を養う食料はどうするのですか?」

 

「ない! だが殺されるよりはマシだ!!」

 

「逃げた先で全員が餓死するという可能性は?」

 

「くどい!!!」

 

 床に拳が打ち付けられる。村長の右手から血が流れ出し、木製の床に染みができ始めた。

 ビスマルクは尚も澄ました顔で、出されたお茶を啜っている。

 

「…村長さん、我々と一緒に戦ってはみませんか?」

 

「は…?」

 

 予想外の提案に、村長は目を見開く。

 

「エルフのお嬢様方は領主館に囚われていると、十月機関の彼女…オルミーヌさんから聞きました。我々と協力してくれれば、彼女らを悪虐非道な領主の手から救い出せると約束しましょう。もちろん貴殿らも…この村だけでなく、エルフの民をオルテ帝国の魔の手から解放してみせましょう」

 

 目の前のドリフが何を言っているのか、村長はしばらく唖然としていた。そんな夢物語が実現するものか、という考えと、自分の妻や娘が返ってくるかもしれないという思いが、彼を半信半疑をさせていたのだ。

 ドリフさんの見開かれた目は、何でも出来るという自信のこもった目は、こちらを真っ直ぐと見つめており、村長の心は大きく揺らぐ。

 

 そして、村長にもう一押しを加えたのはビスマルクやヘイヘや舩坂でもなく、ましてやオルミーヌでもなかった。

 

「話は聞かせてもらった!」

 

 強引に扉を開いて中に入ってきた、シャラを始めとする村の若いエルフたちであった。

 

「ドリフさん、貴方が言う話は簡単だ。戦って死ぬか、農奴として惨めに殺されるかって事だろ? ならば俺達は前者を選ぶ。もう賽は投げられているのだからな」

 

 しばらく場に沈黙が流れる。頭を抱えて悩んでいた村長も、ようやくその心に区切りがついたようだった。

 

「ドリフターズよ、我々に戦の経験はない。だからどうか、どうか我々を……助けてくれ…!」

 

 それを聞いたビスマルクは、悪魔的な笑みをその表情に浮かべたのだった。

 

 


 

 

「さあ、オルテ帝国解体の時間だ」

 

 長年続いた帝国の圧政が、その足元から瓦解する瞬間であった。

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