ハリエット・ポッターと夢想の旅   作:永久@

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弱虫の決戦

 ハリエットは完全に恐怖で凍りついていた。仮に強い意思で動けたとしても、肩を掴まれている時点で逃げることは叶わない。

 

「さぁ、ポッター。鏡には何が見える?」

 

 クィレルの声はずっと穏やかだった。それが余計に、ハリエットの恐怖心を増長させている。きっと、わかった上であえてなのだろう。

 恐る恐る、顔を上げて鏡を見つめる。文字通り鏡合わせになって、自分が立っているのが見えた。現実と違う点があるとすれば、きっと今の自分は酷く真っ青になっている───それなのに、鏡の中に映っているのは笑顔だった。それこそ、あの冬の夜に見た時のように。

 

「どうだ?」

 

 クィレルがもう一度問いかける。

 

「何が見える?」

「……、……両親、が、」

 

 声を震わせながら、ハリエットは絞り出すように言った。

 

「両親、が……わ、笑って……い、いっしょ、に……」

「嘘は君の為にならんぞ」

 

 クィレルの声に少し怒気が詰まる。ハリエットは萎縮するように背を縮めた。

 

「もう一度聞く。何が見えている?───賢者の石はどこにある?」

「わ、からない……」

「───ポッター!」

 

 掴まれていた肩を痛むほど強く引き寄せられ、ハリエットは呻いた。涙がこぼれそうになる。

 

「ご主人様がお前を使えと仰ったのには理由がある───お前を使うべき理由がある筈だ。本当の事を言え! 賢者の石の、何が見えている!?」

「わ、からない……わ、わたし……わ、わ、わから、ない……」

 

 ハリエットは怯えながら必死に繰り返した。どれだけ言われても、クィレルの望むものをハリエットは用意できない。どれだけ脅かされても不可能は不可能だ。

 だって、どうしようもない───鏡には、()()()()()()()()()()()()()()()

 あの夜と同じく、叔母夫婦と従兄弟が、両親と自分と一緒に笑っているだけだ。何にも変わっていない。みぞの鏡は相変わらず、忠実にハリエットの望みを映し出しただけなのだ。

 クィレルが苛立ちのままに肩を掴んだ手に力をこめる。抵抗もできず、ハリエットは歯を食いしばって痛みに耐えた。

 相変わらず恐怖で体は動かない。どうにかして逃げなくてはならない───けれどどうやって逃げれば良いのかわからない。ハリエットは涙が頬を伝わないように、まっすぐ下を向くことしかできなかった。

 

「くそっ、なんだというのだ……! ポッターがただ気が付いていないだけか? それとも、何か足りないのか……!? ポッターと、何か、違うものが……」

 

 

「もう良い……」

 

 

 また、あの冷たい声が響く。

 

「俺様が話す……直に話す……」

「しかしご主人様、貴方はまだ弱っていらっしゃいます!」

「話をする程度の力はある……」

 

 クィレルが提言したのはそれだけだった。彼は突き飛ばすようにハリエットの肩から手を離すと、自身の巻いていたターバンをほどきだす。ハリエットは怯えたまま、クィレルを見上げた。それ以外何もできなかった。

 ターバンが落ちる。クィレルはハリエットに背を向けた───ハリエットは、驚愕のまま言葉が出なかった。

 

「ハリエット・ポッター……」

 

 クィレルの後頭部には、もう一つの顔があった。まるで蝋のように白く、鼻腔は蛇のように避け、不健康に血走った暗い目が、じっとハリエットを見つめている。

 ハリエットは、指先ひとつ動かせなかった。まるで蛇に睨まれた蛙のような心地になって、クィレルのもう一つの顔を怯えた目で見つめている。それでも、この顔が誰なのかは、恐怖に溢れた頭でも理解することはできた。

 ───ヴォルデモート。この男がヴォルデモート卿だ。

 

「このありさまを見ろ」

 

 白い顔が───ヴォルデモートが囁いた。

 

「まるで影と霞でしかない……誰かの体を借りねば生きられない……今はユニコーンの血で生き永らえているが、身体は取り戻せなかった……」

 

