クリスマス休暇が終わって、ホグワーツは再び生徒達で溢れかえった。
あんなに静かだったのが嘘のように、あちこちで人の話し声が聞こえてくる。特に談話室ではフレッドとジョージを中心に人だかりが出来ており、数日前に働いたフィルチとスネイプへの武勇伝を友人達に語っていた。ほとんどのグリフィンドール生は笑顔でその話を聞いているのが実に酷いが、彼らの日頃の行い(生徒いびりとスリザリン贔屓)を思えば致し方なくもあろう。
ハリエットとロンはハーマイオニーと再会のハグを済ませると、すぐにニコラス・フラメルの話をした。成果なんてわかりきっているが。
「じゃあ、ニコラス・フラメルの事は結局何もわからないし、おまけにフレッドとジョージのせいでグリフィンドールの得点は今、最下位なの?」
愕然とした様子のハーマイオニーに無言で頷く。ニコラス・フラメルについてわからなかった事よりも、グリフィンドールの得点が最下位になってしまった事の方に大きなショックを受けているようだった。
「………………まぁ、過ぎた事だもの。仕方ないわね。えぇ、仕方ない。切り替えましょう」
そんな事を言う本人が一番切り替えに苦労しているのは明白だったが、二人は無言を貫いた。
三人はまたニコラス・フラメル探しの為に図書室に通うようになったが、お目当ての名前は面白いぐらいに見つからなかった。当たり前というかなんというか、そもそも簡単に見つけられたら、今の今まで困り果てたりしていないのだ。おまけに新学期だからか課題の難易度も上がっているし、ハリエットにはクィディッチの練習もあった為、全員休暇前よりも時間がなかった。同じ条件で、他の一年生達に助けてもらう事もできない。ハッキリ言って、状況はとても悪かった。
三人はほぼ諦めかけていたが、それでも完全には諦めていなかった。ハリエットとハーマイオニーが手分けしてまだ読んでいない本を手当り次第に読み漁り、ロンは適当に本を取って適当に目を通していく。ロンの方は流れ作業に近くなっており、既に確認した本をまた手に取る、という事が増えてきている。何度目かのその行為に、ついにハーマイオニーが口を開いた。
「ちょっと、その本さっきも読んでいたでしょ! 新しいのに目を通してちょうだい」
「……もうどうせ見つからないって」
「そんなのわからないじゃないの!」
「ずっと探してるのに見つからないんだから、もう無理だって!」
どんなに探しても見つからないストレスに苛立っていたのだろう、ロンは声を荒らげてハーマイオニーを睨み付ける。しかしそのストレスはハーマイオニーも同じであり、負けじとロンをきつく見据えた。険悪な空気が漂う中、ハリエットはただ狼狽える事しか出来ない。
「こら、図書室で騒ぐな。マダム・ピンスに叱られるぞ」
すると、突然パーシーが姿を現して、二人の間に割って入ってきた。右手に羊皮紙を持っているあたり、課題でもしていたのだろうか。いきなり現れた兄にロンは驚いて固まり、ハーマイオニーは監督生に注意されたショックでしょげてしまっている。
「何かあったのか? 勉強で困っているなら三人で揉める前に、上級生や先生に遠慮せず聞けばいい。例えばほら、監督生の僕とかね」
「別に、勉強とかじゃないし……フラメルを探してるだけで……」
怒られているようで気まずいのだろう、ぼそぼそとロンが言い訳がましい事を呟いていると、弟の声をしっかり拾い上げたパーシーが「フラメル?」とこぼした。
「もうニコラス・フラメルの授業をしているのか? 僕の時は二年か三年の時に習ったと思うけど、おかしいなぁ……」
しん、と、四人の間に静寂が流れる。
ん? とパーシーが首を傾げる。三人は揃ってぽかんとすると、ゆっくりとお互いを見合った。
「「それだ!!」」
「うわっ!?」
「わっ」
「図書室で騒ぐのは誰ですか───グリフィンドール! 揃いも揃って貴方がたは!」
