ウォーハンマーノベル:混沌汚染死都ゴルモラ   作:古杉連太郎

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第一話 二つの像 前編

ゴルモラの夜は深い。それは天上に浮かぶ赤い月がいかな光を放とうとも、生まれた影がより一層濃くなるのと同じ理屈だ。

まるで墓標のように立ち並ぶ石造りの建物群は、闇を抱擁するように連なり重なる。

まさしくそこは墓標だった。住まうものが死に絶え、ただそこにいたことだけを伝えるだけの墳墓に過ぎなかった。

 

だがいかな死者の寝所といえど、そこに財があれば誰かが手を突っ込むのは道理であり。

そして誰かが手を伸ばせば我先にとひしめき合うのも道理。

今や持ち主を失われた財を求め、墓所ーーーゴルモラには多くの人間が集まっていた。

 

あるものは墓所の深奥にある宝を、あるものは死者の残した知恵を、あるものは都市の下に広がる鉱石を、そしてそこに群がる人々の命を求め、人々は闇の中で静かにがひしめき合っていた。

 

そんな荒野にも、休息を取らぬ獣はいない。

広大なゴルモラの崩れた外壁近く。貧民たちのバラックが立ち並ぶ場所からその店はある。

 

夜影。石壁にいくつもの布を張り合わせ、天幕の下に薄明かりを灯して営まれる酒場だ。

 

外壁からほど近いこの場所は、ゴルモラを訪れた外草の人間が頻繁に訪れる場所である。

 

中で出される料理はいずれも混沌の地にふさわしく、どこともしれぬ場所から流れ着いた粗雑な代物だ。

得体のしれぬ肉の串焼きに、飲めば3夜は酔の収まらぬ溲瓶。店の地下から生える茸を煮込んだ汁に、食いものか定かですらない果肉が差し出される。

入口には剣を帯びた巨漢がにらみをきかせ、片足をなくした店主は口をろくに利くことなく客の求めるものを出す。その結果がどうであれ。

 

だがそれでもゴルモラに初めて訪れたものが多くはここにやってくる。

荒野を旅し、すぐ周りから聞こえてくる不吉な風の音や町中で時折聞こえてくる悲鳴を気にせず眠るためには、酒精の力を借りるのが手っ取り早い。

薄汚れた店内で、まるでなにかから目をそらすように男たちが出される料理と酒を流し込みながら、囁くように言葉が交わされる。

ならず者たちが静かに酒を傾ける場所。それが夜影だ。

 

そしてその店の片隅。薄汚れた円机には、一人の男がうつむくように腰かけている。そこには屋号も看板もない。しかし彼を必要とする人間は腰掛けてこう言う。

 

 

「酒を一杯。それから、こちらの彼に牛乳(ミルク)を一つ」

 

そこでようやくーーー彼は面を上げる。

 

痩せた男だった。目元は落ちくぼみ、頬はこけ、瞳は虚ろ。蓬髪をフードで覆い、身に着けた装備を見せぬようにゆったりとした衣服を身に着けている

だがその固くひび割れた指先に、常に懐に入れられた腕、そして視線を悟らせぬ動き。

見るものが見ればわかるはずだ。八芒核(エイトポイント)の荒野に生きる戦士の姿をしている、と。

「相変わらずくたばりそうな顔をしているな」

それで挨拶は済んだとばかり、来訪者は別の卓から椅子を引いて腰かけた。

 

「あんたは相変わらず無駄にでかいな。ガルシア。そのケツを乗せるにはここの椅子は小さすぎるんじゃないか?」

 

「貴様に会わないですむならそうすべきだろうが……今日は用があってきた」

 

皮肉めいた軽口にピクリとも表情を変えずに言い返すと、巨漢は静かにそれを告げた。

 

「……仕事を頼みたい。傭兵、マグナス」

 

* * *

 

傭兵。いつからそうなったのか、なぜそうなったのか。夜更けのどこかぼんやりした頭で考えても、うまくはいかなかった。

 

ぼんやりとした意識の中。マグナスは目の前の二人を見つめる。

外套から覘けるのは、まるで血のように赤く輝く深紅の鎧。そして火山灰によって薄く灰色になった肌。

それら特徴を見れば、貧民街に住まう幼子でさえ彼らの部族がわかるだろう。

 

