ハリエット・ポッターと夢想の旅   作:永久@

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大人達の対応

 プリベット通り四番地にあるダーズリーの家は何一つ変わっていなかった。四角で上品で整理整頓されている。夫妻が拘る“普通”で理想の、中流家庭の風貌そのものだ。

 何一つ変わっていなかったことが、逆にハリエットには不思議な気分だった。何しろ彼女が去った当日は、ドビーが大暴れして廊下をぐちゃぐちゃにした翌日だった訳だから───そりゃあ、ぐちゃぐちゃのしっちゃかめっちゃかなまま、なんてことはないとわかってはいるけれど。

 リビングに行くまでによく見てみると、ドビーがぶつけ続けて血が滲んでいた壁も、すっかり綺麗になっている。普段ならハリエットが掃除していた気がするけれど、いない間は叔母さんが掃除したのだろうか。プロの業者を呼んだということもある。

 

「それで」

 

 リビングに辿り着くと、まずペチュニアが重々しく口を開いた。

 

「お前、どうしてここに戻ってきたの。今日から新学期でしょう」

「あ、あの、え、駅の……い、入口が、は、はいれ、なくて……」

「入口?」

「ま、魔法界に行く、ところが……わ、私だけ、入れなくて……そ、それで、き、汽車に、乗れなくて……」

 

 もたつく舌でなんとか詳細を伝えると、途端にペチュニアのしかめっ面がきつくなった。思わず縮こまるが、特に叱られるということもなく、ただ叔母がため息一つついたのを黙って見つめる。

 ペチュニアは疲れきったように椅子に腰掛け、指で額を抑えながら肘を立てた。どこか特定の場所を見るでもなく、ぼんやりした視線が宙を浮いているように見える。

 ペチュニアはこういうところがあった。昔から本人の意思に関わらず迷惑をかけてしまってきたけれど、稀に、それがハリエットのせいでない時がある。そういう時、ペチュニアはこういうなんとも言えない顔をして、ハリエットと目を合わせようとしないのだ。

 『隠れ穴』に向かったあの時もそうだ。こんな顔をして、決して目を合わせようとしてくれなかったのをハリエットは思い出した。

 

「……待ってなさい」

 

 がたりとペチュニアは立ち上がると、リビングの収納ダンスを開き、そこから更に一つの箱を取り出す。錠付きの、深い藍色がかったボックス───それは、ペチュニアがスネイプに助けを求めた時に取り出したものと同じだったけれど、生憎とハリエットはその瞬間を目にしてはいなかった。

 ペチュニアは箱を持ってリビングを後にしようとした。が、部屋を出る直前に、ハリエットの方を見つめて、怪訝そうに、不機嫌そうに、その両方をひっくるめた表情で言った。

 

「お前、どうせしばらくどこにも行けないのなら、手伝いでもしなさい───そうね、薔薇の剪定でもしてもらおうかしら」

 

 姪は頷いたのを見て、ペチュニアは今度こそボックスを片手にリビングを出た。

 

 ハリエットはペチュニアの言う通りにした。一応、ヘドウィグの籠の中に水と餌をやって、後は庭で薔薇の枝を切り、水を巻いた。夏休みの前半はずっとやっていたことだから、軍手と鋏の場所も扱いも知っている。

 何か仕事を言い渡される中で、庭仕事はいっとう好きだ。植物もなんやかんや動物とよく似ていて、毎日見ていると変化があったりするし、同じ種類でも全然違う時がある。それに、葉っぱの後ろに引っ付いている虫を見つけるのも面白い。トカゲなんかがいる時は特に嬉しくなるから、やっぱり自分の爬虫類好きはそれなりだと思うのだ。

 ペチュニアが降りてきたのは、切り終えた枝がごみ袋いっぱいに詰まり出した頃だった。彼女はまず庭を見つめて、それから頬の土を拭うハリエットに声をかけた。

 

「ハリエット、もう良いわ。向こうがあんたを迎えに来るそうだから」

 

 きょとん、と目を丸くする姪にそれ以上何も言わず、ボックスを収納ダンスに仕舞いこむ。

 ハリエットは不思議そうにその後ろ姿を見ながら、ひとまず軍手を外して、リビングの方に戻った。少し土に汚れているが、カーペットを汚すほど酷くはない。

 

 それよりもハリエットには、叔母が言ったことの方が気になった。

 迎えに来る、とは言うけれど、いつの間にホグワーツに連絡したのだろう───いいやそもそも、彼女はホグワーツへの連絡手段を持っていたのか?

