ウォーハンマーノベル:混沌汚染死都ゴルモラ   作:古杉連太郎

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第一話 二つの像 中編

翌一日を準備に費やし、翌々日にはマグナスは乗合馬車と徒歩をつかって、砦へと向かった。

ほぼ一日かけての行程は快適とは言いづらかったが、体力を消耗させないようにゆっくりとした足取りを心掛けた。

 

予め定められていた合流場所、砦近くの岩場では赤槌の団のメンバーがすでにキャンプを張っていた。

夜更けがくるまでここで休むつもりらしい。

 

「遅かったな。カーングラード育ちは足が遅いといわれないか?」

「一人で生き残るには、準備がいるんだよ」

 

ガルシアと軽口をたたきあうと、団のメンバーそれぞれと挨拶を交わす。

いずれも真紅の鎧を身にまとった屈強な男たちだ。(一人いたデュアーディンとは腰をかがめて拳を打ち付ける)

荷運びの若者二人を除いて、今回は9人で儀式に挑むことになる。

 

「しかしアンタと組むとは驚いた。今回は頼む」

 

赤槌の団の副団長である、ツァイスが声をかけてきた。

マグナスも肩をすくめながら応じた。

 

「ローカスの代わりにしては小さくて悪いな。……イヴァンナは最近入ったのか?ずいぶんガルシアが目をかけているようだが」

 

ああ、と何やら困ったような顔をした後、ツァイスは口をつぐんだ。料理の支度をして遠くにいるイヴァンナは、こちらを無視するようになにかの肉をさばいている。それをみてとると、ツァイスは期待通り、いかにも大仰に秘密だとばかりにこちらに耳打ちしてきた。

 

「酋長の娘だ。あれでも戦場じゃ容赦ないから許してやれ。……あんたを呼んだのは、おそらく心配だからさ」

 

その後野営の準備をした後に、儀式での陣形の振り分けを確認し、一行はしばしの眠りについた。

夢は見なかった。

 

 

八方核(エイトポイント)の空は赤い。まるで眠りについた者たちを火であぶるかのようだ。

だからというわけではないが、声を掛けられるまでもなく、自然と体は起きていた。意識より早く。魂より早く。どこでも寝られるが、いつの間にか起きられる。傭兵が長くなると身につく習性だ。

 

間もなく他の天幕で横になっていた男たちも起き出し、それから四半刻とかからないうちに用意を済ませた。

 

「……時間だ。いくぞ」

 

無言で戦装束を整えていた戦団に向かってそれだけ言い放つと、ガルシアは歩き出す。

儀式の場所まで半刻ほど。

 

デュバル砦ははるか昔。混沌の勢力と秩序の勢力が争った時代に作られたものだという。

どこの誰が作ったかは知らないが、崩れた壁やなにもない宝物庫、そして至るところに転がる武具をまとった骨(というよりその欠片)はその末路だけを雄弁に物語っていた。

幾度の砂嵐に見舞われ、砦は荒野の中で砂に半分埋もれている。

壁はほとんどが崩れており、高所と呼べるところはほとんどない。平たく、しかし入り組んだ瓦礫で見通しは悪い。

 

「ここから3隊に分かれる。イヴァンナ、ツァイス、いいな」

ガルシアは懐から取り出した薄汚れた3つの袋を取り出し、それぞれ仲間たちに見せる。

そしてズタ袋の中には託宣が現れた女の体皮の一部が入っているはずだ。それらはいずれも異なる文様が記されている。

 

それを皆で確認すると、ガルシアはラプトリクスの血が入った小瓶を腰から取り出す。

黒くどろりとした血を指先につけ、袋に刻まれた紋様の一つと同じ象形を体に記す。小瓶は順番に各自に廻されて、マグナスも同じようにした。

 

やがて参加する全員がいずれかの紋様を体に印す。つまり、儀式においては、参加する戦士は3つの紋様を刻まれた3隊に分けられるわけだ。

 

