ハリエット・ポッターと夢想の旅   作:永久@

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飛行シーカー

 傷んだ毛先はマダム・ポンフリーによって整えられ、腰下まであったロングストレートは胸の少し下に切り揃えられた。

 それでもまだまだ長い方であるから気にはしなかったが、同室の彼女達が切り揃えると言ってくれた事を思い出し、ほんの少しだけ落ち込んだ。

 ネビルには物凄い勢いで謝り倒されたが、そもそも許す許さないの発想がなかったハリエットは困り果てた。とりあえず平気だと言えば泣きながら更に謝られて、どう答えれば正解なのかわからない。

 ただいつも大量に浴びる視線がその日から倍増した事に関しては、謝られても許してやりたくないな、とは思った。

 

 

「今日の飛行訓練、またスリザリンと合同なんですって」

 

 そう言って、ハーマイオニーが朝食のブラックプディングを一思いに頬張った。近くでシェーマスが水をラム酒に変えようとして髪を爆発させている。とても見慣れた朝の風景だ。

 

「単なるイメージだと思っていたけど、グリフィンドールとスリザリンって本当に仲が悪いじゃない。合同授業なんてしても関係が悪化するだけだわ」

 

 最初はそこまでスリザリンを嫌ってはいなかったハーマイオニーでも、マグルであるという理由で馬鹿にされ続ければ憤るのも仕方ない。

 おかげで、よく突っかかってくるパンジー・パーキンソンやミリセント・ブルストロードの顔と名前をすっかり覚えてしまった。課題の他に予習復習を手がけるハーマイオニーとハリエットにとって、顔を合わせれば必ず絡んでくる二人は暇人であるとしか言いようがない。

 今日もまた、スリザリン席では毎朝のフクロウ便で両親から贈られてくる箱いっぱいのお菓子を、ドラコが取り巻きやスリザリン寮生達に自慢している。

 そのたびに何故かこちらに流れ弾のようにやってくる視線に、ハリエットはどうしても慣れなかった。当然それは隣に座るハーマイオニーにも伝わってくる。

 

「毎日毎日、ほんっと飽きないのね。人を馬鹿にするのはそんなに楽しいのかしら」

「あ、あはは……」

 

 もはや諦めの境地に達しかけている二人は、お互い目配せをして残った朝食を詰め込んで立ち上がった。わざわざスリザリンの見世物になってやるつもりは毛頭ない。

 紅茶と一緒に皿上のそれらを喉奥に流し込んで席を経つ。その時、ネビルが手に持っている手のひらサイズのガラス玉が目に入って、ハーマイオニーが足を止めた。ハリエットも止まって、そのガラス玉を覗き込む。

 

「それって思い出し玉じゃない?本で読んだわ。中の煙が赤く染まると、何か忘れているって事なんでしょう?」

「でも何を忘れたのか、それも思い出せないんだ」

 

 ハーマイオニーにそう返したネビルは、首を傾げながらズボンのポケットに思い出し玉をしまいこんだ。

 

 

 

 

「こんにちは皆さん。待ちに待った方もいるでしょう、いよいよ飛行訓練です」

 

 マダム・フーチは、尖った灰色の短髪と鷹のように鋭い目をした老齢の魔女であった。女性にしては多少男勝りにも思える仕草に、猛禽類が威嚇するような甲高い声とハキハキとした喋り方は、多少の気高さを感じさせる。

 

「さぁ、ぼーっとしてないで全員、箒の左側に立ちなさい。右手を箒の上に出して、こう言いなさい。上がれ!」

 

 フーチの言葉はハリエットの鼓膜を強く刺激した。言葉通りに従って「上がれ」と言えば、箒はハリエットの小さな手に引き寄せられるように収まる。しかし同じように一度でできている者はほとんどいない。

 ハーマイオニーやディーンの箒は動きこそするものの起き上がる気配を見せず、ロンは勢い余って箒が額をぶつけていた。ネビルに至ってはぴくりともせず、泣きそうに顔を歪めている。

 結局、最初の一度で成功したのはハリエットとドラコだけで、他の生徒は繰り返し続けてようやく成功したか、もしくはネビルのように手で拾わざるを得ない者かの二者に別れた。

 

「では箒を手に掴んだら、跨りなさい。柄をしっかり握って。落ちないように」

 

