ハリエット・ポッターと夢想の旅   作:永久@

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ハロウィンとトロール騒動

 あれ以来、元々衝突の多かったロンとハーマイオニーの仲は更に悪化した。

 当初ハリエットは板挟みになっていたが、クィディッチの事でロンと話す機会が多くなり、次第にハーマイオニーと距離ができるようになってしまった。

 授業は先に行くようになり、自室でもハリエットに対して素っ気ない態度を取り始めたハーマイオニーに純粋に悲しみを抱いたハリエットだが、最も近くでそれを見る事になったパーバティとラベンダーは怒った。

 

「どうしてハリーを避けるの!? 貴方がロンと喧嘩しているからって、ハリーがロンと仲良くする事に怒る理由はないでしょ!」

「別にそんな事言ってないじゃない。関係ないんだから放っといてくれるかしら」

「関係なくても気になるわよ、ハリーが可哀想だわ!」

 

 それでもハーマイオニーが頑なでいると、パーバティとラベンダーはハリエットをハーマイオニーから遠ざけるようにした。ハーマイオニーは文句も言わないので、二人の間にできた距離は更に深く大きくなる。当事者であるのに何も言えない自分に、ハリエットはどうしようもない自己嫌悪に陥った。

 ハーマイオニーとは真逆に、ロンとの距離はより近くなった。ロンの兄であるフレッドとジョージがクィディッチチームのメンバーで、人懐っこいフレンドリーな性格である事が主な要因だ。

 

「やぁ、我らがグリフィンドールのニューヒーロー!」

「待て待て相棒、プリンセスの方がお好みかもしれないぜ!」

「ひゃぅ……」

 

 このように、歯の浮くようにプリンセスやらなんやらと言われて、内向的なハリエットが耐えられる訳がなく。また赤面しながら毎回リアクションしてくれる後輩を、この“悪戯仕掛け人”が見逃す筈もなかった。

 

「グリフィンドールの女子って、だいたい気が強い奴ばっかりだからなぁ」

「あんな可愛い反応されちゃ、悪戯仕掛け人として何もせずにはいられないね」

 

 ロンの密告によりマクゴナガルとパーシーに説教を食らった双子の言である。涙目で赤面するハリエットはマクゴナガルに慰められ、フレッドとジョージはパーシーにシバかれた。

 

 

 

 

「なるほどね。だからこの前、パーシーに双子から庇われてた訳だ」

 

 大きな箱を地面に起きながら、ウッドは納得したよと快活に笑った。

 既に日は落ちかけており、ウッドは黒いタートルネックにスラックス、ハリエットは紺色のセーターにジーンズと、お互いラフな格好をしている。

 

「まぁ、いつか慣れるさ。悪い奴らじゃないからね。それに二人はチームのビーターだから、慣れてもらわなきゃ困る」

 

 ハリエットが小さくビーター、と呟く。頷いたウッドは箱を開いて、中のボールをハリエットに見せた。

 

「クィディッチのボールは三種類あって、メンバーは一チーム七人。ポジションは歩きながら説明したよな?」

「チェイサーが三人、ビーターが二人、キーパーとシーカーが一人ずつ……」

「その通り。まずこれがクアッフル、チェイサーが使う」

 

 ウッドは一番大きなボールをハリエットに軽く投げると、競技場のゴールを指さした。

 

「あの三つの輪のどれかに投げるんだ。一回のゴールにつき十点、僕はキーパーだから輪の周りでゴールを守る。ここまで良いか?」

「多分……」

「なら次、ブラッジャー。ちょっと下がって」

 

 言われるがままハリエットが後ずさったのを確認して、鎖の紐が外される。ブラッジャーは勢いよく上空に飛び上がってから二人目掛けて落ちてきて、ウッドがそれを棍棒で打ち返した。

 

「今のが暴れ玉。選手を追いかけてくるから、今みたいにビーターが打ち返す」

 

 少し早口で説明して、ウッドは戻ってきたブラッジャーを受け止めて箱に戻した。短い息を吐いてハリエットを見上げながら、三つ目のボールを手に立ち上がってハリエットに手渡す。

 

「君はシーカーだから、心配するのはこの金のスニッチだけでいい。こいつはとにかく早くて見つかりゃしないが、それを捕まえるのが君の役目。相手のシーカーより先にね」

 

 手のひらに乗せた金色のスニッチは、鳥のような羽を大きく広げて飛び上がろうとした。刹那、ウッドがハリエットの手のひらごとそれを押さえつけると、羽は鈴のような音を鳴らしながら元の球体に戻っていく。

