ウォーハンマーノベル:混沌汚染死都ゴルモラ   作:古杉連太郎

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第一話 二つの像 後編

―――咆哮とともに、闇を切り裂いてそれは現れる。

 

小さな影が少しずつ大きくなっていく。だがその姿は捉えようとすることを拒むように、次々その場所を変えていく。

違う。それは高速で移動するがゆえ。迫りくるそれらは残像となってその距離を詰めてきていた。

 

月明かりの中で薄暗く現れた、跳ね回るそれは

「やはり跳ね茸騎兵(スクイッグホッパー)か!」

 

月の光に照らされた、黒衣を身にまとったそれが躍り出た。

子供ほどの大きさの体躯に、緑色の肌。大きくつきでワシ鼻に、赤い瞳をやどした緑小鬼(ギッツ)だ。

そして問題は、その股下で高速で近づいてくる赤い異形、跳ね茸(スクイッグ)だ。

 

きのこの一種だとも言われるが、それを信じるものは少ない。巨大な頭部にくっついた足だけの化け物を見て、そしてそれらが鉄をも噛み砕く強靭な牙と顎を持っているのを見て、どうやって信じろというのか。

まともな知性などなく、巨大な口顎をひたすらに生き物へと向けてくる怪物。

ギッツはそんな手に負えない化け物をどれほどの犠牲を払ってか人馬のごとく取り扱うのだ。

いや、下手をすれば馬以上だろう。強靭な足腰を持った跳ね茸(スクイッグ)は、人の背丈ほど飛び上がり襲ってくる。

 

イヴァンナの叫びを横目に、マグナスはその背後に目をこらす。騎兵(ホッパー)は厄介だが、緑小鬼(ギッツ)は数が揃うとなお厄介だ。

気配がないのを確認、それから騎兵(ホッパー)に視線を戻す。単独での先行、となれば注意すべきはその機動力だ。

 

突撃(チャージ)、来るぞ!」

 

一度、2度、3度、廃墟の壁を跳ねる様は、まるで弓を引き絞るように力をためているのが分かる。

足の筋肉が限界まで引き絞られ、そして弦から解き放たれるように力が解放される。

弧を描くように飛び込んできたそれは、速度と自重を十二分に乗せた必殺の一撃。

両手で跳ね茸(スクイッグ)をつかむ緑小鬼(ギッツ)が笑うのが見えた。

 

「下がれ!」

 

警告に反応できたのはイヴァンナだけだった。腰を落とし待ち構えていたシートンは動きが遅れる。

マグナスとイヴァンナが転がるように通路から端へと逃げ込んだのを尻目に、逃げ損ねた老人に強固な牙と顎がそのままぶつかる。

 

体ごと吹き飛ばされ、シートンは態勢を崩す。だが転がるように飛ばされたおかげで、距離は取れた。

緑子鬼(ギッツ)は間合いから外れた相手から視線を外し、そのまま像へと像へとかけぬけていく。

脇に飛び避けていたイヴァンナが慌てて駆け寄ろうとして、マグナスは肩を掴む。

 

「何をする!」

「一旦距離をとる。シートンに手を貸せ」

「馬鹿を言うな!像を渡すつもりか!」

「像は月に掲げられなきゃ意味がない!」

 

そう怒鳴られて、イヴァンナははっと視線を頭上に。空から差し込んでいた光は、厚い雲によって遮られようとしていた。

風はゆるやかで、雲が動くにはまだ猶予がある。

 

像の眼前へとたどり着いた緑子鬼(ギッツ)はふりかえり、こちらを睥睨する。

そうして大きく薄汚れた歯むき出しにケタケタと笑う。明確な悪意をもった嘲り。

 

やがて闇が深くなる。月は完全に覆い隠され、互いの姿も隠れながら対峙する。

とはいえ鉄の木偶は甲冑の音で、跳ね茸(スクイッグ)の唸り声があるため、見失うことはまずない。

例外は、体に張り付く革鎧をつけている一人。

 

マグナスは予めつぶっていた片目を開く。闇夜になれた瞳で、緑小鬼(ギッツ)がせわしなく顔を振って視界を失ったのを確認。

マグナスは懐からブーメランを取り出し、投擲。同時に自身は地面をすべるように駆け寄る。

 

こちらに気づいた緑小鬼(ギッツ)が剣を向けるが、作り出された死角からブーメランが突きささる。

不意の攻撃に慌てた緑小鬼(ギッツ)跳ね茸(スクイッグ)に混乱をもたらし、一瞬足を止めてしまう。

 

マグナスは片手戦鎚を引き抜き、駆ける勢いのまま振りぬく。

 

狙うは足元。敵の動きを鈍らせるための一撃は、しかし強靭な筋肉を破壊する必要を伴う。

浅い。咄嗟に足を屈めて体を固くした跳ね茸は、鋼鉄の一撃に耐えきった。

 