 言われるがままに跨る姿は、当然だがマグルの子供が大人に読み聞かせられる童話の魔女の姿と同じものだった。

 ディーンが「ちょっと恥ずかしいかも」と小声で口にすれば、ハーマイオニーやハリエットを含めた他のマグル出身者の生徒も苦笑いで頷いた。魔法族にとって見慣れたもののほとんどは、マグル出身者にとっておとぎ話の産物でしかなかったのだから。

 

「笛で合図したら、皆一斉に地面を強く蹴る事。箒は常にまっすぐ、しばらく浮いてから前かがみで降りてきます。いいですね?」

 

 いち、に、とカウントダウンが刻まれ、さんの代わりに笛が鳴った。ハリエットが地面から離れようとしたその時、ネビルの悲鳴が聞こえて声の方向を振り返る。

 

「うわぁぁっ、うわーっ!た、助けてぇ!」

 

 なんとも男らしくない情けない声で箒にしがみつくネビル。フーチが少し強い口調で落ち着くようなだめても、箒はネビルを乗せてどんどん上昇し、弄び翻弄するように上下左右の至る方向に動き回る。スリザリンの群衆から笑い声が聞こえるが、必死な当人にはそれすら聞こえていないだろう。

 

「うっ、」

 

 最後にそんな声だけを落として、ネビルは勢いよく落下した。ひゅっと息を呑んで箒を握り込む。ただ落ちたにしては妙な音もしていたので、どこかの骨が折れてしまったに違いない。

 

「皆どいて!ミスター・ロングボトム!……なんとまぁ、骨が折れている」

 

 予想は的中したらしい。生徒をかきわけてネビルに駆け寄ったフーチは彼の手首を見て呆れたように呟くと、嘲笑の笑みを浮かべるスリザリン生をひと睨みしながら口を開いた。

 

「全員、地面に足をつけて待っていなさい。この子を医務室に連れていきます。いいですね?箒一本でも飛ばしたら、クィディッチのクの字を言う前に!ホグワーツから出て行ってもらいますからね!」

 

 ぐずるネビルを支えながらフーチはそう告げて去り、訓練場にはざわつく生徒達だけが残された。

 

「見たかあの顔?この思い出し玉を握れば、尻もちのつき方を思い出したろうに」

 

 いやに楽しげな笑みでそう言うドラコの手に握られているのは、今朝ネビルが持っていた思い出し玉だった。今はネビルの時のように赤い煙は現れず、反対側も見えるほどに透き通っている。

 

「返せよ、マルフォイ!」

「嫌だね。ロングボトム自身に見つけさせる」

 

 食ってかかったロンを一蹴すると、ドラコは箒に足をかけてふわりと飛び上がった。箒の経験が元々あったのだろう、軽やかな身のこなしで箒に跨ると、嘲笑するようにグリフィンドールの面々を見下ろす。

 

「どうしたウィーズリー、ついてこられないのか?あぁそれとも、君に箒はまだ難しいかな?」

「ふざけるなよ!」

 

 激昂したロンが箒に跨り地面を蹴飛ばす。しかし箒は前のめりに半回転して、乗り手であるロンの頭を地面に強く打ちつけるだけに終わった。

 どっとスリザリンの生徒達から軽快な笑いが湧き上がり、サーカスの見世物を楽しんでいるような視線の多くがグリフィンドールを見据えている。その目は暗に、自分達こそ上位者であると語っていた。

 

「あら、ポッターは見ているだけなのかしら?」

「英雄なんて名ばかりみたいね」

 

 不意に、誰かがハリエットに向かってそんな事を言葉にした。声のした方ではパンジー・パーキンソンが周囲のスリザリン生と共にハリエットを横目に笑っている。

 たまらず顔を地面に向けたその時、あっと口を開いたロンがぱちぱちと目を瞬かせ、そしてこう言ったのだ。

 

「ハリー、君なら飛べるんじゃないか!?さっき箒を一発で上がらせたのはマルフォイだけじゃない、君もだ!」

 

 どうやら、パンジーの言葉はロンにとってヒントの役割を果たしたらしい。

 名案と言わんばかりに瞳を輝かせたロンがハリエットを見上げ、つられるように他の生徒達も、そして上空にいるドラコもハリエットと彼女の持つ箒を見つめる。確かに、とシェーマスが呟いたその瞬間、声を荒らげたのはスリザリン生でもハリエットでもなくハーマイオニーだった。