 ハリエットは、フィレンツェの言葉を思い出した。ユニコーンの血は、死にかけた者すらたちまち蘇らせられる───唇に触れた者への呪いを代償として。

 それでも、ヴォルデモートは血を飲んだ───正確にはクィレルの方だろうか───どちらでもハリエットには変わりなかった。命を奪い、呪われてまで生きようとした───ただただその事実が、おぞましくて仕方がない。

 

「だが、ある物さえ手に入れれば……それさえあれば、自分の体を取り戻せる……」

 

 そう話すヴォルデモートは、どこか恍惚とした表情に見えた。

 

「ハリエット・ポッター、生き残った女の子……どうだ、俺様の側につけ……そうすれば、悪いようにはしない……」

 

 ハリエットが後ずさると、ヴォルデモートは笑うように囁いた。

 

「クィレルの言う通り、お前は脅威になりえる存在だ……だが、同時に将来有望な子だ……ここで死ぬには惜しかろう……あぁ、そうだ……」

 

 不意に、何かを思いついたようにヴォルデモートはぽつりと言った。

 

「父と母に、もう一度会いたくはないか……?」

 

 その時、ハリエットは初めて恐怖以外で動揺した。ヴォルデモートは冷たく掠れた声のまま、けれど先程までよりずっと優しくハリエットに語りかけた。

 

「二人ならば、容易く呼び戻せる……お前の両親に会えるのだ……だがそれには、賢者の石が必要だ……」

 

 両親に会える。その言葉に、ハリエットは間違いなく狼狽えた。願ってやまなかったことを、こうして言葉にされると思っている以上に心が揺さぶられる───そうしながら、ハリエットは逃げるように後ずさりした。

 

「賢者の石を共に探してくれれば良い……必ず約束は叶えてやる……」

 

 ハリエットは答えず、ただおずおずとヴォルデモートから距離を取った。口調は穏やかなままに、暗く冷たい瞳がハリエットを見据えている。

 

「どうした……父と母に会いたくはないのか……?」

 

 ───会いたい。

 ふるふると、ハリエットは弱々しくかぶりを振った。ぎゅっと目を瞑ると、溜まっていた涙がぽろぽろとこぼれた。

 会いたい。会って話をしたい。『普通』の家族みたいに、両親揃って一緒に暮らしたい───ダドリーと叔母さん叔父さんのように、仲睦まじい幸せ家族みたいに暮らしてみたい。

 幼い頃から漠然と感じていた叶わぬ願い。みぞの鏡でその願いを見つめてから、それは強烈な自覚となって、ハリエットの心に住み着いていた。

 会いたいか。そんなの───決まっている。会いたくて会いたくて、たまらないに決まっている。

 ……けれど。

 

「そうか……」

 

 ヴォルデモートがぽつりと呟く。目に見えて落胆が感じ取れた。

 

「お前ならば、きっとわかってくれると思っていた……残念だ……」

 

 ヴォルデモートは静かに「クィレル」と、忠実な下僕の名を呼んだ。クィレルが改めてハリエットに向き直る。

 

「さて───それでは、授業の時間としよう」

 

 クィレルの手には、杖が握られていた。

 

 

 

 

「“燃えよ(インセンディオ)”」

 

 逃げ道のない部屋を駆け回る。閃光が何度も輝く。

 杖先から真っ赤な炎が飛ぶ。ハリエットは部屋の柱に隠れて炎から隠れた。ごうごうと、炎が柱にあたって割れるように燃え盛る。

 

「ハロウィンの夜、君はトロールに“水よ(アグアメンティ)”を使ったな。“燃えよ(インセンディオ)”はその反対呪文にあたる───単なる炎を出すだけの呪文だが、こうして決闘に際しても存外うまく扱える───」

 

  「授業の時間としよう」と宣言した通り、クィレルは使用した呪文について丁寧に解説を付け加えていく。

 

「───しかし、結局はただの炎に過ぎない。単なる普通の水でも簡単に消火できてしまう……故に、私は()()()()()()決闘でも、そうでなくても、基本的には違う呪文を推奨している。例えば、そうだな……」

 

 ひゅん、とクィレルが杖を振るう。

 

「“爆発せよ(コンフリンゴ)”!」

 

