「馬鹿ねぇ、貴方達」
呆れたようにパーバティがそう言うと、ハリエットは萎縮するように肩を落とした。ぐ、とハーマイオニーも顔を強ばらせ、羊皮紙に羽根ペンを走らせていた手を止める。
「ニコラス・フラメルについてわかったのは良かったけれど、こんなにも減点されていたらどうしようもないじゃない。スネイプの犯行を裏付けるより先に、貴方達が規則破りで退学になるわよ」
「言われなくてもわかってるわよ……」
ハーマイオニーが小さく呻いたが、やらかした自覚があるだけにその態度は大人しい。ハリエットは元々控えめな性格である為に一見するといつも通りだが、本当はそれなりに落ち込んでいた。
あの後、ドラコの密告によって見つかったハリエット達は、マクゴナガル女史のたっぷりのお説教と、一人五十点の減点に罰則まで言い渡された。三人揃って規則を破ったのだから、至極当たり前の措置である。
ついでに言うと、ハグリッドのノーバートについてもしっかりマクゴナガルにバレてしまったのだが、そちらはダンブルドアと魔法動物学の教授、更には世界的に有名な魔法動物学者までもが絡んできて「何とかする」らしい。
要約すれば、子供は関わらず忘れなさいという事である。実際ハリエット達にはダンブルドア直々に箝口令が敷かれている為、目の前のパーバティやラベンダーもノーバートについて何一つ知らなかった。
「馬鹿と言えば、ドラコもそうよねぇ。グリフィンドールを貶めようとして、自分まで減点食らってちゃ世話ないわ」
小馬鹿にするようにそう言って、ラベンダーが朗らかに笑った。女子特有の一切の遠慮がない言葉は実に鋭く、この場に男子生徒がいたらあまりの容赦のなさに背筋を凍らせた事だろう。
ラベンダーの言う通り、ハリエット達の事を密告したドラコもまた、同じようにマクゴナガルから減点と罰則を言い渡されていた。
例え密告者だろうがなんだろうが、自分もまた夜になっても寮に戻らず、学校内をうろついていたのは紛れもない事実だ。ハリエット達に意識を取られてその事実を忘れるほど、まだまだマクゴナガルは耄碌していない。
「さて、そろそろ移動しなくちゃ。急がないと遅れちゃうわ」
「またあのニンニク臭い教室に行かなくちゃいけないのね……」
ハーマイオニーがげんなりと肩を落としたのは、闇の魔術に対する防衛術の担当者である、クィレル教授に理由がある。
結論から言えば───クィレルはとてもニンニク臭い。連なって吊るしたニンニクの飾りを教室に飾り、自室にも飾り、自分の身体にまで巻き付けている。魔除けの為だの、ヴァンパイアを恐れているだのと噂は流れてくるものの、それらが本当の事なのかはハリエット達にもわからない。
わかるのは、ただひたすらに彼がニンニク臭いという事だけである。
「私、あの人のせいでニンニク嫌いになりそう」
身を震わせながら呟くハーマイオニーに、ハリエットはいつもと変わらず、ただ苦笑した。
・
さて。
罰則のお時間である。
「今夜の処罰はハグリッドと一緒に森の中だ。せいぜい怖がれ」
悪党のように意地の悪い微笑みを浮かべるフィルチの言葉に、四人の背筋を一気に寒気が駆け抜けた。
何しろこれから向かう“禁じられた森”は、本来なら生徒は立ち入り禁止の場所なのだ。理由は「危険だから」の一点故である。森番を務めるハグリッドがいるとはいえ、たいした力もない一年生の恐怖をかきたてるには充分だった。
そうして玄関ホールを通って森の入口まで案内された四人は、ハグリッドとその傍に何故かいるスネイプ、そしてスネイプの傍にいるスリザリン生の存在に気が付いた。
「……ノット? お前、セオドール・ノットか?」