 咄嗟にハリエットが謝罪を口にしたが、ウッドは気にする事ないと爽やかに笑った。

 

「シーカーがスニッチを捕まえたら試合終了。スニッチ一つで百五十点が入るから、頑張ってくれよ」

「う、うん……」

 

 自信はほとんどなかったが、その思いを口にする勇気はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

「ハッピーハロウィン! ヒャハハ、可愛いガキ共に悪戯をプレゼントしちゃうぜー!」

 

 朝からピーブスに捕まってしまった生徒達に、ハリエットは朝食を食べながら心の中でそっと同情した。

 ハロウィンの食卓は甘い香りで溢れていて、ロンや男子生徒達が朝から勢いよくカボチャパイを食べている。

 

「何だポッター、それだけか?」

 

 突然の呼び掛けに振り返ると、見知らぬグリフィンドールの男子生徒がハリエットの皿を覗き込んでいた。硬いブロンドの髪をした彼はカボチャのプティングとパイ一切れのみのそれを見ると、うへぇとげんなりした表情を浮かべた。

 

「ただでさえ小さいんだから、もっと食えよ。ほら、これやる」

「え?」

 

 ぐっと手に押し付けられたのは、オレンジ色のリボンで包んだ緑色の包装紙だった。何やら中にふわりと硬い塊があるのがわかる。

 

「じゃ、俺行くから!」

「え、えっ」

「他の奴にあげたりしないでお前が食えよ! いいな!」

 

 そのまま走り去っていく男子生徒に、ハリエットはおろおろと困り果てた。ハリエットの右隣に座っていたラベンダーが男子生徒を凝視しており、左隣にいたパーバティは何かと包装紙を覗き込んでいる。

 首を傾げながらリボンを解くと、貝殻の形をしたマドレーヌが二つある。傍で誰かがきゃっと声を弾ませた。

 

「ね、ね。ハリー。せっかくもらったんだから、食べてみたら?」

 

 どこかそわそわした様子のラベンダーに言われて、マドレーヌを口に運ぶ。もそもそも食べているその姿をグリフィンドール生達が揃ってにんまりと見守っていると、不意にクィデッチチームのアンジェリーナが身を乗り出した。

 

「ハリー、私もあげるわ。今朝、実家から送られてきたの」

「んぐっ?」

「俺もやるよ。甘い物あんまり好きじゃなくてさ」

「僕からもあげる。マクラーゲンが言ってたみたいにちゃんと食べなきゃね。ハイ」

「んっ、えっ、ま、まって」

 

 慌ててマドレーヌを飲み込んで止めようとしたが、彼らは問答無用でハリエットのローブのポケットにお菓子を突っ込んでいく為、一分もしないうちにハリエットのポケットはパンパンになってしまった。

 

「ま、待って。こ、こんなに食べられない……」

「そう言うなよポッター。俺もあげる」

「私もあげるわね。砂糖いっぱいで甘くて美味しいわよ」

「えっ、えっ、まって、まって……」

 

 ついには面白がったハッフルパフやレイブンクローの上級生達もポケットにお菓子を詰め込み始めた。お菓子を与えた生徒達は慌てふためくハリエットを微笑ましそうに見てから、用は終わったとばかりに大広間を後にしていく。

 ふと、パーバティがにこにこ笑顔で呟いた。

 

「ハリーってば、ホントに人気ねぇ」

「み、見てないで、止めて……!」

 

 結局、大量に貢がれたお菓子はマドレーヌを含めた一部を除き、ロンやシェーマスといった男子生徒達に横流しされる事になった。

 

 

 

 

 その日、ハリエット達は呪文学の授業があった。

 

「ビューン、ヒョイ、ですよ。練習した手の動きを忘れないように、呪文を正確に。ウィンガーディアム・レヴィオーサです!」

 

 フリットウィックが見せるお手本の動きを真似ながら、生徒達はペアで羽を浮かせようと口々に呪文を唱えている。ハリエットはシェーマスと組んだが、何でもかんでも爆発させる彼に少し距離を取っていた。

 それよりも気になるのは、よりにもよって隣同士になってしまった目の前のハーマイオニーとロンのペアの事だった。さっきからブツブツと言い争っている二人に、喧嘩ばかりしている事を知るグリフィンドール生達の額に冷や汗が流れている。

 

「発音が間違ってるわ! いい?レヴィオーサよ。貴方のはレビオサー」

「そんなに言うなら自分でやってみろよ!ほらどうぞ?」

 

 ロンは小馬鹿にするような態度で言ったが、ハーマイオニーは有言実行で見事に羽を浮かべてみせた。フリットウィックが言った通りの正しい発音で、ロンのように杖を大きく振りかぶる事もしない。