酋長(ドミナール)たるガルシアが一隊、指し示すもの(サイ二ファー)であるツァイスが一隊、そして教導官(ドリルマスター)のイヴァンナが率いるマグナス含む一隊だ。

剣、盾、槌の描かれた印のうち、イヴァンナ率いる剣の印をマグナスも右手に刻む。

そうして最後にガルシアは刃魚(ブレイドフィッシュ)の背骨を使って地面に四角い枠を描くと、散歩離れた場所から3つのズタ袋を頭上より高く、放り投げる。

びゅんと耳に聞こえるような風が吹き、3つの袋はそれぞれ放物線を描きながら、枠の中に納まる。

別々の場所へ落ちたその場所に向かって、3隊は移動する事となる。

 

「準備はできたな。託宣が判明した瞬間、声を上げろ。いいな」

ガルシアの声に、全員が無言でうなずいた。

 

儀式が始まる。

 

 

3つに分かれた戦団は、それぞれ別の道筋で砦へと足を踏み入れる。

 

マグナスとしては元よりお目付け役として選ばれたのだと伝えられていたのだから驚きはないが、半人前扱いのイヴァンナは不服を隠そうともしていない。

女の機嫌を取るのは嫌いではないが、しかし面も見えない鎧装束をきた相手となるといささか分が悪い。

同行しているデュアーディンのシートンはそれを知ってかしらずかのんびりとした足取りをしている。

 

「栄えある戦舞台に、半端者を入れる首長の気がしれないな。神に捧げる戦いだぞ?」

 

またその話をするのか、とマグナスはあきれるが、語りかけると言うよりは一人ごちる、というのに近い。

いちいち答えることもないだろう。だが、律儀にもシートンは代わりに答えてくれた。

 

「神に捧げるからこそじゃろう。どれほどの苦境や不利を伴っても勝利する。それを試練と飲み込めんのは、駄々をこねとるのと変わらん。やることは変わらん。切った張った、ただそれだけよ」

 

あっけらかんとしたものいいに、イヴァンナも毒気を抜かれたようだ。

マグナスも軽口が開くのは自然なことだった。

 

「俺としては、何事もなく終われば一番儲かる」

「ワシもそうじゃ。若いもんに任せて、のんびりいきたいもんじゃ」

 

お互いニヤリと笑うと、それが気に入らないのかイヴァンナは体をこちらに向けてつっかかる。

 

「大体、本当に腕が立つのか?それほど腕が立つなら、一人酒場で管を巻いているだけというのもおかしいだろう。修練もろくにしないような男が」

「さあね。親父さんに聞いてみたらどうだ?」

 

途端に黙り込み、兜の下からの圧力が増す。一瞬シートンに目を向けるが、老体は無言で肩をすくめた。

 

「前にツァイスとバーレンが倒れたのはお前さんも知っとるだろう。あの時に相手方に居たのがこいつだ」

「敵だったのか!」

大声ではないが、鋭い声がとんだ。喉をゆびさし怒鳴らないように釘を差しつつ、シートンは続ける。

 

「バカいえ、傭兵に何を言っとる。金で動くのは商人に限らん。それにそれだけの力量を持つことは咎めるもんじゃあない」

 

道理はシートンにあると気づくか、イヴァンナは目線をそらした。

しかしシートンはそのままマグナスへと視線をよこす。

 

「わしも直接はやり合っておらんが、妙な「手」をあれこれ使う、というのは聞いておる。全てを明かすつもりはないんじゃな?」

「自分であれこれ言うのは苦手だが……少なくとも、約束した「足止め」はこなしてみせるさ」

そういって腰に下げた布を叩く。それ以上何も言わないと理解したのだろう、ふん、と鼻息をならすと背を向ける。

 

荒野に生きる戦士にとって、戦技(アビリティ)は簡単にさらせるものではない。

それは時に自分の命を守ることに直結するのだから当然だ。むろん名うての傭兵ともなればそれなりに種は割れるのだが、マグナスは例外だった。

 

「待て。一瞬止まれ」

マグナスがそう言うと、二人共足を止める。

すると赤く照らされてていた道筋が不意に闇に覆われていく。上を見上げれば、

雲が月に覆われていく様子が見えた。

あたりはあっという間に真っ暗になり、互いの顔すら見えなくなった。一瞬の緊張。

 

 

「そう体を固くしていて、動けるのか?」

 

結局マグナスは皮肉でもって応じることにした。どうせこの後には骨肉の争いがまっているのだ。

 