鉄の木偶(アイアンゴーレム)

火山地域に生まれ育った彼らは、混沌の神々への信仰を武具を捧げる形で示そうとしている。

そのために自分たちが作った武具を身にまとい、戦場へと向かう。

すなわち兜を外してはいるが、彼に声をかけた二人が、戦士なのは一目瞭然だった。

 

「ずいぶん愉快な話のようだが……まあまあ待て。喉を潤してからだ。」

 

給仕の奴隷らしき娘が持ってきた杯をひったくるように受け取り、それをガルシアに押し付ける。

 

「酒がはいらんと喋れないほど堕落はしておらん」

「我らが神々への乾杯だよ。このめぐり合わせに」

「……めぐり合わせに」

 

そういわれれば、ガルシアも黙って従う。マグナスは身体を起こすように一気に傾ける一方、ガルシアもなめるようにわずかの酒を流し込む。

こちらが一息つくのを見てから、ガルシアは口を開いた。

「……【戦叫の儀】の託宣があった。お前にもそれに参加してもらいたい」

 

 

かつて人が神に愛された時代があった。

人は神の子供であり、神は人を愛し、慈しみ、静かに見守っていた。

だが神は敗れた。異なる神々、邪悪なる混沌の神々に。

神は人を見捨て立ち去り、混沌の神々と人が残された。

混沌の神々にとって、人は玩具に過ぎなかった。

戯れに力を与え、命を奪い、魂を引き裂く。ただそれだけの玩具に。

 

恐怖と絶望に支配された人々は新たな神に愛されるために、理性と正気をかなぐりすてた。

自ら暴虐に準じ、腐敗を受け入れ、快楽におぼれ、変異に身を任せた。

そうして闇の奴隷としての生を受け入れながら、日々を過ごす。

それが八芒核(エイトポイント)と呼ばれるこの地における人間の「生」の在り方だった。

 

今や人は自分たちを見捨てた神々や死の神、破壊の軍勢との戦いのためにその生命をすり減らしていた。

混沌の神々の恩寵を与えられ、他の命を塵芥のように屠る力を与えられるために。

 

しかし庇護下に置かれてもなお、混沌の神々にとって人の価値は変わらなかった。

遊戯盤にある駒の一つ。すなわち、愉悦の一つ。

 

人が行う祈りや儀式を聞き届けた神々は、気まぐれに命を奪い、気まぐれに別の命を与える。

それでもすがりつくことをやめられぬ脆弱さをあざ笑いながら、願いを叶える。

その成就の方法はいかようであれ、人はひれ伏さざるをえないのだから。混沌の神という絶対者の前に。

 

そうした神々への儀式の中で最もおぞましく、かつ人々が崇める儀式こそ、【戦叫の儀】だった。

 

「……」

一気に毛穴が開き、体の奥まで目が覚まされるのがわかる。

マグナスは相手の目を見て尋ねる。

「託宣について詳しく教えてくれ。どういう願いだった」

 

ガルシアは目を覚ましたらしいこちらを見とめると、ゆっくりと話し出した。

 

「今から1月前のことだ。我々の有するキャンプにいた子供が死んだ」

鉄の木偶(アイアンゴーレム)のように部族単位で行動を共にする者たちは、拠点を構える時しばしば都市の外にキャンプを構える。

住むために必要な家の数や広さを考えればやむを得ない話ではあるが、しかしそれは荒野の無法から自衛する力を要する事を意味する。

実力のある、鉄の木偶(アイアンゴーレム)のような部族だからこそ許される行為だ。力なき蛮族であれば、何の餌食になってもおかしくはない。

 

「死体は馬にひき潰されていた。道を外れて逃げた後があったが、相手はそこまで追いかけていた。戯れに轢き殺したんだろう」

 

子供が死んだのは場所は街道近く。まだろくに狩りもできないような子供だったそうだ。

家族は嘆き悲しみ、その犯人を突き止めるべく方々をあたった。だが荒野の片隅でのこと。現場をみたものなどいなかった。ただ悲しみにひたり、子供を盛大に弔ったのだという。

 

「子供を轢き殺したと話した男を見つけられたのは奇跡だった」

 