 フクロウ以外に魔法界の連絡手段があることなんて知らなかった。もしかして、あのボックスに関係あるのだろうか? それこそマグルの世界で言う電話のような───けれどそれじゃあ、アーサーが電話について知った時、子供みたいに喜んでいた理由がよくわからない。

 こんがらがって頭を悩ませている時にブザーが鳴った。その音に負けないくらい踵を強く鳴らしながら、ペチュニアが玄関まで歩き、重苦しく扉を開ける。きっと今回もスネイプ先生だろうと思って、ハリエットもリビングの方から扉に目をやった。

 

「───ごきげんよう、ミセス・ダーズリー」

 

 しかし、扉の向こうにいたのはスネイプではなかった。

 ハリエットが瞠目している間に、ペチュニアは壁の方に身を寄せて、来客はしなやかな猫のように室内に踏み入った。

 

「……てっきり、セブルスが来るものと思っておりましたけれど」

「グリフィンドール───ミス・ポッターの所属する寮監はわたくしですので」

 

 マクゴナガルは、いつも通りの毅然とした態度でペチュニアにそう言った。とんがった三角帽子に、鮮やかなエメラルドのローブ。ダーズリー家が嫌う『魔法使い』のステレオタイプを体現したような『魔女』の姿に、ペチュニアは辟易としているようだった。

 

「……そう。まぁ、どうでも良いけれど───寮監ね。もしそんなにお偉いっていうのなら、生徒が乗り遅れないように、設備をもっと見直した方がよろしいんじゃなくて?」

 

 嫌味な言い方だ。実際問題、通れなかったのは駅の不手際なのであってマクゴナガルにはどうすることもできなかったのだから。それを知ってか知らずか、少なくとも棘の含んだ言葉を投げかけるのは意図的なのだろう。

 

「仰る通りです。返す言葉もございません」

 

 しかし、マクゴナガルはペチュニアの言葉に否定を挟まなかった。

 毅然とした態度のままではあるが、口に出した一言は間違いなく非を認めるものである受け取れる。

 ペチュニアも驚いたのか、はっと目を見張り、しばらくしてばつが悪そうに視線を逸らした。マグルである彼女だって、流石に『学校』と『駅』が異なる組織で、一教員でしかないマクゴナガルの管轄外なことくらいわかるだろう。

 ただ、それでも言いたいくらいはあるというだけのことで。

 

「不手際をお詫び致します、ミセス・ダーズリー。ここからは私が責任を持って、ミス・ポッターをホグワーツまで連れていきましょう」

「……あぁ、そう……」

 

 ペチュニアはなんだか居心地が悪そうに、そわそわと自身の腕を撫でさすっている。ハリエットは段々と不安になってきた。家族でない人を前に、ペチュニアがここまで弱々しい姿をしているのは見たことかまない。あのスネイプが相手の時でさえ怒鳴り散らすのに。

 

「それとミセス・ダーズリー。お手数とは思いますが、次から学校に連絡を頂く際は、フクロウを使っていただきたいのです」

「……フクロウ? あぁ……そう、そうだったわ、おたくはあれが郵便代わりだったわね」

 

 ペチュニアが酷く不機嫌そうに吐き捨てる。

 

「おたくの学校がどこにあるのか、結局私は存じ上げませんけれど。一体いつ頃に着くのかしらね、そのフクロウっていうのは」

「魔法界のフクロウは特殊ですから。野生のそれより、ずっと早く飛べるでしょう」

「そうね。今から飛ばして、夜のうちにでも着いて、その場合この子はずっとここにいたのかしら」

 

 マクゴナガルはじっと黙っていた。

 

