使い捨ての奇跡に価値はあるか   作:とやる

1 / 1
使い捨ての奇跡に価値はあるか

《魔法》

 

【スターダスト・メモリーズ】

 

 ・強化魔法

 ・代償として記憶を支払う

 ・支払った記憶の価値に応じて効果上昇補正

 

 

 

 渡された羊用紙をたっぷり十秒は見つめた。

 

「……」

 

「……」

 

 顔をあげる。

 俺にこの羊用紙を渡した神物と目が合う。

 恐ろしく整った顔のイケメンの眉が歪んでいた。

 

「なあ、ディオニュソス様。何これ」

 

「君の魔法だね」

 

「これが?」

 

「これが」

 

「使えと?」

 

「使うべきではないだろう」

 

「俺の魔法は?」

 

「実質ゼロということになる」

 

「俺の魔法の才能は?」

 

「君とは長い付き合いになるが、無いに等しいと断言しよう」

 

「クソがっ!」

 

 思わず羊用紙を地面に叩きつけるように投げ捨てたが、空気抵抗によりふわりと漂うように宙を舞い、そっと床に着陸。そのまますっと滑り本棚の隙間に。

 それには目もくれず俺は力なく項垂れた。

 

「あんまりだ……期待させておいてこれはあんまりだ……」

 

「……すまない。まさかこんな魔法だとは」

 

 そうやって申し訳なさそうに目を伏せるなら『念願の魔法が発現しているよ』なんて言うんじゃねえ! 

 めちゃくちゃぬか喜びしちゃったじゃないか!! 

 まあディオニュソス様の気持ちも分かるけどさあ!! 

 

「ま、まあ、こんなのといえど君にも魔法が発現したんだ。魔法は本人の想いが形になって現れる。

 諦めなければきっといつかまともな魔法が発現するさ」

 

「似たようなセリフ二年前にも聞いたんだけど?」

 

「……諦めるな!」

 

「面倒くさくなって適当に流したな!? 

 女の子には親密になるくせに!」

 

「人聞きが悪いことを言わないでくれるか!?」

 

 やれこの前団員の女の子と夜の間ずっと二人っきりだったとか、あれは相談に乗っていただけだというかなんで知ってるとか。

 騒ぐ男二人。コンコン、とドアを叩く音に中断される。

 振り向けば、黒髪赤目のエルフの少女が呆れを隠しもせず。

 

「ドアも開けっぱなしで何をやってるんですかディオニュソス様」

 

「フィルヴィスからも言ってやってくれ! 

『私の下半身の葡萄からとびっきりの葡萄酒を振る舞おう』とかやってるぞこいつ! 

 とんだ卑しい葡萄酒の神様もいたもんだ!」

 

「で、出鱈目だフィルヴィス!? 私は断じてそんなことをしない!!」

 

「分かっています。

 それよりも、ディオニュソス様は我等の主神なんですから、こんな奴に流されず屹然としていてください」

 

「俺のことを無視した上に言い草がひどい! 

 にゃろぉ、先輩の威厳を教えてやるっ!」

 

「やめろ! 私に触るなっ!! ……やめっ、ちょっ、力強い、頭を撫でるなぁ!!!」

 

「危ねえ!? お前、こんな場所で剣を抜くか普通!?」

 

「先輩が悪い!!」

 

 レベル差があるからフィルヴィスに押されても殴られてもびくともしねえ。

 好きなようにやらせて頭をうりうりと撫でた結果、キレたフィルヴィスは腰に吊った剣を抜き放ち思いっきり振り回してきやがった。

 ふー、ふー、と鼻息荒く俺を睨むフィルヴィスからはマジもんの殺意を感じる。いやだって、剣先がピタリと俺を捉えて離さないし。あれは近づいたら刺す。絶対刺す。

 

「仲がいいのは結構だが、ここは私の神室である事を忘れないでくれよ……? 

 仲良しは外で頼もう」

 

「ふざけないでくださいディオニュソス様! 私はこんな奴とは……!」

 

「家族の仲は良好な方が良いに決まっている。うん、私は君たちの事を微笑ましく思っているよ」

 

「ディオニュソス様!!!」

 

 ヘイトが移りぷんすかと頰を膨らませたフィルヴィスがディオニュソス様に詰め寄るのを尻目に、こそこそと抜け出すことに成功。

 ふん、自分の隠密性に惚れ惚れするぜ。

 

「先輩、またフィルヴィスを怒らせて……」

 

「ん?」

 

 自分で思ったほど隠密できてなかったようだ。

 声の先には、これまたエルフの少女が眉間を抑えつつため息を吐いていた。

 

「おお、アウラか。ディオニュソス様に用事か?」

 

「いえ、フィルヴィスに付いてきただけですよ」

 

「そうか。

 フィルヴィスが出てくるのは多分もうちょっとかかるぞ。ほら」

 

「……みたいですね」

 

 背中越しに神室の方を親指でさす。

 フィルヴィスの怒鳴り声とディオニュソス様の気の抜けた声が開きっぱなしのドアから拡散していた。まだまだ収まる気配はない。

 特に用事もないらしいので、そのままアウラとホームを歩く。

 

「そんなに聞こえてた?」

 

「ディオニュソス様の神室は共有スペースと近いですからね。皆さん『またか』って苦笑いしてました。

 先輩、いい加減にしないと不敬罪とセクハラでギルドに捕まりますよ」

 

「なにおう。

 俺とディオニュソス様はズッ友、俺とフィルヴィスは愛ある師弟の触れ合いだ」

 

「入団したときに少し監督役をしただけの人が随分な物言いですね」

 

「あいつそっこーで魔法発現してランクアップしたからな……ファミリアのエースになる日も近いぞ。

 フィルヴィスは俺が育てた」

 

「ほぼ事実無根の事を言ってて恥ずかしくないんですか、それ」

 

 アウラのさり気ない毒は華麗にスルーして共有スペースへ。

 思い思いに寛いでいた同じファミリアの家族たちが、俺を見てお前も懲りねーなーと笑っていた。

 頼れる団長が愉快そうに笑い。

 優しい副団長がフィルヴィスを宥めに行くために腰を上げ。

 男性団員がこれで何連敗だ? と品もなく笑い、そんな男たちを女性団員たちが冷めた目で見て、戻ってくるフィルヴィスをかまい倒すためにあれやこれやと準備し始める。

 

 いつも通りの日常がそこにあった。

 

「ほら、フィルヴィス。そろそろ機嫌直して。

 あいつにはキツく言っておくから」

 

「……一発殴ってもいいなら」

 

「よし。この手袋を使っていいわ。

 心配しないで、厚いから拳は痛めないのだわ」

 

「ありがとう、副団長。

 ……くたばれ! 先輩!!」

 

「ぶべらぁ!?」

 

 死角から助走をつけて思いっきりぶん殴ってきたフィルヴィスの拳が頬に突き刺さる。

 レベル差のおかげで大事には至りようがないが、そこそこ痛い。

 エルフの女の子に不用意に触れると即拳が飛んでくるのは割と聞く話だが、まさか時間差で飛んでくる拳もあろうとは。

 

「ぐっ……また力を上げたなフィルヴィス……。

 今日は髪型いつもと違ったもんな……そりゃ怒るか……可愛かったぜ……ぐふっ」

 

「〜〜っ! 気付いていたのか……! このっ、馬鹿!」

 

 最後にシンプルな罵倒を吐き捨ててから、肩を怒らせ、ついでにポニーテールをゆらゆら揺らしてズンズンと離れていくフィルヴィスを見て地に伏せる。ぱたり。

 割と効いた。後輩の成長が嬉しいやら、追いつかれつつある事が悔しいやら。

 

「よしよし、こっちおいでフィルヴィス。慰めてあげるよ〜」

 

「むっ。別に私は……!」

 

「ちゃんと見て褒めてもらいたかったのにね。本当にあの男は……」

 

「ちがっ!」

 

「ほら、ぎゅう〜。

 あんな奴のこと放っておいて私たちと出かけよ? 美味しい甘味を見つけたんだ!」

 

「むぐっ」

 

 結局、フィルヴィスは女性団員たちに連れられて出かけて行った。

 別に私は……とぶつぶつ言っていたが、内心楽しみでウキウキしているのを全く隠せていない様子。

 そういうところがまた愛らしくて、フィルヴィスは結構歳上の団員たちから可愛がられている。

 入団当初からは考えられない。ふん、一肌脱いだ甲斐もあったってもんだぜ。

 

「先輩が脱いだのは服ですけどね。

 いつまで半裸でいるつもりですか? セクハラで突き出しますよ」

 

「やっぱなんか今日あたりがキツくない?」

 

「エルフの女はみだりに己に触れる人と鈍感クソ野郎を嫌うんですよ」

 

「へー。誰のことだろ、全く思い浮かばん」

 

「一回、頭の中の記憶全部引っこ抜いて見比べてみたら分かるんじゃないですか?」

 

 ディオニュソス様の神室から回収してきたらしい俺の上着を渡して、アウラはフィルヴィスたちを追っていった。

 何だかんだ女性団員みんな出ていったな……割とよくある。こうなれば夜までは帰ってこない。女子会は長いのだ。

 となれば。

 

「やるかァお前たち!」

 

「団長……!」

 

「フフフ、酒盛りかな? 私の秘蔵の葡萄酒も解放しよう」

 

 俺たちを見渡した団長の提案。

 いつの間にか現れたディオニュソス様の言葉に歓声が上がる。

 酒豪の多い俺たちだが、ディオニュソス様の秘蔵の葡萄酒は蟒蛇すら潰すほど強い上に美味い。

 あと、いくらオフの日だからって昼間っから酒飲んだりするのは女性団員たちが許してくれないからな! 特にフィルヴィスとアウラ! 

 鬼の居ぬ間にってやつだひゃっほー! 

 

 この後、夜まで飲めや騒げやの大盛り上がりを見せた酒盛りだったが、あまりに楽しかったので女性陣の帰宅時間をすっかり忘れてしまい、めちゃくちゃ怒られた俺たち男性陣は主神ともどもしばらくの間、禁酒とホーム維持の雑用を言い渡された。

 

 まあ、【ディオニュソス・ファミリア】ではよくある……代わり映えのない、幸せな日常の光景だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィルヴィス・シャリアというエルフの少女が【ディオニュソス・ファミリア】の門を叩いたのは今から約五年前の事だ。

 正確には、ディオニュソス様が仏頂面のエルフの少女を拾ってきたのが、だが。

 

 当時のフィルヴィスは気難しいとかそんなレベルではなく、ディオニュソス様以外とは常に一定の距離を置いていた。

 

 近寄れば離れる。

 踏み込めば逃げる。

 触れようとすれば拳。

 

 当然そんな有様ではファミリアの家族と打ち解けることなどできず。かといって主神の意向で家族になった以上、闇派閥が暗躍するオラリオで1人放っておくこともできず、半ば押し付けられるようにフィルヴィスの監督役となったのが俺だった。

 

「なあ、そうやって周囲を警戒し続けてずっと拒絶するのってしんどくないか?」

 

「……私は構わない」

 

「そっか。まあ、フィルヴィスがそれでいいならいいや」

 

 フィルヴィスの協調性が皆無でも、同じ探索系ファミリアにいる以上は一定の貢献はしてもらわなければならない。

 俺が教えたのはダンジョンでの生き方。

 どうすれば生き残れるか、先人たちが文字どおり命懸けで見つけ出した生存のための知恵。

 

「いいか、フィルヴィス。

 危なくなったら逃げろ。情けなく尻尾巻いて逃げろ。それを恥じる心も、もしかしたらそれを糾弾する声もあるかもしれない。

 でもな、死んだら悲しい、悔しいって思うことも出来なくなるんだぜ」

 

 俺の個人的な想いも混ざってはいたけど。

 なんでこんな事を言ったのかは分からない。

 ただ、その時の俺は、放っておいたらそのまま無茶をして死にそうな気配をフィルヴィスに感じていた。

 

「……」

 

「ん、どした?」

 

「……なんでもない」

 

「そんな考え込んでると可愛い顔にシワが増えるぞう」

 

「うるさい黙れ」

 

 付かず離れず。

 ダンジョン探索の仕方を覚えていくフィルヴィスを見守りながら、時折一言二言アドバイスをして、フィルヴィスの手に余ると判断したら俺がモンスターを蹴散らして。

 そんな毎日が続いていたある日、たまにちらちらとフィルヴィスが俺を見ている事に気がついた。

 視線に反応してフィルヴィスを見ればすぐにぷいっと顔を晒してしまう。

 意味が分からなかった。分からなかったけれど、その頃ぐらいからフィルヴィスは俺に質問をしてくるようになった。

 

「お前、【キラーアント】が倒し辛い。何か良い方法はないか?」

 

「あー、そいつはな……ってか、お前とはなんだお前とは。さんを付けろ歳下」

 

「私はエルフだぞ。成長が遅い関係で年齢が低く見えるがお前とそう変わらない」

 

「え、マジで? 