 

「おぉ、よく出来ました! 皆さん、ミス・グレンジャーがやりましたぞ。やぁ素晴らしい」

 

 すかさずフリットウィックからお褒めの言葉が飛び出し、グリフィンドールに加点もされた。

 

 

「『いい? レヴィオーサよ』だってさ……ほんっと嫌味な奴だよ」

 

 授業を終えて寮に戻る道中、ロンは苛立ちを隠す事なくぼやいていた。パーバティとラベンダーは質問があると言って教室に残った為、ハリエットはロンと歩いている。

 

「点をもらった時のあの顔! どうせ僕の事なんか馬鹿にしてんだよ。上から目線のヤな女」

「───ロン、それは……」

 

 その時、ドンッと肩に何かがぶつかった。前のめりになった瞬間に栗色の髪が目の前をちらつき、はっとハリエットが目を見開いた時には、その後ろ姿はさっさと走っていってしまった。

 

「ロ、ロン……」

 

 ちらりとロンを見てみると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。ハリエットは少し迷ってから、ハーマイオニーを追いかけた。けれどハーマイオニーは見つからず、夜のパーティーが始まっても、ハーマイオニーが講堂に現れる事はなかった。

 罪悪感を抱いたハリエットは食事が喉を通っておらず、ロンも朝の勢いが嘘のように肩を落としている。

 

「そういえばハーマイオニーは?」

「パーバティが言ってたけど、トイレにこもって出てこないんだって。そこで泣いてるみたいだよ」

 

 ディーンの疑問にネビルが答えると、ハリエットとロンはお互いの顔を見合わせた。けれど何かを言う訳ではなくて、気まずそうに目を逸らす。

 その時、突然講堂に甲高い叫び声が響いた。

 

「───トロールがァァァ!! 地下室にトロールがァァ!!!」

 

 飛び込んできたクィレルに生徒達の視線が一気に集まる。常からおどろおどろしい青ざめた顔をしているが、いつも以上にガタガタと震えて血の気が引いていた。

 

「お知らせしま………」

 

 ガクン、と白目を向いて前のめりにクィレルがその場に倒れると、引き金のように生徒達が悲鳴を上げた。誰もが立ち上がって肩や背中を押し合いながら逃げ惑う中、突き抜けるようなダンブルドアが怒号を上げる事で少しの落ち着きが戻る。

 

「監督生は生徒達を連れて寮に。先生方はわしと地下室へ」

 

 冷静な指示に、監督生と教師陣はすぐに動いた。組み分けの時と同じように集められる。グリフィンドールはいつものようにパーシーが先頭に立ち、ハリエットとロンもそれをついていった。

 

「どうやって入ったのかな? トロールに自分で入り込む頭なんてないだろうし……もしかして、誰かが招き入れたのかも」

「あ……」

 

 ふと、ハリエットが足を止めた。気付いたロンが振り返ると、ハリエットは声を震わせながら呟いた。

 

「ハーマイオニー、トロールの事知らない………」

 

 ───次の瞬間、二人は考える間もなく走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お腹すいた」

 

 ぽつりと呟いて、ハーマイオニーはローブの裾で目尻をゴシゴシとこすった。長い時間泣いていたせいで鼻の奥がツンとする。廊下には少しの気配も感じない。きっと皆、ハロウィンパーティーを楽しんでいるのだろう。

 そこまで考えて、ハーマイオニーは思った。ハリエットやロンも、楽しんでいるのだろうか、と。

 

「………」

 

 昔からこうだった。大人からは好印象を持たれる事が多かったのに、同年代の子供にはやけに煙たがられる。教科書通りの何が悪いのか、ハーマイオニーにはわからない。

 ハリエットと仲良くなれた事は素直に嬉しかった。ハーマイオニーを鬱陶しがる事は一度もなかったし、予習復習に嫌な顔一つしない。ハーマイオニーが今まで知り合った子供の中で、ハリエットは誰よりも話が合う友達だった。

 けれど今、そのハリエットは隣にいない。自分から距離をとったせいだ。

 

「……ぐす」

 

 自業自得だとわかっている。自分勝手に意固地になった結果がこれだ。パーバティやラベンダーが怒っていた事も、ハリエットが寂しそうな目を向けてくる事も仕方がない。

 もう食欲も湧いてこなくて、寮に戻ってふて寝でもしようとトイレを出た。もしハリエットに鉢合わせたら謝った方が良いのだろうが、それができたら苦労しない。

 深く俯きながらとぼとぼ歩く。すると、緑色の太い足が見えて、ハーマイオニーは歩を止めた。

 