「例の訳のわからない生き物のこともあるのに───だからわざわざ、知らないよその家に───この子の友達の家だと言うから───うちでないといけないと言った口で、よその方が良いと言うから、預けたのに───結局、この子は戻ってきたじゃない」

 

 ぎゅっと手のひらを胸の前で握り締めて、ハリエットが後退りする。ガリ、と叔母が爪を立てた壁がいやな音を奏でていた。

 不安定にヒステリックな様子の大人を見るのは気が引ける。それが自分の保護者だったら尚更で、おまけにそのヒステリーを向けている先は自分の学校の先生だ。どうしたって気まずいし、良い気分になるものでもない。

 それでも、マクゴナガルは毅然として立っていた。まるで当然のことのように、まっすぐにペチュニアを見つめて、彼女の口からこぼれる不平不満を受け止めている。

 

「もう、うんざりよ。あんた達のことに振り回されるのは……」

「えぇ、えぇ、その通りです」

 

 マクゴナガルは頷きながら言った。言葉だけならあしらうようだが、込められた感情は適当などとは程遠く、彼女なりの強い誠実さが詰まっているようだと思った。

 

「騒動については、私も少しばかりスネイプ教授から聞いております。本当に否定のしようもございません。私共の都合と見解で、貴方がたとミス・ポッターの環境を変え、酷く掻き乱してしまった。心より、お詫び申し上げます」

 

 どうして、マクゴナガル先生がそんなに謝るんだろう。

 ペチュニアはマクゴナガルの言葉に、それ以上何も答えなくなってしまった。壁に体を預けて目を伏せる叔母の憔悴しきった様子に、しばらく誰も口を出さず、じっとしていた。

 

「……もういいわ。さっさとその子を連れて行ってちょうだい」

 

 やがて、ぽつりとペチュニアが囁いた。

 わかりました、とマクゴナガルは杖を振るい、ハリエットのトランクとヘドウィグの籠を魔法で引き寄せた。いつか習うかもしれない呪文にぼうっとしていると、マクゴナガルの猫目がちらりとハリエットを見やる。

 

「行きますよ、ミス・ポッター。叔母様にお別れを忘れずに」

 

 ハリエットは慌てて軍手を外し、靴を庭仕事の物から外出用のものに履き替え、マクゴナガルに駆け寄った。ちらりとペチュニアの方を見るも、彼女は決して目を合わせようとしない。『隠れ穴』に初めて向かったあの日と同じだった。

 だからあの日叔父にしたのと同じように、ハリエットはぺこりと頭を下げた。そして、おずおずとマクゴナガルの裾をそっと握ると、薄らとした穏やかな微笑みが返ってくる。次の瞬間、ぎゅるりとハリエットの視界が渦巻いて歪んだ。

 

 

 とん、とハリエットの足が降り立ったのは、豊かな芝生の上だった。

 ホグワーツの石造りの床でないことに疑問を抱く前に、傍にいたマクゴナガルが叫ぶ。それはハリエットの方ではなく、目の前に広がる光景の向こう側にいる人物に向かって。

 

「ハグリッド!」

 

 かぼちゃ畑の向こうで、毛むくじゃらの頭がぴょこんと飛び出す。まんまるの目が、きょとんと丸くなってこちらを見つめ、それからどしどしと歩いてきた。

 

「ハリー、ハリーじゃねぇか! 何でこんなとこに……まさか、もうそんな時間か? いけねぇ、俺が、イッチ年生を迎えに行ってやらにゃならんのに……!」

「落ち着きなさい」

 

 土まみれの手で慌てふためくハグリッドを、マクゴナガルが優しい声で窘める。

 

「汽車はまだ当分着きません。この子は少し事情があって先に着いたのです」

「お、おぉ、そりゃあ……ハリー、お前さん、いつも大変そうだなぁ……」

 

 ハグリッドはほっとしつつ萎んだ声で言った。

 

「それで」

 

 ごほん、マクゴナガルが咳払いと共にそっと囁く。

 

「貴方にお願いがあるのです、ハグリッド」

「おぉ、なんですかい。俺にできることなら、なーんでも言ってくだせぇ!」

「私はすぐに行くところがあるのですけれど、ミス・ポッターを任せてもよろしいですか? ここから寮まで一人で荷物を運ぶのもなんでしょうから」

 