興奮気味のロンとハーマイオニーの声も、驚いて思わず飛び出たハリエットとパーシーの声も、全てはマダム・ピンスの「グリフィンドールから二十点減点!」という掛け声に掻き消えた。
「あぁもう、なんで忘れてたのかしら。結構前に読んでたのに」
減点を受けながらしっかり借りてきた分厚い本を抱えながら、ハーマイオニーはぶつぶつ独り言を呟いていた。軽い読み物だったのに、とこぼれた言葉に、ロンは信じられないと言いたげな表情で、同意を求めるようにハリエットの方を見る。しかし、幼い頃からの好きな本が動物図鑑だったハリエットはどちらかと言うとハーマイオニー側だったので、何を言うでもなくただ苦笑いを浮かべていた。
『ニコラス・フラメルはダンブルドア校長の知己で、賢者の石を作り出したたった一人の錬金術師なんだ。賢者の石についてはテストに出るから覚えておくといい。僕の時は出た』
そう言ってパーシーは今ハーマイオニーが持っている分厚い書籍を三人に渡すと、そのまま友人らしき上級生と去っていった。拍子抜けするほどあっさりと手に入った情報に、三人はしばらく呆然と突っ立っているしかできなかった。あんなに血眼になって探した努力は何だったのか。というか、どうして上級生に尋ねるという発想が三人揃って浮かばなかったのだろう。
何はともあれ、これでようやく次のステップに進む事ができる。ハリエット達は駆け足で中庭の人気の少ない場所に急ぐと、芝生の上に本を広げた。
「ニコラス・フラメル、賢者の石、ニコラス・フラメル、賢者の石……あったわ! ここよ!」
ハーマイオニーの声は歓喜と興奮に溢れていた。ようやく探し求めた答えを見つけられた事が嬉しくて仕方ないのだろう。ハリエットも同じ気持ちだったからよくわかった。
「で、何て書いてるの?」
「えっと───『賢者の石は、いかなる金属をも黄金に変える力を持ち、また飲めば不老不死となれる《命の水》のみなもとでもある。現存する唯一の石は、著名な錬金術師のニコラス・フラメル氏が所有している』───ですって!」
つらつらとページの文を読み上げたハーマイオニーは、爛々と目を輝かせて二人を見た。これこそ、三人が求めてやまなかった答えに違いない。
「ハグリッドはあの犬は何かを守ってるって言ってた。これよ。フラッフィーは賢者の石を守ってるんだわ」
「じゃあスネイプは、賢者の石を狙ってるって事か」
ハーマイオニーの言葉に続けて、眉間に皺を寄せながらロンは言った。スネイプ犯人説の真偽がどうであれ、少なくともフラッフィーの守る“何か”は賢者の石でほぼ間違いないだろう。だからハグリッドはニコラス・フラメルの名前を出して、あんなにも焦ったのだ。
ハリエットは考える。仮にスネイプが犯人だとして、どうして賢者の石を狙うのだろう。永遠の命に黄金は確かに誰もが欲する物かもしれないが、スネイプがそこまで俗物的な望みを抱く人物だとは、少なくともハリエットには思えない。しかしそれは、短期間とはいえ共に過ごした事のあるハリエットだからこそ思う感想であって、スリザリン贔屓でグリフィンドール嫌いの偏屈な一面しか知らないハーマイオニー達には到底わからない話だ。
伝えるべきなのだろうか、スネイプが犯人とは思えないと。けれど、本当にスネイプが犯人である可能性だって捨てきれない。トロール騒動での脚の傷や、クィディッチの試合での呪文も、犯人であればこそ納得がいくものばかりだ。
「とりあえず、ダンブルドアに伝えなきゃ。スネイプが石を狙ってるって。盗まれたら一大事だぞ」
「……無理じゃないかしら。きっとお忙しいでしょうし、一年生の言う事なんて信じてもらえるかどうか」
ハーマイオニーの懸念は正論で、ロンもそれをわかっているからか、それ以上強く言う事はなかった。ただやはり、二人の中ではスネイプが賢者の石を狙っているのはほぼ確定しているようようだった。