 

「ちょっと、ハリーを巻き込まないでよ!それに、フーチ先生が箒を飛ばさないようにって言ったでしょう!」

 

 ハリエットを背中に庇って、ハーマイオニーはロンに対して正論で吼えた。ハーマイオニーが理と知の人である事をハリエットは知っている。けれどハリエットほどハーマイオニーの事を理解できていないロンは、ハーマイオニーの言葉にむっと眉をしかめた。

 

「君は黙っててくれ、僕はハリーに話しかけてるんだ!」

「貴方の言う事が馬鹿みたいだから私も口を挟んでるのよ!彼はどうせ後からフーチ先生に罰則を受けるんだから、放っておけばいいじゃない!思い出し玉だって、後でフーチ先生に取ってもらえばいいんだから!」

 

 全くもってその通り。医務室に戻ってきたフーチに生徒が証言すれば、ドラコはきっと罰則を受けるに決まっている。監督する寮を持たないフーチがスネイプのようにスリザリンを贔屓する事はきっとない。

 しかし、そこまで言ってもロンは納得していなかった。ハーマイオニーを無視してその背後にいるハリエットの名前を叫び、そして彼は言う。

 

「お願いだよハリー、ネビルの思い出し玉を取り返して!」

 

 真摯でまっすぐなロンの瞳に、ぐっと箒を握る手のひらに力がこもった。ハーマイオニーがロンを責め立てる声が聞こえ、刺すような視線が周囲から降り注ぐ。どんな行動を取れば正解になるのかがわからず、ハリエットはぐらぐらと揺れるように混乱する頭を必死になって正し、考えた。

 ───飛べる。

 ピン、と曲がっていた糸をまっすぐ伸ばしたような感覚と共に、たった一言の単語───勘に近い感覚が───ハリエットの頭の片隅に過ぎった。

 ───飛べる。

 また聞こえた。揺れ動いていた思考がまっさらになって、泥と鎖が綺麗さっぱりに消え失せたような気がする。それはほんの一瞬限りの幻惑でしかなかったが、けれども確かにハリエットの背中を押した。

 

「ちょっと、ハリー!?」

 

 ───気付けば、ハリエットは箒に跨って飛んでいた。ふわりと浮上した体はすぐにドラコの隣に並び、まっすぐに安定する。グリフィンドールの歓声と、それに混じったハーマイオニーの唖然とした叫びがBGMにして、ハリエットとドラコさ互いを見据え合った。

 

「やぁポッター。怖かったらすぐ降りてもいいんだよ、僕は馬鹿にしたりしないから」

 

 ドラコは、ロンの時とは違って紳士的な微笑みを浮かべてハリエットにそう言った。けれどハリエットはドラコの言葉に首を横に振って、切願するように言葉を紡ぐ。

 

「か、返して……」

 

 指差す先にあるのは思い出し玉。ハリエットから見ると、透明なそれはドラコが着ているローブのグリーンカラーが映っている。怯えているだろうに毅然としたハリエットの態度に、ドラコはつまらなさそうに目をひそめた。

 

「じゃあ、取ってきてご覧よ!」

 

 次の瞬間、ドラコは下から腕を振り上げて思い出し玉を放り投げた。白い指先から離れたガラス玉が弧を描いて空を横切る。息を呑むと同時、ハリエットは箒をきつく握り締めて思い出し玉を追いかけた。

 低い姿勢でドラコの顔横を飛び去り、真正面から風圧を肌身に受ける。しかし抵抗感は少しもない。箒を操る術を頭は知らないが、体は知っている───そんな奇妙な感覚が、ハリエットの体中を渦巻いていた。

 勢いを失った思い出し玉が、ゆっくりと重力に従って高さをなくしていく。ハリエットはそれを目にして、箒のスピードを早めながら思いきり体を捻った。自転車のドリフト同様に捻った体が勢いをつけて回り、校舎にぶつかる寸前で箒が止まって───ぼすん、と。ローブのへその辺りに思い出し玉が落ちた。

 

「………………とれ、た?」

 

