ハリエット・ポッターと夢想の旅   作:永久@

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ダイアゴン横丁

 スネイプと共に、ハリエットは魔法の世界に足を踏み入れた。

 魔女と魔法使いが扱う魔法道具を売るダイアゴン横丁───お世辞にも綺麗とは呼べないパブの向こう側に、これだけ大きな市場があるなんて、魔法を知らなければ永遠にわかり得ない事だろう。

 

「ついてきなさい」

 

 ハリエットははぐれないように、懸命にスネイプの後ろをついた。人の波を細く小さな体で捌くのは疲れるが、スネイプの真後ろにつけばまだマシに動く事ができた。

 まずグリンゴッツ銀行という魔法使いの銀行に向かい、父母が遺していたという遺産と鍵をスネイプからもらう。「失くせば二度と入れない」と率直なお言葉を頂いたので、顔色を青くさせながらポケットの底に沈めた。

 次に向かったのは杖を売っているオリバンダーの店。その間、スネイプは教科書などを揃えていてくれると言う。店の前まで見送られ、ハリエットは緊張しながら扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ。杖をお買い求めで?」

 

 ハリエットを出迎えたのは、しゃがれたひょろひょろの老人だった。

 

「あの、はい、杖……その、ここで、買うように、と」

「ホグワーツの新入生ですかな?」

「あ、あっ、はい」

「それはそれは。儂は店主のオリバンダー……失礼、お顔を見せていただいてもよろしいですかな?」

「え、あの……は、はい」

 

 よくわからないが了承すると、白く痩せこけた指がハリエットの頬に触れる。オリバンダーの表情に笑みが浮かび、懐かしいものを見るように目を細めた。

 

「おぉ、やはりそうじゃ。まもなくお目にかかれると思っておりましたよ、ハリエット・ポッターさん。───あぁ、お母様と同じ瞳じゃな」

「母、ですか」

 

 最近よく聞く単語───ハリエットは母との記憶がまるでないが、どうやらセブルスの言う通り、彼女は有名な魔法使いであるらしい。オリバンダーはハリエットの前髪を上げて、薄らと残る傷跡をなぞるように撫でた。

 

「この傷をつけた杖も儂の店のものじゃった……さて、ミス・ポッター。老体の昔話はこれぐらいにして、貴方の杖の話に戻りましょう。杖腕はどちらかね?」

「えっと……利き腕、ですか? それなら、右……です」

「ふむふむ。貴方なら、きっと良い杖に選ばれる事でしょう」

 

 オリバンダーの言葉に、ハリエットはきょとりと目を丸くした。

 

「選ばれる、ですか?」

「えぇ、ポッターさん。杖には忠義がある。杖が相応しいと思った魔法使いを選ぶのです。そうして何人もの魔法使いが杖を握ってきた───さぁ、さぁ。まずはこれなどいかがかな。クマシデの木にユニコーンのたてがみ、二十二センチ。しなりにくい」

 

 手渡された杖を握ると、オリバンダーは穏やかな声でハリエットに振ってみるよう言った。言われるがままに一振りすると、バサバサと近くの物を強風が押し上げる。

 

「ふむ、違う───ではこちらは? ギンヨウボダイジュにドラゴンの心臓の琴線、十九センチ。弾力はあるが曲がらない。さぁ」

 

 次に手渡された杖は、なんとなく手に馴染まないのがハリエットにもわかった。一振りすればピシャッとまるで雷のような音がして、思わず杖を落としかけたのをオリバンダーが寸での所でキャッチする。

 

「ご、ごめんなさい」

「いえいえ。しかし、ふーむ……」

 

 店の奥に向かったオリバンダーが何やらゴソゴソしながら長考した末、ある一本の杖を持ってきた。

 

「こちらを……ヒイラギに不死鳥の羽、二十八センチ。良質でしなやか」

 

 ようやく新たに手渡された杖は、ハリエットの手にしっかりと馴染んだ。バチバチと杖先から小さな火花が弾けて、ほっと息をつく。

 オリバンダーも納得したように頷いて───しかし、どうしてなのか、その表情はわずかに不服そうだった。

 

