ホグワーツの教職員側からの証言という貴重な情報を得たハリエット達は、その謎の人物“ニコラス・フラメル”について調べる事にした。
一応、その事は話の結果を待っていた一年生達に告げたのだが、それを聞いたラベンダーは「怖い」と言って、スネイプの目的を追求する事をやめてしまった。パーバティも双子のパドマに相談してみた結果、首を突っ込むのはやめた方がいいと言われて、それに従う事にしたようだ。
スネイプ犯人説をすっかり信じきっているロンはぶすりと不貞腐れていたが、ハリエットとハーマイオニーは別に構わなかった。そもそも教師を疑うような状況になっている時点でおかしな話だし、その教師が生徒に呪文を呟いていたと確信がある以上、恐怖を感じてしまう事も仕方ない。
ネビルはプライベートまで調べ物に気を回すほどの余裕が勉強面にないらしく、今回は断念。ディーンとシェーマスは乗り気だったものの、双子の悪戯に興味本位で乗ったせいで共に一ヶ月の罰則を食らってしまい、おかげで課題が追いつかないという惨事が起きた。シェーマスはちょっと泣いていた。
そういった経緯で、ニコラス・フラメルの事を調べるのはハリエット、ハーマイオニー、ロンの三人の仕事になった。
なお結論として、ニコラス・フラメルの事は探せど探せど見つからなかった。
図書室にある何百という数の本を三人で協力して読みふけっても、それらしい人物の名前は見当たらない。本音を言うと閲覧禁止の棚も調べたかったが、あそこは教員の許可がないと入室さえできない。
もしかしたらサー・ニコラスと呼ばれている首無しニックがそうかもしれないと思ったが、本人に聞いた所、彼の名前は「ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン」だった。ニコラス以外かすりやしない。
そうこうしているうちにクリスマス休暇の時期が訪れ、ハリエットはスネイプが持ってきたペチュニアからの手紙を読んで、ホグワーツに残る事に決めた。
手紙の内容は「クリスマスはそちらで過ごしたらいい」との事。遠回しに帰ってくるなと言いたいのだろう。わかっていた事ではあるが、やはり少しだけ寂しくもあった。ハーマイオニー達同室の女子達は実家に帰る事になっていたので、大きな四人部屋が冬の間、ハリエットだけの部屋になる事も寂しかった。
なので、ロン達が残る事になったのは、ハリエットにとって嬉しい出来事だった。双子とはクィディッチを通して以前より苦手意識は薄れていたし、パーシーはハリエットを何かと気にかけてくれる。
ニコラス・フラメルの事を探し出そうとやる気に満ちたロンと違い、双子はルーマニアに遊びに行けない事を残念がっていた。パーシーはどうかと言うと、休暇中に双子がハリエットを本格的に泣かせやしないかとヒヤヒヤしているようだ。
なんとも兄からの信用が薄い双子である。当人達はまるで気にしていないようだが。
休暇の間はロンと一緒にニコラス・フラメルの事を探しつつ、普段は上級生が使う談話室でチェスをする事に明け暮れた。駒が意志を持つというやりにくい魔法使いのチェスだが、なんとか数をこなせば雰囲気は掴めてくる。
駒は休暇で帰宅している間はシェーマスが貸してくれたし、対戦はウィーズリー兄弟が交代で相手をしてくれるので永遠に困らない。至れり尽くせりだ。
休暇の直前、何故かドラコ・マルフォイ含めた数人のスリザリン生に挨拶されたりもしたが、特に問題が起きる事もなくクリスマス休暇に突入した。
そうして、世界中の誰もが待ちわびるクリスマスの朝がやってきた。
ホグワーツは真っ白な雪に覆われて、吹雪は優しく外を振り積もっていた。まるで絵に描いたような冬景色だ。
談話室からは早くも溌剌とした笑い声が聞こえる。きっとウィーズリー兄弟がクリスマス・プレゼントの開封を楽しんでいるのだろう。ダドリーも毎年贈られるプレゼントを楽しみにしていたから。ハリエットにとってはプレゼントなんて、随分と縁遠い事であるけれど。
「……おはよう。メリークリスマス、ヘドウィグ」