 ……いや、仮に俺とあんま歳の差が無くても確実に歳下だろ。せめて先輩と呼べ」

 

「……ふん」

 

「こいつ……」

 

 生意気さと傲慢さが入り混じったようなプライドの高さはそのままだったけれど、フィルヴィスの方から歩み寄ろうって一歩踏み出し始めた事が嬉しかった。

 ファミリアとは大切な仲間たちであり、家族だ。

 俺なりにこのエルフの少女の行く末を心配していたりしたので、その変化を本当に好ましく思った事を覚えている。

 

 特に特筆するような事はない。

 ただ、その日から少しだけ会話が増えた。

 会話が増えれば理解も深まる。

 俺たちは互いに互いを徐々に理解していった。

 

「ほれ、探索終わりのじゃが丸くん」

 

「……んぐ。……お前、これは何味を買ってきた……?」

 

「鯖レタス味。新発売だっておばちゃんが言ってたから」

 

「明らかにゲテモノの類だろう? 馬鹿なのか?」

 

「ふん、甘いなフィルヴィス。一人だと躊躇うようなモノでも誰かと一緒なら挑戦したくなるのさ。美味くても失敗しても、そういうのが後々大切な思い出になったりするんだよ……んぐ。

 ……次は普通の買うか」

 

 が、俺の新作に惹かれる性質は治らず、その日からもちょくちょく新発売のじゃが丸くんを二人で齧ることになる。

 美味しいときはまあまあ、とか言いつつ全部食べて、失敗したときもなんだかんだ全部食べるフィルヴィス。

 隣り合ってというには少々距離はあったが、ダンジョン帰りに並んでじゃが丸くんを齧るこの時間が俺は結構好きだった。

 大切な思い出だ。

 

 契機が訪れたのはそれから数ヶ月後のことだった。

 

 ダンジョンには強化種と呼ばれるべらぼうに強いモンスターがいる。

 主に下層や深層に出現するモンスターだが、上層や中層に現れる可能性はまずあり得ないと言い切れるレベルで低いがゼロではない。

 その日、フィルヴィスは俺以外の【ディオニュソス・ファミリア】の仲間たちとパーティーを組んでダンジョンに潜っていた。

 "基本"を修め、さらに上のレベルに成長するために"連携"を肌で体感して欲しかった。

 そして何よりも、同じファミリアの家族として……気心を許せる仲とは言わないまでも、共に背中を預けられる関係は築いて欲しかった。

 

 個人プレイに拘りすぎる節はあるし未だつっけどんとした態度のままではあるが、徐々に心を開き始めている今のフィルヴィスなら、仲間と協力し合えると信じて送り出した。

 本音を言えばついて行きたかったが、パーティのリーダーがLv.2だったこと、どうしても外せない所用があったことから、俺はリーダーに絶対に中層には降りないことを約束して、フィルヴィスを預けた。

 ま、結局心配で仕方なくて、あと着いてくんなってフィルヴィスに念押しされてたから、ギルドの中で帰りを待ってんだけど。

 

 ──そして、世界で一雫だけ降った雨が額に当たった。

 

 ダンジョン11階層、下層クラスの強化種出現。

 

 迷宮から駆け上がって来た冒険者の怒鳴り込むような絶叫が耳に入った瞬間、走り出していた。

 

 間に合え、間に合えッ、間に合えッッ!!! 

 

 フィルヴィスと共に何度も何度も通った迷宮の正規ルートを彗星のように駆け抜け、風よりも速く走った。

 頭をよぎる最悪を振り払うように、嫌な動機を繰り返す心臓を殴り飛ばして、ただ必死に。

 

 そして、ついに、白い背中を捉える。

 

「ハァ……ハァ……ぐ、うッ!」

 

「もういいシャリア! 速く逃げるんだ!!」

 

「ゼェ、ゼェ、馬鹿、言うな……! 

 ここで私が逃げれば、お前たちが死ぬだろう……ッ!」

 

「逃げなくても一緒だってんだよ……! 

 頼む、逃げてくれシャリア。

 ヘマしちまって足がイカれたが、命を捨てれば1分は足止めできる。

 だから、頼むよ……!! 

 せめてお前だけでも生き残ってくれよ!! 

 俺を、俺たちを、新人だけは守りきったぞって胸を張って死なせてくれ!!」

 

「嫌だ! 私は逃げない!! 

 死んで胸を張れると思うな!! 

 死んだらそれで全部お終いだと……今日学んだ経験も、今日感じたこの気持ちも、いつかに思い返す今日という"思い出"も失われるのだと!! 

 私は、そう教わったッ!!!」

 

 裂かれた戦闘衣から鮮血を滲ませ、片膝をつき、折れた剣を支えに倒れていないだけの状態。

 それでも、"まだ心は折れていない"とフィルヴィスのその背中が叫んでいた。

 

 ……ったく、こんなときだってのにさ。

 自然と、口角が上がる。

 拳を握りしめ、大地よ砕けろと強く強く踏み締め、跳んだ。

 

「どぅるぁあああああああああああッッッ!!!」

 

 俺の後輩になに怪我させてくれてんじゃこのボケカスがよぉ!!! 

 

「──先輩ッ!!」

 

 予想外だったのか、強化種を殴り飛ばした俺を見てフィルヴィスが瞠目する。

 随分とぼろっぼろだ。

 そりゃそうか。

 生きてるだけで奇跡ってやつだもんな。

 もう立つことだって相当にキツいはずだ。今すぐにだって意識を手放したいはずだ。

 ああ、本当に──。

 

「よく頑張った」

 

 だからもういい。

 ちょっとそこで休んでろ。

 膝を曲げて、俺を見上げるフィルヴィスの頭を一度、優しく撫でる。

 立ち上がって振り向けば、怒り狂った強化種が耳障りな奇声をあげ跳ね起きていた。

 

 迎え撃つ。

 限界を迎えたのかフィルヴィスがへたり込んだ気配。

 大丈夫だ。

 安心して待ってろってな。

 お前の頑張りはぜってぇに俺が無為にさせない。

 家族を、後輩を、殺させやしねぇ。

 

「あとは俺に任せろ」

 

 剣を抜き放った。

 刹那、俺と強化種は激突した。

 

 ……と、ここでカッコよく強化種を倒せていればよかったんだけど。

 

 ──ギリギリだったァ!! 

 

 やべぇマジで強かったあいつ! 

 意味わからん! え!? なんでこんなのが上層来てんの!? 

 もう死闘も死闘、ガチのマジでどっちが死んでもおかしくない綱渡りみたいな戦いだった。

 深層レベルの怪物だったわ。ありえん意味わからん。

【魔法】も攻撃的な【スキル】もない俺には荷が重い敵だったよまじ。よく生きてたなホント。何回か「あ、死んだわこれ」って思ったもんね! 

 魔石砕いた瞬間気を失ったもん。

 

 そんでまあ、重症も重症ってなわけで、入院するはめになるんだもんなあ。

 

「この、馬鹿っ!」

 

「ひでぶっ!?」

 

 今ではすっかり笑い話だが、気絶した俺が病室で目が覚めて、あ、生きてると思った瞬間フィルヴィスからビンタされた。

 

「くぅ……!」

 

「いや、そりゃそうなるわ。俺一応Lv.4だからな」

 

 ビンタした手を押さえて蹲るフィルヴィスに苦笑い。

 レベル差は実に三つ。フィルヴィスからすれば岩でも殴ったのかと錯覚した事だろう。

 

 俺が気を失った後、フィルヴィスは簡単な応急処置だけした俺を背負って地上まで帰還を果たしたらしい。

 いや、俺だけでなく、あの場で瀕死の重傷を負っていたファミリアの仲間たちも。

 その場でまともに動けるのはフィルヴィスだけだったからだ。

 フィルヴィスが冒険者として生きていくために教えた応急処置にまさか俺が救われるとは思っても見なかった。

 Lv.1のフィルヴィスがそれを成し遂げたことにまず驚いて、そして、それが命を賭けた行為であることに気付いた。

 

 ……俺、危なくなったら逃げろってこんこんと言い続けてたはずなんだけどな。

 仲間を守るために1人で犬死にしかけてたのも、仲間を救うためにLv.1のくせに無茶苦茶危ない橋渡って地上へ全員生還させたことも。

 逃げたってよかったんだよ、フィルヴィス。

 ……監督役としての俺は、きっとここでフィルヴィスを叱らないといけないんだろうなあ。

 

「……助けに来てくれて、安心させるようなこと言って、死ぬやつがあるか……!! 

 馬鹿、馬鹿! 先輩は、私の監督役だろう……っ! まだ、教わってない事もいっぱいあるだろう……っ!」

 

 ただ、涙を堪えて、俺の服の襟元をぎゅっと掴んでそう声を震わせるフィルヴィスを見ると、その気も失せた。

 フィルヴィスにこんな顔をさせているのが自分だと思うと罪悪感が湧いて来て、所在なさげに視線が泳いで、あー、と頼りなく喉が震えて。

 

「……まあ、なんだ。その、ありがとうな、フィルヴィス。俺を助けてくれて」

 

 結局、そんなお礼の言葉しか言えなくて。

 

「……私こそ。これだけじゃない、今までのことも、ありがとう。

 先輩は、先輩たちは、私をずっと助けてくれていた」

 

 まだ目を合わせられないのか顔はそっぽを向いていたが、今までの態度が嘘のようなその言葉に俺は小さく吹き出してしまった。

 笑うなと頬を膨らせるフィルヴィスがなんだか可愛らしくて、やっぱり笑ってごめんごめんと謝ってしまい。

 最後には二人仲良く怪我人は騒ぐなと【戦場の聖女】に叱られてしまった。

 

 その後、お見舞いに来たファミリアの仲間たちにぎこちなくだが歩み寄ろうとするフィルヴィスがいたりして、陰ながら微笑ましい気持ちになったものだ。なんだろ、手のかかる妹が独り立ちするときの兄の心境は、こんな感じなのかもしれない。

 

 フィルヴィスが本当の意味で【ディオニュソス・ファミリア】の一員になった、そんな日の記憶。

 大切な思い出だ。

 

 あ、そうそう。

 大きな契機とは言えば、もう一つあった。

 

「よろしくお願いします、先輩」

 

「ん、よろしくなアウラ。ほれ、フィルヴィスも」

 

「一度自己紹介はしたが改めて。フィルヴィス・シャリアだ。よろしく頼む」

 

 フィルヴィスが入団してからあと一月で一年が経つ、といったところで、新しい家族が増えた。

 名前はアウラ・モーテル。フィルヴィスと同じエルフの少女だ。

 

 歳の割に大人びており、直上傾向のある剣士のフィルヴィスとは真逆に近い魔導師のアウラだが、『フィルヴィスと歳近いし同じエルフだしお前でいいっしょ』という雑な采配で俺が監督することになった経緯がある。

 

 飲み込みは早く、フィルヴィスと違って素直に指示に従ってくれるし、分からないところや疑問に思ったところなど容赦なく指摘してくるので逆に俺が勉強する事になったりしたが。

 それはともかく、彼女が入団したことで大きく変わったことが一つある。

 

「エルフなのにフィルヴィスとは違う? 