「……? ───ぁ」

 

 ゆっくりと顔を上げると、ぶくぶくの腹を抱えた巨体が、大きな棍棒を持ってハーマイオニーを見下ろしていた───トロールだ。

 頭を真っ白にしながらとにかくトイレの中に逃げ込むが、しゃがみ込んだ瞬間に頭があった部分が棍棒によって木っ端微塵に壊された。

 

「きゃあぁぁぁぁー!!!」

 

 悲鳴を上げても、トロールは止まったりしなかった。どんよりした目で木の破片を払ったり、棍棒を振り上げて隣のトイレに振り下ろしたり。暗記した筈の教科書の呪文は、まるで頭に浮かんでこない。ぐるぐると恐怖が頭の中で渦巻く───その時。

 

 

「ハーマイオニー!!」

 

 

 いつも震えてばかりいる声が、大きな声でハーマイオニーの名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 醜悪な巨人の向こう側にハーマイオニーの姿を見つけて、ハリエットは咄嗟に杖を抜いた。

 ハリエットの大声に気付いていないのか、トロールの目はまだハーマイオニーに向いている。無防備な背中に杖を向けて、ハリエットは教科書の呪文を必死に頭に思い出した───ハーマイオニーと一緒に読んだ教科書を。

 

「ァ───“水よ(アグアメンティ)!”」

 

 溢れた水がトイレの床とトロールの背中を濡らす。違和感を感じたトロールが振り向こうとして、濡れた床に足を取られてずるりと滑った。どしん、と尻もちをついて臀部をさすり蹲るトロール目掛けて、ロンが近くの瓦礫をその頭に投げつける。

 

「こっちだノロマ!」

 

 声と頭の衝撃に振り向いたトロールが、杖を握り締める姿を見つけた。伸びてくるトロールの腕から逃れようとロンがハリエットのローブを掴んで後ずさる。ハーマイオニーの方を見ると、這いずりながら手洗い場の下に避難していた。

 

「ハリー、金縛り呪文よ! 基本呪文集の、えーと、確か五十ページくらいの所! 多分!」

「あっ───」

 

 ハーマイオニーの言葉に記憶を巡らせて、ハリエットはすぐさま呪文を口にした。

 

「“石になれ(ペトリフィカス・トタルス)!”」

 

 響いた言葉と共に青い閃光が大きな図体を包むように輝き、トロールの動きが文字通り硬直した。

 しかし、ハリエットは杖を下ろさない。『全身金縛り呪文』の効果は、相手を一時的に麻痺させる事ができる───つまり、永続的に相手の動きを止めておきたいなら───ましてこのような大きくて危険な魔法生物が相手なら───ひたすら杖を向けて意識を集中しなくてはならない。できるだけ、動き出さないように。

 

「ロ、ロン!何か、何かやって……!」

「えぇ!?何を!?」

「何でもいいから!は、早く!」

 

 肌を押し返すような感覚に耐えながらハリエットは叫んだ。切羽詰まった声にロンは慌てて杖を抜くと、トロールの全体を見通してからその足元に向かって杖を振り上げる。ハーマイオニーが声を張り上げた。

 

「ビューン、ヒョイよ!」

「“浮遊せよ(ウィンガーディアム・レヴィオーサ)”!」

 

 トロールの足元に転がった棍棒が、ロンの呪文に応えて確かに浮遊した。しかしそれはほんの数秒だったが───その数秒に、ロンは棍棒をトロールの頭上に移動させたのだ。

 ロンが杖を下ろすと、棍棒はすぐさま重力に従って真っ逆さまに落ちた。ごつん、と尻もちをついた時とは少し違う強ばった音がトイレの中に反響する。恐る恐るハリエットもまた杖を下ろすと───白目を向いたトロールが、ぐらりと前のめりになって倒れた。

 

「………たおれた」

 

 やっとの思いで絞り出したのは、掠れたような情けない声だった。しかし、心臓は大きな鼓動を鳴らして動いており、頭の中はやけに熱く感じる。

 

「……これ、死んだの?」

「き、気絶してるだけだよ。頭ぶつけたくらいでこんなデカブツが死ぬもんか」

 

 トロールを乗り越えてこちらにやってきたハーマイオニーに、ロンが返す。ハリエットはハーマイオニーの方を向くと、どっと肩の力が抜けた状態で彼女にふらふらと近付いた。

 ハーマイオニーは気まずそうに斜め下に視線をやりながら、体だけはハリエットに向けている。あの、と何か言い出そうとしたのを遮って、ハリエットの方が先に口を開いた。

 

「……怪我、してない?」

 