三人は───ほとんどはロンとハーマイオニーの会話───は、しばらくその場で話し合っていたが、ウッドがハリエットをクィディッチの練習に呼んだ為、そのままお開きとなった。レイブンクロー対ハッフルパフが決し、次の対戦相手がハッフルパフとわかってから、ハリエットはウッドに引っ張られっぱなしだった。
結局、ハリエットはスネイプに関する自分の考えを二人には伝えなかった。自分の意見より、ロンやハーマイオニーの意見の方がずっと正しいと思ったから───もっと言えば、二人に否定され、失望されるのが怖かったのだ。
・
二日後、三人はハーマイオニーの提案でハグリッドを訪ねる事にした。
新学期が始まってからまだ一度も遊びに行っていなかったし、賢者の石についても答え合わせをしておきたい。ハグリッドはきっと詳しく知っている筈だからだ。
初めて来た時と同じように、大きな扉を三回叩くとハグリッドが素早く扉を開く。しかし以前と違ったのは、ハグリッドが驚いたように三人を見つめ返した事だ。
「お前さんら、何しに……悪いが今日は遊んでやれねぇんだ。また今度───」
「待って、ハグリッド! 賢者の石の事で話があるの!」
ハーマイオニーの言葉にハグリッドは固まり、驚愕を隠しきれぬ様子で三人を見下ろした。
「何でそれを───あぁ、はよ入れ! はよ、そんで、扉も閉めて」
三人が急いで家の中に入ると、なんだかやけに暑苦しかった。よくよくあたりを見渡せば、窓やカーテンが全て閉め切られており、屋内が完全な密室状態になっている。おまけに暖炉には鍋をかけてごうごうと火が燃えており、それも火力はかなり強い。額や手のひらに嫌でも汗が滲んでくる環境だ。
「ちょっとハグリッド。これ、何?」
「何って───ただこいつは───いや、何でもねぇ、何でも……そうだ、お前さんらは何しに来た?」
「賢者の石の事って言っただろ!」
ハグリッドの額にはじっとりと汗が滲んでいた。狼狽えている姿からして、賢者の石について聞かれたくないのが目に見えてわかる。しかし、そんな空気を全く気にとめずロンは口を開いた。
「スネイプは賢者の石を盗もうとしてるんだ」
「まぁだ言っとるんか。そいつはこの前も話したろ」
「話したからって終わった訳じゃないわ。本当に怪しいのよ。ハリーの箒に呪文をかけたのも、フラッフィーに引っかかれて怪我をしたのも事実だもの」
「なぁ、何かの間違いだ。ええか、百歩譲って、お前さんらの言う通りだとして───スネイプはホグワーツの教師だ。ダンブルドアが信頼なさっている。そりゃ、ちょいと贔屓は過ぎるが、それはほれ、寮監だからな」
「でもハグリッド! スネイプは賢者の石を狙ってて───」
「そこだ、俺が気になるのは。スネイプはダンブルドア達と石を守ってる先生の一人だ。何だって守ってるもんを盗む?」
ハグリッドの言葉に、ロンはぴたりと口を閉ざした。ぎゅっと眉をしかめてハグリッドの言葉にうーんと唸っている。ずっとスネイプを犯人だと信じて疑わなかったのだから当然だろう。それはハーマイオニーも同じだったが、ハグリッドの言葉を聞いて何やら考え込み始めた。多少なりとも思う所があったのだろうか。
ハリエットは少しほっとしていた。スネイプをあまり疑えなかったハリエットには、ハグリッドの情報は朗報に思えたからだ。とはいえ、どちらの言葉が真実かは未だ明確とは言い難いが。
全員が静まり返った時、突然、暖炉からシューという音が鳴り響いた。途端にハグリッドは分厚いミトンをつけて立ち上がると、沸騰する鍋から丸々と大きな黒い卵を取り出して、割れ物を扱うようにテーブルの上にそっと置いた。
ハリエットとハーマイオニーが首を傾げる中、ロンだけは目をきらきらと輝かせてその卵を見つめている。
「ハグリッド、これどこで手に入れたの?」
「賭けで勝ったんだ。パブで会った知らん奴とトランプしてな。向こうはこいつを持て余してたようだったし」
ほくほくとした笑顔を浮かべてハグリッドはそう言った。卵はピキ、と音を鳴らしながら亀裂をより深く刻んでいく。ハーマイオニーが小さな声で「何だか嫌な予感がするわ」と呟いたが、悲しいかな、誰の耳にも届いていない。