 ああ、勘違いされがちですが、確かにエルフには認めたもの以外に肌の接触を許さない潜在性がありますけど、種族全体に共通しているのはそれぐらいで後は生育環境でまちまちですよ。性格とかは代表例ですね」

 

「え? じゃあ最初フィルヴィスが寄るな触れるな近づくなの狂犬みたいだったのは?」

 

「エルフだからではなくフィルヴィスの性格ですね。

 ……フィルヴィスってそんな感じだったのですか?」

 

「うん。凄かったぞう、俺含めて話しかけようとしたやつは男女関係なく最初は振られたからな」

 

「……うーん、にわかには信じ難いですね……。

 私の話してみた感触では彼女は独りになる事を恐れるタイプ……あ、もしかして『独りになる』事を怖がるあまり『最初から独りでいよう』としていた……?」

 

「なにその可愛い理由」

 

 そこからは早かった。

 調子のいい団員は『フィルヴィス可愛い!』『フィルヴィスおはよう! 今日も可愛いな!』『よう! フィルヴィス! 見ない服だな! 輝くように可愛いぜ!』とフィルヴィスをかまいまくる。全部俺だったわ。

 まあ、他の団員も似たり寄ったりで、特に女性陣はなにかとフィルヴィスをかまい倒すようになった。何かとフィルヴィスを気にかけていた、年少の団員たちにとっては姉代わりの副団長の暴走っぷりは酷かったが。

 

「くっ、私にはこんなひらひらした服は似合わないと言ったのに……!」

 

「おっ、どうしたフィルヴィス、また副団長に連れ回されてたのか。いつにも増して可愛いぞ」

 

「〜〜っ!? 茶化すなぁ!!」

 

「おっと。

 ふん、別に茶化してなんかないさ。本当に可愛いと思ってるよ、うりうり」

 

「くっ、やめろ、頭を撫でるな……っ!」

 

 気にせず撫でていると、諦めたようにされるがままになる可愛い後輩を、微笑ましく思った。

 大切な思い出だ。

 

 あ、もう一つあった。

 馬があった……というよりは、パーティーを組んでだいたい一緒にいたから、その延長線みたいなものだろう。

 それでも、俺たちはダンジョンに潜らない日も一緒に過ごすことが多かった。

 闇派閥の隆盛期、都市の治安がLv.1のエルフの少女を一人で歩けさせないほど荒れていたという理由もあったけれど。

 その中で一つ、よく覚えていることがある。

 

「は? 尾行?」

 

「俺の予想では団長と副団長が怪しい。これは真相を確かめるしかねえ!」

 

「先輩、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬそうだぞ」

 

「でも気になるだろ?」

 

「気にならない。

 エルフは高潔だ。そんな下衆の勘繰りのような真似はごめん被る。

 ましてや同じファミリアの家族の……」

 

「そうか、アウラは?」

 

「非常に興味をそそられますね」

 

「アウラ!?」

 

「よし来た。

 ところでフィルヴィス、知った以上は副団長に尾行をチクるであろうお前をこのままホームに帰すと思うか?」

 

「は? ……おい、待て、ちょっ、やめっ! 引っ張るな! おい! あっ、手が触れ……〜〜ッ、先輩っ!!」

 

 店を回って変装道具を揃えているうちに、最初はぶー垂れていたフィルヴィスも次第に乗り気になってたっけ。

 時間差でホームを出て行った団長たちが示し合わせたように合流するのを確認して、こそこそ肩を並べて追いかけた。

 

「不味いですよ先輩、このままだと見失います」

 

「つっても第一級冒険者にこれ以上近づけないぞ! バレる!」

 

「そういえば聞いたことがある。尾行は男女ペアだとバレにくいらしい。大丈夫じゃないか?」

 

「……フィルヴィス、それはデー……いえ、いいですね、それでいきましょう。

 では先輩、フィルヴィスと手を繋いでください、可能な限り親密な感じで」

 

「なっ!? あ、アウラ!?」

 

「団長と副団長みたいな感じで手を繋げばいいのか? よしきた!」

 

「ッッッ!!?!!???!?」

 

「おお、いきなり恋人繋ぎとはやりますね、先輩」

 

「ほら、アウラも。よし、行くぞ!」

 

「死んだほうがいいですよ先輩」

 

「お前が手を握れって言ったんだよ!?」

 

 この尾行の最後は、まあ……その……なんだ、あれだったな。

 一回撒かれて、もう帰るかってホームに帰ってるとき。

 たまたま近道で通った裏通りで、団長と副団長がキスしてて。

 慌てて隠れて、思わずフィルヴィスと顔を見合わせたんだ。

 

「せっ、先輩! ど、どうしたらいいんだ!?」

 

「ば、ばか! 声出すな! 今バレたら流石に不味いだろ! 

 とにかく今は息を殺せ! 自分を路傍の石ころだと思い込むんだ!」

 

「わ、分かった!」

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「…………キスって、こんなに長いものなのか……?」

 

「知らねえよ! 俺に聞くな!」

 

「お、おい、先輩。音が……」

 

「やめろ実況するなハレンチエルフ」

 

「ハレッ!? 私を侮辱する気か!? 私はエルフだぞ!」

 

「耳の先まで真っ赤にして何言ってんだ」

 

「そ、それは先輩が……近っ……もうっ!!」

 

 実を言うと、さ。

 殆ど抱きしめ合うような体勢だった。

 俺は、このとき、ドキドキしてた。

 腕の中のフィルヴィスは細くて、柔らかくて、小さくて。

 ……なんだろうな。

 胸の奥で何かが疼いた、そんな気がした。

 ただ、一つだけ言えるのは。

 この子を守りたいと。

 そう、強く思った。

 

「【ディオ・グレイル】!!」

 

 それからすぐに、フィルヴィスに【魔法】が発現した。

 杖先に顕現する穢れなき高潔を示す白亜の盾。

 怪物を倒すためのものでもなく。

 自分を強くするためのものでもなく。

 仲間を守るための、盾の魔法。

 

 エルフは魔法の適正を持つ種族だ。

 だから、いつかはフィルヴィスも魔法を発現するのだろうと思ってた。

 フィルヴィス・シャリアに発現した最初の魔法が誰かを"守る"ための魔法であったことが、誇らしかった。

 

「……ふっ」

 

「クソが……! これ見よがしにドヤ顔してやがる……!! 

 俺が魔法にめちゃくちゃ憧れてることを知っててこいつ……!!」

 

「お、こんな所で会うなんて奇遇だな、先輩。

 実はつい先日私に【魔法】が発現してな……。盾の魔法なんだが……あれ? そういえば先輩の【魔法】を見たことがないな。

 勉強不足の後輩ですまないが、先輩の【魔法】を教えてくれはしないだろうか?」

 

「完全にキレたぞこのやろうッッッ!!!」

 

 ぜってーお前に言ってやらねえけどなあ!? 

 

「なあ、先輩。

 前々から気になっていたんだが、どうして先輩は【魔法】がそんなに欲しいんだ?」

 

「んなもん決まってらぁ。【魔法】のあるなしでだいぶ変わるだろ、冒険者。

 一流って呼ばれる冒険者はみーんな何かしらの【魔法】を持ってる。それが代名詞みてーになるんだ。

 憧れるよな、自分だけのカッコいい魔法。

 ま、あと、魔法が発現すりゃ俺のクソみたいな二つ名もちっとはマシになんだろってな」

 

「嘘だな」

 

「なんでだよ」

 

「ただ単純な"強さ"や"利便性"、ましてや"名声"を求めてるわけじゃないだろう、先輩は。

 もし先輩がそういう人間だったなら……ふっ。私がこうして、先輩と呼ぶこともなかった。

 私が先輩の手を握ることも、きっとなかった。

 ここで過ごす日々を、掛け替えの無い思い出として胸に刻むことも、だ。

 だから気になっていたんだ。そんな先輩が、どうしてこうも【魔法】に拘るのかを」

 

 驚いた。

 フィルヴィスが存外、俺を見ていたことに。

 嬉しかった。

 フィルヴィスが俺という人間を、理解しようとしてくれたのが。

 温かな波ともいうべき情動が、胸の内に広がっていく。

 だから、かな。この時、つい、口が滑っちまったのは。

 

「……知ってるか、フィルヴィス」

 

「何をだ?」

 

「奇跡を起こすのは、いつだって【魔法】なんだよ」

 

『神の恩恵』によって己に刻まれた【ステイタス】。『経験値』が反映されたそれは、いわばその冒険者の地力だ。

 すなわち、冒険者の限界値。

 "ここまでは出来る"ということが数値化されたモノ。

 言い換えれば、"そこまでしか"出来ないと神に宣告された上限。

 

 でも。

 

「絶体絶命のピンチ。自分じゃどうにもなんねーような絶望。

 神に宣告された限界を超えて最高の奇跡を掴み寄せるのは……【魔法】なんだ、フィルヴィス。

 魔法のように守りたいものを全部守れる"可能性"が、【能力値】という既知にはなくて【魔法】という未知にはある。

 だから、俺は【魔法】が欲しい」

 

 守りたいものが、手のひらいっぱいに溢れてるから。

 

「なら、大丈夫だな」

 

 フィルヴィスは、笑った。

 

「先輩に【魔法】がなくても、私に【魔法】がある。それも、盾の魔法だ。守りたいものを守るための魔法だ。

 もし、先輩が守りたい何かを守れないってときがあれば、私の【魔法】が先輩の守りたいものを守る。

 それこそ、魔法のように……な」

 

 生意気な後輩はそうやって自信満々に笑みを浮かべていた。

 その未来を確信しているように、笑っていた。

 

 不覚にも。

 俺は、その言葉が少しだけ……本当に少しだけ、胸に響いてしまった。

 その笑みにちょっとだけ、見惚れてしまっていた。

 思い返してみても、かなりだせーけど。

 照れ隠しで憎まれ口を叩いてしまったな。

 

「お前のレベルじゃまだはえーよ、後輩」

 

「すぐに追いつくさ、先輩」

 

 本当に。

 ……生意気な後輩だ。このやろう。

 

 そういや、この辺りからだっけ。

 ランクアップしたフィルヴィスがファミリアの中でも一際活躍し始めたのは。

 

 もともとセンスはあったんだ。

 本人の才能に努力と経験が追いついたとき、きっとすごい冒険者になるんだろうとは思っていた。

 だからまあ、こうなるのも必然だったわな。

 俺は、フィルヴィスの監督から外れることになった。

 

「つーわけで、卒業だ。お前はもう一人前だよ、フィルヴィス」

 

「……ああ」

 

「どした、浮かない顔だな。もっと喜べって。もういちいちダンジョン行くときに俺を見つけて引っ張ってかなくて良くなるんだぞ?」

 

「ふん。清々するな」

 

「こいつ……。

 ま、ともかくだ。俺はお前に教えられることは全部教えたし、これから新しく家族になる人たちに、今度はお前がそれを教えていってほしいと思ってる」

 

「……私は不器用だ。先輩のようには、できない」

 

「お前コミュ障だもんな」

 

「……」

 

「睨むな睨むな。

 まあ、なんだ。俺の真似をしろって言ってるわけじゃない。フィルヴィスなりのやり方でいいんだよ。お前ならきっと、接し方を間違えない。

 俺はそう思ってる」

 

【ディオニュソス・ファミリア】で一番フィルヴィスを見てきたと自負してる、俺が断言してやる。

 だって、

 

「お前は家族との絆を尊んでいる。共に信頼し合える仲間の大切さを知っている。

 俺の、お前と過ごした思い出が、フィルヴィスはそういうやつだって知ってるんだ」

 

 人は、人の何を見て人を判断するのだろうか。

 容姿、性格、言動。多分、判断基準となるものはいっぱいある。

 けれど、俺は、それは思い出だと思うんだ。

 

 共に過ごした、重ね合わせた時間の積み重ね。

 その中で少しずつ他人を理解していって、その結果、友達になったり、恋人になったり、他人のままだったりするだろう? 