 掠れた声とは違った───その声は、泣きそうに震えていた。

 弾かれたようにハーマイオニーが顔を上げる。小さく首を縦に振った彼女に、ハリエットは思わず一歩を前に出して抱き着いた。

 

「よ、よか……よかったぁ」

 

 ───ハリエットは怖かった。恐ろしかった。誰かが傷付く事が、ハーマイオニーが傷付く事が。

 例え避けられても、ハーマイオニーがはじめての友達である事に変わりはなくて。だからトロール相手にだって、柄にもなく無我夢中になれたのだ。

 ぽろぽろとハリエットの目から涙が流れている事に気付いたハーマイオニーは、あわあわしながら震える背中に腕を回した。額を押し付けるハリエットと同じように肩に顎を乗せて「ごめんなさいハリー、ごめんね、本当にごめんなさい」と繰り返しながらきつく抱き締める。

 抱きすくめられる事なんて人生で数えるほどすらなかったハリエットは、少し呆然としながらその謝罪と抱擁を受け入れた。

 

「あ、あの……」

 

 完全に二人の空気になっていた所に、ロンは覚悟を決めた顔つきで口を開いた。

 

「その……ごめん。僕、ハーマイオニーに酷い事言った、よね……」

「……私も、変に頑なになっていたわ」

 

 ハーマイオニーはハリエットを抱き締めたままロンの謝罪を受け入れ、そして同じように繰り返した。ロンが、ほっと胸を撫で下ろした様子で「君のおかげで発音も完璧に言えた」とトロールを杖で指しながら言う───その時、ようやっと教師陣が揃って女子トイレに飛び込んできた。

 まず顔色を青くさせたマクゴナガル、それに続いてスネイプとクィレル───マクゴナガルは横たわるトロールとハーマイオニーにしがみつくハリエットを順番に目にすると、胸を抑えるようにしながら強い眼差しで三人を見据えた。

 

「一体これはどういう事なのですか。何故トロールが寝ているような場所で、貴方がたは寮に戻りもせず揃ってこんな所にいるのですか? 説明なさい!」

 

 怒気を含んだ強い口調でマクゴナガルは言い募った。ロンは狼狽えて、ハリエットは顔を上げながらぐしぐしと目尻を何度もこすっている。ハーマイオニーが言った。

 

「私のせいなんです、先生!」

「なんですって?」

 

 信じられないとでも言わんばかりに目を見開いて、マクゴナガルがハーマイオニーに聞き返した。ロンとハリエットも呆然としてハーマイオニーを見つめている。

 

「トロールを探しに来たんです。本で読んだから倒せると思って───でも、ダメでした。ハリーとロンが来てくれなかったら、今頃は……」

 

 段々と語尾を小さくして俯いていくハーマイオニーを、マクゴナガルは声を震わせながら叱責した。

 

「なんと言う事でしょう───それはとても愚かな行為ですよ、ミス・グレンジャー!」

 

 そこで一旦言葉を区切り、目を赤くしたハリエットを横目にしながら更に続ける。

 

「友人を泣かせるほど心配をかけた自覚はおありですか? 全く、もっとよく考えて行動して欲しいものです───グリフィンドールから五点減点します!」

 

 マクゴナガルにとって、そして説明を聞いていたその場の全員にとって、それは極めて妥当な判断と言えた。

 三人揃って身をすくめて視線を下げた時、スネイプの足もとがハリエットの目に入った。ふくらはぎ辺りの衣服が裂けていて、晒された肌の上を赤い血が流れている。

 思わず凝視すると、視線に気付いたスネイプがさっとマントで傷を隠した。顔を上げると数秒目が合ったが、どちらからともなくすぐ逸らす。

 

「貴方達二人も、無事だったのは運が良かったからですよ。一年生が野生のトロールを相手にして生きて帰れる事はそうないでしょう」

 

 今度はハーマイオニーからハリエットとロンに説教の相手が変わり、二人は更に縮こまった。ハーマイオニーが何か言おうとして、けれど言葉が出ないと言った様子でマクゴナガルを見つめている。

 

「……よって五点ずつ、二人に与える事にしましょう」

 

 しかし、マクゴナガルが告げたのは予想外の加点だった。

 ぽかんと目を丸くした三人を、マクゴナガルはどこか呆れたような微笑みで見やり、首を横に緩く振った。

 

「その幸運に対してです───さぁ、もう寮に戻りなさい。ミス・ポッターも涙を拭いて」

 

 名前を呼ばれたハリエットは、はっと目を瞬かせてマクゴナガルの言葉に頷いて、ハーマイオニーとロンと一緒に女子トイレを後にした。

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