【よくわかるあらすじぃ!】
公園でサボり……ではなく、つかの間の休息をとっていた正義は、目の前で虐められている野球帽の少年を助けたのだった!
「おい、君。大丈夫か?」
ツーブロックたちが公園から立ち去ってしばらく、やつらがもう戻らないと判断した俺は、ここで初めて野球帽の少年に声をかけた。
「……あっ、あの、はい、大丈夫です。ありがとうございました、あの、本当に助かりました」
野球帽の少年は急に話しかけられたことに戸惑いつつも、ランドセルを運んだときについた服のシワを伸ばしながら丁寧にお辞儀をした。ツーブロックとは違って人のできた少年である。
「気にすんなって、俺が好きでやったことだしな」
俺は何でもないという風に軽く右手を振ってみせる。
「それよりも、君はまだ少し本調子じゃないだろ? ベンチで休んでいくといい。ま、俺のベンチじゃないから俺が勧めるのも変な話かもしれんがな」
そう言ってさっきまで座っていたベンチの方を親指で示す。他に誰か座る様子もないので、まぁ、勧めたところで問題はないだろう。
「ありがとうございます、そうさせてもらいます。……あの」
「ん?」
少年が、お礼の言葉のあとに何かを言いたそうにしていたので、俺がベンチから視線を戻すと、彼は少し不安そうな目をしながら上目遣いにこちらを見ていた。
「もし……もしよろしければ、少しの間ベンチでお話してくれませんか? 本当に、よければでいいので……どう……ですか……?」
少年の口からこぼれた言葉は意外にも、お話のお誘いだった。最後になるにつれて途切れそうになりながらも、彼はしっかりとその言葉を口にした。
これがクソみたいな街頭アンケートや
しかし、その声が途切れそうになるほどに、なけなしの勇気を振り絞って、必死で俺に呼びかけたのであろう少年の誘いならば断る理由など何一つない。
たとえ仕事で呼び出しを食らっていたとしても、そんなことはどうだっていい。後で始末書でも書けば済む話だ。
ヒーローとして、俺はこの少年の勇気に応える義務がある。
「別に構わないよ。今は、仕事も無いしな。少しゆっくりしたいと思ってたんだ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
承諾の返事をした瞬間、少年は野球帽をとって大きくお辞儀をした。
そして、少年が頭を上げたときに俺は伏せがちだった彼の顔を、初めてじっくりと見ることができた。
やや長めに切り揃えられた黒髪に、俺と違って彫りの浅い顔立ちは、彼がまだまだ発展途上なことを窺わせる。顔の造形は美少年といって差し支えないレベルで、ぱっちりと二重に開いた目の中にキラキラと輝く大きな茶色の瞳が、特に印象的だった。
へぇ、笑うとジュニアアイドルみたいなレベルの美少年だな。同年代よりも、親御さんとか年上から可愛がられるタイプって感じだ。
初めて見た少年の顔と、そこに浮かぶ満面の笑みに俺は思わず頬が綻びそうになる。この笑顔を守れただけでも立ち上がったかいがあったというものだ。
「……? あの、どうかされましたか?」
「……ん、ああ、なんでもない。ちょっと考え事だ」
いかんいかん、少しじっくり眺めすぎたか。
少し長く少年のことを見つめ過ぎたようで、彼が不思議そうな顔で尋ねてきた言葉にやんわりとした返事をする。
俺は、流れ始めた微妙な空気を振り払うように、ズバッと近くの自動販売機を指差した。
「まずは、そこの自販機で何かにつけて飲み物でも買おうか。少し長い話になるかもしれないし、俺が奢るから」
「え? でも、そんな、申し訳ないです……」
「子どもがそんなに気にすんなって。とりあえず、何が売ってるか見に行こうか」
「は、はい……」
そんな調子で、おずおずとした態度の少年を連れて自販機の前に立つ。ラインナップをざっと眺めて、俺は冷たい微糖のコーヒーを選んだ。いつもならブラックだが、今日は少し疲れたから糖分を入れておきたかった。
「俺はこれっと……君はどうする?」
取り出し口から缶を取りつつ、少年に声をかける。
「あ、えっと……あの……」
少年は相変わらずの態度で自販機をキョロキョロ眺めると、ある商品の前で視線が釘付けになった。
しかし、ボタンを押すのを躊躇っているようで、何度か手を伸ばしかけようとしては引っ込める。その様子は俺に遠慮しているだけでは無さそうな雰囲気だ。
そこまで躊躇う必要もないだろうに。……家の人が厳しくて、あんまりこういうのは買って貰えない感じのご家庭なのかね?
