会社出勤パート。
ここから、おっさんヒーローの日常と、キャラクターの登場パートが続きます。
「はぁ、はぁ、おはざーっす!」
息を切らした俺が、ゲート脇のカードリーダーにタイムカードを潜らせたのは出勤時刻のリミット3分前だった。
ギリギリとはいえ始業時刻には間に合っている。これで今日も、俺のささやかな基本給は減額を免れたというわけだ。
「遅いぞ正田ぁ! 今何時だと思ってるんだ!」
そんな俺を目敏く見つけた、
治田清司は、俺が所属している「ヒーロー第4課」の部長なので同課係長の俺の直属の上司というわけだ。部長はよくも悪くも古き善き日本人というやつで、「会社のためなら自己犠牲も厭わない」というタイプの人間だ。
故に、「社員あっての会社」という理念で行動する俺とは水と油のように恐ろしく相性が悪い。
「始業時刻前だと思ってますよ。何か問題が?」
耳にタコができるほどに聞いた部長の声は、もはや俺にとっては目覚ましのアラーム程度の効果すらない。
さらりと部長の叱責を受け流しながら、耳障りなその音を止めるため、俺は抗弁の構えをとる。いくら影響はほとんどなかろうと、雑音を垂れ流しにするほど、俺は周囲の迷惑を考えない人間ではないからだ。
「なっとらん! 9時には仕事が始められるように30分前ぐらいには準備のために会社に着いていないと駄目だろう!」
「……現行の法律では、仕事を始めるための準備の時間も勤務時間にみなさなければならないってこと、知ってます? まぁ、残業代をその分ちゃんと出してくれるんなら、俺だって喜んで早く出勤しますよ?」
残業代というものは勤務時間外労働に発生するものなので、勤務時間外なら当然、始業前の朝にだって発生するものだ。
しかし、ここ最近のヒーロー業界は競合他社との争いが熾烈で、利益が右肩下がりを維持するわが社の残業代は目減りする一方だ。
そんな雀の涙の残業代を貰うために早く出勤するぐらいなら、その分布団で長く寝るっつーの! というか、その残業代すらまともに貰ってないっつーの!
それ以前に、残業代がでないことすらままある現状、いつ払われるかわからない新興企業が出した株券の配当のごときそれのために汗水を垂らすなど愚の骨頂だ。
俺がその事をオブラートに10枚ぐらい包んだ表現で治田部長に伝えると、部長は「ぐぬぬ……」と唸り声をあげながら自分のデスクに戻っていった。
なんならいっそ、そのまま自宅まで戻ってくれとも思ったが、愛社精神の塊である部長がそんなことをするわけがないと思い直し、とりあえずは軽い勝利の余韻に浸りながら自分のテスクに腰を下ろす。
「やっほー、正田係長。今日も部長のあしらいお疲れ様でーっす」
腰を下ろして、いざ、メールを確認しようとPCに手を伸ばしたとき、横のデスクから間延びした声が飛んでくる。朝から気が抜けることこの上ない、その声の主はーー
「
ーー
彼女は、この「ヒーロー第4課」に配属された、本年度唯一の貴重な新入社員である。
ショートで毛先を外に跳ねさせた髪型に、シャープな顔立ち、そこにスレンダーな体型が合わさり、一見するとさばさば系ボーイッシュ美人といった風体の彼女。
しかし、その目付きが糸目がちなことと、いつもニヤリとした含み笑いを浮かべる口元のせいで、どこか胡散臭い雰囲気が漂っている。例えるなら、そう、『日本昔話』で出てくる人を化かす狐のようなタイプとでも言おうか。
そんな比雲の教育係は何を隠そうこの俺なのだが、この女、何かと人との距離をずいっと詰めてくるタイプであり、入社して一週間後ぐらいには、既に俺の扱いはこんな風になっていた。解せん。
「えー、固いこと言わないでくださいよぉ、係長と私の中じゃないですかぁ」
「いや、俺とお前の仲は『知り合って数ヵ月の上司と部下』だからな? それ以外に何も無いからな?」
くねくねと体にしなを作って猫撫で声で寄りかかってこようとする比雲に、冷静な突っ込みを入れて猫を追い払うように「しっしっ」と手を振る。
すげなくあしらわれた比雲は、つまらなさそうな表情で両手を頭の後ろで組んで大きく一つ伸びをした。
「えー、つれないなぁ。そこは『そうだったねハニー、ごめんよ、お詫びに今夜は寝かさないZO☆』じゃないんですかー?」
「いや、俺にはちゃんと他にハニーがいるからな? つーか、お前も知ってんだろ」
「いやー、「『
「お前の価値観、戦国時代かよ……さっさと現代にバージョンアップしとけよ」
「うえーぃ、『不倫は文化、不倫は文化』っと……」
「いや、それも違う」
最早、出勤したときの日課とも言えるようになった、比雲との下らないやり取りを適当に切り上げると、立ち上がったパソコンに向かう。
「さーてと、新規のメールはっと……うげ、なんもなしか~」
仕事の依頼のメールなどが一件でも入っていれば御の字だったのだが、残念ながらそれは空振りに終わった。
卓上カレンダーに目を落とすも、今日は会議などの予定もゼロ。これが意味するところは一つ。
「すんませーん。ちょっとスーツに着替えて外回り行ってきますー」
仕事が来ていないなら、こちらから足で稼ぎに行く他ない。俺は早々にデスクワークを切り上げて、営業所モードにシフトすることにした。
そもそも、デスクワークって性に合わないんだよなぁ、俺。……はぁ、ヒーローになったらデスクワークとはおさらばだと思ってたのになぁ。
そんなことを漠然と考えながら、俺はロッカールームにとぼとぼと向かう。
「おう、さっさと行ってこい! それと、一部環状線近辺は《ギドン》のせいで、LV4以上の《対高濃度汚染服》じゃないと立ち入りできないから気を付けろよ! 確かお前のヒーロースーツはLV3だったろ。環状線の内側に入るためには、ここからだとかなり迂回しないと駄目だぞ!」
「あざっす、治田部長」
治田部長のアドバイスに軽く手を振って応える。
部長は、いくら普段から対立しているといっても、仕事に関しては、決してこちらの足を引っ張るようなことはしない。
仕事に対するスタンスが俺とは違うだけで、なんだかんだで30代で部長の役職に就けるだけあって、治田部長は有能は有能だ。そういうところでは、俺は部長のことを最大限評価している。
ロッカールームでジャージからスーツに着替えると、ロッカー内の金庫で保管していた、会社から貸与されている変身用デバイスである腕時計を身につける。これが無ければヒーロースーツが使えないので、俺はただのおっさんになってしまう。考えるだけで恐ろしい。
一応、個人持ちのヒーロースーツとデバイスもあるのだが、そこは企業のマネーパワー、こちらのヒーロースーツの方がスペックが高いのだ。メンテナンスも会社がやってくれるから、懐事情としてもこちらを使いたいのが心情だ。
「それじゃあ、行ってきまーす」
「おう!」「お気をつけてー」「お疲れッスー」
「はーい。あ、正田係長、もしパチンコで勝ったら昼御飯奢ってくださいね」
「外回りだっつってんだろ! サボリーマンと一緒にするなよ!」
去り行く俺の背中に、一人だけ無礼な言葉を投げかけてくる比雲に突っ込みを一つ入れてから、俺はドアを開けてまだ見ぬ仕事を求めて駆け出して行くのだった。
というわけで新キャラ二人の登場。
会社には他にも何人か同僚がいますが、それは今後必要に応じて追々出していきます。