 

 同じファミリアの仲間になっても、他人のままだったフィルヴィスとの思い出がある。

 本当の意味でファミリアの仲間になったフィルヴィスとの思い出がある。

 アウラが仲間に加わって、俺と、フィルヴィスと、アウラの三人で積み重ねてきた思い出がある。

 

 掛け替えの無い、宝物の思い出が。

 

 俺は、俺の思い出から人を判断する。

 容姿も性格も言動も、それらも全部ひっくるめて、俺の中の思い出にあるから。

 生意気だったフィルヴィスも、ぶっきらぼうに先輩と呼ぶようになったフィルヴィスも、団員の死に涙を流すフィルヴィスも、揶揄われて地団駄を踏み怒るフィルヴィスも、カッコつけて微笑むフィルヴィスも、ブッサイクな顔で泣き笑いを浮かべたフィルヴィスだって。

 

 その思い出があるから、俺はフィルヴィスを信じられる。

 結構、そんなもんなんじゃないかな、人って。

 

「気楽にいけばいいさ。

 それにまあ、悩むことがあったら気軽に来いよ。お前が【ディオニュソス・ファミリア】にいる限り……いや、違うな。

 もしフィルヴィスが改宗しても、お前が俺を先輩って呼ぶうちは俺の後輩だ。

 後輩を助けるのが先輩なんだ、いくらでも頼ってくれてもいいぜ」

 

「……そうか」

 

 フィルヴィスはぽかん、と小さく口を開けて、そう呟いた。

 そして、くつくつと喉を鳴らして笑って、

 

「セリフが臭すぎるぞ、先輩」

 

「お前絶対助けてやらないからなこのやろう」

 

 ったく。本当に可愛くない後輩だ。

 

「嘘ばっかり」

 

 後日、そんな経緯を話していると、アウラは呆れ混じりに言った。

 細められた切れ長の目が、じとーっと俺に視線をぶつけてくる。

 

 な、なんだよ。別に嘘なんかついてねえし。

 

「本当は頼ってきて欲しいのに、フィルヴィスが思いの外上手くやれてるから、なんだかちょっと寂しい……だけですよね。ねえ、先輩?」

 

 うぐっ。

 

「だって……しょうがないだろ! なんか、そわそわするんだよ! 大丈夫って分かってても心配になるんだよ! 

 元気かなって手紙出したり野菜送りたくなったりするんだよ!」

 

「お節介焼きの祖父母ですか。そういうの、だいたい年頃の娘には嫌われますよね。ありがた迷惑ってやつです」

 

「いざ目を離すと心配で心配でしょうが無い……! 

 ダンジョン俺もこっそり付いていった方がいいかなあ!? どう思うアウラ!?」

 

「それやったら嫌われ……はしないでしょうけど、しばらく無視されるんじゃないかと思いますね」

 

「娘がお嫁に行ったときの父親ってこんな気持ちなんかな……俺まだ20にもなってないらしいけど……」

 

「フィルヴィスにそれ言ったら殴られても文句言えないですよ」

 

「アウラ、親孝行はしとけよ」

 

「私は怒らないというわけじゃ無いですからね?」

 

 杖で脇腹をどつかれた。

 

「まったく。フィルヴィス、フィルヴィス、フィルヴィスって。

 先輩は私の監督役でもあるんですよ。もうちょっと私のことを気にしてくれてもいいんじゃないんですか?」

 

「え? いや、お前は手が掛からないし。

 オラリオが今こんなんじゃなかったら、もうとっくの昔に卒業してたんじゃないか、アウラは。

 優秀な後輩で俺も鼻が高いよ」

 

「……はぁ」

 

「そんな深いため息つかせるようなこと言った!?」

 

 まあ、なんだ。

 もちろんフィルヴィスの成長は嬉しかった。誇らしかった。だけど、やっぱりちょっと頼って欲しかったところはあったな。

 巣立っていく子どもを見る親の気持ちが少しだけ分かった。

 ダンジョンに潜って、ホームに帰る。いつもの日常がほんの少しだけ、物足りなく感じた。

 

 そんな時だった。

 

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

「うおっ!?」

 

「ふぅ。危なかったな、先輩。よそ見は禁物だぞ。遠征だというのに気が抜けてるんじゃないか?」

 

「お、おう。すまん、ありが──いや、お前の魔法の方が危ねえんだわ! 突然魔法ブッ放してくる奴いる!? 

 後頭部から急にバチバチゴロゴロ恐ろしい音が迫ってくるの! 

 もし頭に当たって記憶飛んだらしばくぞ!!」

 

「なに、礼はいい。家族は助けるものだからな」

 

「こ、こいつ……! ランクアップした直後特有の全能感で調子に乗ってやがる……! 

 お前絶対痛い目見るぞ」

 

「痛い目? 私に合わせられるモンスターがいるなら見てみぐふぅあぁああっ!?」

 

「フィルヴィ──ース!! 

 ほれ見ろ言わんこっちゃねえ!!? 大丈夫……なわけねえ!! エリクサァー! 誰かエリクサーもってこい!!!」

 

「せ、先輩……死にたく、な……い……」

 

「だ、大丈夫だ、絶対に死なせないからな……!」

 

「ここから……生きて帰ったら……【ヘファイストス・ファミリア】の新しい剣が欲しい……」

 

「お前実は余裕あるだろ」

 

「刀身に銘が刻まれたやつ……」

 

「あ、エリクサー? ああ、大丈夫大丈夫、適当にぶっかけといて。

 俺はあそこで仲間を殺されたと思い込んでブチ切れてる副団長抑えてくるから」

 

 実際は、不意打ちのように飛んできた【イグアス】の突進は、かなり本気で致命傷だった。もし頭に当たっていれば即死だってあり得ただろう。

 あの時は肝が冷えた。フィルヴィスの体がどんどん冷たくなってくんだ。

 俺だって冒険者をやってそこそこ長い。誰かが目の前で死ぬのだって、初めてじゃない。

 昨日肩を組んで馬鹿騒ぎした仲間が翌日死んだなんてことも、何回もあった。

 だけど、そのどれよりも、そのときが一番怖かった。怖くて、動けなくなった。

 フィルヴィスが茶化してくれなければ、俺はみっともなく取り乱してばかりで、なんの役にも立たなかっただろう。

 最善手を考えれば、すぐにでも剣を握って、フィルヴィスの安全を確保しなきゃいけなかったと分かっていたのに。それすら、途中まで出来なかった。

 

 いや、もっといえば。

 あのとき、俺はフィルヴィスを守れたはずなんだ。

【イグアス】程度、俺のレベルなら片暇で瞬殺できるんだから。

 情けない。

 フィルヴィスに俺を頼れなんて言っておきながら。

 俺は、何をしてるんだ? 

 

 弱くなったのか? 

 かつては守れた後輩一人、守れないほどに。

 

「ていやー!」

 

「ぶぶずけっ!」

 

 ぐだぐだ悩んでいると、アウラに両足を思いっきり引っ張られて顔面から転けた。

 

「何すんのお前!?」

 

「遠征のことは聞きました。心中お察しします。

 その上で、言います。なに腑抜けてるんですか、先輩」

 

 静かな炎を思わせる、意志の込められた声だった。

 

「そうやって分かりやすく落ち込んで周りに心配かけて、"俺は落ち込んでるからどうか優しくしてください"って言ってるんですか? 

 だったらすみません、先輩は私が思ってたよりもずっと情けない人だったんですね。

 勘違いしていたお詫びに、私が抱きしめてよしよしって慰めて差し上げしょうか?」

 

 カチンと、頭に血が上った。

 

「落ち込むに決まってんだろうがぁ! 落ち込まないわけッ、ないだろうが!! 

 俺がしっかりしてれば、俺がちゃんとしてれば、フィルヴィスは……! フィルヴィスは……!! 落ち込むなって方が、無理だろ……!!!」

 

「そうですね。先輩ならフィルヴィスを守れた。それは事実です。

 でも、そうやって先輩が落ち込んでいることを、フィルヴィスが望むと思ってるんですか? 

 そうやって先輩が自分を責め続ける限り……フィルヴィスが、どう思うかすら……考えもしないんですか!?」

 

「そんなことッ……! そんなこと分かってるよ! 

 それでも……それでも……俺は……っ!!!」

 

「おーい、フィルヴィスは生きてるよ二人とも」

 

「……っ! ……っっ!!」

 

「団長が爆笑している……」

 

「はぁ……。フィルヴィス、悪いんだけどあの二人止めてきて……」

 

「知らないっ!!」

 

「フィルヴィスが副団長のお願いを拒否った!?」

 

「まあ天狗になって調子乗ってたらギャグみたいな死に方しかけて、それだけでもむちゃくちゃ恥ずかしいのにあの小芝居見せられたらな……」

 

「本人たちは真剣なんだ、言ってやるな」

 

「〜〜っ!!!」

 

「うわあ!? 

 どうどうシャリア、そんな怒るなうひひひひひあやべっ我慢してた笑いが」

 

「【一掃せよ──】」

 

「まじかお前!!! 誰かシャリアを止めろ──!!」

 

 後日、フィルヴィスは盛大にそっぽを向きながらこう言った。

 

「天狗になっていた。ああ、調子に乗っていた! 

 だからあれは徹頭徹尾私の責任で、先輩は一切関係ない! 分かったらそうやってぐじぐじするのを止めろ!! 

 先輩がそうしていると、私もっ、その、困る!」

 

「……なんで困るんだよ。それに、俺はお前を守ることができたのに、お前を──」

 

「しつこい!! 私は気にするなって言ってるんだ! 

 ああっ、もう、だったら次でいい! 次、私を守ってくれたらそれでいい! 

 まあそんな日は来ないがな!!」

 

「お前天狗抜けてないだろ」

 

 ところが、蓋を開けてみればその日からフィルヴィスはなんというか、地に足がついた。

 自分のセンスに自惚れることなく、堅実な姿勢を見せ始めた。

 簡単な言葉で言ってしまうなら……少しだけ、大人になったんだろう。

 その姿に、俺は安心感を覚えたものだ。

 ほんっとに、心配かけさせやがって。

 

 でもな、フィルヴィス。

 

「ヤバくなったら言えよ。いや、言わなくてもいい。

 俺たちは同じファミリアの家族で、俺はお前の先輩だ。

 後輩を守るのは、先輩の務めなんだからな」

 

 死にたくないと縋ったその顔を、俺はきっと、一生忘れないから。

 

「今度こそ、必ずお前を守る。

 約束だ」

 

 なあ、フィルヴィス。

 俺は、お前に笑っていてほしいよ。

 なんてったって初めての、憎たらしいぐらい生意気で可愛い後輩なんだから。

 

 決して曲げない誓いの記憶。

 そして、絶対に忘れない思い出だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれ。

 そういや、なんで俺は思い出を振り返ってるんだ? 