だから続く一撃。こちらに顔をむけた相手の口元、牙と牙の間に、膝に忍ばせていた短剣を突き刺す。

 

顔がデカければ、声もでかい。この世のものとも思えない悲鳴が目の前からあげられ、逃げるようにマグナスは相手から距離をとる。

こちらは致命傷(クリティカル)。だが、動きを止めるには至っていない。

 

止めていた息を吐き出し、悪臭が混じった空気を肺に取り込む。

戦闘続行。

かすかに視界から外れる形で、音を立てて相手を挑発。追ってこい、という目論見は相手も像から離れる形で外れた。

月が出ていなければ、両者が像を手に入れていなければ、無意味。向こうもどうやら条件は一緒か。

騎兵(ホッパー)はいまだ動きの鈍いシートンへと襲い掛かる。

 

「やらせん!」

 

すでに闇に目が慣れたか。イヴァンナが間に押し入るようにして接近を阻む。

ふるうのは鉄鎖。

腰をひねり全身の力を伝播させた一撃で、相手の足をとらえようとした。

が、騎兵(ホッパー)はそれを軽々と無視して飛び上がり、頭上へと逃げ出す。

「そいつを逃がすな!」

マグナスの声が聞こえてか、イヴァンナは鎧ごとぶつかり、相手の体を倒そうとする。が、二本の足で加速した体をとどめることはできない。

姿勢を崩し倒れこまなかったことこそ見事だったろう。肩当てが砕け、筋肉の張った肩があらわになった。

「くそ、逃がすか!」

姿勢を崩しながら、背を向けた相手へと追いすがろうとする。

 

その瞬間、月が顔を見せてくれたのは行幸だっただろう。逃げ去る影の向こうに、物陰から新たに表れた影の姿をとらえることができたからだ。

「……増援の到着だ!」

刺し手(スタッバ)射し手(シュータ)。弓と剣を手に持った子供のような大きさの緑小鬼(ギッツ)の援軍は、小柄ながらも一気に4匹で現れた。

 

おびき寄せて仕留める腹積もりだったらしい。それに気づいたイヴァンナは足を止めるも、通路の前方から現れた緑小鬼(ギッツ)は、跳ね茸騎兵(スクイッグホッパー)と入れ替わるように、イヴァンナに襲い掛かる。

しかしすでにシートンも態勢を戻していた。

「うぉおおおおおい!!!!!」

シートンのポーラ投げで刺し手(スタッバ)は吹き飛び、イヴァンナは囲みから脱出する。

「こいつもとっときな!」

ついでにマグナスも腰に差していた瓶を投げつける。戦場に来る前に使ったラプトリクスの血の入っていた空き瓶だ。

中にはすでに何もないが、しかし目の前にころがったそれらに、射し手(シュータ)は目を吸い寄せられ、慌てて拾いに行く。

緑小鬼(ギッツ)の習性だ。理屈は知らないが、連中はガラスの工芸品をひどく好む傾向にある。念のためにと取っておいたが、無駄にならずに済んだ。小瓶を取り合い小突きあうそれらを見ながらほっとする。

シートンとマグナスの援護のおかげでイヴァンナはかろうじて背後へと下がることができた。

 

一瞬の沈黙、そしてにらみ合い。5対3。数の上では相手が有利だが、像はかろうじてこちらが確保している。あとは仲間の合図があれば。

だが壁の向こう、同じように戦う声が聞こえてくる。やはり緑小鬼(ギッツ)と向こうでも戦っているようだ。

 

そこからは神経を使う剣戟が続く。緑小鬼(ギッツ)は剣と弓矢での細かい攻撃を何度も繰り返してきた。どれも浅いが、しかし傷が蓄積されていく。

おまけに騎兵(ホッパー)は機動力を活かして通路を回り込むと、こちらを翻弄するように反対側からも攻め立ててくる。これで二方向からの攻撃をしのがねばならなくなった。

反撃を試みようにも像はかろうじてこちらの背にある以上、大きく攻めきることができない。飛び出そうとするイヴァンナを抑えながら、マグナスはどこか足元が重いシートンに寄せられる攻撃をはじく。

 

しのぎ切れるか?と思うには、静かに様子をうかがう騎兵(ホッパー)の眼光は否と伝えていた。

そしてそれらの動向を静かに見つめる中で、戦いの節目が訪れようとしていた。

 

「……イヴァンナ、聞け。このあと連中は跳ね茸騎兵(スクイッグホッパー)が突っ込むと同時に全員が襲ってくる」大きく息を吐き出し、呼吸を整える。「その足を俺が止める。その時俺が合図したら、その鎖でまとめて仕留めろ」

 

そして間もなく、月に雲がかかる。再びの暗闇。視界が失われる一瞬に、騎兵(ホッパー)がしゃにむに突撃してくるのがわかった。

どこまで見えているかは知らない。だが、打ち合って息を荒くし、鎧を着こんだこちらの気配をつかむことが可能だと気付いたのだろう。

 