ほー、と雪と同じ色の彼女が鳴く。それだけでハリエットの頬は柔らかいパンのように綻んだ。朝一番にメリークリスマスと伝えられる事。それがこんなに嬉しいなんて思ってもみていなかった。
軽く髪を梳かしてカーディガンを羽織ってから談話室に行くと、案の定というべきかウィーズリー兄弟がプレゼントの開封に精を出している所だった。全員がパジャマを着ているが、どうせハリエットと彼らしかいないのだから気にする事でもないと思ったのだろう。和気藹々とした兄弟達の中で、まずハリエットに気付いたのはパーシーだった。
「やぁ、ハリエット。メリークリスマス」
「メ、メリークリスマス……パーシー」
ヘドウィグにしたのと同じ挨拶なのに、こうして人を相手にすると何故か変に緊張した。ロンと双子もハリエットの方を振り返る。さっきまで寝起きだっただろう顔はすっかり目が覚めていて、にんまりとした笑顔を浮かべていた。
「「やぁ、メリークリスマスだな。グリフィンドールのお姫様」」
「……メ、メリー、クリスマス……」
最初の頃に比べればその呼び方にもだいぶ慣れたが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じながらロンの方にいく。ロンは栗色のセーターから目を離して、ハリエットを見上げていた。
「メリー、クリスマス。ロン」
「メリークリスマス、ハリー! 見て、君にもプレゼントが来てるよ!」
「……え?」
ほら、とロンが指さした方を見てみると、ロン達ほどではないが積み重なったプレゼントの包みがある。それはスネイプとはじめて出会った日、ベッドの上に並べられていた誕生日プレゼントを想起させた。
ハリエットは戸惑いながら包みを一つ手に取った。分厚い茶色の包みに走り書いたような「ハリエットへ、ハグリッドより」というメッセージカードが添えられている。中にあったのは木でできたオカリナだった。荒削りだが吹いてみると、まるでフクロウの鳴き声のような音がした。
二つ目はマクゴナガルからで、青い包みに添えられたメッセージカードの中で雪だるまが手を振っていた。中には赤い宝石に金色の装飾が施されたペンデュラムが入っており、繋がったチェーンがネックレスとして首にかけられるようになっている。
三つ目はハーマイオニーからだ。大きなカエルチョコレートと綿あめ羽根ペンのセット、それから色んなメーカーのビスケットとマカロンなど、お菓子が大量に詰め合わせで包まれている。
四つ目の包みは最初の二つに比べると大きく、中には「H」と大きく編み込まれた手編みのセーターがあった。あれ、と思ってロンの方を見ると、ロンのセーターも「R」と編み込んで似ているデザインのものだった。
「これ、うちのママから。こういうのが好きでさ」
「俺達もあるぜ」
「パースだってある」
ロンの苦笑にフレッド、そしてジョージと言葉が続く。二人を見てからパーシーの方を見ると困ったようにはにかんで、やっぱり似ている手編みのセーターを見せてくれた。
しばし呆然としてから、ハリエットはセーターをそっと畳んで最初のプレゼントの隣に並べた。何だか特別な宝物のような気がして、迂闊に触れないと思ってしまったのだ。
ぶつくさ何か文句を言っているロンの声は聞こえない。ハリエットの為だけに編まれた、ハリエットの為だけのセーター。まるで夢の中にいるような衝撃だ。しかし、次のプレゼントは更にその衝撃を上乗せするものだった。
意識を落ち着かせたくて手を伸ばした黄色い包みのメッセージカードには、小さく「ダーズリーより」と書いていた。慌てて包みを開くと、シンプルなヘアピンと赤い花のブローチ、それからピンク色のボールペンと五十ペンス硬貨が入っていた。ヘアピンとブローチは同じビニールに入っていて、きっと市販で買ったまま包んだのだろうとわかる。それにしたってプレゼントの量が多い気もするが、それよりダーズリー家からクリスマスプレゼントをもらった事こそが何よりもの衝撃だった。
ぼんやりしたまま残りのプレゼントに目をやると、残りの三つには差出人の名前がどこにもなかった。深い赤の包みは軽く、黒い包みと淡い緑色の包みは少し重い。
まず赤い包みを開くと、銀ねず色の何かがするりと地面に折り重なった。手に取ってみるとどうやらそれはマントのようだ。メッセージカードには細い綺麗な字が綴られている。