 ……だめだ、思い出せねえ。

 でも、まあ、この懐かしい気分はひどく心地が良くて、悪くない。

 だからもう少しだけ、このままでいたい。

 もう少し……もう少しだけ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほい、フィルヴィス。じゃが丸くん」

 

「ん」

 

「無言で割って中身を確かめるなよ。楽しみがなくなるだろうが……!」

 

「私の反応を見るなんていう楽しみに付き合うつもりはない。

 ……普通、だな。いただきます。はむっ……ッッッ!!?」

 

「おお、一見普通の味噌に見える、新発売のじゃが丸くん辛味噌小豆バニラ、なかなか強烈だったみたいだな」

 

「馬鹿じゃないのか!? 先輩はほんと……ッ! 馬鹿なんじゃないのか!?」

 

「なんだかんだ言いつつ全部食べてくれるし、俺はお前とこうやって新発売のじゃが丸くんを齧ってる時間が結構好きだよ。

 アウラは食べてくれねーしなぁ。

 もぐもぐ。……ハズレだなこの味!」

 

「……ふんっ。それも思い出ってやつか?」

 

「ああ、そうだ。へへっ、分かってんじゃん。

 でも、あれだな。俺が言うのもなんだけど、なんで付き合ってくれてるんだ?」

 

「……先輩と一緒だからだ」

 

「なんて?」

 

「うるさい」

 

「なんでめっちゃ髪を手櫛してんの?」

 

「うるさい!!」

 

 

 

 

 

 楽しい日々の思い出が。

 

 

 

 

 

「海だー! ひゃっほーう!!」

 

「おい、はしゃぎ過ぎだぞ。

 私たちはクエストを受けてオラリオ郊外に来てるんだ。

 それを忘れてないだろうな、先輩」

 

「水着に浮き輪にグラサンとフル装備で浮かれ切ったお前に言われたくはねえよ。

 なんだその星形のグラサンは」

 

「星のように煌めく思い出の1ページに──だそうだ。見た瞬間、コレだと思った」

 

「コレだと思っちゃったかあ……。

 ……てか、普通に水着、着て来たな。いいのか? いつもはクソ暑い日でも一切肌見せないのに」

 

「なんだ、そんなことか。

 それならいいんだ。今日は先輩しかいないから。

 それよりも……どうだ? 私は、先輩の感想を訊きたい。

 ……これでも、勇気を振り絞ってるんだぞ?」

 

「フィルヴィスって着痩せするタイプだったんだな」

 

「【一掃せよ! 破邪の聖杖】ィィ!!!」

 

「感想求めたのお前じゃねえかぁ!?」

 

 

 

 

 

 幸せな日々の思い出が。

 

 

 

 

 

「……嫌なことを訊いてくるな、先輩」

 

「まあいいじゃねえか。そろそろフィルヴィスもLv.3にランクアップする頃合いだ。

 ここらで黒歴史とはおさらばしとこうぜ。そうやって過去の苦い思い出も乗り越えて強い自分になっていくんだ」

 

「ならその手に持っている葡萄酒はなんだ。酒の肴にする気しかないだろう……。

 酒飲みたちの戯言には付き合ってられない。私は部屋に戻るからな!」

 

「まあまあ、取り敢えずフィルヴィスも飲んでけよ。

 酒は初めてだろ?」

 

「ぷはー! 私だってなあ! 色々あるんだよ! 寂しかったんだよ! 分かってるのか先輩!」

 

「お、おう。

 すげえ、一瞬でべろんべろんになった……」

 

「私はエルフだ! この体に、魂に高潔な血が流れている! 

 私はエルフであることを誇りに思ってるんだ! 

 でも、故郷を失い、流れ着いたオラリオで彷徨って……独りは、寂しかった……そんなときに、ディオニュソス様が私に声をかけてくださったんだ!」

 

「流れだけ見てるとディオニュソス様が女の子を騙して手込めにするワンシーンですね」

 

「言ってやるなよアウラ」

 

「私を理解してくれる人が1人でも居てくれたなら、それでいいと思ってた。

 私を独りにしないでくれる誰かが、私の手を握れる、私が手を握れる誰かが1人でも居てくれるならそれでいいと……」

 

「でも、今は違いますよね。

 ほら。私はこうして貴方の手を握れますよ、フィルヴィス」

 

「俺もだ。

 お前が心の底から俺を拒絶しない限り、我が儘で寂しがりやな後輩の手ぐらいいくらでも握っててやるよ」

 

「すけべです先輩」

 

「おかしくないか?」

 

「先輩……アウラ……!! 

 ああ! 【ディオニュソス・ファミリア】は、私の大切な家族だ! 

 あったかくて、大切で、心地よくて……私は、このファミリアに入れて……アウラに出会えて、先輩が先輩になってくれて、本当によかった……! 

 大好きだ、先輩っ!」

 

「えっ──ちょわあああ!? ふぃ、フィルヴィスさん!? 

 だ、抱きつくな! だめだ薄着だから色々やわっこくてなんか変な気分になる……! 

 くそぅ、やっぱこいつ着痩せするタイプだ──!」

 

「……さいってー」

 

「言い返せないけどこれ俺悪くねえだろ!」

 

「みんながいてくれて……先輩がいる毎日が……私には何よりも変え難い宝物なんだ……。

 ふふ……先輩風に言うなら、これが私の、あったかな大切な思い出だ……すぅ……」

 

「……この思い出は黒歴史になりそうですけども。

 どうするんですか、先輩。フィルヴィスは寝ちゃいましたよ。

 お持ち帰りするんですか?」

 

「馬鹿言うなよ。大事な後輩だぞ。

 ……フィルヴィスに酒飲ませたらダメだな……。

 外でこんなんなってたら何されるかわかったもんじゃない」

 

 

 

 

 

 一つ一つが、俺にとっての宝物の思い出が。

 

 

 

 

 

「ほ、本当に触っていい、のか? だ、大丈夫、なのか!?」

 

「ふふ、そんなにビクビクしなくても大丈夫よフィルヴィス。

 妊娠したっていっても、まだお腹が大きくなってるのも分かりづらいぐらいなんだから。

 ほら、手を貸して」

 

「……お、おお……! ひどく曖昧だが……何か不思議な……これから芽を出す木のような生命力を感じるぞ、副団長!」

 

「ふふふ、大袈裟ねえ。

 でも、ありがとう。私も感じるんだ。

 まだお腹は蹴らないけど、確かにここに私の……私たちの赤ちゃんがいるんだって感じてる。

 なんでかなあ、それがすっごく幸せなの」

 

「確かに、最近の副団長はすっごい幸せそうだね。

 にしし、ねえフィルヴィスー? ちゃんと話聞いとくんだよ?」

 

「む、何故だ?」

 

「え、だってフィルヴィスもゆくゆくはあいつとそういうことしたいんでしょ?」

 

「──ッ!? べ、別に私は!」

 

「またまた〜。バレてる照れ隠しほど滑稽なものはないよ? 

 耳真っ赤だし」

 

「〜〜っ!!」

 

「……こういうとき、思うのですが。

 私たちエルフって耳が長い分、そういうの隠せませんよね」

 

「急にどうした。

 しっかし、団長と副団長引っ付くまで長かったなあ。……そこからは早かったが。

 ……ところで、アウラ」

 

「なんですか?」

 

「最近なんか悩んでるだろ。

 アウラのことだから、頑張ってるのは分かってる。でも、どーしようもなくなったら俺に言えよ。俺は、お前の先輩でもあるんだから。

 俺にできることがあるならお前の力になるし、今の俺に出来ないことなら、アウラを助けられる俺になる」

 

「……そういうとこですよ、ほんと」

 

「何が……? 

 あ、アウラ、耳赤いぞ。風邪か?」

 

「死んでください」

 

「純粋に心配しただけなのに!?」

 

 

 

 

 

 この思い出さえあれば、この先も俺は生きていけると。

 この思い出を作りながらこの先も生きていくんだと、明日に胸を高鳴らせるような。

 そんな、輝かしい星のような思い出。

 

 大切だった。

 命よりも大切だった。

 

 だって、空っぽの俺には、幸福と呼べるような思い出はこれしかなかったから。

 

【ディオニュソス・ファミリア】での毎日は、真っ暗な世界に輝く星のように俺の中で瞬いていった。

 次々と、次々と。

 気がつけば、満点の星空になっていたんだ。

 

 その中でも、とびきりに輝く星がある。

 

 なあ、フィルヴィス。

 お前は知らないだろうけどさ。

 俺は、お前のこと──いや、これは想うべきじゃないんだろうな。

 同じファリミアの仲間で、俺は先輩で、あいつは後輩。

 それだけでいい。

 その繋がりだけで、俺は十分すぎるほどに幸せだった。

 

 楽しいことがあった。

 辛いことがあった。

 苦しいことがあった。

 目を背けたくなるようなことだって、あった。

 つまらない日常も、退屈な日常も、何でもない日常も、フィルヴィスがいるだけで笑顔になれた。

 

 俺は、この思い出だけで十分だ。

 

 そうだ。

 俺は、幸せだった。

 たくさん、たくさん、満たされていた。

 

 だから。

 

 ──ああ、思い出した。

 なんで、思い出を振り返っていたのか。

 一瞬だったかな。どうだろう。軽く数年は思い出を巡ってた気がする。

 不思議な気分だ。

 でも、一瞬だったんだろう。一瞬だったらいいな。

 だって、

 

「ぁぁぁぁぁああああああああアアアアアアアアアアア──────ーッッッ!!!! 

 なんでッ!! どうしてッ!! 死ね! 死ねッ!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッッッ!!! 

 死んでくれッ!! 頼むから……!! お願いだから──ーッ!!! 

 誰か、私を……! 私を殺してくれ──ッ!!」

 

 後輩の声が、聞こえるから。

 

「──────────ぁ、ごぼっ」

 

 水中から水面に顔を出すときのように、幾重にも重ねられたベールを脱ぎ捨てるような感覚とともに意識が浮上した。

 呼吸を取り戻した臓器が悲鳴を上げながら生命維持を再開させ、喉に詰まった血の塊を吐瀉させる。

 

 一瞬意識が落ちそうになる。

 歯を食いしばって耐えた。

 次に気を失えば、今度こそ死んでしまう確信があった。

 

 それだけは、できない。

 

 周囲は凄惨な光景だ。

 折れた剣。

 砕けた鎧。

 初めからそうであったと言わんばかりに、地面に染み込んだドス黒い血の跡。

 

 そして、吐き気を催すほど気味悪く蠢く緑色の肉塊が、至る所にあった。

 

 それがなんなのか、俺は知っている。

 折れた剣も、砕かれた鎧も、ガラクタのように積み重なったそれらが誰のものだったか。

 そして、この緑の肉塊が、誰なのかも。

 

 闇派閥との一大決戦。

 俺たちはオラリオに悪意を振り撒く闇派閥を打倒するためにギルドの命を受け27階層に向い……そして、全滅した。

 

 それが何なのか分からない。

 ただ、俺たちはその訳の分からない、奇怪な金切り声を上げる"それ"に、皆殺しにされた。

 

 まず、副団長が死んだ。

 一撃だった。

 副団長は、お腹を串刺しにされて死んだ。

 

 次に、悪戯っぽく笑う女団員が死んだ。

 誰もが棒立ちになっているなか、股から体を力任せに引き裂かれた。

 

 次に、お調子者だった男団員が死んだ。

 怒りで叫んだその口を触手に貫かれ、呆気なく死んだ。

 

 そして、そのあと、フィルヴィスが死んだ。

 気がついたときには、激情の色を浮かべるあいつの瞳が俺の目の前を通り過ぎて、そのまま千切れた体が──。

 

 一瞬だった。

 一瞬で俺たちは仲間を殺されて、そして、激昂した俺たちが殺されるのもまた、一瞬だった。

 

 絶望は終わらなかった。

 

 こと切れた副団長の体に触手が突き刺さる。

 次の瞬間、副団長が、優しいあの声とは似ても似つかない悍ましい奇声を発して、そして、緑色の肉塊に"変わった"。

 腹を破られブラックアウトする意識の中で、俺は肉塊に変えられていく仲間たちを見ていた。

 ただ、見ていることしか出来なかった。

 仲間の最期を看取ることさえ、出来なかった。

 そうだ、だから今だって、もう。

 

「────ぁ。あ、あぁ……。

 ぃやだ……いやだ、やめてくれ! いやだ嫌だイヤダイヤダイヤダ────ッ!! 