 凝縮された火球が、ハリエットを隠す柱にぶつかる。柱が砕けて瓦礫が崩れ、ハリエットは蹲りながら身を守るように頭を覆った。

 

「これは大昔、闇の魔術の一端として区分されていた。ただの炎よりずっと使い勝手が良い。更に、これに似通った呪文が───“爆破せよ(ボンバーダ)”!」

 

 二度目の爆発。がらがらと瓦礫がまた崩れ、煤のような汚れが落ちてくる。

 

「ハハハ……そら、反撃しないのか? トロールの時のように勇敢に戦ってみたまえ」

 

 クィレルの声はとても楽しそうだった。ダイアゴン横丁で初めて顔を合わせた時から今までの授業の全てで、そんな楽しそうな声を聞いたことは一度もなかった。

 トロールと対峙した時は、ハーマイオニーとロンがいた。ここに辿り着くまでの試練も二人がいた。今、ハリエットはひとりぼっちだ───ひとりぼっちの自分に、何ができるというのだろう。

 

「ずっと柱を破壊するだけにも疲れてきた。そろそろ姿を現してはどうだ?」

 

 クィレルが「“砕けよ(レダクト)”」を叫んだ。ついに壁になっていた柱が、ハリエットの姿を隠せないぐらいに破壊される。ハリエットは震えながら立ち上がる───すぐ近くにクィレルは立っていた。

 

「ぁ───」

「終わりだ───生き残った女の子」

 

 クィレルの片手が、ハリエットの首に伸ばされる。掴みかかるように細頸に指先が触れた時、ハリエットは振り絞るように両手を暴れさせて抵抗した。もがいた両手がクィレルの顔を掴み、そのまま必死に拒絶の意思で押し離そうとする。

 

「あああァアッ!!?」

 

 不思議なことに、クィレルの体はあっさりと離れた───首を掴んでいた大きな手も、クィレル自身の絶叫と共に引き剥がれる。

 クィレルは苦痛に顔を歪め、耐えるように身を丸めていた。みるみるうちに手のひらに火膨れが浮かび上がり、顔もまるで火傷を負ったように赤く爛れている。痛みで持っていられなかったのだろう、杖が足元にぽつんと転がっている。

 

「アアァ゛ッ……これは───ご主人様、これはどういうことなのですか!」

「殺せ!」

 

 恐怖に歪んだ下僕の助けに、ヴォルデモートは叫ぶ。「殺して始末してしまえ!」と彼は言い、クィレルは苦痛に歪んだまま再びハリエットに飛びかかった。

 同じことが起きた。身を守る為に前に出したハリエットの手がクィレルの顔を掴むと、悲痛な絶叫が部屋全体に響き渡った。

 咄嗟にハリエットは手を引こうとした。が。苦痛から逃れようともがいたクィレルの体はバランスを崩し、ハリエットに覆い被さるようになって床に倒れる───小柄なハリエットの体が大人の重みに耐えきれず、背中からきつく床に叩きつけられた。

 絶叫のようなクィレルの呻き声が響く。

 

 目と鼻の先で、クィレルの肌が乾いた粘土細工のように崩れていく───閃光が、クィレルの体を吹き飛ばす。

 その光景を最後に、ハリエットの意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑の歓声。悔しげな赤。我関せずの黄と青。

 

 好々爺が笑っている。緑の努力を称えて、しかし、と付け加える。指が振るわれる。赤い差し色が広がって、天井に煌めいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、ハリエット」

 

 目を覚ましたらダンブルドアがいた。

 働かない寝起きの頭でぼんやりと見つめる。たっぷり数えて十秒程してから、がばっとハリエットは勢いよく飛び起きた。軋むような若干の痛みが体にある。

 

「良い良い、無理に起きずとも。マダム・ポンフリーがおかんむりになるからの」

 

 ほっほっほ、と好々爺が笑い、飛び起きたハリエットの体をそっとシーツに押し戻し、ハリエットもされるがままに戻された。

 頭はまだ寝起きで少しぱちぱちしている。少し周囲に視線をやって、自分は医務室にいるようだとわかった。ダンブルドアは優しく笑いながらベッドの傍らに座っている。

 