ある日に、酒場でそううそぶく男がいたのだという。ゴルモアに最近やってきた奴隷商の男が、荷馬車に石を投げつけたという理由で子供を撥ねた。

酒の席でそう漏らしたという話に、しばしの後に行き当たったのだという。

 

「問題はその男の立場だ。ドルム組合の首領の姪と婚約していた。」

 

ドルム商会はこのゴルモアを牛耳る有力な商会の一つだ。

カーングラードとの交易を一手に担い、様々な商品をゴルモアに届けている。

酒、薬、そして奴隷。この荒野にあっては高い価値を誇り、おまけに神殿への覚えも良い。

加えるなら、その護衛として幾多の戦団を抱えており、うかつに手を出せば部族全体を危険にさらすのは間違いない。

真っ向からぶつかれば、ゴルモラ全体を巻き込んだ凄惨な戦いへと舵を取ることになるだろう。

 

「我々は両親にあきらめるように言った。……だが、祈ることを止めることは出来なかった」

 

だからこそ母親は混沌の神に祈った。あの憎き男に死を。絶対の苦しみを。

混沌が怒りと苦しみを食らうのならば、わが身に何が起きてもかなわない。

だから我が子をたわむれに奪った商会の人間に、どうか死を。

 

「託宣は女の体に現れた」

 

ただひたすらに祈りを続けて3日目の朝。

彼女の背中に、突如激痛が走った。服の下から突如血を吹き上げた背中を見てみれば、鋭利な刃物で刻まれたように、こう記されていた。

 

【5日後。デュバル砦。青の月に 掲げよ】

 

ただちに部族のシャーマンが確認した結果、間違いなく【戦叫の儀】の託宣が与えられたのだと判じられたのだという。

 

「それがつい昨日の話になる。すぐさま部族で話し合い、俺たち、赤槌の団が動くことになった」

赤槌の団はガルシアが率いる団だ。鉄の木偶(アイアンゴーレム)の中でも実力と信用を兼ね備えていることで知られており、経験豊富で腕の立つ人材が揃っている。並みの仕事であれば容易く達成して見せるだろう。

 

「赤土の団は今から3日後の【戦叫の儀】に臨む。そのためにお前の力を借りたい」

 

ようやく話が一段落ついたらしく、ガルシアは大きく息を吐き出した。

マグナスは意識してのんびりとした動作で牛乳を喉に流し込み、尋ねた。

 

「事情はわかった……。そうなると猶更俺にどういう役割を求めているのか聞かせてくれ」

 

「……何を掲げるのか、とは聞かないのか」後ろに控えていたもう一人が、ここで初めて声を出した。

高い声。まだ子供か、と思いその首筋を覗き見て女性だとようやく気付く。

 

「書いてなかったんだろう。だったら、聞かされる時まで楽しみはとっとくさ」

 

そう。【戦叫の儀】における最初の託宣については、行くべき場所や日時こそ現れるものの、そこでなにをするのか、なにをさせられるのか知ることは少ない。

 

祈りを叶えてくれる神々は寡黙にして寡聞だ。だがその中には確かな悪意がある。

突如与えられた【試練】に右往左往する人間をあざ笑う悪意だ。

だからこそ詳細を訪ねることは無意味だ。重要なのは、なぜ自分が選ばれたのか、だ。

 

「……話を戻すぞ」ガルシアは一瞬女性に鋭い視線を寄せた、気を取り直して改めて話し出した。

 

「お前に声をかけたのは、おそらく相手となる戦団との戦いに必要だと思っているからだ」

 

「デュバル砦にいる連中に心当たりが?」

 

デュバル砦はゴルモアから歩いて1昼夜程歩いた先にある。

死者と怪物がうごめく荒野の果て、古戦場として知られている場所だ。

砦と名がついて入るが要は廃墟で、何度となく混沌の軍勢同士が争った戦場として使われたと聞いている。

しかし重要なのは、そこに何がいるか、だ。名前こそ知っているが、マグナスも訪れたことはない。

 

ガルシアが町にいる情報屋に金を積んで調べたところ、最近そこを根城にしている連中がいることがわかった。

「近くを通った旅人から、話を聞いた。狂緑小鬼(グルームスパイトギッツ)の一団がいる」

 

狂緑小鬼たちは破壊の神によって生み出されたといわれる、人とはことなる姿かたちをした亜人の一種だ。

体躯は小さく力も弱いが、しかしその繁殖力と凶暴性は侮れない。獣というには小賢しく、邪悪で狡猾な知恵をもった凶悪な敵だ。

人と同じように武器で身を固め、中には邪法を使うものすらいるという。

 

「連中は砦の地下に住み着いて縄張りとしているらしい。現れるとしたら、おそらく奴らだろう」

 

緑小鬼自体は数が多く知恵が回るものの、赤槌の団ならば十分対処できるのではないか?