 私に……私にこれ以上……ッ! 

 家族を……殺させないで……殺させないでくれ……。

 あ、あああああああ、あああああああああああああアアアアアアアア──────ッッ!! 

 やめて……もう、やめて……殺してくれ……誰か……私を……殺して……」

 

 こうやって、意識を保つだけで死にそうで、

 

 

 

 

 

「──たすけて、せん、ぱぃ……」

 

 

 

 

 

 ──立ち上がれと、魂が叫んだ。

 

 

 

 

 

 フィルヴィスが生きている。

 

 よかった。無事だったのか。

 

 フィルヴィスは死んだ。

 

 違う。生きてる。

 

 俺の目の前で殺された。

 

 でも生きてる。

 

 緑の肉塊に変えられた。

 

 あれはフィルヴィスだ。あのきれーな黒髪も、魅入ってしまいそうな緋い瞳も、間違いなく。俺が間違えるはずがない。

 

 フィルヴィスが家族を殺してる。体から生えた悍ましい触手で、家族の死体を辱めてる。

 

 違う。

 

 違わない。

 

 違う。

 

 現実を見ろ。

 

 ああ。見たよ。

 

 

 フィルヴィスを泣かせたクソみたいな現実を。

 

 

 クソが。

 俺の大切な後輩を──、

 

「泣かせてんじゃねえよ!」

 

 "どうして"なんて全部どうでもいい。

 フィルヴィスが泣いている。

 痛いくらいに声を枯らして哭いている。

 

 なら、先輩がやらなくちゃいけないことなんて1つしかないだろう! 

 そうだろッ、なあ! 

 

 だから──立ち上がれッ!!! 

 

「────せん……ぱい……?」

 

 俺に気付いたフィルヴィスが、仲間の死体を刺し貫いていた触手の動きを止めて、幻でも見るように呆けていた。

 涙はとうの昔に枯れ果て、頬に残った涙の跡に土埃が張り付いていた。

 

 そして、裂かれ、抉られた服の隙間から覗く、触手が突き出ている体の内側は──。

 

「せんぱい……せんぱ……い……!! 

 たす、たす……け……………………」

 

 俺に伸ばしかけた手が、止まる。

 視線が、下に向いた。

 ……その緋い瞳には、きっと。

 自身の胸の中央で毒々しく輝く極彩色の魔石が写っているのだろう。

 まるで……モンスターのような"魔石"が。

 

「────────ぁは」

 

 数瞬だった。

 絞り切った雑巾を無理やり絞って絞り出した一雫の涙が、頬を伝って地に落ちるまでの、ほんの数瞬。

 フィルヴィスの緋い瞳が俺を映す。

 そして、小さく、祈るように唇が動いた。

 

「──逃げてくれ、先輩」

 

 瞬間、頭の奥で何かが弾けた。

 

「──ふざけてんじゃねぇえええええええええッッッ!!!」

 

 許せねえ。

 許せねえ許せねえ許せねえ!! 

 逃げろだと? 

 俺に、お前を見捨てて逃げろだと!? 

 

「俺がお前を見捨てるわけねえだろうが! 

 助けるに、決まってんだろうが!!」

 

「──やめ、ろ……やめろ! 

 来るな、来ないでくれ! 逃げて、お願いだから、先輩……!! 

 制御できないんだ! 頭がおかしくなりそうなんだ! 

 まだ、私の意識があるうちに、頼むから……!! 

 私に、先輩まで殺させないでくれ! 

 ──穢れた私を、これ以上……見ないで」

 

「お前が殺したんじゃッ! ねえだろうが!! 

 お前のその手は! 震えるその白い手が何よりの……!!」

 

 クソが。

 よくも、よくもだ。

 よくも……!! 

 

「俺の後輩を──フィルヴィスをここまで追い詰めやがったな!!!」

 

「先輩──ッ、いや、だめ、やめてくれ──! 

 頼むから、嫌だ、ぁ、よけっ、避けて!!! 

 ──先輩ッッッ!!!」

 

 ぞくり、と。フィルヴィスの体を突き破った触手の一本が蠢動した。

 亜音速に迫る勢いで"射出"された触手の刺突。

 フィルヴィスの悲鳴が鼓膜を突き抜ける。

 

 全ての家族がこれに殺された。

 それは俺も例外ではない。

 即ち、それは俺を確実に死に至らしめる致死の攻撃。

 一瞬という刹那すら霞む死の間隙の中で、俺は目を閉じていた。

 

 瞼に浮かべるのは夜天に輝く星の空。

 煌々と燃ゆるその1つ1つが、何物もにも代え難い記憶の宝箱。

 一瞬、躊躇った。

 そして、その中の1つを手に取って、箱を開けた。

 

 なあ、覚えてるかフィルヴィス。

 どーにもなんねーような絶望を。

 生意気な後輩が死を願うようなクソみてえな現実を。

【能力値】という与えられた力を振り切り。神に定められた限界を超えて。

 闇を吹き飛ばすような可能性の光、それこそを。

 

「【──我、星を捧ぐ! 

 今、ここに──想いの力を】!!」

 

 俺は、【魔法】だと言ったんだぜ。

 

「【スターダスト・メモリーズ】ッッ!!!」

 

 

 

 

 

『お、お前がディオニュソス様が言ってた新人か。

 俺はこのファミリアの団長を務めてる……あー、知ってる? そらそうだわなァ! がはは! 俺のことは団長とでも呼んでくれ! 

 ま、これから仲間になるわけだ。末長くよろしく頼むぜ。

 あ、そうそう。これは言っとかないとな。

 ヤバい時は俺を頼れ。団長は家族を守るもんだからなァ!』

 

『にしし、どうだー? ディオニュソスファミリアには慣れたかー? 

 慣れてない? 知ってる、見たら分かるし。

 そんなビクビクしなくても大丈夫だよ、私たちは家族だぜー? 

 気楽に行こう。にっしっし』

 

『あ、君! ほらこっちおいで。よしよしってしてあげるよ。

 え、いらない? そっか……。

 ……あ、やっぱりしてほしい? そっか! 

 こっちおいで、さ。ぎゅ〜。

 よしよーし、君は頑張ってるね、えらいねぇ。

 ……でも、逃げたっていいんだよ。危ないことはしなくてもいい。逃げてもいいの。死んじゃうのが一番ダメなんだから。

 ……こらこら、暴れないの。頭撫でられるのは恥ずかしい? ふふ、おませさんだね』

 

『お、こいつに興味あるのか? 

 こいつぁなあ、葡萄酒……分かんねえ? まー、酒だよ酒。

 美味いぞ? 飲んでみるか? 

 ……おお、一気にいったなあ……うひひひ、不味いか! 子どもにはまだ早かったかぁ! 

 いや騙したわけじゃないぞ? 大人は美味いと思うんだこれが。

 ……そうだなぁ、お前がこいつを美味いと思える日が来たら、一緒に飲もうや』

 

『あ、ちょっといい? 探してたの。

 私は分かる? ほら、副団長の……え、知らないの!? 挨拶したのに!? 私副団長なのに!? 

 そ、そんな影薄かったのかしら私……!? 

 さ、最近忙しかったからよね、うん。ホームに顔出せない日が多かったし! うん! 

 あ、そんな用ってほどでもないのよ。ただ様子が気になっただけっていうか……ああ待って! 「じゃあこれで」って行かないで! 

 えっと、えっと……そうだわ! じゃが丸くんって食べたことあるかしら!? とっても美味しいのよ、お姉さんが食べさせたげるのだわ! 

 ほら、そこの屋台で……あら、新発売? これにしてみる?』

 

 

 

 

 

 喪失感があった。

 胸の内に確かにあった温かな何かが消えた感触があった。

 けれど、何が消えたのか分からない。

 ただ心を掻きむしるような、失った実感だけがあった。

 大切な人たちから貰ったとても大切何かが失くなった実感だけが、残っていた。

 

 失ってしまったものを取り戻したくて、みっともなく手を伸ばしかけて、やめた。

 もう二度と"それ"は見つからない。理屈じゃない部分で、それが分かっていた。

 それに、なんでかな。

 

『先輩は後輩を守るもん、か。

 ……がはは! 生意気に育ったなァ、おい! 

 ……"俺たち"の分まで、頼んだぞ』

 

 もう思い出せない誰かが背中を押してくれている、そんな気がしたから。

 

 失ったものに手は伸ばさない。

 この手は剣を掴んだ。

 まだ失っていないものを、守るために。

 

「──前に、言ったよな」

 

 振り抜いた剣が触手を切り裂いていた。

 刀身には星を思わせる光。

 いや、刀身だけではない。

 この光の鱗粉の発生源は他ならない俺自身だ。

 はらはらと暗闇に落ちるそれは、まるで星が降っているかのようだ。

 

「どうしようもなくなったら俺を頼れって。

 ──悪りぃ、遅くなった。今、助ける」

 

 交わした約束がある。

 胸に刻んだ誓いが、あるから。

 

「どう、して……ッ!! 

 逃げてくれ! 先輩まで、私の手で殺したくない! 死んでほしくないんだ!! 

 もう、それだけでいいから……!!」

 

 どうして? 

 んなもん、決まってるだろ。

 

「お前がッ! 俺の後輩でッ!! 

 俺を先輩と呼ぶからだ!!!」

 

 俺が駆けるのと同時、明確な"殺意"を持った触手が唸りをあげる。

 一本だけでも死にかねない絶殺のそれらを、星粉を纏った剣が切り裂く。

 斬り落とし損ねた触手が身体を擦り、それだけで肉を抉り取られた。

 焼けるような激痛。狂いたいほどの痛苦。それが、酷く頭にくる。

 こんなものでフィルヴィスを傷つけて……こんなものがフィルヴィスの身体を蹂躙しているのか。

 

 ふざけんなよ。

 ふざけんなよクソが! 

 

「──ぁぁああああああッッッ!!」

 

 激情が星の光となって溢れ出す。

 "許せない"という怒りが魂の奥深くを貫き、鉄槌を下すための"力"を引き出した。

 

 

『初めまして。

 私はアウラ・モーテル。皆様の好きにお呼びください。

【ディオニュソス・ファミリア】の末席に加われること、心より……え、固い、ですか? 

 や、やわらかく……? ど、どうすれば……。

 一発芸!? 

 で、できません! 私に何を求めてるんですか貴方は!? 

 それなら可愛く自己紹介……? 