目を凝らしたドラコが問いかけると、少年───セオドールは、ちらりと横目に彼らの方を向いた。最初にドラコに軽く返事をした後、ハリエットの目をジッと見つめ、かと思えばどこかへと視線を逸らす。
「彼は別件で、お前達と共に罰則を受ける事になった生徒だ……ノット」
「セオドール・ノットだ。適当にノットとでも呼べ」
簡潔なスネイプの紹介に、セオドールは無愛想な態度でハリエット達を方を向いて軽い会釈と共にそう言った。同じ寮の仲間であるドラコに対しても素っ気ない態度なのを見るに、元より一匹狼のようなタチなのかもしれない。
スネイプとフィルチが子供達を託して城に戻って行った後、ついにハグリッドが罰則の詳しい内容を説明し始めた。
「近頃、森でユニコーンが立て続けに殺される事件が起きとる。俺達は傷付いたユニコーンを探してやらにゃならん」
ハグリッドがランプを掲げながら森の奥へと進んでいくと、草木をかきわけた地面に銀色の液体が輝いているのが見えた。月明かりに照らされたどこか神秘な雰囲気を感じさせたが、ユニコーンの血だと分かればそれもただ不気味なだけだ。暗闇の中、冷たい風が肌を撫でる感覚が痛いほど鮮明にわかる。
「……二手に別れるぞ。ハーマイオニーとハリーは俺と来い。男三人はファング連れて……」
「ちょっと待て」
無愛想に黙っていたセオドールが、ここでようやく口を開いた。眉間に皺を寄せ、苛立ちげにロンを見やりながらため息混じりの言葉を吐く。
「マルフォイは構わないが、ウィーズリーと行動しろって? こいつはウィーズリー家の中でもより一層出来損ないと聞くぞ」
「なっ……!? 何だとお前、偉そうに!」
「事実だろう。お前の卒業した兄達は優秀に仕事をこなし、三男は監督生、双子は迷惑だが成績もクィディッチの腕も悪くない。それに比べてお前は頭は中の下で箒も底辺、杖を使う授業に関しては最悪らしいじゃないか。そんなお前とこの森の中を行動しろと?」
死んでもごめんだな、とセオドールが吐き捨てると、ロンの顔が耳まで真っ赤に染まった。ぷっとドラコが噴き出したのをゴングに飛びついたロンを、ハグリッドが大きな手で制する。
「どうどう、落ち着けロン。セオドール! お前さんもそういう口を聞くんじゃねぇ、後で先生方に報告して罰則を増やしてもらうぞ」
「そうか、それは悪かった。だが俺は自分の命の心配をしただけだ。いざと言う時に杖の腕が最悪だと困る。他人を守りながら自分も守るほど俺は余裕を持てなくてな」
ツンとそっぽを向くセオドールに、ハーマイオニーが小声で「まぁ、事実なのは本当だものね」とハリエットに耳打ちした。ロンのペーパーテストの出来があまり良くないのも、箒が上手じゃないのも、杖を使う術が全体的に酷いのも、何もかも悲しいくらいに真実である。流石にあそこまでハッキリ言う事はないんじゃないかとは思うが、それでも真実には変わりない。
あぁ、正論はいつだって人を傷付ける。
「……とはいえ、二人だけで行かせるのもどうにもな。ハリエットかハーマイオニーのどっちかも行かせる事になるが……」
「ポッターにしてくれ。杖の腕的にその方が信用出来る」
ハッキリとセオドールがそう言って、きょとんとハリエットは目を見開いた。即座にドラコも「そうだ、それが良い! ポッターなら安心だ!」と呼応する。困ったようにハグリッドがハリエットの方を見ながら、大丈夫か、とでも確認するように首を捻るので、少し間を置いてから頷いた。
「……よし、そんじゃあ決まりだ。もう文句は言うなよ」
ハグリッドは盛大なため息をついた。
・
「全く、父上が聞いたらなんて言うか。こんなのは召使いの仕事じゃないか」