 ハグリッドは意気揚々と胸を拳で打ち、明るく「任せてくだせぇ!」と言い切ろうとして、けれどまたきょとんとした。

 

「俺でいいんですかい?」

「えぇ、勿論ですとも。それとも、何か問題がありますか?」

 

 ぶんぶんハグリッドが首を振ると、マクゴナガルは満足そうに頷き、「では、よろしくお願いします」と告げて、そのままぎゅるりと渦になって姿を消した。

 しばしの沈黙の後、ハグリッドがハリエットに言った。

 

「ほれ、行こうハリエット。荷物は俺が持ってやる。寮の前までひとっ飛びできたらええんだろうが、ホグワーツの敷地内は姿現しができねぇからなぁ」

 

 それは初めて知る知識だった。だからマクゴナガルは石作りの床ではなく、ふかふかの土の上に降り立ったのだろう。ひとまずヘドウィグを籠から出してやると、雪のようなフクロウが見えなくなるくらい飛び去った。

 

「それよりハリー、荷物置いた後は暇だろう。良かったら俺と茶でも飲まんか」

 

 にっこりとそう問われて、ハリエットは小さく頷いた。

 

 

 それから夕刻になって汽車がつくまで、ハリエットはハグリッドと一緒にいた。

 ぽかぽかと湯気の立つ紅茶を飲み、ハグリッドお手製の岩のようなロックケーキを食べ、禁じられた森の様子を伺うのにもついて行く。それが存外に楽しくて、ハグリッドが「そろそろ時間だ」と名残惜しげに告げるまで、ずっと彼の後ろをついて回った。

 寮に戻ると、私服から制服に着替え、そのまま大広間に向かう。廊下に飾られた絵画達がひそやかに騒いでいた。巻き髪に髭を蓄えた老人が「あぁ、またうるさくなる……」と嘆きながらそわそわと椅子の上にふんぞり返って、隣の絵画に描かれた貴婦人達はくすくすと笑いながら「今年の一年生はどんな子達かしら」と囁きあっている。

 騒がしいのはゴースト達もだった。ハリエット以外生徒もいないから、 城中に彼らの声がよく響く。絵画達の囁きを覆い、動く階段の隙間を通るように、塔の遥か上でけたたましくどよめく声。「───待て、待った、待ってくれ!」「誰が! 待ってなど! やるもの! ですか! この、何百年経っても学ばない、最低最悪の───」「見てみろ。エディー・クリーヴァーめ、また女に追いかけられとる。飽きんなぁ奴らも」「組み分けの日なのに騒いでいたら副校長殿あたりにどやされますぞ……で、今回は一体何を?」「ゴーストのコルダという娘がいたろう。あの娘につばをつけようとしたらしくてな、ただその口説き文句がまぁ笑えるのなんのと……」

 

「───そこのゴースト共! やかましい! 貴様らは、何百年経てば大人しくすることを覚えるのだ!」

 

 副校長(マクゴナガル)───ではなく、血みどろ男爵の怒声が轟いて、ゴースト達は慌てふためき四散していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリエットが大広間につくと、ぞろぞろと生徒達が大広間に流れ込んでいるところだった。

 群れのように動く人だかりが、扉を通っていく。小走りになってハリエットも端の方に割り込むと、割り込んだ周囲の生徒が少し怪訝そうな顔をそれもすぐに興味をなくしたのか、とっとと前を向き直して歩き続ける。

 生徒達は大広間に入や否や、次々と自分の寮の長テーブルのもとに着席していた。ハリエットもグリフィンドールのテーブルに向かうと、見知った顔がこちらを見て手を振った。

 

「ハリー、こっちおいでよ!」

 

 浮かれた様子の呼びかけに応えて、ハリエットはネビルの隣に座った。ネビルは去年と変わらないふくふくとした頬を緩ませて、穏やかに喋った。

 

「良かった、ちゃんといたんだね。ロンとハーマイオニーが大騒ぎだったんだよ。どこ探しても君がいないって」

「だから言っただろ、いるに決まってるって」

 

