スリザリン寮生は浮き足立っていた。文字通り、困惑と少しの不満で落ち着きなく、けれども喜びでそわそわと心躍る。僅差で喜びの気持ちの方が勝っている人間が多く見て取れた。
ドラコ・マルフォイもそんな浮き足立つうちの一人ではあったが、どちらかと言うと困惑の気持ちの方が大きかった。致し方ないとでも言うべきか、そも、元々はスリザリンの単独一位であり、あのような形で憎きグリフィンドールが同列に並んだ事実が気に食わないのだろう。
加点された人間に関しても、ドラコには面白くなかった。
ハリエット・ポッター。半純血、生き残った女の子。彼女はまだ良い。だが残りはどうだろう。マグル生まれのグレンジャーに、血を裏切る者のウィーズリー、挙句の果てに落ちこぼれのロングボトムときた。
「ダンブルドアは気でも狂ったのか?」
ありえるかもしれない、とドラコは思った。ダンブルドアは英雄だが、同時にマグル贔屓のれっきとした『血を裏切る者』である。ホグワーツでマグル生まれが堂々とのさばる一助であることは間違いないだろう。
おまけにダンブルドアはグリフィンドール出身者だから、マグル贔屓にくわえて自寮贔屓をした可能性もなくはない。他でもないスリザリン寮監のセブルス・スネイプが良い例である。
「……あぁ、クソ! やっぱり気に入らない!」
ドラコはいらいらした様子でプラチナブロンドを掻きむしった。子供ながらぴっしりと整えられたそれが崩れるのも今は気にならない。
スリザリンは実力で一位を獲得した。七年連続という栄光は、多くのスリザリン寮生の努力と奮闘によって獲得したものだ。英雄のおこぼれで一位にふんぞり返って、日々の努力を怠ったことをなかったことにする連中とは、違う。
「邪魔だ」
はっと身を翻す。知らぬ間に背後に立っていたセオドールが、感情の見えない目でドラコを睨めつけている。そっと身を引けばつかつかと自身のベッドスペースに進み、そのままローブを脱いでシーツに放り投げながら腰掛けた。
「……お前は平気なのか」
「何が」
流れるようにネクタイもほどきながら、セオドールは聞き返した。
「さっきの広間でのことだ。あんな風にグリフィンドールが一位になるなんて……」
「……既に終わったことを言った所で得るものはないだろう。」
「だが気に入らないのは事実だ! 怪訝に思われている先輩方だっていた筈だ。スネイプ教授だってきっと……」
セオドールは失笑した。
「彼をこの話の引き合いに出すのか? 日頃、スリザリンをとてもよく
「そ、それは……」
「同じことを考えていても仕方がないと言ったろう。……お前の言う先輩方は、七年連続の快挙を祝って談話室でお菓子パーティーをすると仰っておられたぞ。ゴイル達もいた」
ドラコは逡巡し、しばらくすると小さなため息をついて踵を返した。
「……一応言っておくが、僕が一番気に入らないのはダンブルドアの采配だ。グリフィンドールは大々的に取り上げて、スリザリンだけ『匿名』などと……一体何を考えているのか、わかりゃしない」
ドラコは苦々しく吐き捨てると、そのまま部屋を出て談話室に向かう。癇癪玉になりかけていた同級生を見送って、セオドールが力なくベッドに横たわる。
「……本当に、何を考えているのやら」
ぽつりとセオドールは呟いた。横たわったままローブの胸ポケットをまさぐると、鍵を閉じ込めた小瓶が一つ。ベッドの傍らには高級感のある私物のトランクケース。
「まぁバレているんだろうな」
閉じたトランクケースの端から、浅い灰ねず色のマントが見え隠れしていた。
暗転。過去。少し前。
───閃光が、クィレルの体を吹き飛ばす。
飛び出した“
するりと滑るような音がする。炎の壁の手前、閃光の飛び出した場所で魔法の小さな光が空を切る。片手に杖を、もう片手に灰色のマントを持った子供が、どこからともなく姿を見せた。
子供は無言でハリエットの傍に駆け寄り、膝をついて上から顔を覗き込む。顔や服の所々に煤埃や切り傷が見え、頬と目尻に涙を流した跡があるが、安定した頻度で胸が上下している。どうやら気を失っているだけであるらしい。
子供がほっと小さく息を吐く。そのまま立ち上がると、ハリエットに向けてそっと杖を振るった───“
「が、あ……ガ……ッ」
「……危なかった。流石にさっきのは肝が冷えた」
横たわるクィレルを見下ろしながら、子供が言った。冷ややかで感情のない声であった。
子供は少し黙り込むと、誰に聞かれるでもなくぼんやりとした様子で独りごちる。
「……貴方はどうするのが正解なんだろうな。闇の帝王に与して、こうして生徒を殺そうとすることに抵抗もなかったことを思えば……貴方は
殺人は罪だ。魔法使いであっても、マグルであっても変わらない。まして、子供を害そうとする者なんていうのは、大抵のどんな人間から見ても最悪極まりないものである。
ならば、
「……」
ひび割れた肌、火傷のように赤い手のひら。唇の端から泡を吹き、白目を剥いている。死に体、という言葉がなんとも良く似合う。
そんな死に体の惨めな男をしばし見下した後、子供はハリエットの方を見た。先程きちんと安否は確認したが、それにしても死んだように意識を手放して眠っている。大きな恐怖に直面したショックと疲労感故か、体を床にぶつけた時の衝撃か。きっと両方だ。
じっと、そんな眠り姫をしばしたっぷり見つめた。
「……別に良いか。死にかけているのは自業自得なのだし」
そもそもの話、最初からこの男はそう永くない。
取り憑いた闇に魂はどんどん侵食され、罪なきユニコーンを殺して啜った血で呪われた。その全てが、自らの意思で暗がりの道を求めた結果である。
子供が杖を構える。もがくクィレルの頭上にとん、と添えられる───化け物の後頭部をじっと見ながら、告げた。
「───“
悲鳴が聞こえた───ような気がした。
闇が、彼の最も恐れるものから逃げていく。使い物にならなくなった化け物の殻だけが取り残される。
部屋の中は静かだった。その呪文を口ずさんだことを咎める者はいない。咎める意識を持った者が、いない。
子供は見捨てられた抜け殻の首根っこを掴んで───ふと、視線が動いた。
部屋の中心、子供の立ち位置から見るとほんの数歩だけ向こうに、鏡がじっと立ちすくんでいる。杖と、マントと、抜け殻を手に、子供はじっと鏡を見つめた。
「……、……まぁ、見えないか」
ぽつりと呟く。すぐに興味を失ったように、子供は塞がった両手を何とか片手だけ空けて、胸ポケットから小さな小瓶を取り出すと、適当に中身を床に落とす。
きん、と軽やかに音を立てて落ちたそれにそっと触れる───アンティークなウォード錠の“
───こうして、賢者の石は誰の手にも取られることはなく、封じられたまま静かに眠りについたのだった。