ハリエット・ポッターと夢想の旅   作:永久@

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クィディッチスリザリン戦

 トロールの騒動を終えて、ハリエットの周囲は少し関係が和らいだように思えた。

 ハーマイオニーはロンだけでなくパーバティ達と仲直りしたようだし、ロンは「女の子を泣かせたるなんて、騎士道精神を重んじるグリフィンドールにあるまじき事だ」と、兄三人からきつくお叱りを受けたらしい。

 クィディッチの練習にも慣れてきた頃、ハリエットはマクゴナガルからニンバス2000をプレゼントされた。

 もらったハリエット以上に興奮したウッドが、更にえげつないしごきをするようになったが、ダーズリー家で培われた我慢と忍耐でどうにか耐えられていた。そもそも今は練習に文句を言える時期ではないのだ。

 

 そう、季節は十一月の冬場。

 クィディッチシーズンの到来だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ハリー、今日はちゃんと食べなきゃダメよ」

 

 ハーマイオニーがトーストを示しながら優しく言うが、ハリエットは不安げな面立ちで首を横に振る。

 

「お腹、すいてない……」

「シーカーは真っ先に狙われるんだぜ。食べて力をつけた方がいいよ」

 

 ハリエットの前にあるソーセージの皿にロンがケチャップをしぼって差し出す。受け取りながら「でも」とくちごもるハリエットの表情は暗い。

 あと一時間もすればデビュー戦が始まる。そう思うと胃の中身を全て戻してしまいそうで、何も食べる気になれなかった。

 

「ちょっとだけ。ね? ハリー……」

「ミス・ポッター」

 

 突然、背後から這うような声に呼びかけられた。勢いよく後ろを振り向くと、スネイプが相変わらず鋭い目つきでハリエットを見下ろしていた。

 じろり、スネイプの視線が手をつけていないハリエットの食卓を目にする。

 

「……これはこれは。トロールと戦った自分なら、ろくに食べずともスリザリン相手ぐらい簡単に勝てるとお思いかね」

「生徒に嫌味言いに来たんですか、スネイプ先生」

 

 間髪入れずにロンが言う。冷えきった目が更に冷たさを増したが、ロンはまるでお構いなしと言った様子でスネイプを見上げていた。

 ここ数日の魔法薬学で、スネイプから減点を食らいまくっている二番目の生徒がロン・ウィーズリーだった。ちなみに一番はネビル・ロングボトム、どちらもグリフィンドールとか以前に薬作りの才能がまるでない。

 

「……何にせよ健闘を祈るとしよう。教師に対する態度がなっていないウィーズリーは五点減点」

「んなっ!?」

 

 あんぐりと口を開けたロンをひと睨みして告げてから、スネイプの視線がハリエットに向けられる。

 

「食事は取れ」

「……えっ?」

「君は食が細いのでよく見ておくようにと君の叔母から言付かっている。どれだけ少なくとも三食は絶対に取りたまえ」

 

 いつもより少し早口で言い切りながら踵を返すスネイプの背中を、ハリエット達は目を丸くさせて見送った。

 

 

 

 

 試合直前になると、観客席には既に多くの生徒達が詰めかけていた。双眼鏡や寮の旗を手に、今か今かと選手の入場を待っている。

 グリフィンドールのユニフォームは真紅のローブで、スリザリンのローブは緑色だ。ハリエットは真紅のローブを身に纏い、いつもおろしている髪をポニーテールに結い上げていた。

 

「怖いのか? ハリー」

 

 入場の直前、ありありと闘志を目に灯すウッドがハリエットに問いかけた。

 ミスター・クレイジークィディッチと名高いウッドだが、ハリエットと彼の関係はなかなかに良好だ。時間をかけてクィディッチのルールと魅力、そして歴史や豆知識まで教えてくれるウッドの事を、ハリエットは頼りになる良い先輩だと認識していた。

 控えめに頷くハリエットに、ウッドは笑った。

 

「練習の時も言ったみたいに、君はスニッチだけ気にしていればいい。試合が始まった直後は相手ビーターから離れてる事。スリザリンのフリントには気を付けろ、あいつはたまにラフプレーもどきの事をする。いいな?」

