ウォーハンマーノベル:混沌汚染死都ゴルモラ   作:古杉連太郎

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第二話 彗星の行方 前編

ゴルモラの夜は長い。そう感じてしまうのは、夜の闇に紛れて動く輩があまりに多いからだろう。太陽におびえていた者たちが息を吹き返し、活発に行き交う。

だからその日、酒場【夜影】に現れた男をマグナスは珍しいとも思わなかった。

「……こいつに牛乳(ミルク)を一つ。あとこっちに茸の串焼きを頼む」

 

夢うつつの中でマグナスの眼前に腰かけた相手。

でかい頭をさらにでかい兜で包み、顔を隠すかのように髭を豊かに蓄えたデュアーディン。分厚い布服を着こんでこちらを見やる視線はにやにやといやらしい。

「よう、マグナス。お前さんにいい稼ぎ話を持ってきてやったぞ」

「アコルディン……そういってお前さんが持ってきた話で、俺がこの前にどうなったか忘れたか?」

一瞬だった。マグナスはアコルディンの首根っこをつかみ、机の上に滑らせるように目前まで引き寄せる。

用心棒が腰を浮かすが、店主を一瞥してこちらが冷静なことを伝えると、間もなく腰を下ろした。

「ウルト砂漠に置き去りになった件なら、ありゃあ不幸な行き違いがあっただけだ……。カラドロンの連中は金に汚ねえからな」

「じゃあカリュブディスの輸送の件は?」

「ありゃああんなボロイ檻しか用意していなかった海賊の連中が悪い。ボーナスは弾まれたはずだぜ」

 

へらへらとしながら、さも大したことがないように言ってのける。面の皮の厚さでいえば知っているなかでも頭一つ抜けているだろう。

アコルディンは情報屋だ。とにかくどこにでもいつでも現れるといわれているこの男はあちらこちらに耳をそばだて、その情報が重要な誰かの前に現れる。

自分で戦ったり何かを生み出すことはない。だが彼が持つ情報と人脈によって、数多くの問題が解決されているのも確かだった。

だからこそ腹立たしい。

この男が現れる時というのは、ほぼすべての場合において、マグナスの懐が困窮している時と相場が決まっているのだから。

 

「……それで?俺がお前をくびり殺さないだけの理由は持っていたんだろうな」

当たり前だろう。そういって人当たりのよさそうな笑みを浮かべて見せる。

マグナスはつかんでいた手を放し、給仕から牛乳をひったくり、荒れた胃袋に流し込んで感情を落ち着かせる。

それをにやにやと眺めたうえで、アコルディンは襟をなおしつつ本題に入った。

 

「……実はお前さんに、グジャラートとの仲介を頼みたいって輩が来ている。……旦那、きてくだせえ」

 

そういって離れた席についていた男に声をかけると、こちらにやってきた。

おそらく酒に酔った人間の目線に合わせているのだろう、足がひどくゆがんだ椅子にその男は恐る恐る腰をおろす。そうしてぐらぐらと体を揺らしながら、こちらをいぶかしげに見つめてきた。

「こちらはケルセト商会の」「カナルだ。お前が飼いならされざる獣(アンテイムドビースト)と取引をしているという変わり者か」

 

飼いならされざる獣(アンテイムドビースト)

その言葉は、この八芒核で悪名を轟かせる蛮族の集団をさす。

そして彼らをそう呼ぶのは、彼ら以外の人間だけだ。彼ら自身は自分達をただ<狩人>とだけ呼んでいる。

元はガウルの草原で育ち、あらゆる捕食獣を狩りながら育った彼らにとって、

この八芒核(エイトポイント)は狩るべき相手に困らない絶好の狩場でもある。

もちろん、その獲物には人間も含まれる。

鉄器を拒み、獣たちの骨や皮で武装した彼らは、生まれついての戦士として強靭もにしてしなやかな体を最大の武器として戦う。

 

