どうやらハリエットはウィーズリー家の全員から、とてもよく好かれているようであった。
フレッドとジョージはハリエットを見つけるなり、手を取ってくるくるとダンスのようにその場を回り出したし、パーシーはハリエットをきょとんと見て目を丸くしていたけれど、すぐ笑顔になってホグワーツの朝のように挨拶をしてくれた。
スネイプなしで戻ってきたウィーズリー夫人も、どうやらハリエットのことを気に入ってくれているようで、朝食の際にはハリエットのお皿に何本もソーセージを滑り込ませてきた。
ハリエットの為に切ったパンにバターをたっぷり塗りながら「細すぎるわ」「もっと食べなきゃダメよ」「ほらこれも」と次々にお皿の上に追加していく様子は、なんだかクィディッチの試合前日のグリフィンドール生を連想させられる。
ウィーズリー家の中でも特にハリエットに興味津々で接してきたのは、彼らの末妹であるジニー・ウィーズリーだった。
「私のこと覚えてる? 去年、駅で会ったのよ、私達!」
ロン曰く、彼女はハリエットの大ファンであるらしい。
そして、その話を裏付けるかのように、ジニーはロンの傍にいるハリエットに満面の笑みで話しかけ続けた。学校での様子や普段の生活について、更にはハリエットの好きな色や好きな動物など、一見どうでも良さそうなことにも興味を示す。
「うちの兄弟達だと誰が一番貴方の好み?」
果てにはそんなことを尋ねてハリエットを困らせ、すぐ傍にいたロンをぎょっとさせていた。
・
「はじめましてだね、ハリエット。私はアーサー・ウィーズリー、ロンの父親さ」
『隠れ穴』に来てから二日目の夜、ハリエットはウィーズリー家の家長と初めて顔を合わせた。外はもう暗くなって、とっくに他の子供達は寝静まった時間帯だが、アーサーは今帰ってきたばかりのようだった。
家族と同じ赤毛は生え際がほんの少し禿げてきていて、人懐っこい笑顔はロンや双子とよく似ている。一家の家長と言われてハリエットが連想するのはバーノンだが、人畜無害そうな表情はバーノンとは似ても似つかない。ただ、妻の頬にキスをする時の、優しげな目だけが同じに見えた。
「会えて嬉しいよ。ロンからいつも君の話を聞いていた。さぁ、座って……」
促されるままにハリエットは椅子に腰掛ける。目の前にモリー・ウィーズリー夫人がココアを置いてくれた。向かい側の椅子にアーサーも腰を下ろす。
「こんな夜更けにすまないね。ただ、私もまたしばらく仕事で出なければならないから、今くらいしかタイミングがなかったんだ」
アーサーは少しだけ声を潜めて言った。
「スネイプ先生から話は聞いているが、もう少し詳しいことを君の口から聞きたいんだ。君のマグルのおじさんの家で、一体何があったのか……」
つまるところウィーズリー夫妻はスネイプの代わりに、ハリエットから事の詳細を聞くつもりのようだった。
どうしてスネイプが聞かないのかという疑問もあったけれど、こんな夜更けにしか聞けないくらいアーサーが忙しいのなら、きっとスネイプはそれ以上に忙しいのかもしれない。去年のハリエットのように、新しい一年生にダイアゴン横丁を案内していることだって考えられる。
何にせよ、断る理由なんて何もない。
ハリエットはウィーズリー夫妻に、あの日のことを全て話した。ドビーから受けた警告のことや、ダーズリー家が大変な目に合ったことまで。時々、アーサーの目が興味深そうに輝いたり、また神妙な面持ちになって相槌も打たず黙り込みながらも、彼らはとにかく根気よくハリエットの話を聞き続けた。
「そうか、ドビーという屋敷しもべ妖精が……」
聞き終えると、アーサーはぽつりと独り言のように呟いた。視線を下に向け、何かを考え込むようにじっとしてから、途端にぱっと顔を上げて問いかける。
「そのドビーはそれ以外、他には何も言わなかったんだね? その危険についても、詳しいことは何も言わなかった?」
ハリエットが頷くと、アーサーはまた考え込んだ。ぶつぶつ何かを言っているアーサーを不安そうに見つめていると、ずっと傍にいたモリーが声をかけてきた。
「お話が終わったなら、ハリーはもうそろそろ寝た方が良いわ。ねぇアーサー?」
「ん? あぁ、確かにそうだ。すまないね、こんな夜更けにまで付き合わせて……」