 なら先程ので良いではないですか。吹聴して回ることでもないですが、私はエルフ。容姿に優れている自覚はあります。

 ……あれ、なんですかこの空気。

 ちょっと。待ってくださいその子どもの失敗を見つめる親のような目をやめてください! やめろ!!!』

 

 

 パキン、と何かが割れる音を聞いた。

 とても大切なものが失われる音を聞いた。

 剣は、襲いくる全ての触手を切り捨てた。

 

「やめ……て、やめてくれ! 

 私はもう違う! 見ただろう、この胸の魔石をッッ!! 

 私は、私は、もう、化け物だ!! 

 家族を殺した化け物なんだ! 助けられる価値なんてないんだ! 

 ぐ、ぁッ……ッ! ……今、だってッ先輩への攻撃を抑えられないッ! 

 先輩が知っているフィルヴィス・シャリアはもう死んだ!! 

 だから、だから──!!」

 

「知らねえ!! 

 今ッ! 泣いてるお前の声が聞こえる。

 それ以外知らねえッッ!!!」

 

 フィルヴィスの身体を突き破って新たに現れた数十本もの触手が刺突の豪雨を降らせ、地面を砂糖菓子のように砕いていく。

 転がるように避けて、一閃。

 全てを両断する。

 こんなもの一本残らず叩き斬ってやる。

 そして、一秒でも早くフィルヴィスのもとへ。

 

「私を助けて何になるんだ! 

 私はもうエルフじゃない。化け物だ。

 地上に戻るのか? 普通に生きていくのか? 

 無理だ。

 それをするにはこの手はもう汚れ過ぎた。

 この身は穢れた。

 死んでも償えない罪を背負った。

 誰からも死を望まれる化け物だ!!! 

 私に向けられるのは誰かの手ではなく、誰かを守るために握られた剣だ!! 

 頼む、お願いだ、お願いだから!! 

 ──この醜い姿のまま、もう、生きていたくないんだ。

 死にたいんだ、先輩。

 見られたくないんだ、先輩に。

 後輩の、最期のお願いぐらい、叶えてよ!! 

 一人で死ぬから、死んでみせるから……もう、それでいいじゃないか……」

 

「俺がお前に手を伸ばす。

 俺がお前を守る。

 俺がお前に生きていて欲しい。

 誰からも死を望まれるような化け物? 

 どこにもいねえよ、そんなの。

 俺の目の前にいるのは、クソ生意気で我儘な……可愛い後輩だ。

 ……だから、死にたいなんて言うんじゃねえ!!! 

 俺が!! いるだろうが!!!」

 

 天井に触手が突き立ち、崩壊。

 人など簡単に押しつぶせる質量の岩が降り注ぐ。

 直感的に、宙に向かって剣を振り抜いた。

 

 

『どうだ、すげーだろ。

 これが【魔法】だ。俺の魔法はちょいと大味だがなァ、それだけに戦況をひっくり返す威力がある。……今みたいに、な。

 いやー! 危なかったァ!! 今回ばかりは死んだかと思った!!! 

 ……おうおう、キラキラした目をしちまってまァ。

 そんな目をされたら……もっと見せちまいたくなるだろうがァ!! 

 おらおら! ガハハハハハハ! マインド尽きるまで撃ちまくってやらァ!』

 

『こら、調子に乗らないの。

 フラッフラしてるのにそんな無駄に魔法ばかすか撃ってもう……この子が真似したらどうするのよ。

 ……真似したらだめよ? 【魔法】は慎重に扱わないとだめ。

 いざって時に自分を、仲間を、大切なものを守るための奇跡なんだから。

 だから……もし、君に【魔法】が発現したときは、君の大切なものを守るために【魔法】を使ってね。

 お姉さんとの約束なのだわ』

 

 

 斬撃が飛ぶ。

 彗星のように弧を引く斬撃が岩を消し飛ばした。

 パキン、と、何かが失われる音がした。

 

「──だったら!! 

 先輩は、私を、抱きしめられるか? 

 私の手を、握れるのか? 

 こんな醜い化け物の、手を、握れるのか? 

 あの時みたいに。

 あの日みたいに。

 私の、手を、握ってくれるのか……?」

 

「当たり前だ。

 可愛い後輩の手ぐらい、いくらでも握っててやる。

 だから、一緒に帰ろう。

 じゃが丸くんを二人で食べよう。

 フィルヴィスがどんな姿になったとしても。俺は、お前が望む限りお前と一緒に生きていくさ」

 

 駆ける。

 彗星のように。

 もっと早く。もっと速く。もっと疾く。

 あの子の涙を拭ってあげたいから。

 

「──ぅ、ぁ、あァッ。

 ……本当に。

 本当に、先輩は……私の手を、握っててくれるのか? 

 ずっと一緒に、いてくれるのか? 

 化け物になった私と。

 私じゃなくなった私と。

 家族を殺した私と。

 醜い私と。

 一緒に、いて、くれるのか……? 

 ──約束、してくれるのか……?」

 

 震える喉。

 枯れた声。

 尽きた涙。

 それでも、触れたら壊れてしまいそうな痛酷。

 戦いの音にかき消されてしまうほどの小さな、本当に小さな……願いの声。

 

 胸奥が熱い。

 目元が熱い。

 心が燃える。

 俺の答えは最初から最後まで変わらない。

 変わらないそれを、何度でも叫ぶ。

 君に届くまで。

 

 俺は何があっても、絶対に。

 

「ああ。──約束だ、フィルヴィス」

 

 お前の味方だから。

 

「せん、ぱ……い……ッ!」

 

「フィルヴィス──!」

 

 手を伸ばす。

 伸ばされたその手を掴むために。

 助けるために。

 辛い思いをこれ以上して欲しくないから。

 あの手を握る。

 握って帰る。

 二人で一緒に。

 またあの日々に帰るんだ。

 何よりも大切な、俺の一番の宝物の、あの日々に。

 触手を切り裂き、一歩でも前へ!! 

 

「──ッ!!?」

 

 触手が、フィルヴィスの口の中から隆起した。

 フィルヴィスまであと、ほんの数メートルだった。

 目を見開く。

 息ができないのか、掠れた音を鳴らして、口の端から涎を垂らすフィルヴィスの目が、ぐるりと上を向いた。

 触手が動く。

 いや──違う。

 触手が、フィルヴィスの口を動かしていた。

 

「──ぁ」

 

 意志を感じた。

 敵意を感じた。

 殺意を感じた。

 害意を感じた。

 それはまるで、己を殺しうる外敵から、宿主を守ろうとするような。

 そういう本能を感じるような悍ましさだった。

 触手が動く。

 喉が震える。

 そして、妖精は謳う。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖】」

 

 助けを求めて、縋るように伸ばされたフィルヴィスの手から。

 

「【ディオ・テュルソス】」

 

 空間を飲み込む大黒雷が、放出。

 

 音が死んだ。

 空気が死んだ。

 光が死んだ。

 折れて転がっていた剣も、砕かれて散らばっていた鎧も、ぴくぴくと痙攣するだけだった緑色の肉塊も、周囲の全てを消し飛ばして黒雷は世界を飲み込まんと迷宮を舐める。

 

 ──無理だ。

 一瞬で悟った。

 俺にこれをどうにか出来る力はない。

 これを覆せるような力がない。

 何もできない。

 畜生。

 畜生、畜生ッ! 

 諦めたくねえ! 

 諦められねぇ! 

 俺が死ねば、フィルヴィスはどうなる。

 俺まで殺されれば、フィルヴィスはどうなる! 

 でも、気持ちでいくら抗っても、心が折れなくても、それで現実が変わるわけじゃない。

 わかってる、わかってるんだよそんなこと! 

 でも、俺には、この絶望を超えるような奇跡は──

 

 

 

 

 

「先輩ッッッ!!!」

 

『   先輩   』

 

 

 

 

 

 ──奇跡は、ないけれど。

 何にも負けない強い想いなら、あった。

 

「──ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああッッッ!!!!!」

 

 回帰。

 収斂。

 結実。

 一番星の煌めきは、この手に。

 

 解き放て。黒雷を穿て。

 あいつの【魔法】はな、こんな禍々しい誰かを殺すための【魔法】じゃねえんだよ。

 あいつの魔法は。

 大切なものを守るために謳うあいつの魔法は! 

 あいつ自身を現したように穢れなく白い、あいつの魔法を!! 

 

「こんなことに使ってんじゃねぇえええええええ!!!!」

 

 放たれた星光が黒雷を貫く。

 ただ一筋に。

 欠片も曲がることなく。

 強い想いは、心は、決して折れないんだよ。

 一条の軌跡を描く奇跡の彗星。

 遥かに輝く星の跡(ステラ・ターミネーション)

 ガラガラと、ガラスが破れるように黒雷が消し飛ぶ。

 

 黒雷が崩れていくその隙間から、フィルヴィスの顔が見えた。

 次の瞬間には、俺はフィルヴィスを抱きしめていた。

 触手が体を貫く。

 血を吐いた。

 けれど、この手は絶対に離さない。

 

「……せ、ん……ぱ……い……?」

 

「……死んだかと思ったか? 

 生意気なやつだなぁ……先輩は後輩より強いんだよ、当たり前だろう。

 ……こんなに、泣いてよ……。まだまだ、お前には負けてやれねぇなあ……」

 

「……ぁ、あ……わ、わた、し……。

 ──ぁ、ぇ、せんぱい、か、体が」

 

「気にすんな。お前は悪くない。

 ……悪くないんだから。

 それに、ほら。

 だから、言っただろう。

 俺はお前を抱きしめられるぞ。

 お前の手を握ってやれるぞ。

 ……そして、お前を守ってやれる。

 一緒にいてやれる。

 ……抱擁するたびに体に穴開けられるのは勘弁だけど……お前のためなら、なんてことない」

 

「──ああ。

 ……ああ……っ。

 先輩……うぁ、あああぁっ」

 

「俺の胸ならいくらでも貸してやる。

 好きなだけ泣けばいい。

 泣いて、泣いて、泣き止んだら、また笑えるように頑張ろう。

 一人だと難しくても、二人ならきっと大丈夫だ」

 

「うん……! うん……!!」

 

「あぁ……でも……地上に帰るのは、その触手なんとかしてからだなぁ……。

 心配すんな……俺もいるからさ。

 約束、したろ……? 

 ……っと、すまん、ちょっと、眠い……」

 

「……先輩? 

 先輩、だめだ、寝たらダメだ! 

 先輩!! 先輩ッッ!!」

 

 ……あー。

 心配させちまったなぁ。

 でも、許してくれよ。

 俺、結構頑張ったからさ。

 約束、守ったよ。

 約束、守るから。

 

 いつの間にか、触手はフィルヴィスの内側に全て収まっていた。

 胸の中央で鈍く輝く魔石に、俺の顔が映り込む。

 不気味な極彩色の魔石が、血みどろの俺を嗤うように一瞬、輝いた気がした。

 

 ほどける意識。

 落ちていく自我。

 沼の底に沈んでいく感覚に浸りながら、俺は笑った。

 

 守ったぜ。

 

 心の奥底から湧き出た言葉を、名前も知らない誰か達へ。

 

 だめだ、眠い。

 ごめん、フィルヴィス。

 ちょっとだけ、寝させてくれ。

 目が覚めたら、二人で一緒に帰って、またじゃが丸くんでも食べよう。

 しばらく行けないと思うから、きっと新しいのがいっぱい増えてると思うぜ。

 何しようかなあ。したい事はいっぱいあるな。

 ああ、でも、これからずっと一緒なんだから、今決めなくてもいいか。

 時間は、いっぱいあるんだし。

 

「──先輩ッ!!!」

 

 ああ──。

 フィルヴィス、お前、自分のこと醜いって言ってたけどさ。

 俺は、今もお前のこと、すげぇ綺麗だって思ってるよ。

 

 そして、俺の意識は断絶する。

 その、間際。

 

 

 

 

 

 パキン。

 

 

 

 

 

 とても、とても大切な何かが、失われる、音、が──。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 抜けるような青空が広がっている。

 何処までも澄み渡る蒼穹の下を、祝福するかのように気持ちの良い風が駆けた。

 カラカラと回る風車の音が、ご機嫌な鼻歌にさえ聞こえてしまう。

 ふと、太陽に僅かにかかっていた雲が流れる。

 風に吹かれて、のんびりと。

 顔を出した太陽が都市を照らす。

 

 日光をいっぱいに部屋に受け入れるための大きな窓から差し込む日差しを体いっぱいに浴びる男がいた。

 白い壁。

 白い天井。

 白いベッドに、白いカーテン。

 清廉さに溢れる白い部屋で男は何をするでもなく、ただぼうっと窓の外を見ていた。

 そして、呟いた。

 

「お前いつまでいんの……」

 

「私がいたら何か不都合がありますか?」

 

「ありまくりだよ! 