 ちょうど向かいの席に座ったシェーマスが、呆れながら言った。

 

「あの二人は大袈裟すぎるんだって。過保護っていうか。合流を諦めて違うコンパートメントにいましたってこともあるんだし。ホグワーツ特急に部屋がいくつあると思って……」

「いた! いたわロン!」

 

 シェーマスの言葉に被せるみたいに、甲高い声が響いた。たくさんの足音と話し声に混ざって、一際激しいどたばたとした二つの音がする。振り返ると、ハリエットはぎゅうっと力強くハーマイオニーに抱き締められた。同じように、ロンの手がハリエットの腕を握り、ぶんぶんと上下に振るう。

 

「もう! すっごく心配したのよ! ロンが、貴方がまだ来てないって言うから、てっきり駅に置いてけぼりになったのかと思って!」

「良かった、本当に良かった! また変なところに迷い込んでたらどうしようかと思ったよ」

 

 どうやら随分と心配をかけてしまったらしい。保護者のようなことを言う二人の更に向こうの方で、ハリエットを見つけたウィーズリー家の兄達がほっとしたような顔をしていた。申し訳ない気持ちを覚えつつも、こうもきつく抱きすくめられると、苦しさの方が勝ってしまう。様子に気付いたネビルが口を開いた。

 

「二人共、もう良いでしょ。ハリーが苦しそうだよ」

 

 はっとした様子で離れると、二人はそのままハリエットの左隣に座った。ちょうどその時、向かい側にディーンとラベンダーとパーバティの三人が現れた。三人は親しみの込められた挨拶を同級生達に向けた後、シェーマスの両隣をこじ開けてそこに入り込んだ。

 

「それで、君ってば結局どこにいたのさ? 僕ら多分、全部のコンパートメントを探したんだよ」

 

 ロンにそう問われて、ハリエットは彼らにしか聞こえないくらいの小さな声でぽつぽつと話した。

 キングス・クロス駅の壁を通り抜けられなかったこと、そのせいで汽車に乗り遅れて、夜の騎士バスに乗って、結局マクゴナガルに迎えに来てもらったことを話すと、全員が呆然としてハリエットを見つめていた。

 

「そりゃ……大冒険だったね?」

 

 躊躇いがちな風にぽつりとシェーマスが言った。思わずラベンダーがシェーマスの脇を肘で小突いたけれど、似たようなことを思っているのは明白だった。

 

「壁を通れないなんてことあるの?」

 

 不思議そうにディーンが問うと、首を横に振ったのはパーバティだった。

 

「聞いたことないわ。そんな事故が前にもあったら、パパとママが注意しなさいって言ってくれると思うし……」

「それに私達は通れたもの。ハリーだけ駄目だったってことでしょ?」

 

 付け加えるようにラベンダーも口を開く。

 

「あれじゃない? 時間ギリギリだったとか」

「え、時間制限式なのあれ?」

「知らない。言ってみただけ」

「何だ紛らわしいな」

「もしもまだ通れないままなら、九と四分の三番線は今頃大騒ぎになってるでしょうね」

「わぁ……婆ちゃんカンカンだろうな……」

 

 八人はしばらくその話題を話し合い、やがて駅の話から汽車での話にまで変わった。

 ネビルが残念そうに、車内販売でドルーブルの風船ガムが目の前で売り切れになったことを語った時、突然辺りがどよめいた。ハリエットが見渡すまでもなく、どこからか女子生徒の黄色い声が上がったのが聞こえた。

 

「ねぇ、来たわ!」

「ほらあそこ! ロックハートよ!」

 

 弾かれるように教職員用の長テーブルを見る。白い歯を輝かせたロックハートが、女子生徒からの歓声に手を振って応えながら、フリットウィックの隣の席にすとんと腰を落とした。不意にロックハートの視線がグリフィンドールのテーブルに向けられ、ハーマイオニー、パーバティ、ラベンダーの三人が、一緒になってきゃあと叫んだ。

 

「こっち見た! 今こっち見た!」

「凄いわ本物よ! 本当に私達の先生になるんだわ!」

「ハリーはツーショットを撮ったんでしょ? 私達も撮ってくれるかしら……」

 