だが十分だった。すでに準備していた仕掛けは成った。

マグナスは戦技……闇の中で、腰元に用意していたそれに火をつける。

瞬間、騎兵(ホッパー)の動きが止まる。奇妙なことに、それは跳ね茸(スクイッグ)も、緑小鬼(ギッツ)も同じだった。まるで動くことを忘れたかのように静止し、ひきつった顔のまま、手に握っていた武器さえ取り落としていた。

 

マグナスの腰元。赤い燐光を放つのは、邪悪の髑髏。

 

邪悪なる虐殺者、アンメイドの頭部を剥製にしたそれは、死してなお禍々しさを放つ。

恐怖。その根源的な感情は人間にとどまらず、あらゆる生物に有効だ。

その姿を見とめた跳ね茸(スクイッグ)は突撃へと至る姿勢の直前でその動きはとまり、続く攻撃を仕掛けようとしていたほかの緑小鬼(ギッツ)たちも困惑とともにたたらを踏む。

 

「今だ!!」

 

本来なら間合いもうまくつかめぬ状況。だが、本来なら見えぬはずの闇の中、跳ね茸(スクイッグ)の口元から微かに淡い燐光が放たれているのが見えた。

先ほどのマグナスの一撃。その中に入っていた黒青蛍の体液が、唾液に交じって光を放っているのだ。

 

絶好の機会を、若き獅子は逃すことはなかった。

騎兵(ホッパー)の目の前に迫る勢いのまま素早く鎖をうねらせると、敵の落とした小剣を絡めとる。

そうして先端に刃をそろえた鎖を頭上で回転させると、全身を使ってそれらをあたりへとぶつける。

 

死の旋風。

 

回転させ勢いついた鎖は刃の風となり、たちまちに囲いを作る緑小鬼(ギッツ)を切り裂く。

黒衣が、手足が、次々切り刻まれ体の骨が砕かれる。

足を止めた跳ね茸(スクイッグ)も同じだ。むき出した歯に、そして空を支える根本、ギラギラと輝く目玉に突き刺さる。

 

悲鳴をあげ倒れこむ緑小鬼(ギッツ)たちをしり目に、しかしかろうじて跳ね茸(スクイッグ)はまだ殺意を残していた。

回転が勢いを失ってきた瞬間を狙って、巨大な口を開けて飛び込む。

 

咄嗟に戦昆で受けるも、鎧は砕け弾き飛ばされる。

背後で構えていたマグナスは態勢をくずした緑小鬼(ギッツ)に片手戦槌を振る。

シートンも負けじとポーラを跳ね茸(スクイッグ)へ放り投げる。

乗り手と騎獣、それぞれへ狙われた一撃は致命傷をもたらした。

 

それからはあっという間だった。

月明かりが戻り、敵の軸であった跳ね茸(スクイッグ)が痙攣し動かなくなっていく様をしり目に、残る敵を順番に仕留めていく。最後の一匹は逃げ出した。

 

「像にささげる血の準備ができたようじゃな」

シートンはそういうと痙攣した射し手(シュータ)の首根っこをむんずとつかみ、像にむかって押し付ける。

「イヴァンナ」

それだけ言うと伝わったのだろう、息を荒げながら戦士は差し出された短剣を受け取り、最後に残った獲物へとその刃を突き立てた

喉から噴き出した血で手を濡らし、イヴァンナは像へとその手を押し付けた。

 

「(こちらは守ったぞ!)」シートンの合図の声に呼応して、壁の向こうから声が上がる。

「(こちらも終わる!)」

それは残る2隊の勝利を示す応答だった。

儀式の終わりが近づいてきているのを、三人は感じていた。

 

「我々は……神の試練を乗り越えたんだな……」

感極まったようにそう呟くイヴァンナに、マグナスは固い声を返す。

「警戒を解くなよ」

「……当たり前だ」

疲労を残しつつ、互いに血走った視線を交わしあたりをにらむ

 

ガルシアによる勝鬨を上げる声が響き、砦の静寂があたりを包んで間もなく、突如として像に異変が起こった。

顔の部分だった。それがぐにゃり、ぐにゃりと突如ゆがみだしたのだ。

イヴァンナは驚き目を見開きながら、それを見つめる。

 

像の顔はまるで粘土のように形を変え、表情を変え、そして次々と異なる人物の顔かたちへと変えていく。

 

「一体、何が……起きて……」

 

震える声でそうつぶやくのがイヴァンナにはやっとだったろう。

シートンとマグナスはそれをじっと見つめていた。

 

それからまもなく。像は突如として頭から破裂して割れた。

そうして砕けた像は、さらさらと幻だったかのように、砂となって消えていった。

後には血でまみれた緑小鬼(ギッツ)たちの死体だけが残った。

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