どうせなら血を巡らせておいて動きをほぐした方がなんぼかましだろう。

「それがどうした。安物の鎧で身を包んで満足している貴様と一緒にするな」

 

案の定の物言いに笑ってしまう。

マグナスの装備は旅装束に近い。安っぽい革鎧の下には鎖帷子を羽織ってはいるものの、外套にすっぽりおさまるそれらはお世辞にも鉄の木偶(アイアンゴーレム)と比べるには分が悪い。

市場で必死に買いそろえた、どこぞの死体からはぎ取ったと言われても言い返せない様なお粗末さだ。

 

「あんたらみたいにどんな相手とも殴り合うつもりはないんでね。後ろ足で砂を掛けるのが好きなのさ」

 

「臆病者がいいそうな口上だな」そう言って嘲る声からは、兜の下で不遜な顔を浮かべているであろうことが容易に想像つく。

 

「そもそも金のために儀式に参加する、という魂胆が気に入らない。我々は混沌の神への忠誠を誓っている。ならば儀式を栄誉となぜ捉えられないんだ」

「神に祈っても腹は膨れない」

「それに砂と言っても……」

 

 

イヴァンナがどういい返そうとしたのかは分からなかった。

一瞬で自分たちが異常な状況にあることが、理解されたからだ。

耳に聞こえるような強い風とともに、雲が動く。隠されていた月が再びその姿をのぞかせる。

 

だがすでにその月は別のものに変わっていた。

青い光を放つ月が、天に瞬いていた。

 

それが契機だった。

 

何かが割れる音。

老人が腰につけていた酒瓶だった。

それが縛り付けられたまま、その底から何かが逃げ出したように割れたのだ。

 

いや、事実それは逃げ出したのだ。

容器を抜け出した酒精は地面をのたうち、そして一つなぎの文字を荒野に映し出す。

 

【----血にまみれた2つの邪神像を月に掲げよ----】

 

捉えたのは一瞬(ひとまたたき)

 

現れた文字はそれがすべて幻であったかのように消え去り、もう一度読み返そうとした瞬間大地に

吸い込まれるように消えていった。

 

「「2つの」」「「邪神像を」」「「月に掲げる」」

 

果たすべき試練が口にされ耳に留まり、そこで初めて全員が見届けた奇跡だと証が建てられる。

 

「像を掲げろ!!」「像を探せ!」

 

壁の向こうからも声が張り上げられる。

風が叫び声を上げる。

 

儀式が始まったのだ。

 

どこだ。相手も状況もわからない。だが、やるべきことははっきりしている。

マグナスは崩れた壁をよじ登り、あたりを見回す。

そうして荒れ果てた砦の残骸の中、道の中央に仄かに光る幽火をとらえる。

目を凝らせば、そこにあるのは頭部に角の生えた、鬼神の像。

砦の壁と同じく石造りではあるが、明らかに、他と意匠が異なる。

 

これだ。

「(一つはあったぞ!!ここだ!)」

声を上げればにも聞こえる。マグナスは予め定めてあった部族用の合図の言葉で他の隊へと呼びかけた。

 

「裏手じゃな、承知した」

シートンがどたどたと回り込み、イヴァンナは一拍遅れて壁へと飛びついてきた。

「(ありました!酋長、一つはここに!)」

 

そうなれば、役回りはここで固まる。

 

「(承知した。もう一つの所在も見えた! 他の二隊は向こうを確保する!やれるな!)」

「(はい、死守してみせます!!)」

 

大声で応えるイヴァンナを尻目にマグナスは周囲に気を尖らす。

敵にも神がいる。その託宣の与え方は異なるにせよ、いずれも求めるところは一つだ。

 

競い合い奪い合う。

遊戯を制したものに欲するものを与えようーー

ひどく単純で傲慢な八芒核(エイトポイント)の不条理なる理。

 

2つの邪神像を掲げよ。

つまりこれひとつではなく、もう一つ手に入れる必要がある。

 

そして戦叫の儀においては、同じ託宣が、この場では与えられる相手がいる。

「来るぞ……像を奪いに」

 

闇の向こう、何者とも知れぬ叫び声が上がる。

戦いが始まる。

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