 盛り上がる女子生徒をよそに、男子生徒は一様にげぇ、と苦々しい表情を浮かべている。ハリエットは少女達の中で唯一ロックハートから目を逸らして俯いた。どうして女子全員がそこまで騒ぐのかよくわからなかった。確かに顔立ちは整っているし、いつも笑顔だから人当たりも良く思えるけれど、そんな人はホグワーツだって探せばたくさんいるだろうと思う。やっぱり、有名人だと余計に特別に見えるのだろうか。

 

 女子生徒達が騒ぐ中、ダンブルドアがゴブレットをスプーンでカンカンと鳴らした。生徒の意識がダンブルドアに集まり、段々と落ち着きを取り戻していく。

 次の瞬間、大扉がバンと開き、マクゴナガルが一年生を引き連れて、きびきびと大広間の奥に歩いていった。一年生達の態度は様々で、緊張で青くなっている子もいれば、落ち着きなくあれもこれも見回している子の姿もある。

 ジニーは列の真ん中の方にいた。強ばった表情で、ローブの余った裾を踏まないように一生懸命歩いている。一年生は教職員のテーブルの前に辿り着くと、マクゴナガルが彼らの前に丸椅子を置き、更にその上に、相変わらず古臭い組み分け帽子を置いた。そして───。

 

 

 

『今年も今日がやってきた

素敵な今日がやってきた

千年前から変わらない

私が仕事をこなす日だ

 

 

誇り高き四人組

彼らが与えた我が使命

千年前からひたすらに

選び続けた四つの寮に

 

 

勇気ある者はグリフィンドール

どんな脅威が相手でも

剣を握るその雄姿

まさに赤い獅子が相応しい

 

 

狡猾ならばスリザリン

愛しきひとの為ならば

どんな手段も選ばない

覚悟を示せ緑の蛇よ

 

 

賢者のたまごはレイブンクロー

決して驕らず逸らずに

聡明たらんとするならば

青き大鷲が導くだろう

 

 

優しき君はハッフルパフ

ひとの悲しみに涙を流し

誠実であろうとするならば

黄色の穴熊が君に寄り添う

 

 

さぁ私を被りなさい

君の心と資質を見抜き

行くべき寮を教えよう

四人の偉大な創設者

彼らが望む生徒達

今こそ私が組み分けよう』

 

 

 組み分け帽子の歌が終わると、大広間は割れるような拍手で包まれた。ハリエット達も叩きながら、ディーンが不思議そうに小声で呟く。

 

「僕らの時と違う歌だ」

「毎年違う歌なんだよ」

 

 兄貴達が言ってた、とロンは答えた。

 

「退屈なんだよ、きっと。帽子って被ってもらわないと、一年中やることがないだろ? きっとその間に次の歌を考えてるんだよ」

「それってなんだか可哀想ね……」

 

 パーバティの言葉にハリエットは苦笑した。確かにその事実は少し可哀想な気はするが、それよりもその歌詞の方が気になった。別に特別な内容なんてないのだけれど、ただ一つ。『勇気』という言葉が、どうしても自分には相応しくないような気がするのだ。

 そうこうしているうちに拍手が止み、マクゴナガルが羊皮紙を広げる。そして、去年のハリエット達に言ったのと全く同じことを新しい一年生にも告げた。

 

「名前を呼ばれたら、前に出て、この椅子にお座りなさい。よろしいですね───」

 

 組み分けは順調に始まった。最初に呼ばれた生徒が、組み分け帽子を被ってすぐ「レイブンクロー!」と叫ばれて、急ぎ足でレイブンクローのテーブルに走っていく。次の生徒もレイブンクローだった。大きな拍手で新入生を歓迎しているレイブンクローをぼんやり見つめていると、次の生徒の名前が呼ばれた。

 

「クリービー・コリン!」

 

 明るいブロンドのコリン・クリービーは、最初の二人とまるで様子が違っていた。わくわくが止まらない、と言わんばかりに軽やかな足取りで椅子に座る。マクゴナガルが帽子を被せてやると、少ししてからまた大声が響いた。