次の瞬間、卵の殻が一斉にあちこちに爆発四散し───小さなドラゴンが、卵の中から姿を現した。
「わぁ………!」
呆然と、感嘆するようにハリエットが息を吐く。黒く痩せた胴体にコウモリのような形の翼、オレンジ色の目が大きく印象的なほどにまん丸だ。鱗のような皮膚はまるで爬虫類の肌のようにすべらかに見える。
「おぉぉ、ついに孵ったぞ! どうだ、お前さん達。美しかろう?」
「すげぇ、ノルウェー・リッジバックだ! チャーリー兄さんがルーマニアで研究してる種類!」
「───ちょっと待って」
きゃっきゃっと楽しそうな男性陣二人に対し、ハーマイオニーは震えた声で呟いた。できる限り平静を保とうとしているが、驚きが軽々とその上を行ってしまう。
「何だハーマイオニー、驚いたか?」
「驚くに決まってるでしょ! ねぇハグリッド、まさか飼う気なの? ドラゴンの飼育は法律で禁止されてるって知ってるでしょ?」
魔法界では1709年に締結したワーロック法により、ドラゴンの飼育は全面的に禁じられていた。つまりハグリッドの行動は完全に違法行為という事になる。流石にハグリッドも知っているだろうが、どうやら法律より自身の好奇心と興味を優先する事にしたらしい。ハーマイオニーは目眩のような感覚と共にふらふらと膝から崩れ落ちた。
「嘘でしょう……ロンはともかく、ハリーもなんとか言ってちょうだいよ」
「凄い……可愛い……」
「ハリーまでそっち側なの?」
助けを求めたハーマイオニーの呟きは見事に撃沈した。ハリエットは爬虫類や猛禽類が好きなのでさもありなん。ましてドラゴンと来れば、爬虫類好きには辛抱たまらん夢の生き物だ。法律なんて二の次になるのも致し方ない。
「触っていい?」
「あー……んー……まだ危ないかもな。躾が済んだら大丈夫だろうが」
おやつを前にした仔犬のようにきらきらと明るく輝いていたハリエットの瞳が一転して、しゅん、と肩を落として暗くなる。正論とわかってはいてもガッカリしてしまう。
小さなドラゴンは項垂れるハリエットに気付くと、こてんと首を傾げながら大きくつぶらな瞳で見上げた。きゃう? と甲高く愛らしい鳴き声付きで。
四人の心をキューピッドの矢が貫いた。
「あぁ、おう、うん。お前は可愛い奴だなぁ、ノーバート」
「ノーバート? それってこのドラゴンの名前?」
「おうともよ。名前は必要だろう? ほれ、良い子だぞノーバート」
小さなドラゴン───ノーバートの顎下を撫でながら、上機嫌でハグリッドは言った。目を細めながらくるくると喉を鳴らす姿に、唯一批判的だったハーマイオニーすら段々と籠絡されかけていく。
現実逃避するように視線を逸らしたハーマイオニーの目が、ハグリッドの家の窓を見つけ、そして小さく悲鳴を上げた。
「マルフォイよ! 今、マルフォイが外に」
「なんじゃと?」
ハグリッドが訝しげな声で答える。ハリエットが窓の方を見てみると、顔こそ見えなかったがローブを翻す一瞬をとらえる事ができた。そして、それはロンとハグリッドも同じだったようだ。外はいつの間にか暗くなっている。
三人は数分間慌てた後、意を決してハグリッドの小屋を後にした。透明マントを寮に置いてきてしまった事が悔やまれる。ハリエットはノーバートの事が気になって仕方なかったが、そんな余裕はすぐに消えてしまった。
「あ」
「あっ……」
「…………」
急ぎ足で寮へと走る三人に、マクゴナガルが無表情で立ちはだかったのだ。
その後ろには、口角を上げながらしたり顔をしたドラコがいる。
「………来なさい」
恐ろしいほど静かで冷ややかなマクゴナガルの一声に、三人は肩を縮こませながらそのあとをついて行った。
グリフィンドールとんでもない勢いで減点されていくワロタ
※誤字修正もらってノーバードをノーバートに表記修正しました。内容自体は何も変わっていません。