そして飼いならされざる獣、という呼び名をつけられているのでわかる通り、ゴルモラでもほとんどは話し合いの前に捕食者と非捕食者として対峙することになる。

彼ら自身を称する呼び名は持たないし、飼いならされざる獣というのはある意味蔑称だ。

 

「変わり者かどうかは知らないが……金で動く人間なのは確かだな」

そういって肩をすくめてみせる。なるほど、と先に懐からジャラジャラと音がする革袋を男は机の上に放った。

 

「ならこれで私の話を聞いてもらえるな。変わり者君」

マグナスは給仕に声をかけた・

 

 

簡単にまとめれば、ゴルモラ近辺を縄張りとする飼いならされざる獣(アンテイムドビースト)、グジャラート率いる部族に奪われた商会の荷物を取り返したいのだという。

 

混沌の領域において、略奪や殺人は日常茶飯事だ。

物も命も奪うか奪われるか。大半の場所でその(ルール)が適用される。

商売などという、物を右に左に動かすのは相応の危険が伴う。

ケルセト商会とて、それは知っている。だからこそ常に護衛の戦部族を雇い、危険な荒野に荷を動かしているのだから。

「だが先日、ルート峠で竜巻が現れたらしく、商隊が道を外した。その時にあの野蛮人どもが襲ってきた」

 

八芒核の狂った気候は、あらゆる生物に平等に理不尽に襲い来る。

突如砂漠に雪嵐が降ることもあれば、幾つもの竜巻が街を破壊することも珍しくない。

 

「そういった話なら、神殿に話を持ち込むのが一番手っ取り早いんじゃないか?ケルセトなんてそれなりに名が知られていると思うが?」

 

「自分に転がってきた仕事をよそにまわすたあ、随分余裕があるな?」アエルディンの皮肉にマグナスは眉一つ動かさず、カナルという男を見つめる。

「力には力。あんたらみたいにお抱えの兵隊や幾つもの神殿とやり取りをしているのなら、初めて会う相手よりそちらの方がよっぽど安心じゃないのか?」

「……貴様はわかっていて聞いているのだろう?それは荷物が何かを話せる場合だけだ」

ゴルモラは常に危険な均衡の上に立っている。いくつもの勢力が鎬をけずりあう中で、互いに知られてはならぬ動きなど当然のこと。

影のものは影のなかで片づけるしかない。

 

「……ひとまず理解はした。報酬と危険がどこまでつりあうか、俺はそれを知りたい。なんせ交渉だなんて、随分気を使ったやり方をするんだからな……」

ゆっくりとつぶやくと、カナルは一瞬目を泳がせる。なるほど、力づくはもうすでにお試し済みか。

 

「事情は分かった。何の荷物かは大きな声で言えず、自分たちで取り返そうと襲ったがそれもやられ、八方ふさがりになってこんな所にいる小汚い傭兵に声をかけたーーーてことか」

なるほど、なるほど、としきりにうなずきながら目の前のズタ袋をじっと見つめる。

ふん、といら立ちを隠せない声でカナルはまもなくもう一つ布袋を机の上に置いた。先ほどの話だとこいつは商会の金庫番の一人ということだから、このあたりの金勘定はきちんとできているということか。

 

「一応言っておくが、俺だってやつらとの付き合いはそんなに深くない。話ができるかは運次第だ。お前さんたちが連中にどこまで怒らせたかによるからな」

「はん、バカいえ、奴等の巣で買い物を請け負えるような奴がゴルモラに何人いると思ってるんだ」

アコルディンが茶々を入れるが、マグナスはそれを務めて無視した。

「いずれにせよ、急いで荷物を取り返さねばならんのだ。……頼むぞ」

その声はそれまでの傲岸さが嘘のように萎み、切羽詰まった声だった。

「まあやってみるさ」マグナスはもう一杯牛乳を頼んだ。

頭の中ではどうすれば無事連中と会うことが出来るのか、という算段を考えネガら。

 

 