アーサーはそう言って、難しい表情を柔らかい笑みに変えてハリエットに向けた。モリーが二階まで送るわと言うのと同時に、がたがたと、二階と階段を繋ぐあたりから物音が聞こえる。アーサーは天井を見上げながらため息をついた。
「屋根裏お化けか? こんな時間に騒ぐのは珍しい……全く夜くらいは静かにしてもらわんと……」
ぶつぶつと独りごちるアーサーをよそに、ハリエットはモリーに促されて一緒に階段を上がった。しんと冷たいくらいの静寂が廊下全体を包んでいて、屋根裏お化けの気配なんてどこにもない。さっきの物音で満足したのだろうか。
「おやすみなさい、ハリー。ゆっくり休むのよ」
そう言うと、モリーはまた一人でリビングに戻っていく。ウィーズリー夫妻はまだ眠らないのだろうか。もし眠らないのなら、今度は大人だけで自分のことを相談するのだろうか。
もしかしたら考え過ぎかもしれない。けれど、ほんの少しでもその可能性があると思うと、こんな夜遅くまで自分のことで迷惑をかけてしまったことに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。まぁ、ハリエットが一人で罪悪感を抱いたところで、どうなる問題でもないのだろうけれど。
そっとため息をこぼして、ロンの部屋に戻ろうと足を動かした時だった。
「───リー、ハリー……」
ひっそりとした囁きが、まるでそよ風と間違うくらいに少しだけハリエットの鼓膜を揺らす。最初はただの風の音かと思ったが、更に続いた声が風ではないと伝えてきていた。
「ハリー、こっち……」
明らかに自分を呼んでいる。そう理解して周囲をぐるりと見渡すと、ちぐはぐな廊下の少し先で、ほんの少しのドアの隙間から覗く数個のブルーの瞳があった。
ホラー映画のワンシーンのような光景に、ハリエットは思わずびくりと跳ねて身を竦ませる。すると、いくつかの瞳がぱちくりと瞬いた。
「あぁ、ごめん、ビビるなって……」
「こわくないから、こっち来いよ……頼むから───」
泣きそうな子供をなだめるように囁いて、ハリエットを手招きする。ハリエットはしばし唖然と立ち尽くすと、困惑しながらもドアの方に近付いた。きぃ、と、とても慎重にドアが開かれ、声をかけていたブルーの瞳達に、いそいそと中に急かされる。
ぱたん、と背後でドアが閉まり、ハリエットはようやく部屋全体を見つめた。最低限の家具しかない殺風景な部屋。
部屋の中ではロン、フレッドとジョージ、それからパーシーと、ウィーズリー兄弟が勢揃いしていた。
「───つまり、こういうことかい?」
パーシーはシンプルなベッドの上に腰掛けて、手のひらを擦り合わせながら呟いた。
「その屋敷しもべ妖精は、君に危険を伝えに来たけれど、何も教えてくれなかった。君が渋っていると途端に暴れ出して───というか、自分をお仕置き? ───して。で、君のマグルの家族にもバレて、スネイプまでやってきて……」
「その結果、君は我が家にやってきた、と」
ジョージが笑いながら言った。ハリエットが頷くと、フレッドも口を開いた。
「そりゃあ、怪しいな」
「でも、ドビーはハリーに危険を伝えに来たんでしょ?」
兄の言葉にロンが口を出すと、ぱっと彼らは末弟以外の兄弟と顔を見合わせた。何とも言えない困ったような表情で、うぅんと唸っている。
「なんて言ったら良いのかな」
フレッドが自身のこめかみをさすりながらぽつりと呟き、更に続ける。
「『屋敷しもべ妖精』ってのは、それなりの魔力があるもんなんだ。だけど、普通は主人の許しがないと使えない。ドビーの奴、君がホグワーツに戻ってこないようにする為に、送り込まれてきたんじゃないかな」
続けてジョージが言った。
「誰かの悪い冗談かもな。君を一方的に嫌ってたり、恨んでたり、もしくは妬んでたり」
「じゃあスリザリンの誰かだ」
ハリエットが何か言うより先に、ロンが答えた。
「あいつら、陰湿な奴ばっかりなんだ。パンジー・パーキンソンはいつもハリーに突っかかってくるし……ドラコ・マルフォイはハリーより、ハリーの周りにいる僕とハーマイオニーのことが嫌いなんだと思うけど……」
ホグワーツでのことを思い出しているのか、ロンは眉根を寄せてしかめっ面をする。ロンが今言った二人は、スリザリン生の中でも一番交流していると言っても過言ではないかもしれない二人だ。