「……うぅむ、不思議じゃ───わしは売った杖は全て覚えている。それは珍しい兄弟杖、君を傷付けた杖と同じ不死鳥の羽を使ったもの。いや、それにしても───」

 

 しかし、オリバンダーの不満はそれに関してではないらしい。

 お題を払おうとしたハリエットを遮って、オリバンダーは再び奥に向かい、新たに杖をハリエットに差し出した。

 他の杖と違って箱ではなく、質の良い黒いストールのような布に包まれており、その布もどこか長い月日を感じるようだった。

 

「ポッターさん、この杖も振ってみてはくれませんか」

「え……? で、でも……杖は、一本、じゃ」

「えぇ、しかしどうしても振ってみて欲しい。お願いです」

 

 どこか熱っぽい目をして興奮気味にそう言われては、拒否する事などハリエットにはできない。再び杖に触れる───不思議な事に、子供の手のひらにはまだ大きいだろうその杖は、先程の杖以上に握り心地が良かった。

 

「サクラの木、サンダーバードの羽、三十センチ。細く程良いしなり……さぁ、振ってみてくだされ。それで、儂の思い違いでない事がよくわかる」

 

 困惑しながらも頷いて杖を振る。杖先を追うように青い光が弧を描いて、残された光が霧のように緩やかに四散した。小さな結晶のような光がちらついて、神秘的な美しさを作り上げる。

 

「素晴らしい!」

 

 今度こそ、オリバンダーは心の底から納得して───いや、それ以上に恍惚とした顔をして、ハリエットの持つ杖を褒め称えた。

 

「ミス・ハリエット・ポッター、きっと貴方は素晴らしい魔女となる。素晴らしい! あぁ、なんと良い日か!」

「あ、あの、代金を……」

「それは必要ありません! 素晴らしいものを見せていただいたお礼です、お譲りしよう! あぁ、これほど興奮したのはいつぶりか!」

 

 嬉々とした様子のオリバンダーの圧に押されて、次に紡ぐべき言葉がわからなくなる。二本の杖を手にハリエットが立ち尽くすしかできない中、背後の扉が音を立てた。

 

「こんにちは。あの、ここで魔法の杖を買えるって聞いたのだけれど───わぁ、何ここ。凄い所ね」

 

 やって来たのは、栗色のふわふわした髪の少女と、帽子を深く被った女性。一見した年齢は老婆のようだが、しなやかな躯体はまるで衰えを感じさせない。

 ハリエットに気付いた老婆は眉をつり上げると、おろおろしているハリエットに膝を曲げて視線を合わせた。

 

「おやおや、ミス・ポッターではありませんこと。お一人ですか?貴方にはスネイプ先生がついていた筈ですが」

「あ、あの……杖、を、買っていて……けれど、その……あの……」

「えぇ、えぇ、言わずともなんとなくですがわかります。ミスター・オリバンダーに困っているのでしょう。あぁ、私はミネルバ・マクゴナガルです。プレゼントは見てくださいましたか?気に入っていただけたなら嬉しいのですが」

 

 その名前をハリエットは覚えていた。例の手紙と、あの服のプレゼントを贈ってくれた人の名前だ。ハリエットが覚えていると控えめにだがお礼を述べると、マクゴナガルはハリエットに優しく微笑み、それから興奮冷めやらぬ様子のオリバンダーを冷ややかに見やった。

 

「ミスター・オリバンダー、我が校の新入生を困らせないでくださいな。貴方なら根気よく彼女に合う杖を探せる筈でしょう───」

「ん? あぁ、マクゴナガルさん。いえいえ、ミス・ポッターの杖はもう選ばれましたよ」

 

 オリバンダーの言葉にマクゴナガルが首を傾げると、ハリエットがマクゴナガルに言った。

 