 

「グリフィンドール!」

 

 グリフィンドールの席から大きな拍手が湧き上がる。コリン・クリービーは嬉しそうに帽子を脱いでマクゴナガルに手渡すと、グリフィンドールのテーブルに走ってきた。コリンが座った席はハリエット達からはほんの少し遠かったが、近くの席にいた上級生と満足そうに握手を交わしている。

 

「カロー・フローラ!」

「スリザリン!」

「カロー・ヘスティア!」

「スリザリン!」

 

 組み分けはどんどん続いた。ハッフルパフ、ハッフルパフ、グリフィンドール、スリザリン、レイブンクロー、またハッフルパフ、それからグリフィンドール……。

 在校生達は組み分けを見守りながら、終わりが来るのを今か今かと待ち続けていた。皆、お腹が空いているのだ。誰かのお腹が鳴る音に聞こえないをしているうちに、名前はGまでやってきた。

 

「グリーングラス・アステリア!」

「───スリザリン!」

 

 スリザリンがまた拍手で溢れるのを、ハリエットは遠目にぼんやり見つめた。確か同級生にダフネ・グリーングラスという女子生徒がいた筈だけれど、もしかして彼女達は姉妹なのだろうか。

 その考えはおそらく当たっているのだろう。アステリアはスリザリン寮のテーブルに座っていたダフネを見つけると、笑顔で駆け寄って隣に座っていたからだ。ちょうど、近くに座っていたらしいプラチナブロンドの少年───ドラコと、何か話して握手を交わしている。

 

「ハント・ベンジャミン!」

 

 ハリエットはまた組み分け帽子の方を向いた。「スリザリン!」と叫んだ帽子に従って、ぶすっとした少年がスリザリンのテーブルの方に歩いていく。

 

「ラブグッド・ルーナ!」

「レイブンクロー!」

 

  ぼんやりした彼女がふらふらとレイブンクローの席に向かったのを見届けて、マクゴナガルが次の名前を呼ぶ。Lまで来たから、やっと終わりも見えてきたと言える。

 ふと隣を見ると、ロンの表情が少し強ばっている。緊張しているのだとハリエットはわかった。彼の妹のジニーはWだから、名前を呼ばれるのはどうしたって最後の方になるのだ。

 ハッフルパフと組み分け帽子が叫んだのが聞こえて、ハリエットはまた視線を戻す。列は確実に数を減らしていた。

 

「ウィーズリー・ジネブラ!」

 

 そして、ついにジニーの番が来た。ロンが隣でそわそわと座り心地を直しているのが、見なくとも感じ取れる。

 ジニーは、ぶかぶかのローブを不安げに握りながら、椅子の上に座った。その間、グリフィンドールのテーブルはやけに静かだった。ウィーズリー家はずっとグリフィンドールだし、上級生達はフレッドやジョージ、パーシーの妹だとわかるから、一緒になって緊張してしまっているのかもしれない。ハリエットもどきどきしながらジニーの姿を見つめていた。

 

「───グリフィンドール!」

 

 わっと歓声が上がった。ロンが強く拍手をする。遠くからフレッドとジョージの声が聞こえた。きっとパーシーも、同じように喜んでいるに違いない。

 ジニーはほっと胸を撫で下ろして、グリフィンドールのテーブルに駆け寄った。そこでようやく組み分けが終わり、マクゴナガルが丸椅子と組み分け帽子を片付け始める。皆もう待ちきれないようだった。

 片付け終えたマクゴナガルが教職員の席につくと、ダンブルドアが立ち上がった。

 

「今年も新たな生徒達が増えた。歓迎しよう、新入生諸君。上級者諸君も新たな一年が始まる。気を引き締め、まずは───」

 

 ダンブルドアは恭しく両手を広げ、微笑みを浮かべ、そして告げた。

 

「───掻っ込め!」




 原作では秘密の部屋でハリーは組み分け帽子の歌を聞けなかったのでそれっぽいやつ考えました。
 なんか他作品でも自作組み分け帽子ソング書いてた二次創作あった気がするんですけどなんだったか忘れちゃった。
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