 たっぷり間を作って、ハリエットは呟いた。箒は行きよりもずっとスピードを落として、元いた訓練場までハリエットを運ぶ。

 左手で箒を握り、右手の前腕でお腹を抑える。ほんの少し腕を傾けてちらりと覗き込むと、確かにガラス玉がそこにはあった。

 ハリエットは呆然としながら、とにかく思い出し玉を落とさぬよう握り締めて訓練場まで戻ってきた。迎えたのはグリフィンドール生からの歓喜の声で、地面に足をつけたハリエットを全員揃って囲い込む。

 

「ほらやっぱり!君ならできるって思ってたんだ!」

 

 ロンはそう言うと、ハリエットのローブからひったくるように思い出し玉に手を伸ばした。空へ掲げて眺めてみるが、傷らしいものはどこにも見当たらない。胴上げでもしそうな勢いで幼い獅子達は大いに盛り上がったが、一つの高らかな声がその場に響いた途端、その喜々とした空気は瞬時に凍りついた。

 

「ハリエット・ポッター!」

 

 マクゴナガルの声がハリエットの名前を呼んだ時、ピシリという音が全員の耳に聞こえたのは、きっと幻聴ではない。いや間違いなく幻聴なのだが、彼ら全員の耳に聞こえたそれはもはや幻聴という言葉の意味を成していなかった。

 マクゴナガルはグリフィンドール寮生にもみくちゃにされているハリエットを見つけると、目を瞬かせながらも「きなさい」と呟いて呼び寄せる。ハリエットが箒をすぐ傍にいた生徒に任せてマクゴナガルに駆け寄る後ろ姿を見送る生徒達の中で、ハーマイオニーは忌々しげにロンを睨みつけ、そして恨み言のように吐き捨てた。

 

「ハリーが退学になったら貴方のせいよ、ロン!」

「うっ……」

 

 今度こそ反論の余地なんてどこにもなくて、ロンはハリエットが減点だけで済まされる事を祈るしかなかった。

 

 

 ハリエットがマクゴナガルに連れられてやってきたのは、広大なホグワーツの中でまだハリエットが授業をした事がない教室だった。

 少し待つように言われたので大人しく待っていると、マクゴナガルは授業中にも関わらず一人の生徒をハリエットの前に連れ出した。グリフィンドールのローブを着た爽やかな短髪の男子生徒がハリエットを見て目を見張っている。

 

「ミス・ポッター、彼はオリバー・ウッド。グリフィンドールの五年生です」

 

 軽い紹介をしてから、マクゴナガルの視線はハリエットからウッドに切り替わった。

 

「ウッド、この子は優秀なシーカーになりますよ!」

「……シーカー?」

 

 ハリエットが小さく呟いてマクゴナガルを見やる。その口もとは、いつもの厳格な姿が薄らいで楽しげな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリエットが百年ぶりの一年生シーカーに選ばれた事は、瞬く間に寮を超えて学校中の生徒達に知れ渡った。

 グリフィンドールは特に大盛り上がりで、ハリエットは騒ぎ立てた寮生に談話室でそれはもうもみくちゃにされた。“生き残った女の子”と名高い期待の新入生がお高く止まった純血主義のスリザリン生の鼻を明かしたと、寮生───特に上級生達の中には、本人以上に興奮している者もいる。

 ハーマイオニーが「一緒に図書室に行く約束をしている」と上級生に嘘をついて、ハリエットはようやく彼らから解放された。何故かロンも兄に言われてついてきたが、とにかく談話室から抜け出したかったハリエットは気にしない事にした。

 ハリエットの手を握っているハーマイオニーが、ため息と共に口を開く。

 

「嫌ね、皆あんなに楽しんで。そりゃあ良い事だとは思うけど、目撃者がマクゴナガル先生じゃなかったら本当に退学になっていたかもしれないのに!」

 

 仮にもし目撃していたのがスネイプだったなら、ハリエットは間違いなく退学になっていたに決まっている。ドラコは少しもお咎めなしで、だ。

 

「でも最年少シーカーに選ばれたんだからいいじゃないか。結果オーライってね」

「だから言ったでしょ、『良い事だとは思う』って。それでもハリーが退学になるかもしれなかったのは事実よ」

 

 誰かさんのせいで、とハーマイオニーは小さく呟いた。ハリエットの耳には確かに聞こえたが、小声だったのでロンに聞こえたかどうかはわからない。それを確認する前に、ガタンッと三人の立っている階段が動いて体がよろけた。

 ホグワーツの階段は動くのだと説明を受けてからもう何日も経つが、突然動かれるとまともな体勢も保てない。

 