それからも、もじもじして中々ボタンを押せない少年に、俺はサクッと助け船を出すことにした。
「これがいいのか? ほいっと」
「あっ……」
口と目を真ん丸に開く少年の前で、俺は少年の見つめていたボタンを押した。そのまま取り出し口から商品を取り出すと彼に差し出す。
その飲み物は、いかにもケミカルな色をしたメロンソーダだった。
「ほれ、どうぞ。もしかして、ちがうのがよかったか?」
「あ、いえ、そんなことないです! ありがとうございます……」
俺の言葉に少年は慌てて首を横に振ると、とても大切なものであるかのように、両手で恭しく受け取った。その頬には赤みがさして、うっとりとメロンソーダを眺める彼の姿から、俺の判断が間違っていなかったことを確信する。
「よし、それじゃ、ベンチに行こっか」
「はい」
メロンソーダをまだ眺めている少年に声をかけて、ベンチに戻った俺は再びそこに腰を下ろす。もちろん彼の手前、先程のようにぐだっとした姿勢ではなかったが。
「し、失礼します」
「はいよ」
遠慮がちに少し離れた場所に少年が座ったのを確かめた俺は、早速こちらから口を開いた。
「んじゃ、お話しよっか。まずは君の名前から聞いてもいいかな?」
相互理解の第一歩として、俺は少年の名前を訊ねるところから始めることにした。いつまでも「君」や「少年」デバイス流石に他人行儀が過ぎるし、話も弾みそうにない。
「あっ、そういえば名前をお伝えしていませんでしたね。す、すみません、わ、僕は『あきら』と言います。結晶の『晶』の字で『
「へぇ、綺麗な名前だね」
「あ、ありがとうございます……」
俺が素直に名前を誉めると、
「俺の名前は、
「そうなんですね! すごい! 『正義のヒーロー』にぴったりじゃないですか!」
「ははっ、ありがとう。俺のことは『まさよし』って呼んでくれていいぞ。俺も『あきら』って呼ぶからさ」
「はい、そうします。そ、それではまさよしさん、よろしくお願いします」
「おう、よろしく、あきら君」
ここで俺たちはようやくお互いの名前を知ることになった。
だが、俺にとってこのやり取りは、あきら君の名前を知る以上に大切な意味があった。
おっしゃー! これで俺はあきら君からは『まさよしさん』って呼ばれるようになったぞ!
そう、俺にとって一番大切なのは、あきら君から「おじさん」と呼ばれることを回避することにあった。
……流石にあきら君からまで「おっさん」呼ばわりされると、心に
例えば、これが悪ガキどもからの「おっさん」呼ばわりなら、流石の俺も顔面にマジパンチ2、3発で、その罪を赦そうという慈悲をみせることができるだろう。
しかし、もしそれがあきら君の口から零れたとしたら、俺は間違いなくその場に膝から崩れ落ちてしばらく立ち直れなかっただろう。
無垢さ故の残酷さというものほど、この世に恐ろしいものはないのだ。
「あっ、えーっと、聞いても、いいですか……?」
「そりゃ、お話しようって誘われてオーケーしてるんだ。それくらいかまわないよ」
「あ、ありがとうございます! まさよしさんは、その、職業で『正義のヒーロー』をされてるんですよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、ヒーローとしてのお名前を聞いてもいいですか?」
「あー、そっちか」
「正義のヒーロー」は、本名ではなく「ヒーローネーム」という偽名を使うことが許されている。
これはなぜかというと、昔そんなシステムが無くヒーローたちがまだ実名を名乗っていたときに、ヒーローにやられた悪の組織の残党などが、名前から個人情報を特定してテロ行為に走ったということがあったのだ。
それ以来、「ヒーローネーム」というシステムが生まれ、ヒーローはほとんどがこのシステムを使っている。
中には、堂々と本名を名乗って、襲いかかってくるやつらを返り討ちにして金を稼いでるヤバい奴もいるけどな……。流石の俺もそこまではしねぇわ。
「いいよ。隠すようなもんじゃないし。俺のヒーローネームは『ロート・ゲボーテ』だよ。そんなに有名じゃないから聞いたことないと思うけどな」
「『ロート・ゲボーテ』……カッコいい名前ですね!」
俺の「ヒーローネーム」を聞いたあきら君は、目をキラキラと輝かせながら俺のことを見つめてくる。
「今の俺には名前負けだけどなぁ。仲のいい奴には『ゲボ』って呼ばれるし。昔はもう少し分かりやすい名前にしてたんだけど、似た名前のヒーローが有名になったから改名したんだよなー。紛らわしいっていわれてさ」
「そうだったんですね。でも、まさよしさんなら絶対名前に見合うヒーローになりますよ!」
「そうか。あきら君に言われると、なんだかそんな気がしてくるな。ありがとうな」