 

 ハリエットは何度も首を縦に振る。緊張で脚が震えそうになるのを抑えるだけで精一杯だった。

 グラウンドの中心で待っていたマダム・フーチが、両チームのキャプテンに握手するように指示する。ウッドとスリザリンのキャプテン、フリントが睨み合いながら握手をした。

 

『さぁ、皆さん! 今シーズン初のクィディッチの試合が始まります! 今日の試合はスリザリン対グリフィンドール!』

 

 聞き覚えのある声が選手や観客の鼓膜に轟く。ハリエットの二学年上の生徒で双子の仲間のリー・ジョーダンだ。実況の為に生徒の中で唯一、教師達の席に座っている。

 

「正々堂々と戦ってください! 期待してますよ!」

 

 マダム・フーチが銀の笛をくわえながら叫ぶと、選手達は箒に跨った。チェイサーやビーターが輪になるように、ハリエットとスリザリンのシーカーであるテレンス・ヒッグスが輪の少し上空に浮かぶ。

 ふとグリフィンドールの観客席を見やると、グリフィンドールの同級生達がまるでサッカーチームの応援団のような大きな旗を掲げている。更にその傍に、一際大きな人物の姿が見える。ハグリッドだ。

 まずブラッジャーが飛び上がった。続いて金のスニッチが飛び去っていく。ほとんど間を置かず、マダム・フーチの手からクアッフルが放たれる。

 

『ホイッスルが鳴った───試合開始です!』

 

 まるで弾かれるように、選手達は動いた。赤と緑がお互いの間を縫うように混ざり合う───最初に真紅のローブがクアッフルを捕まえた。

 

『グリフィンドールのアンジェリーナ・ジョンソン選手がクアッフルを取りました! 素晴らしい動きでアリシア・スピネットにパス。スピネット選手は去年はまだ補欠でした───ジョンソン選手にクアッフルが戻る───あぁ、スリザリンがクアッフルを奪った! キャプテンのマーカス・フリントがゴールに向かう。決めるか───いや、グリフィンドールのキーパー、オリバー・ウッドが難なく止めた! クアッフルはチェイサー、ケイティ・ベルに渡ります。急降下でスリザリンから逃れる───うわっ!? ブラッジャーがベル選手に直撃! 再びクアッフルがスリザリンに───今度はグラハム・モンタギューの後頭部にブラッジャーがヒット! ウィーズリー兄弟、フレッドなのかジョージなのかわかりませんが見事な狙い撃ちです! モンタギュー選手の落としたクアッフルはジョンソン選手が取りました───スリザリンのビーター、ボール選手とデリックル選手が狙い撃つが素早く躱す───ゴール直前まで来たぞ! キーパーのマイルズ・ブレッチリーが飛びついた───が間に合わない! アンジェリーナ・ジョンソン決めた! グリフィンドール先取点です!』

 

 開始早々から怒涛の展開が繰り広げられた。グリフィンドールから歓喜の声援が上がり、スリザリンは肩を落として野次とため息をこぼす。

 ハリエットはスニッチを探しながらただ見つめるしかできなかったが、スリザリンのヒッグスはそれに加えて、クアッフルを奪う戦いにも参戦しているようだった。

 

『エイドリアン・ピュシー、双子とブラッジャーから急降下で逃げています。ケイティ・ベルが立ちはだかるがそれも凌ぐ───パスを受けたマーカス・フリント、近付いたアリシア・スピネットを蹴っ飛ばしてまでゴールに向かう───オリバー・ウッドがまた止めた! 流石はミスター・クレイジークィディッチ! 数年前に流行ったウッド選手の蔑称ですが、本人はこの呼び名を結構気に入っていると言っていました!』

 

 リーの解説に、ウッドがドヤ顔で肩をすくめた。フリントが歯を食いしばりながら睨んでいる所を見るに、その蔑称を言い出したのはフリントが最初なのかもしれない。

 