 お前朝から夜までずっとそこいるからなんか監視されてる気分になるわけ! 

 ここ独房じゃないよね!? 

 求む! プライベート!!!」

 

「トイレすら一人で出来ない体で何言ってるんですか。

 あんまり我儘を言うと、私がトイレの介添えをやりますよ」

 

「まじでやめてくれ死んでしまう。

 いや、待て、やめろ屎尿便を持つな、あ、待って、いやっ、か、看護師さ──ーん!! 助けて──! ここに痴女がいま──す!!」

 

 魂のこもったシャウトだった。

 

「ぐえげほがほごぼぉっ! 

 か、体が……痛い……ぐぉおお……!」

 

「ああもう、あんなに声を出すから……。

 本当にしょうがない人ですね……ほら、ゆっくり息を吸ってください。

 ゆっくりですよ、ゆっくりですからね」

 

「すぅ────!!!!!」

 

「……」

 

「げほげほおえっ! 

 ぅ、ぐぅ……すぅー……」

 

「最初からそうしてください。

 ほんとにもう……だから目が離せないんですよ」

 

 ため息をついた女性──アウラが、優しく男の頭を撫でる。

 痛みで百面相をしていた男の呼吸が徐々に落ち着いていき、やがて規則正しいリズを刻み始めた。

 それを確認してから、そっと手を離す。

 

「それにしても……目が覚めてから早5日、ですか。

 その様子じゃ、いつまで経っても退院できませんねえ」

 

「それなー。

 もういい加減病院には飽きてきてらぁ。

 体さえ動いてくれりゃ直ぐにでも出ていくんだけどな……」

 

「ダメですよ、ちゃんと怪我を治してください。

 ……それが、今出来ることで、願われたことで、やらなくてはいけないことです」

 

「……分かってるよ。

 怪我はちゃんと治す。

 前にも言ったろ、それだけは違えない」

 

 そう言って、男は自分の手のひらを見つめた。

 傷だらけの手だ。

 空っぽの手のひらに不意に去来した喪失感を振り払うように、男は拳を握った。

 

「──そうじゃないと、こんな見ず知らずの俺を助けてくれた人たちへ申し訳が立たない」

 

 27階層の悪夢。

 男が大怪我を負った凄惨な事件の名前だ。

 そして、男にはその記憶がなかった。

 

 アウラは、悲しそうな目で男を見た。

 

「……見知らぬ誰か、じゃないです。

 貴方を助けたのは【ディオニュソス・ファミリア】。

 そして、貴方も【ディオニュソス・ファミリア】の一員。

 もう、見知らぬ誰かなんて言わないでください。

 貴方は家族から願われて生かされた。

 どうか、それを忘れないであげてください」

 

「……そうだったな。

 ごめん。俺が悪かった。

 訂正する。

 ちゃんと元気にならなきゃ、助けてくれた家族に顔向けできねえ。

 だから、心配するなって。

 ……そんな泣きそうな顔を、しないでくれ」

 

 いや、事件の記憶どころか。

 男は、約10年にわたる範囲で、特定部分のみを忘却する記憶喪失を患っていた。

 

 自分は何処のファミリアに所属している冒険者なのかは、分かる。

 自分の名前、レベル、戦い方に至るまで把握している。

 けれど、ファミリアの構成員との事となると、途端に男の記憶には虫食いが生まれるのだ。

 誰が団長で、誰が副団長で、誰と仲が良くて、誰と一緒によくいたのか。

 何も分からない。

 男は、【ディオニュソス・ファミリア】で過ごしたはずの記憶に穴が空いていた。

 

 覚えていたのは、砂漠から砂を一掴みしたぐらいの、本当に少ないこと。

 その中の一つが、アウラだった。

 

「──お前の名前は、アウラ。

 アウラ・モーテル。

 真面目で、頑張り屋さんで、しっかり者だ。

 大丈夫、お前は、ちゃんと覚えてる」

 

 けれど、名前を覚えていただけで。

 忘れたこともまた、多かった。

 

「……あれ、そういえばお前っていつ頃ファミリアに加入したんだっけ。

 ……だめだ、思い出せねえ。

 うちは新しい仲間が増えると絶対歓迎会やるから、覚えてると思ったんだけどなぁ。

 ……あ、そだ! 

 アウラ、お前は誰に教えてもらったんだ? 

 ほら、入団して最初は一人レベルが上の奴がつきっきりで教えてくれるだろ? 

 そいつのこと覚えてたら、芋づるでアウラのことも思い出せるかも!」

 

 経験はないけれど。

 刺される痛みとはきっとこんな感じなのだろうと、アウラは胸を押さえた。

 

「──いえ。

 構いません。そのうち、記憶も戻るでしょう。

 お医者さんはショックによる一時的な記憶喪失の可能性が高いと仰っていました。

 頭にはなんの異常もないのですから。

 だから、ゆっくりでいいですから。

 ゆっくりでいいですから、みんなの事を……願わくば、私のことも。

 ちゃんと、思い出してくださいね」

 

 にこりと笑った。

 安心させるような笑みを浮かべたつもりだった。

 つもりでしかなかった。

 目の前で、男がたじろぐ気配があった。

 それもそうだろう。

 アウラは、涙を流していた。

 今日、この日まで、何度も、何度も、直面してきた現実。

 自分に何度だってこれが現実だと言い聞かせた。

 だけど、だからといって、アウラの感じる悲しみが少なくなるわけではない。

 

 それが、幸せであればあるほど。

 その日々の記憶が、掛け替えのないものであればあるほど。

 取り残される痛みは、アウラの心を深く抉る。

 

「……あ、れ。

 す、すみません。

 きっと目にゴミが入ったんです。

 直ぐに止まります。直ぐに止まりますからっ。

 すみません、泣いてるわけじゃないですから……!」

 

 拭っても拭っても、アウラの涙は止まらない。

 

「なんで、なんで……っ。

 私、泣かないって決めたのに。

 1番辛いのは、1番苦しいのは私じゃないから、絶対に泣かないって決めてたのに……! 

 止まって、止まってよ……!」

 

 次第に口からは小さな嗚咽が漏れ始めて。

 もう、この場には居られなかった。

 椅子を倒す勢いで立ち上がって、走っていこうとしたその腕を、男が掴む。

 えっ、と驚いたときには、控えめに、けれど力強く腕を引っ張られていた。

 ぽすん、とベッドに優しく受け止められて、そして、おっかなびっくりと……けれど、とても優しい手のひらが、アウラの頭を撫で始めた。

 

「……嫌なら言ってくれ。直ぐに辞めるから。

 ……でも、嫌じゃないのなら、少しだけじっとしてろ。

 何でかな……こうやって誰かに頭を撫でられると、凄く安心する……ような、気がするんだ。

 ……お前がなんでそんなに苦しんでるのか、分かるなんて言えない。きっとその原因は俺なんだと思う。

 だけど、一人で泣くな。

 一人で泣くのは苦しいぞ。

 ……俺には、こんなことしかできないけど。

 お前の涙が止まるまでは、一緒にいるから」

 

 それが、アウラだけの思い出になったそれと、重なって。

 

「……だめですよ、そんな。

 そんなこと、されたら……。

 涙、止まるわけ、無いじゃないですか……っ」

 

 限界を迎えて、決壊した涙腺から滂沱のように涙があふれて。

 どうしようもなくて。

 自分でも訳がわからないぐらい、そうしたくなって。

 ずっと昔に胸の奥の奥に鍵をかけてしまったはずのそれが、溢れ出してきて。

 アウラは男の胸に縋るように、わんわん泣いた。

 男は、アウラの背中を優しく撫でていた。

 かつて、自分がそうされたような気がしたから。

 

「──────」

 

 病室の奥の廊下で、誰かが走っていく音が、した。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 くらい、部屋。

 何もない……訂正しよう。

 何度も、何度も自分を切り刻んだ血の跡がこびり付いた刃物以外は何もない部屋で、女は膝を抱えて座っていた。

 

「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき」

 

 微動だにせず、ただ譫言のようにそれを繰り返す。

 女の手には、ミミズがのたくったような跡が浮き出ている。

 それは、手だけではなく。

 まるで、体の中を蛇のようなものがのたくっているのかと吐き気を催すほど、女の体はあちこちが"醜かった"。

 その中でも、とびきり悍ましいのは。

 女の胸の中央で妖しい光を放つ、極彩色の──。

 

「……これで分かっただろう? フィルヴィス」

 

 ガチャリと、不意にドアが開く。

 現れたのは、金髪痩身の──神。

 その神は、明らかに普通ではない状態の女にさも自然に近づいて、その隣に腰を下ろした。

 

「お前を見ても気付きすらしない。

 お前の名前すら呼びやしない。

 俺が守る? 

 俺が一緒にいる? 

 俺がお前の手を握る? 

 約束? 

 ははは、フィルヴィス、お前が言っていたことは何一つ叶いやしない。

 いや……叶いはするんだろう。

 ただ、その対象はお前ではなく、あの女だ。

 何故か? 

 おいおい、分かるだろう? 

 それは、あの女が美しいエルフで……お前が、醜い化け物だからだよ」

 

 楽しそうに。

 愉しそうに、悦う。

 

「見ただろう? 

 分かっただろう? 

 あの男が握ったのはお前の手ではなく、あの女の手だ。

 それもそうだ。

 誰が好き好んで化け物の手を握る? 

 誰が望んで化け物を愛する? 

 分かってたことだろう? 

 いいかい、フィルヴィス。

 人は、化け物を愛さない」

 

 だから、と。

 神は、女に顔を寄せて。

 

「だから──()が、お前を愛そう。

 私だけが、お前の手を握ろう。お前を抱きしめよう。

 一人で泣かなくていい。

 一人で悲しまなくていい。

 もう、一人で苦しむな。

 私が、お前と一緒にいよう」

 

 ぎゅっと、神は女の手を握る。

 その、温かさに、言葉に。

 

「────はい」

 

 女の心が、ぼきりと音を立てて──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしてるんですか?」

 

「……ん、ああ。

 いや、な。せっかく退院したんだから、こいつは買っとかないと。

 ほれ、アウラの分」

 

「……もしかしてあそこの上り棒に書いてある新発売のじゃが丸くんですか?」

 

「そうだけど」

 

「要りません」

 

「食べてくれないの!?」

 

「なんでそんな驚いてるんですか……。

 いつも私は食べてないじゃないですか」

 

「そうだっけ……いやそうだった気がするなあ。

 あれ、でもおかしいな、なら何で俺は──

 

 ──じゃが丸くんを二つ買わなきゃって思ったんだろう」





 ハッピーニューイヤー!
 2021年が皆さんにとって良い年になりますように!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。