「あ、あの……杖を、二本もらってしまったんです。それで、あの、代金を払おうとしたら、い、いらないと、言われて……」

「まぁ。いけませんよオリバンダーさん、そんな事になって、後で何かあったらどうなさるのです」

「いやぁ、素晴らしいものを見ました。マクゴナガルさん、彼女は逸材ですぞ───」

「それはそうとして、今の話は代金の事で───」

 

 何やら口論し出した二人の光景が、ハリエットにはデジャヴに感じられる。叔母とセブルスの言い争う様を思い出してハリエットが俯くと、トントンとその肩を叩く者がいた。マクゴナガルと一緒に入店してきた栗色の髪の少女だ。

 

「ねぇ、貴方もホグワーツに入るの?」

「え……う、うん」

「そう。私、ハーマイオニー・グレンジャー。貴方は?」

「ハリ、エット」

「そう、よろしくねハリエット。ねぇ、貴方は魔法族? 私の家族は誰も魔法族じゃないの。だから手紙が来た時、本当にビックリしたのよ。勿論、嬉しかったわ。でも不安もあって当然でしょ? はじめての事ばかりだし。まぁ、それでも学校にはワクワクしてるわ!」

 

 とにかく早口でまくし立てるハーマイオニーに、内向的なハリエットには口を挟む隙すらなく、黙って話を聞くしかない。

 あっちこっちと会話が弾んでしばらくしてから、ハーマイオニーも自分が少し喋りすぎた事に気付いたらしい。ピタリと口を止めて、そしてさっきまでよりずっとゆっくりとした声で話し出した。

 

「ごめんなさい。私、ちょっと舞い上がっちゃって……よくこうなるの。気分が上がると、早口になったりして」

「う、ううん……ちょっと、ビックリしただけ、だよ」

 

 ダーズリー家でもハリエットを気にせずまくし立てられる事は多かった。それにしてもハーマイオニーが人並みより饒舌であった事は事実だが、誰かと話す事が苦手なハリエットにはそれが一番合うかもしれない。

 

「……あの、私も魔法は、よくわからなく、て。両親が、そうだったらしい、けれど。もう、その……死んでしまっていて」

「そうだったの? ごめんなさい、こんな事言わせて……」

「ううん。それで、あの……ずっと、おばさんの家にいたの。だから……」

「お話の途中で申し訳ありませんが、少しよろしいですか?」

 

 マクゴナガルに遮られて、ハリエットは言葉を閉ざした。話は終わったのか、オリバンダーがやけにぶすりとした顔でそっぽを向いている。拗ねている、とも言うだろうか。

 

「ミス・ポッター。話し合いの結果、代金は片方、ヒイラギの方だけ頂くとの事です。サクラの木の方は、芯がほとんどこの店で使わないものだそうで───全くサンダーバードの羽なんてどこで手に入れたのか───とにかく、今回だけは特別に『譲った』形とします」

 

 マクゴナガルの言葉にほっとして、ハリエットは七ガリオンをオリバンダーに支払った。つまらなさそうにするオリバンダーだったが、二本の杖をそれぞれ仕舞い直した箱と布を見てまた笑顔になった。

 

「ミス・ポッター、その杖達を是非とも大事にしてくだされ」

「……わかりました」

 

 自分に言えるのはそれくらいだ。助けてくれたマクゴナガルは微笑み、ハーマイオニーは「また学校でね」と手を振ってくれた。それがなんだか新鮮で、ハリエットもはにかみながら手を振り返した。

 扉を閉めて少し待つと、スネイプがやってきた。彼はハリエットを越えた店の向こうを見ると、眉間に皺を寄せてハリエットを呼んだ。

 マクゴナガルもしくはオリバンダーが苦手なのだろうか、と思いながらハリエットはそれに従った。しばらく見知らぬ道具やたくさんのフクロウに目を奪われながら歩いていると、突然スネイプが止まる。

 ばふんと背中のローブに当たってしまい、咄嗟に顔を上げて謝罪を口にするが、スネイプはそれを聞いているのかいないのかわからない顔で、ハリエットを後ろ手に背後へ隠した。