二日後。ルート峠の手前の街道に10人の男がそろった。

マグナスは単身徒歩で、ケルセト商会の面々は馬を使ってやってきたらしい。

カナルは鎖帷子を着こみ緊張した面持ちで、あとは略奪者(マローダー)だろう護衛たちだ。頭目こそ二本角の兜だけかぶり、ほかはまともな装具すら身につけない連中だ。

だが少なくともその鍛えられた肉体を見る限りは、その自信の程はうかがえる。

『ケルセトが動けば死体が転がる』

巷ではそういわれるほど、元々ケルセト商会は武闘派が多い。

特にコーンの神殿と縁が深く、コーンの部族が征服した土地の戦利品を切り売りして財を成しているのは皆に知られている。

この連中もおそらくはそちら関係だろう。とはいえコーンの印をつけていないあたり、どことなく三下だろうとはうかがえたが。

 

今回は話し合い……とは言いつつも、間違いなく一度は荒事を切り抜ける必要があるとマグナスは踏んでいた。そういった意味もあり、それなりに腕の立つ連中を護衛に連れてくるように言ったのだ。二人三人かと思っていたが、どうやら思ったよりこのカナルという男は用心深いらしい。

「とにかく、用心棒をそろえるだけそろえたぞ。これだけいれば戦いもできる。そうだろう」

こちらをねめつける略奪者(マローダー)達を務めて目線を外しながら、聞こえるように声を張ってマグナスも答えた。

「ああそうだ。連中はただの獲物相手には話すらしない。対等な立場で話をするんなら、少なくともまず重要なのは連中に認められることだ。連中を叩きのめす必要はないが、とにかく自分の身は守れるようにしておけ」

それから、とマグナスは掌に広げた粉末を見せた。

「あとこれを首筋に縫っておけ」

「これは?」

耳牛鼠(フィグリス)の糞だ。こいつを塗っておけば、最悪捕まっても食われずに済む」

耳牛鼠の糞は火にかけるとひどいにおいと煙を発することで知られている。匂いは数日は取れないのだから、少なくともその間は食われずに済むという魂胆だ。

 

だが粉末を渡そうとした手は、剛腕で払いのけられた。

「生憎だが、貴様のような小汚い傭兵と違って、俺達には神の加護と誇りがある。糞にまみれたきゃ、一人でやれ」

そういって嘲笑を浴びせてくる略奪者(マローダー)達をしり目に、カナルを見つめる。カナルも結局その場では塗らなかったが、あとでこっそりと渡すよう耳打ちされた。

マグナスとしては、こういった流れも想定はしていた。だからそれ以上は何も言わなかった。

 

なんせ交渉をするのなら、腹が膨れた相手とするのが一番なのは当然なのだから。

 

「久しぶりだな。相変わらず血の気が多いようで何よりだ」

 

マグナスとカナルが氏族の集落へと辿りついたのは、夜になってからだった。

後ろ手に縄で縛られ、けたぐられながら中央奥にある天幕へと連れていかれた。

散々な扱いだが、少なくとも生きてここまでやってこられただけでも幸運だったと思うべきだろう。

 

案の定というべきか、峠に入って間もなく狩人達は襲ってきた。

突如飛来してきた銛が頭目の心臓を貫くと、そのまま馬から引きずり下ろした。

それに慌てた馬たちに振り落とされた略奪者(マローダー)達のもとへと狩人達が殺到。

5人の略奪者(マローダー)は間もなく切り裂かれ、あっという間に死体に変えられる。

いまや素早く血抜きされ長棒に括りつけられた彼らは、集落の中央、焚かれた火の所へ運ばれていった。よだれを垂らしながら遺体を見つめる集落の人々を見れば、彼らの行く先が胃袋なのは間違いないだろう。

(ただし何かの飾りに使うのだろう、頭だけは別にきりだして口から後頭部にかけて貫くかたちで、火の傍らに飾られるのだが)

 

マグナスは自分の体とカナルの命を守るのに精いっぱいだったが、何とか以前族長から受け取った骨飾りを見せて話ができるまでに至った。

(とはいえそれまでに5合は打ち合うことにはなったが。)