『ジョンソン選手がクアッフルを手に上昇、追いかけるフリントとピュシーをウィーズリー達がブラッジャーで阻止しています! 敵が少なくなった所でジョンソン選手が急降下───いや、スリザリンのシーカー、テレンス・ヒッグスが飛んできてクアッフルを脇から奪った! すかさず戻ってきたフリント選手がキャッチします! スリザリンは常に攻撃の手を緩めません───良い意味でも悪い意味でも───』

 

 その時。

 きらりと、何か光が煌めいた。まるで閃光のようなそれを、ハリエットは覚えている。ウッドから見せてもらったクィディッチの花形、元々使用されていた絶滅危惧種の魔法生物スニジェットを模した金色のボール───スニッチだ。

 

『あっ、ハリエット・ポッターが飛び出した! グリフィンドールのシーカー、ハリエット・ポッターが飛び出しました!』

 

 リーが興奮気味になって叫び、観客達はざわつきながらハリエットを見た。ヒッグスもチェイサー達の傍を離れて、スニッチを追いかける。

 入場の時と違って、スニッチを追い求めるハリエットの顔色は良かった。もしかしたら、ウッドが口すっぱく「スニッチだけ気にしていればいい」と言った事に効果があったのかもしれない。ハリエットはスニッチを見つけた瞬間、頭の中を真っ白にして箒を飛ばしていた。

 

『ハリエット・ポッター、速い! ニンバス2000の性能が素晴らしいのはわかっていますが、だからと言ってこのスピードは一年生とはとても思えません! ヒッグス選手も懸命に箒を飛ばしているようですが、とにかくポッターが速い───いや本気で速いぞ凄いなあの子!?』

 

 双子にからかわれて赤面するハリエットを見る事が多いリーは、心底驚いた様子でそう言った。ロンやハーマイオニー達一年生を筆頭に、グリフィンドール席から猛烈なポッターコールが響いている。少しずつ距離が空いていく事にヒッグスが舌を打ったが、ハリエットはそれにも気付いていない。

 

『いやぁ本当に速いぞハリエット・ポッター……あ、皆が彼女に注目している間にフリントがゴールを決めました! スリザリン十点獲得です!』

 

 この得点をきっかけに、リーはハリエットからチェイサー達の実況に戻った。シーカーはスニッチを追いかけるだけで実況がやりにくいという本音があったが、わざわざそんな事は口にしなかった。

 ふとブラッジャーがハリエットの頭上スレスレを飛んだ時、突然ハリエットの体が浮遊感(・・・)に襲われた。

 

「ぅあっ!?」

 

 がくんっ、と強い力に箒が引っ張られる。踏ん張ればまた別の方向に、更にまた逆に。まるで重力が秒刻みで変わっているようだ。

 ずっとハリエットの後ろについていたヒッグスが追い抜いてしまう。ヒッグスの訝しげな視線と、ハリエットの混乱した目が一瞬だけ交差した。

 

 

 

 

「一体ハリーはどうしよったんだ?」

 

 双眼鏡越しにハリエットを見ていたハグリッドは、眉をしかめながらぶつりと言った。同じように双眼鏡を使っていたパーバティが頷き、箒に振り回されているハリエットを不安げに見つめている。普段のハリエットを知っているグリフィンドールの一年生達は、ハリエットの事が心配すぎてハリエットばかり気にしていた。

 チェイサー達の動きを追っていた観客達も、段々とハリエットの異変に気付き出している。荒々しく飛び跳ねる兎のような箒の飛び方が異常な事は誰から見ても明らかだった。

 全員が固唾を飲んで観客がハリエットを見守る中、ハーマイオニーは双眼鏡で食い入るように観客席を見渡した。そして教員席の所で目を止めると、双眼鏡を下ろして憎々しげな表情で同級生達に小声で語りかける。

 

「先生方の席を見て。スネイプが何か呟いてる、箒に呪文をかけているのよ」

「えっ!?」

「スネイプ先生が?」

 

 ハーマイオニーの発言にロン達は目を丸くした。しかし腑にも落ちる。スネイプのグリフィンドール差別とスリザリン贔屓は全校生徒周知の事実だからだ。

 パーバティが双眼鏡を覗くと、確かにスネイプの唇がぶつぶつと何かを口ずさんでいるのがわかる。

 

