酒場にて再びマグナスとガルシアが対峙していた。
「なにはともあれ、やれやれ、というところか」
像が砕け、儀式が終わった後。いつの間にか一同は赤い月が照らす夜の中へと戻っていた。
マグナスたち三人も合流場所へと移動し、赤槌の団全員の無事を確認した。
「よくやったな。初陣で敵を打ち取ったことを誇れ」
返り血で鎧を汚したガルシアはイヴァンナをそう労った。
皆が疲労困憊といった様子だったが、マグナスはキャンプで報酬を受け取ると、そのまま一人立ち去って行った。
そうしていつものように酒場で夢と現におぼれている中で、ガルシアが訪れたのはそれから5日ほど経ってからのことだった。
本来なら仕事は終わった話だが、突然やってきた彼はその後の顛末を話し出したのだ。
奴隷商の男は死んだ。儀式が終わったその日の夜明けに遺体が見つかったのだという。
豪勢な食事と酒を楽しみ、女たちを寝屋へと連れ込んでいたはずの男は、普通ではない最期を迎えた。
頭の中からまるで脳症が破裂したかのように飛び散り、首から上がほぼ原形をとどめていない状況だったという。
あたり一面を真っ赤に染められ、同じベッドで寝ていた女たちは裸で屋敷を走り回り、それは騒がしかったのだという。
それを聞き、子供を殺された親たちは涙を流しながら赤槌の団に感謝をしていたのだという。名も知れぬ傭兵にも。
「わざわざそれを伝えに来てくれたのか。あんた意外と暇なのか」
「……他の戦団員については、負傷もしてたが無事だ。シートンが今度いっぱい奢るといっていた」
赤槌の団は全員生きてはいるが、無傷で済んだものはいない。マグナスとていまだ片手の指先には力が入らない(もちろんそれを伝える気はないが)。
今は傷をいやすべく療養させているそうだが、落ち着いたらまた来るとのことだ。
「……それからイヴァンナがお前にもすまないと言っていた。侮辱していたことを謝る、とな」
「わかりやすい娘だな」
「……同感だ」
むっつりとしながらも、どこか嘆息めいたその言葉にマグナスの嗜虐心が刺激された。
「そういう時はな。親の顔を見たい、っていうんだよ」
マグナスの一言に、ガルシアはしかめっ面を作ろうとして、顔を伏せて肩を震わせていた。
上機嫌で杯を傾けるマグナスに、ガルシアは不意に尋ねてきた。
「……終わった後に、何か言っていたか?」
誰が、とも何を、とも言わない。だがマグナスは答えた。
「儀式の最期を覚えているか。最後に像の形が変わっていた。まるで粘土のようにぐにゃぐにゃとな。顔は二つの顔をしていた。一つは太った男の顔。もう一つは、怒りでにじんだ女の顔をな」
あの顔が誰の顔なのか、マグナスは知らない。知るつもりもない。
だがそれを見ていたイヴァンナは目を見開き、どこかおびえるように破裂した像を見つめていた。
「あんた達と合流する前にな。もし、儀式に失敗していたら、どうなっていたのか、と聞かれたよ」
何と答えた?ガルシアは尋ねた。
「俺たちの想像よりも、もっと悪いことになっていた、とだけ」
そう。混沌の神々は気まぐれだ。戯れに人を救い、戯れに命を奪う。
だから今回一つの天秤に誰かの命が乗っていたのなら、もう片方に乗っていたのは何か。
あの娘も、ようやくそれに思い至ったのだろう。
自分たちが戦う舞台は、自分たちの命以外のものをかけて戦っているのだ、と。
そうか、とだけガルシアはつぶやくと、しばらくの間黙り込んだ。
改めて口を開いたのは、続くもう一杯を注がれてからのことだった。
「アルガン峠の戦いを知っているか?
十年以上前の戦いだ。ここから山を4つ超えた先にある、峠に
カーングラードに住んでいた人間なら、知らぬものはそういないだろう。
天が裂け、電が踊り狂い、大地が割れる戦いは、大勢の死者と多くの英雄を生みだした。
「こちらはあたり一帯の部族だけでなく、ヴァランスパイアの精兵、ナーグルの殉教騎士団、果ては腐敗したディーモンたちも大勢現れた」
そうしてしばらくの沈黙のあと、ガルシアは吐きだす。
「恐ろしい戦いだった。大勢が死に、大勢を殺した。だが私が真に恐ろしかったのは、背中からわれらを追い立てる混沌の神々の代理たる悪鬼たちだった」
多くの戦士たちが、まるで狂ったように進撃し、命を散らしながらも敵を一体、また一体と屠っていく。
それは戦場という狂気が一体になった光景であり、凄惨の一言で片付けられない現実だった。
「……笑っていたんだ。やつらは。
彼らは死んでいった者たちの躯を足蹴にして、いくつもの呪文を放ち、敵を食らい、屠っていった」
「私が永遠に混沌の神に逆らうことはしまいと決めたのはその時だった」
そう。一振りで蛮族を切り払う剣士よりも、電を穿つ魔術師よりも、天をかける竜よりも、なにより、自分たちと並び戦う神々が恐ろしかった。
戦いは混沌の勝利で終わった。勝利に沸き立つ人々の中、ガルシアの心は氷のように冷え切っていたという。
自分たちが神々の玩具に過ぎないことに。
「イヴァンナもそれをようやく知った、と?」
「俺に子供は3人いた。上の男二人は強く、勇猛だった。だが二人共戦場ですぐに死んだ。
……剣を打つ時に、熱だけでは足りないのだ。シャモンの溶岩によって熱せられた鉄は形を変え生まれ変わる。そのうえで凍てつく冷気をまとった水をくぐり、その上で打ち鍛えられようやく真なる形になる。剣か、槌か、はたまた鎧か、それは知らんがーーー」
ガルシアにしては熱を帯びた口調だった。
「魂も同じようなものだ。熱狂にひたり魂をささげるのは戦場のひと時だけでいい。我々は
そういうと、話し終えたとばかりにガルシアは盃を置いて立ち上がる。
「それにな。あいつには知っておいてほしかった。神に盲目的に従わずとも、たくましく生きる男もいるのだ、とな」
そりゃ皮肉か、と口から出そうになって、けれども口元を緩めた男の横顔を見てやめた。
「夜明けが近い。また別の夜に会おう、混沌の傭兵よ。幾多の部族の技と武具を盗みしものよ」
「……また会おう、深紅の戦士よ」
それだけの言葉を交わすと、ガルシアは静かに店から去っていった。
一人残されたマグナスは朝が来るまで静かに残った杯を味わっていた。
第一話 了