「おぉ、ご覧、ハリエット。君の崇拝者達からの贈り物じゃの」

 

 ダンブルドアに促されて脇のテーブルに目をやると、たくさんの贈り物がごった返しに溢れている。明るい色の羽根ペン飴、カラフルなタフィー、未開封の蛙チョコ───列車の中で、ロンにもらったのと同じもの。

 それを見つけた瞬間、突き飛ばされたように全てを思い出しはっと顔を上げる。が、ダンブルドアがそっと手で制した。

 

「聞きたいことがたくさんあるじゃろう。じゃが焦らず、ゆっくり、一つずつじゃ」

 

 狼狽えながらも、おずおずと頷く。ダンブルドアは微笑んだまま手を下ろした。

 

「まず、一番聞きたいだろうことから伝えよう。ミスター・ロナルド・ウィーズリーとミス・ハーマイオニー・グレンジャーは無事じゃ。二人共、先に医務室を退院しておる」

 

 それを聞いた時、ハリエットはほっと胸を撫で下ろした。

「地下で君とクィレル教授との間に起きたことは『秘密』じゃ。つまり、秘密ということは、皆が知っておる」

「みんな……」

「さよう。君が目を覚ましたことを知れば、皆さぞかしほっとするじゃろう。何しろ三日の間、ぐっすりであったからの」

 

 どうやら、随分と長く眠っていたらしい。シーツに頭を沈めたまま、ハリエットは強ばった表情で口を開く。

 

「……あの……」

「何かな?」

「く、クィレル先生、は……賢者の石、は……どう、なって……」

 

 最後に目にした記憶を思い出す───顔だけなのに恐ろしいヴォルデモート───苦痛に歪んで崩れていくクィレル───クィレルを突き飛ばすように煌めいた閃光。ぞっとするような体験ばかりが蘇る。

 自分が気を失った後、クィレルは賢者の石を見つけたのだろうか───あの大怪我のまま、逃げ延びたのだろうか。

 しかしダンブルドアはその問いにすぐには答えず、まっすぐにハリエットを見つめて逆に問いかける。

 

「ハリエット。君は鏡に何を見た?」

「……? り、両親が、いました……わ、私と、一緒に」

「なるほど。そうか」

 

 ダンブルドアは静かに笑った。

 

「石は盗まれてはおらんよ。何事もない。君達が懸命に守ってくれたからのう。クィレル先生も、この城には()()()()()

「鏡は、あれは……」

「あれはのう、実はちょっとした仕掛けをしておったのじゃ。賢者の石を使いたいと思う人間には、決して手に入れられない───故にクィレルは鏡の前に立っても、賢者の石を手に入れた自分を見つめることしかできなかったのじゃ。ふふ、我ながら良いアイディアじゃろう?」

 

 どこか人懐っこい笑顔を浮かべてから、ダンブルドアはすぐ次の言葉を紡ぐ。

 

「しかし、石のことは良いのじゃ。石より君の方が大切じゃ……君があそこで倒れていた時は肝が冷えた。一瞬、間に合わなかったかと心配した」

「……ごめん、なさい」

「謝らせたい訳ではないのだよ。むしろそうすべいなのはわしの方じゃ。君を危ない目に合わせてしまった……」

 

 それを言うなら、自ら首を突っ込んだのは自分達の方だ。ハグリッドやマクゴナガルはまっすぐに手を引けと教えてくれていたし、思い返せばスネイプだって直接的ではないけれど、危険な方に進んでいく自分達を気にかけていてくれたのだろう。それを無視したのは自分達なのに。

 

「ハリエットや」

 

 ハリエットが俯きがちに黙り込むと、ダンブルドアはまたそっと口を開いた。

 

「一つだけ聞かせておくれ───君は、賢者の石をどういうものだと思っておるのじゃ?」

 

 ダンブルドアは、まっすぐにハリエットを見つめながら問いかけた。空のようなサファイア色の瞳が、透き通ったエメラルド色の瞳と重なりあう。ハリエットは困ったような顔をして見つめ返した。

 

「……す、すごい、ものだと……思います」

「ふむ。すごいかね」

 