「罰則だから召使いの仕事で丁度良いんじゃないか」
ブツブツと文句を呟くドラコに、冷ややかな声でセオドールはそう言った。ぐっと押し黙るドラコを無視して、ランプを手にセオドールは先へと進んでいく。ハリエットはファングと並びながらその後を追いかけ、ドラコもその後を走る。
セオドールはどうやら物静か───と言うより、必要以上の会話をしないたちらしい。問われたら答える程度で特に何かを話すでもなく、ただぐんぐんひたすら進んでいく。
ふん、とどこか不機嫌そうな表情を浮かべながら、ドラコはセオドールに向かって問いかけた。
「そう言えば、何でお前は罰則を受けてるんだ?」
「スネイプ先生の私物を誤って壊した」
予想外のセオドールの言葉に、ドラコとハリエットは揃って目を見張った。思わず足が止まり、お互いに顔を見合わせる。信じられないような物を見る目でその後ろ姿を見つめていると、二人が足を止めた事に気付いたセオドールも立ち止まって振り返った。
「何だ」
「……お前、よくもまぁそう堂々としていられるな」
「どうって事ないだろう。どうせ呪文で直るんだぞ」
いや、それにしたって……とドラコとハリエットは思ったが、まるでなんて事ない、と言わんばかりのセオドールの態度を前に、何も言えなくなってしまった。私物を誤って破砕するなんて、どの教師が相手でも怖い。スネイプなんてトップクラスに怖すぎる。
二人の間にセオドール・ノットの精神最強説が浮かび上がったその時、彼らの背後で鈍く、けれども大きな音が聞こえた。びくりと肩を跳ねさせたドラコやハリエットと違い、セオドールだけが落ち着いた様子で音のした方にランプを掲げる。草をかき分けて少し進めば、銀色に輝く液体───ユニコーンの血が、点々と足元に続いていた。
即座にセオドールが杖を引き抜き、そして叫んだ。
「“
眩い光が森に放たれる。その瞬間、暗闇で隠れていた光景がハリエット達の前に現れる。
白銀に近い純白の毛並みを持つユニコーンが、細くしなやかな脚をぐったりと投げ出して、力なく地面に倒れ伏していた。その傍らには、身体全体を黒いマントに包んだ得体の知れぬ何者かが蹲っており、セオドールが放った光に反応して、ゆらめくように顔を上げた。
「うぎゃあぁぁぁぁぁ!!!??」
悲鳴を上げたドラコが大慌てで走り去り、悲鳴に驚いたのかファングも飛び跳ねて逃げ去っていく。ハリエットは心臓付近のローブをぎゅうっと握り締めてその場に硬直し、セオドールがチッ、と苛立たしげに舌を打つ。
「マルフォイの奴、想像以上の役立たずだな───“
セオドールの呪文に応じて、杖から光と共に鳥が姿を現した。鳥はセオドールが杖を一振りすると、黒い影へと一斉に向かっていく。囲い込むようについばむ攻撃を繰り返す鳥に、黒い影は目に見えて狼狽えている───が、消えはしない。鳥の渦を押しのけて、するすると滑るようにハリエット達へと向かってきた。
「ひ、」
「“
ハリエットを片手間に後ろへ庇いつつ、セオドールは地面目掛けて呪文を放った。呪文を受けた雑草が黒い影の足元に巻きつき、締め上げる。黒い影はびたりと足を止め、雑草を引きちぎろうと足場をもたつかせ───新たな影が突進した。
地を叩く力強い蹄の音と共に現れたそれは、まっすぐ黒い影へとぶつかり、勢いよく黒い影を弾き飛ばした。弾き飛ばされた黒い影が、よろけてその場に倒れる。しかしその拍子に草の拘束がちぎれたようで、黒い影はそのまま這うように森の向こうへと姿を消した。
「無事ですか」
声が、優しく語りかける。
暗闇でもわかる明るい金髪に、胴はプラチナブロンド。けれど下半身は人ではなく、淡い金茶色の毛並みをしたパロミノだった───ケンタウルスだ。