 

「それで、たまには獲物の気分を味わいたくなったのか、百足(センティペイト)

 

串刺しにしてこんがりと焼けた肉片をゴリゴリとかみ砕きながら、族長のグジャラートは笑う。カナルは顔をしかめている。

様々な動物の骨を組み合わせて作ったのだろう、玉座のように見える椅子に腰かけ、尊大な態度でこちらを男は見つめる。マントの下、腰みのを除けばほとんど何もつけていない。だがその巨体と全身から立ち上る迫力は対峙するものに恐怖を与えていた。

 

「生憎と俺が味わいたいのは金持ちの気分だけだ。……ここの旦那が、あんたらが奪った荷物に、返してほしいものがあるらしくてね。その案内だ」

ほう。そういって青ざめたもう一人の男にグジャラートが目を向ける。

 

カナルは失禁し増えあがりながら、こちらの後ろに必死に隠れようとしている。口もろくにきけないらしい。

「なんでもこいつらの言い分じゃあ、先に手を出したのはお前さんたちらしいぞ」

「ここはわれらの狩場だ。略奪されるほうが悪い」

マグナスの代弁に、グジャラートはとりつくしまもない。その言い分になにか言い返すかとおもったが、カナルは相変わらず何も言わない。

しょうがないとばかりにマグナスは懐に手を伸ばす。

「こういう言い合いはおれも好きじゃない。だからこういうものを持ってきた。」

取り出した小瓶を掌にだして差し出す。傍らに控えていた女奴隷がそれを手に取り、グジャラートの前へと運んだ。

「これは?」

 

「ファイアドレイクの灰を加工した薬だ。病気や怪我に聞くし、火に焚けば火力も折り紙付きだ」

「ほう。使ったことがあるのか?」

「幸い俺の体じゃあないがな。東じゃあそれなりの価値がある」

 

「なるほど。だが、頭の悪さは治らんようだが?」

「怪我でも病気のせいでもないから当然だろ」

 

その答えが気に入ったのか、グジャラートは巨大な笑い声を一瞬響かせる。

 

「そうだ、そうだったな。岩の民はつまらぬものばかり食うのだから、そうもなる

な。おまけに体も弱い」

「だが体が弱い分、その直し方も詳しい。こいつらの持ってきた薬はそういうものだ。呪術師を呼んでくれればわかる」

 

しばし考えるそぶりを見せた後、族長は呪術師を呼び出した。呪術師に荷物を見せて、それから幾らかの問答を重ねた結果、交換するに値するという回答を得られた。

 

「同じものを近場に隠してある。10本はある。あんたらには積み荷より価値があるはずだ」

「なるほど。我々にはその価値がわからないが、お前たちにはこれで十分だ、と。そういいたいわけか」

 

「そ、そうだ。我々ケルセト商会は荷物さえ戻ってくれば、これ以上争うつもりは、」

にらみつける眼光の強さに、やがてカナルは何も言えなくなってしまった。

獣皮のマントを身に着け、惜しげもなくさらしているその肉体からは、野生動物もかくやというぐらいの強靭さがうかがえる。

 

「争う?われらはただ狩りをしただけだ。この大地のすべて、われ等の狩場だ。違うか?」

グジャラートの言葉に、カナル青ざめ血の気を失っていく。

「……グジャラート。そう脅かすな。街には街の理がある。それがわからないあんたじゃあないだろう」そうしておどけるように首をまわす。「あと、交渉するときは脅かすのが手っ取り早い、ってのを教えた当人に向かってやるってのは、勘弁してくれ」

 

そう告げられたグジャラートは一瞬で相好を崩し、「許せ」とだけつぶやく。

「だが実際の所、私は幸運だ。実はその荷物を取りに行くのに、腕利きの手を必要としていたのだからな。なあ、百足(センティペイト)

 

グジャラートがそういって笑うのをみて、マグナスはどうやらこの仕事が長引きそうだと思った。

 

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