とはいえ、パンジー・パーキンソンの交流は悪い意味しか詰まっていないし、ドラコ・マルフォイに至ってはそれが良いのか悪いのか、いまいちわからないものだけれど。
パンジー・パーキンソンがハリエットのことを嫌っているのは誰の目から見ても明らかで、いつだってハリエットの至らない点を探してばかりいる。そうして揚げ足取りをして、他のスリザリン生と一緒になってくすくすと笑うのが好きなようだった。
反対に、ドラコ・マルフォイからハリエットに悪感情のようなものを向けられたことは一度もない。むしろ、上から目線にこちらを気にかけるドラコの態度は、泣き虫ハリエットの手を引くダドリーと似ているような気さえする。ドビーの件がジョージの言うように嫌がらせだったとして、ドラコがやる理由がハリエットにはよくわからなかった。
パンジーは。彼女は、まぁ。やろうと思えばやるかもしれない。
「マルフォイに、パーキンソンか」
ハリエットの思考をよそに、パーシーは二人の名前をぼそりと繰り返した。顎に手を当てるようにして口元を隠し、視線を床に落として何かを考えている。
そんなパーシーの二の句を待たずに、双子が先に口を開いた。
「マルフォイってもしかして」
「ルシウス・マルフォイの息子じゃないか?」
突然そう問われて、思わず首を傾げる。面識があるとはいえそこまで仲が良い訳ではないのだから、父親の名前なんて言われてもわからない。
とはいえ、他にマルフォイという名前の生徒もいない。そもそもドラコ以外では出会ったことのない名前であったから、彼らの言う通り親子なのだろうと思う。そこまで考えて、多分、とハリエットが頷くと、双子は興奮気味に瞳をぎらりと輝かせた。
「やっぱり! パパがそいつのこと話してるのを、聞いたことがある───“例のあの人”の大の信奉者だったって」
ジョージに続けてフレッドも口を開く。
「ところがだ。ルシウス・マルフォイは“例のあの人”が負けた時、全て本心じゃなかったって主張したんだ───『自分は服従の呪いで従わされていた』ってさ」
「服従、の……」
「許されざる呪文の一つだよ」
ハリエットが繰り返すと、パーシーがぽつりと囁いた。
「使用が禁じられている三つの呪文のことさ───服従の呪い、磔の呪い、死の呪い。服従の呪いはその名の通り、呪いをかけた相手を意のままに操れるんだ」
「パンジー・パーキンソンの父親も信奉者だったの?」
ロンが問いかけると、パーシーは何とも言えない表情で首を横に振った。
「わからない。仮にそうだったとしたら、ルシウス・マルフォイと同じで上手く逃げ果せたことになる。“例のあの人”の配下で捕まった人間の中に、パーキンソンはいないから」
それはつまり、ハリエットの両親が戦ったかもしれない人が、野放しでいる訳で。
途端に背筋がぞっとする。パーシーの言い分からして何人かは罪を裁かれたのかもしれないが、ほとんどはルシウス・マルフォイのように逃れたのだろうか。
ショックを受けて黙り込む部屋の中で、パーシーが控えめに咳払いを一つした。
「まぁ、つまり。そのマルフォイもパーキンソンも、魔法族じゃ名門の旧家で、どちらも裕福な家庭だ。屋敷しもべ妖精はそういう格式ある家の魔女や魔法使いに仕えるからね」
「あぁ、そうそう。うちには居やしないし、そもそも来ない」
「屋根裏お化けと庭に巣食ってる小人で手一杯だしな」
ジョージのおどけた様子にフレッドが合わせる。ハリエットはそれでも黙ったままだった。
「じゃあ、やっぱりパーキンソンかマルフォイが、ハリーに嫌がらせしようとして送り込んだんだ」
「───あるいは」
憤った様子で席を立ちかけたロンの声と相反して、冷静な声がしんと部屋全体に響く。パーシーだった。
「あるいは、そのドビーの言う通り、本当に危険が迫っているか」
へぇ、とジョージが呟いた。
「じゃあ、完璧・パーフェクト・パーシー様の推理を聞かせてくれよ」
フレッドがにやにや笑った。パーシーは嫌そうに眉をしかめながらも、促された通り自分の意見を話し出す。
「まず、屋敷しもべ妖精っていうのは忠誠心が高い。どんな酷い主人でも、自分から裏切ろうとはしない。少なくとも僕はそう思っている」
パーシーの言葉に皆が頷き、静かに言葉を待っている。