だが問題は、その中に跳ね茸騎兵(スクイッグホッパー)が混じっているという話だという。

 

鉄の木偶(アイアンゴーレム)はシャモンの鉄連峰に本拠を構える部族だ。先祖は噴火した溶岩から武器と防具を作り出していたといわれており、

混沌の軍勢に武具を供給するために武具の生産にいそしんでおり、その武具の品質は高い。またそのおかげで部族のほとんどの戦士は鎧兜を身に着けている。

 

その暴力性ゆえに、殆どが鍛冶や鋳鉄など行う技術を持たない混沌の部族の中では目立つ存在だ。

しかしその鎧の重厚さ故に俊敏な動きに対応しきれないことも多く、今回のように

騎乗兵が相手となると分が悪いと判断したのだという。

 

「おまえけにローカスが今は療養中でな。身軽でかつホッパーの足を止められる人間を探していた」

 

こんどこそようやく事情を話し終えた、とばかりにガルシアは杯を一気にあおり、一息をつく。「引き受けてもらえるか」

 

答える前の態度で知れたのだろう、ガルシアは続けて報酬についても簡単に告げた。マグナスとしても不満はない額だった。

そこからどう吊り上げられるか、と考えたところで、再び甲高い声が飛び込んできた。

 

「酋長、やはり反対です。このように薄汚い男を戦団に一時的とはいえ入れるなんて」

 

ようやくとばかりに外套を外すと、短髪での目つきの鋭い女の顔が現れた。

短く刈り込んだ髪の毛はともすれば男のようにも見える。

 

「反対というのは他に正しい道筋をつけられる人間がいうものだ」

 

ぴしゃりとガルシアが言い放つが、返す言葉の勢いは止まらない。

 

「ですが、仮にもわれら部族に試練として与えられたのなら、われらの力だけで果たしてみせてこそ神々のご恩情に沿うのではないですか?」

 

そのものいいに、思わずマグナスは鼻息をもらす。「何がおかしい」

見咎めた女の不機嫌を隠そうともしない態度に、マグナスは肩をすくめる。

 

「いや、ご恩情なんて言葉がでたんでね。我等が神々が嫌いそうな言葉だ」

 

「お前のような不心神者に何がわかる!」

 

少女が殺気立ち、腰のメイスに手を伸ばす。

 

「さあ。だが儀式で生き残る方法はあんたより知ってる。腹を決めることと、手段を択ばないことだ」

 

舐められっぱなしというのも気にくわない。マグナスはそう言い放つと、自然な動きで懐に手を入れて短刀の柄に手をかけた。

にわかに高まる緊張感は、円卓にたたきつけられた拳によって霧散する。

 

「……イヴァンナ」

ガルシアは大きく息を吐きだし、少女ーーーイヴァンナに刺すような視線を送る。

「……いずれにせよ、これはすでに決まったことだ。それに傭兵を入れることが出来るのは、部族が力を持っている証でもある。

狩りのさなか、道端に転がる石を上手く使って獲物をしとめることに文句をいうものはいない。それも力と神々は認めてくれる」

 

わかるな、といった視線には殺気すら込められており、女には先ほどまでの威勢はすでになくなっていた。

 

「……出過ぎた真似をしました。申し訳ありませんでした」

 

ガルシアの言葉に、ようやく少女は頭を下げた。

 

「すまないな。若さゆえの思い込みだ。許してほしい」

 

頭を軽く下げるガルシアを意外な目で見つめながら、マグナスはなんといってここから謝金を吊り上げるか考えていた。

もとよりその日の酒代にも困っている身だ。信義も理屈も知ったことではない。

受けることは、すでに決まっていた。

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