「きゃっ」

「あっ、ご、ごめんハーマイオニー……」

「別に大丈夫、平気。階段のせいよ」

「行こう。階段の気が変わらないうちにね」

 

 ロン曰く、『どこかしらの廊下に出れば広場ぐらいには辿り着けるから、迷ったらとにかく廊下に出る事』がホグワーツ迷路の攻略法だそう。ウィーズリーの兄達による経験談らしいので、ハリエットとハーマイオニーも特に異論なくその言に従った。

 階段を駆け上がった先の廊下に生徒はおらず、明かりもない。どことなく異様な雰囲気を感じ取ったハリエットは後ずさり、ふと思い至って自分達がやってきた階数を暗算してみた。

 

「……ここ、四階の廊下……?」

 

 導き出された計算に、歓迎会でダンブルドアが言っていた注意事項を思い出す。死にたくなけれ立ち入るなとまで言われた四階右側の廊下。

 寮に戻ろうと踵を返しかけたその時、にゃあ、と鈴のように軽やかな鳴き声が背後から耳に聞こえた。振り向くと、ふわふわな毛並みをした金の目の猫が、ハリエット達をじっと見つめている。

 

「ミセス・ノリス!管理人のフィルチの猫よ!」

「ちょ、僕らここにいたらダメなんじゃないのか!?」

「そうよ!」

 

 ハーマイオニーがそう言うと、三人は一目散に逃げ出した。生徒達の間では、フィルチの印象はあまりよろしくない。いつもしかめっ面で生徒を睨んで、口を開けば罵ってばかりだからだ。

 

「そこの扉!」

 

 ロンが指した場所には荒んだ扉があった。取っ手を握って引いてみるが開かない。ハーマイオニーが杖を取り出して振るった。

 

「“開け(アロホモラ)”!」

 

 鍵穴の回る音がして、もう一度取っ手を引くと今度こそ扉が開く。慌てて駆け込んで身を寄せ合いながら扉を閉める。無言でいると猫の鳴き声は聞こえなくなったが、代わりにフィルチの声がした。

 

「ミセス・ノリス、誰かここにいたのか?」

 

 おいで、と囁く声音は扉越しでもわかるほど穏やかだった。 パタパタと足音が少しずつ遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなってから、ほうっと胸を撫で下ろす。

 

「行った……」

「多分、この扉が閉まっていると思ったのね。実際に閉まってたんだし」

 

 ぽつ、と呟いたハリエットにハーマイオニーも言った。立ち入り禁止の廊下に生徒がやって来る事は基本的にありえない。ハリエット達だって故意に来たのではなく迷い込んでしまったようなものだ。

 それなら堂々と「迷いました」とフィルチに向かって言えばいいのかもしれないが、どんな嫌味を言われるのかわかったものではないし、何より吊るされるのは御免こうむる。フィルチはとにかく生徒からの信用がない男だった。

 

「……これがいるからだ」

 

 呟くロンの声は震えていた。視線の先を追いかける───牙を光らせる三つの頭が、ぎらりとハリエット達を見据えていた。

 ハリエットがひゅっと息を呑んだ。未知への驚愕か、それとも明らかな危険に対する恐怖か。その間にも、目の前の大きな獣は涎を垂らして獰猛な唸りを上げている。

 気付けば三人は逃げていた。ハリエットは悲鳴を轟かせた二人に腕を引かれ、談話室にたどり着いた時には、先程の記憶はまちまちどこかに飛んでしまっている。獣の三つの頭と牙だけがやけに鮮明だ。

 

「一体何考えてるんだよ!?学校にあんな化け物を閉じ込めておくなんて!」

「どこに目をつけてるのよ?あのケルベロスの足元を見なかった?」

「見てる暇なんてなかったよ!頭が三つ!ハリエットは見た!?」

「……目が、鋭かったね……」

「そうじゃなくて!仕掛け扉があったわ。多分、何かを守ってるのよ」

「何かって?」

「知らないわよ!」

 

 ハーマイオニーが声を荒らげ、ロンは恐怖を苛立ちに変換し、ハリエットはただ呆然とする。口論は騒ぎを聞きつけたパーシーが注意しにやって来るまで続き、ハリエットはハーマイオニーに引っ張られながら寝室に戻っていった。

 

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