「でも、屋敷しもべ妖精だって知性がある魔法生物だ。感情もある。だからハリーを助けたいと思って行動することもあるかもしれない」
「主人の魔法使いを裏切ってまで?」
ジョージが小馬鹿にするように笑うのをパーシーは無視した。
「ハリエットが言ってるドビーの自傷行為は、ドビーなりの自分自身への罰なんじゃないか? 主人に命令されていないことを勝手にしたことか───もしくは、命令されて
屋敷しもべ妖精というのは献身的かつ従順で、何があっても主人を裏切ることはできない。
それは文化とか思想とか、そういう話ですらなく、ただひたすらに『そういう本能の生き物』であるというだけで。
「忠誠心だけで生きているような生き物が、一生かけて仕えるべき主人の言いつけに逆らって───それが自分の意思で決断したことだったとしても───そう簡単に開き直れるものだと思うか?」
部屋の空気は静まり返った。
屋敷しもべ妖精にとってのアイデンティティに背を向けてまでハリエットに危険を知らせに来たのなら、ドビーは相当な覚悟でダーズリーの家にやってきたことになる。
「命令に関しては想像でしかないが、可能性が高いのは『誰にも話してはならない』とかじゃないかな。罠があることは警告しても、詳細は何も話せなかったことからして、間違いなく口止めはされていると思う」
「……じゃあ、ハリーはホグワーツに行かない方が良いのかな」
そう呟くロンの姿はどこかしょんぼりとしていた。トリオの中では真っ先に危ないことに首を突っ込むとハーマイオニーから評されるロンだが、友達が危ないかもしれないのに、一緒に行こう、などとは簡単に言えないだろう。
「いや、むしろハリーはホグワーツに行くべきだと思う」
しかし、パーシーの反応は意外なものだった。きょとんと目を丸くして、全員が改めてパーシーを見つめる。
「確かにホグワーツには危険が迫っているのかもしれない。でもだからって、ホグワーツの外なら絶対に安心とは言えない」
その通りかも、とハリエットは少なからず思う。闇の帝王のことがなくてもフラッフィーは普通に危険だし、そもそもホグワーツには先人達の仕掛けた置き土産がたくさん残っていると聞いたことがある。
ドビーの件だって、まさしくホグワーツの外が絶対安全ではないことの証明になりえるだろう。
「外も中も両方危険なら、ホグワーツに居た方が良い。あそこはダンブルドアのお膝元だからね。誰が君を狙おうが簡単に手出しはできないさ」
パーシーの言い分に、ハリエットは一年前の記憶を思い出す。確か賢者の石について話していた時、ハーマイオニーも似たようなことを言っていた。数々の学問に貢献し、恐ろしい闇の魔法使いを倒した英雄で、今ではホグワーツを導く偉大な校長だ。
魔法界の誰もが、アルバス・ダンブルドアに全幅の信頼を置いていた。
「だから、気にせずホグワーツに戻れば良いんだよ。何かあったってダンブルドアが……」
「静かに」
しっ、と、苦笑しながら話すパーシーを遮ったのはジョージだ。次いで、彼の相棒であるフレッドが真っ先に反応する。
ぎし、ぎし、と軋む音が聞こえてきたのは、双子につられて全員がぴしゃりと黙り込んだ時だった。
「まずい、パパとママだ! パパはまたすぐ仕事にとんぼ返りだから、可愛い俺らの顔だけ見て戻る気だぜ」
「フレッド、ジョージ、窓から出て外側から部屋に上がれ。お前らならできるだろう。ロンとハリーは少し待って、僕が先に出てタイミングを見計らうから……」
「ボロ箒があるぜ、落ちるなよ相棒」
普段はからかい、呆れ、衝突する気の合わない三人───もとい一人の兄と二人の弟が、この時ばかりは驚くほど団結していた。嘘偽りなく初めて目にした光景に、ハリエットは今日一番大きく目を見開いた。ちらりとロンの方を見てみると、なんてことないように肩を竦める。
もし母親に見つかれば、夜更かししていたことを叱られ、女の子をこんな時間まで付き合わせたことを叱られ、場合によっては盗み聞きしていたことがバレて叱られ、スリザリン相手でも誹謗中傷はするんじゃないと叱られ、大人の考えるべき話に首を突っ込むんじゃないと叱られるのを、赤毛の兄弟達はちゃんとわかっている。
共通の障害が目の前にある時、兄弟は感情を超えて手を取り合うことができるのだ。