声をかけられていると言うのに、ハリエットもセオドールも答えようとはしなかった。けれどケンタウルスがそれを気にする様子はなく、月明かりに照らされて見える表情はとても静かで穏やかだ。かつ、とケンタウルスは蹄を鳴らしながらそっと二人の傍に近寄り、
「こんばんは、呪いの子」
と、そう言った───セオドールの方を見て。
「フィレンツェ!」
再びけたたましい蹄の音が鳴り響き、二頭のケンタウルスがハリエット達の前に姿を見せた。どちらも最初にフィレンツェ───ハリエット達を救ったケンタウルスと視線を交わし、それから間を置かずハリエットとセオドールを見下ろす。途端に黒い胴のケンタウルスが眉を寄せた。
「お前は呪いの子か」
「……さっきもそこのケンタウルスに同じような事を言われたぞ。どういう意味だ」
「白々しい。お前は理解している筈でしょう。そうでなくてはならない。
「ベイン」
赤毛のケンタウルスがベインを諌めるが、ベインの表情は変わらず歪んでいる。ベインはそのまま視線を逸らし、セオドールの後ろにいるハリエットを睨めつけた。びく、と肩を跳ね上がらせたハリエットを見据えながら、ベインは目を細める。
「……なるほど。お前がハリエット・ポッター───生き残った女の子」
恐る恐るハリエットが頷くと、ベインは仲間達へ視線を向けた。互いに目を合わせながら、ケンタウルス達は静かに頷き合う。ハリエット、とフィレンツェが名前を呼びながら前に出た。
「私はフィレンツェ。そちらの彼はベイン、もう一人の彼はロナンと言います。貴方達をハグリッドの所まで送りましょう。今、この森は安全ではないのだから」
「……禁断の森は端から安全じゃないだろう」
「今は事情が違う。この森に恐ろしいものが忍び寄っている」
「さっき俺達が相対していた奴か?」
「その通りです」
隠し立てする様子なく、フィレンツェはセオドールの質問にハッキリと答えた。
「あれは恐ろしく、禍々しく、そして何より罪深い。ユニコーンの血は死にかけた者すらたちまち蘇らせられるが、その血が唇に触れた瞬間からその者は呪われる。そうなってしまえば救う手だてはどこにもない、生きながらの死だ」
「……あの、」
ハリエットが小さく声をかけ、フィレンツェは首を傾げて彼女を見下ろした。
「その、ユニコーンは」
「もう死んだ」
ユニコーンの傍にいたベインがそう呟く。ぎゅ、とハリエットの表情が悲痛に歪む。ロナンが覗き込むように上体を下げ、そっと語りかけた。
「貴方が気に病む事は何もない。惑星は始めからこの事を示していた。貴方がこの森にやってくる前から、ずっとです」
さぁ、と背を押され、ハリエットはゆるゆると足を前に出した。セオドールとハリエットを囲むように、ロナンとフィレンツェがそれぞれの隣に立つ。ベインだけがユニコーンの傍に残り、ハリエット達の後ろ姿を静かに見送っていた。
「あれが、生き残った女の子」
ハリエット達が立ち去った後。
力尽きたユニコーンの傍らに立ちながら、残ったベインは夜空を見上げてぽつりと呟いた。
「運命に翻弄される少女……いや、違うな。彼女自身が運命か」
ケンタウルスは
惑星を読み、予言を
「穢れなく無垢で、清白。祝福され、愛され、護られている───なのに何故、こんなにも
不可解そうにベインは紡ぐ。
己が読み取ったそのままを。
「………」
やがて地面を蹴り上げ、颯爽とベインはその場を後にする。
ただ残るユニコーンの死骸は、森に差し込む白い月明かりに照らされて輝いていた。
今回は最終投稿から丸1年ではなく4ヶ月なのでセーフ