 

「ど、ど、どうも、スネイプ先生。ほ、本日は、ど、どうして、ここに?」

「……生徒の学用品購入の付き添いだ。貴殿も経験はありましょう、クィレル教授」

 

 スネイプのローブで相手の姿は見えないが、やけに怯えた声をしている。口ごもる事もハリエットは経験があるので、なんとなく既視感を覚えた。

 

「そ、そ、そうです、か。え、ええと、そ、その子が?」

「……ミス・ポッター」

 

 心底鬱陶しげな声で呼ばれて思わず裏返った声で返事をしてしまったが、スネイプは特にそれを言及する事はなかった。

 

「こちらは闇の魔術に対する防衛術を担当なさるクィレル教授だ。ご挨拶したまえ」

「は、い」

 

 頭にターバンを巻いたクィレルは、神経質そうにハリエットへ手を差し出した。

 

「よ、よろしく。お、お会いできて、こ、光栄です、ミス・ポッター」

 

 その時、何故かピシ、と亀裂が入るような頭痛を覚えた。そこまで重くはなかったので少し目を細めたりして、目の前のクィレルの手を握り返す。

 

「よろしく、お願いします」

 

 クィレルから手を離すと、頭痛もすぐに収まった。スネイプに手を引かれて彼と別れた後にやってきたのは洋装店。藤色の服の女性が朗らかな笑顔で現れると、スネイプは彼女にハリエットを任せて店の前で待っていると言う。

 先程もそうだが、どうして彼は一緒にいてはくれないのだろうか。そうは思っても、そんな事を聞く度胸は残念ながらハリエットは持ち合わせていない。

 

「お嬢ちゃん、こんにちは。こちらにいらっしゃい、採寸をします」

 

 素早い手ほどきでマダム・マルキンと助手らしき魔女によって採寸が行われていく。特に話しかけられる事がないのは随分と楽な事だ。

 その静けさを、扉のベルがチリンチリンと鳴らして破る。マダム・マルキンと少しの会話をしてからさっさと台の上に乗った少年は青白い肌とブロンドの髪をしていた。

 一瞬だけ目が合うも、ハリエットが俯いて視線を逸らす。どうしてだか彼に話しかける勇気は湧かなかった。幸い、あちらから話しかける事もなかったので、再び静寂が店の中を支配する。

 

「はい、終わりましたよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 代金を払って店を出ると、スネイプは長髪のブロンドをした男性と何やら睨み合っていた。その髪色と青白い肌から察するに、先程の彼の保護者であるのがわかる。

 

「スネイプ先生、あの」

「終わったかね?」

 

 頷くと、スネイプはブロンドの男性に短く何かを言ってからハリエットの手を引いてそそくさと離れた。

 ふん、とお互いに鼻を鳴らす姿を見て、ハリエットは「スネイプ先生は友達が少ないのかなぁ」と、とても失礼な事を考えた。

 

 

 

 

 廃屋に戻ってくると、スネイプは部屋に戻ろうとしたハリエットを止める。そして別の部屋に向かうと、そこから白フクロウが入った鳥かごを持ってきた。

 思わず駆け寄ったハリエットにスネイプはできるだけそっと鳥かごを手渡した。

 

「これはホグワーツの森番から君への贈り物だ。あのベッドの上のプレゼントと同じ意味合いのな」

 

 誕生日と入学祝い。信じ難いような気分だった。珍しく夢心地な気分で、ほーっと鳴くシロフクロウをうっとりと見つめていると、スネイプが声をかけた。

 

「そのフクロウにはまだ名前がない。君がつけてやるようにと、森番からの言伝だ」

「いいんですか?」

「そう言っている」

 

 たちまちハリエットの表情はスネイプが見た事がないほどに輝いた。はにかんだ少女が鳥かごのフクロウに目を細め、語りかけ、その姿を静かに見つめる。

 

 まっすぐ伸びた黒髪の後ろ姿は、スネイプがかつて恋焦がれた少女に似ている気がした。

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