 頷く。そのままダンブルドアが話すまで、しばしの沈黙が流れた。

 

「そうか……そうじゃな。その言葉を聞いたら、ニコラスも喜ぶじゃろう」

「……ニコラス・フラメル……」

「おお、彼を知っておるのか。随分きちんと調べたようだ。実は、君が目覚める前にニコラスとも少しお喋りをしてな。君の勇気を褒め称えておった」

 

 ハリエットは少しむず痒い気持ちになった。自分には、そんな風に言ってもらえるような価値はない気がしたからだ。

 最初から最後まで、ハリエットはずっと怖かっただけだ。賢者の石について探そうと言われた時も、スネイプが犯人だと疑われた時もそう。友達に嫌われるのが怖くて、自分の意見を言わなかった。

 ロンのように自己犠牲的でもなければ、ハーマイオニーのように決意に満ちていた訳でもない。それなのに……。

 

「勇気にも色々あるものじゃよ」

 

 まるでハリエットの気持ちを見透かしたように、ダンブルドアはそう言った。

 

「自らを犠牲にしてでも仲間の為に行動すること。仲間の意志を無駄にすまいと前に進もうとし、また仲間を信じて託すこと……たった一人きりでも毅然として敵に立ち向かおうとすること。どれも素晴らしく勇気のいる行いじゃ───あぁ、君を見ていると、わしは君のご両親を思い出す」

「……両親を?」

 

 ダンブルドアが優しく頷いた。

 

「君のご両親は、勇敢で優しく、立派じゃった───友の為に戦い、君を守る為に戦った」

 

 両親についてハリエットが知っていることは、相変わらず少ない。

 父がシーカーであったこと。学生時代の両親は険悪───ハグリッド曰く、悪戯っ子のジェームズをリリーが疎んでいたそうだが───であったこと。

 我が子を守る為に『例のあの人』と───ヴォルデモートと戦って、亡くなったこと。

 

「ハリエット。どうしてクィレルが君の命を奪えなかったか、わかるかね?」

 

 ハリエットは首を横に振った。クィレルはハリエットを弄ぶように扱ったけれど、殺さなかった───最後の瞬間まで、ヴォルデモートは殺せと命じたけれど、ハリエットを殺そうとすれば、逆に、不思議とクィレルが苦しんでいた。

 

「君のお母さんは命と引き換えに君を守った。それが君に額のものとは別の印を残したのじゃ」

 

 困惑した様子で首を傾げたハリエットに、ダンブルドアはこれまでで、いっとう穏やかな声で呟いた。

 

「───愛じゃよ、ハリエット───愛じゃ」

 

 ぱち、とハリエットは目を瞬かせた。

 

「それほどまでに深い愛情だったのじゃ。例え死するとも、愛したその人がいなくなったとしても、永久に愛された者を守る力となる───その愛の魔法が、君の肌に残っておる。ゆえにヴォルデモートと同化したクィレルは、君に触れて傷付けることができなかったのじゃ」

 

 ぎゅ、とシーツの中で拳を握る。

 真っ赤に焼け爛れた顔。痛々しい悲鳴───苦痛で身を丸めて小さくなったクィレルの背中。

 クィレルは、ハリエットを殺そうとした。怯えるさまを楽しんだ。

 けれども今、ハリエットの脳裏に思い浮かぶ彼の姿は、悲痛なものばかりであった。

 そんな姿にさせたのは、他でもないハリエット自身───母の愛に守られた自分のやったことで。

 

「……君は優しい子じゃな」

 

 わずかに青ざめる少女を前に、ダンブルドアは囁く。

 

「しかし、君が気を病む必要はないのじゃ。クィレル教授は自らの闇に負け、ヴォルデモートに屈し、あまつさえ自身が教授として守るべきホグワーツの生徒に害を成した」

 

 それは励まそうとしているようで、またはお説教でもしているかのようでもあって。

 

「それだけはいけなかった。それだけはしてはならないことだった。だから彼は、責任を取らねばならなかった───人は、自身の取り返しのつかない行動に、責任を持たねばならないのだよ」

 

 あるいは、なんだかとても───怒っているように、見えた気がした。




多分次で終わり。多分ね。
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