『君のお父さんが亡くなる前に私にこれを預けた。君に返す時が来たようだ。大切に使いなさい。メリークリスマス』
ハリエットは目を見開くと、メッセージカードを包みの上に放ってマントを広げた。一見すると寂れたマントにしか見えないが、これが本当に父の遺したものだと言うのだろうか。
「ハリー……?」
一人で考え込んでいると、ロンが震えた声でハリエットを読んだ。一度マントを下ろしてロンを見てみると、信じられないものを見たように大きく眼孔が開いている。
「ロン?」
何があったのだろう。もしかして何かしてしまったのだろうか。段々とハリエットの心が不安に支配されていくが、ロンはふるふると指先を震わせてハリエットの持つマントを指した。
「ちょ、ちょっとそれ着てみて」
「……? う、うん」
首を傾げながら言われた通り羽織ってみる。次の瞬間には、ウィーズリー兄弟達が唖然とした顔でハリエットを見ていた。
「ハリー、君……透けてるよ」
「え……?」
ロンの言っている事が理解できず、ハリエットはマントを見た───しかし、ハリエットの目には何も映らなかった。ハリエットの体も、銀ねず色のマントも何もない。
驚いて咄嗟にマントから手を離すと、銀ねず色はまた床の上に折り重なって姿を見せた。ハリエットが茫然としていると、ロンが前のめりになって告げる。
「ハリー、僕知ってるよ。きっとそれ“透明マント”だ」
「透明マント?」
ハリエットが繰り返したのと同時に、フレッドとジョージが跪いて透明マントを拾い上げ、自分の体を覆い隠した。すると、双子の姿は先程のハリエットと同じく影も形もなくなる。しばらくして、お互いの赤毛をひっつかせた双子の顔だけが現れた。
「すっげぇな、これマジで透明マントじゃないか!」
「ダイアゴン横丁とホグズミードをどれだけ探し回っても、全然見つからなかったのに!」
まるで宝物を見つけたみたいに、二人の目はきらきらと輝いていた。ロンも立ち上がって透明マントを試そうと、見えない布の出入口を手探りで探している。ハリエットが未だ動けずにいると、見兼ねたようにパーシーが口を開いた。
「フレッド、ジョージ、とりあえずそれをハリーに返すんだ。それはハリーに贈られたプレゼントなんだぞ」
「そんな顔で言われなくてもわかってるって」
「真面目パースめ、ちょっと興奮しただけじゃないか」
わざとらしく頬を膨らませて、双子がハリエットの手にマントを握らせる。その目はほんの少しだけ名残惜しそうで、ハリエットは二人が透明マントを探し回っていたのは本当なのだと思った。
「これ、そんなに凄いもの?」
ハリエットが彼らを見回しながら聞くと、全員が神妙な顔をして頷いた。
「とても貴重で珍しいものだよ。昔話にも名前が出てくるぐらいには」
パーシーは静かに話してくれたが、ハリエットにはどこかそわそわしているように見えた。話を聞く限り、どうやらこれはそう簡単にお目にかかれる代物ではないらしい。ハリエットはもう一度さっきの手紙に目を通した。
「……おとうさん」
ホグワーツに来てからというもの、ハリエットの周りはわからない事と知らない事で溢れている。そしてそのほとんどが、少しずつだけれど確実に「わからなかった事」や「知らなかった事」に変わっていく。それを良い事としてとらえるべきなのか、ハリエットにはよくわからない。
ただ、もしも本当に手紙の通り、この透明マントが父親の物だったとしたら。それは話した事も触れ合った事もなく、声も知らない父親のたった一つの遺品という事になる。
そう思うと、不安や疑問は一気に違う感情へと変貌した。ハリエットの心の中はまるで踊っているようで、心臓のあたりが強く熱を帯びている気がする。未開封のプレゼントはあと二つ残っているが、開封しようとする気は起きなかった。
銀ねず色のさらさらした透明マントを手に取る。水のようにさらりとした布を綺麗にたたむのは、ほんの少し難しかった。
原作よりプレゼントの数が増えているのはハリエットがハリエットだからです(哲学)。
差出人のない残りの二つはまた後日。