「ハーマイオニーの言う通りだわ。何か言ってるみたい」

「反則だ! レッドカードものだぞ!」

 

 マグル生まれのディーンはサッカーの退場を示すレッドカードを叫んだか、生憎とクィディッチに退場の概念はない。

 

「でもどうすりゃいいんだ?」

「私に任せて!」

 

 ハーマイオニーはそう言うと席を立ってどこかに走り去り、残されたロン達は再びハリエットに視線を向けた。

 ハリエットの箒は未だ荒々しく揺れ動いており、ジョージが自分の箒に乗り移らせようとして近付き、フレッドは落ちてきた時に備えてハリエットの下を浮遊している。

 ハーマイオニーは観客をかきわけて教員のスタンドまで辿りつくと、魔法で折り重なった木材の間を抜けながらスネイプの椅子の下に忍び込んだ。

 

「“ラカーナム・インフラマーレイ”」

 

 呪文を呟くと、ハーマイオニーが構えた杖の先から火の粉が飛び出し、スネイプのローブを燃やした。数十秒するとスネイプは炎に気が付いて立ち上がり、その拍子に後ろにいたクィレルが倒れ、小規模の人の雪崩が起き伏している。

 スネイプの目がハリエットから逸らされたのと同時に、ハーマイオニーは眉を下げてハリエットを見上げる───次の瞬間、ハリエットは思いきり急降下した。

 

「ハリー!」

 

 ハーマイオニーが叫ぶ。至る所から悲鳴が上がる。誰もがハリエットが落ちたのだと思った。しかし、そうではなかった───ハリエットは、ヒッグスを追っていた。

 

 

 

 

 不意に思った───飛べる、と。

 それは直感に近い感覚で、最初の飛行訓練で飛べると思い至った時と似ているようだった。

 落ちかけていた箒に落ち着いて乗り直す。今度こそおかしな方向に飛び跳ねる事はなく、ハリエットはぐるりとフィールドを見渡して急降下した。落ちそうになりながらも、スニッチを追いかけるヒッグスの事は気にしていた。

 びゅうびゅうと正面から風を受ける。隣までやってくると、ヒッグスの舌打ちがハリエットの耳にも聞こえた。しかしラフプレーのような行動は見られず、懸命に手をスニッチに伸ばしている。

 スニッチは目の前で縦に閃光を走らせた。ハリエットとヒッグスも反射的に急降下する。スニッチはフィールドの地面まで真っ逆さまに落ちていく。

 あと数メートルで地面につくという所で、ヒッグスはハリエットを見やった。視界にある筈の芝生がまるで見えていないように、エメラルドグリーンにスニッチだけを映している。ヒッグスが上体を起こす。ハリエットはまだ、スニッチと共に落ちていく。

 地面スレスレでスニッチがようやく軌道を変えようとした時、ハリエットは箒から腕を伸ばした。上体を上げながら支えをなくしてバランスが一気に崩れる。片手はスニッチに向けながら体勢を立て直そうとして───次の瞬間、がつん、と強い痛みが背中にぶつかった。

 声を上げる事もできず、ハリエットはそのまま箒から芝生の上に身を投げた。骨の軋むような痛みがズキズキと感じる。ふらつくような頭の中、双子の怒声が揃って聞こえてきた。スリザリンのビーター二人の名前を叫んでいる。

 背中を抑えながら身を起こそうとした時、ふと手のひらに冷たさを感じた。箒ではない何かを握っている。この状況で握り締める箒以外の心当たりは、一つだけあった。

 

「………」

 

 恐る恐る手のひらを開くと、輝く金色の球体が握られていた───スニッチだ。ハリエットの手の中にスニッチがある!

 

 

「ハリエットだ!」

「スニッチだ!」

 

「「ハリエットがスニッチを取ったぞ!」」

 

 

 双子がまた大声で、しかし今度は怒声ではない明るい声で叫んだ。マダム・フーチが笛を鳴らす。大混乱の中、グリフィンドール席から拍手と大歓声が轟いた。リー・ジョーダンが大喜びでマイクを握り締めた。

 

『ハリエット・ポッターがスニッチを取った! グリフィンドールの勝利です! グリフィンドールが勝ちました───!!!』

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