感謝の言葉を口にして、俺は優しい気遣いをしてくれるあきら君の頭をがしがしと撫でた。
「あっ、えへへ……」
あきら君は、最初は少し驚いたようだったが、すぐに嬉しそうに笑ってくれた。
そのまましばらく頭を撫でてから手を離すと、あきら君は名残惜しそうに離れていく俺の手を見つめていた。
「あきら君はさ、結構ヒーローとか好きなタイプなのか?」
「えっ、そう見えますか……?」
「んー、俺の『ヒーローネーム』の話になったとき楽しそうだったし」
「あー……そう、ですね。正直に言うと、僕、あんまりヒーローって好きじゃないんですよ」
しかし、あきら君の口から返ってきたのは意外な答えだった。
「えっ、そうなのか。……理由を聞いても?」
「はい。なんだか今のヒーローって本来の『正義のヒーロー』像から離れてしまってる気がするんです」
「ほほう」
「やれ『怪物が出た』だの『特殊災害が起きた』だのって時には、嬉々としてそれに群がるのに、町で困っている人を見かけても全然手を差し伸べようとしないでしょう? お金にならないことはやらなくて、お金だけに群がっていくヒーローは、なんだか腑に落ちないんです」
「なるほど、そういうことか……」
理由を聞いて納得した。
確かに、今の「正義のヒーロー」には拝金主義的なところがあるのは否めない。
俺が「正義のヒーロー」になったばかりの頃は、ヒーローにもまだゆとりのようなものが確かにあった。
しかし、昨今はヒーロー企業の数も増え、少ないパイの取り合いから、まともに生活できるギリギリの給料で働かされるヒーローたちも多い。
しかも、それに拍車をかけたのが、三年前に施行された『ヒーロースーツ特別法』だ。
これは正式には『パワードスーツ及びマッスルスーツ、エクソスケルトンの個人所持に関する諸法律』のことで、簡単に言えば「無資格でも、低出力のヒーロースーツなら個人所持を許可する」というものだ。
この法律のせいで、怪物の強さによってはヒーロースーツ持ちの民間人が私人退治ができるようになってしまったため、ただでさえ取り合いだったパイの競争率はさらに上がった。
しかも、ヒーロースーツの個人所持が解禁されてから、各社がこぞって個人向けのスーツを売り始めたせいで、性能に差があるにせよ、今や5人に1人はスーツ持ちという有り様である。
ただでさえ少ない給料を、民間人の小遣い稼ぎにされては敵わないと、ヒーローたちが金になる案件に群がる心情は俺にも理解することができる。もちろんそれは、今の俺も彼らと同じ立場だからだ。
でも、まだ、「正義のヒーロー」に綺麗な幻想を抱いている子どもなら、そんなヒーローを見ていい気はしないんだろうなぁ。
その一方で、俺はあきら君の気持ちもわかってしまう。
だって、俺はそんな綺麗な幻想を捨てられなかったから「正義のヒーロー」になったんだもんな。
どちらの立場の考えも分かってしまうので、あきら君への返答は困っていると、俺よりも先に彼の方が口を開いた。
「でも、まさよしさんは違った。僕を助けても何の特にもならないのに、それでも僕を助けてくれた。まさよしさんは、僕の理想のヒーローそのものです!」
「そうかなぁ」
気のない返事をする俺を前に、握りこぶしをぐっと固めたあきら君は力説を続ける。
「そうですよ! まさよしさんが言っていた『ヒーローはみんなの笑顔と平和のためにある』っていう言葉を、世の中のヒーローに聞かせたいぐらいです!」
……ああ、この子も昔の俺と同じだ。ヒーローはキラキラしてて、カッコよくて、自分の理想の姿だと思ってる。
熱弁を振るうあきら君の姿に、気が付けば俺は昔の自分を重ねていた。
昔は俺もあきら君のように「正義のヒーロー」に自分の
でも、夢の中には手が届かないからこそ美しい夢があることには、そのときの俺は気づいていなかった。
……できれば、もっと早く気づいていたかったぜ。
俺がそのことに気づいたのは、もう「正義のヒーロー」にどっぷりと足を突っ込んで引き返せないところだった。夢に目が眩んで、現実を見ていなかった哀れなヒーローは今はもはや腰までどっぷりと沼に浸かり、いつか窒息する日がくるのを待つばかりだ。
でも、あきら君はまだ間に合う。彼はまだ若い。今なら引き返せるところだろう。
そう考えて、俺は現実的な言葉を口にする。
「でも、俺もご大層なことは言ってるけど、実際そこまですごい『正義のヒーロー』じゃないからな。最近は民間でもすげぇやつはいるし、噂では『デザインドヒーロー』なんてのもそろそろ実戦に投入されるって話だしなぁ」
「『デザインドヒーロー』、ですか……」
耳慣れない言葉を聞いて、あきら君の言葉の勢いが止まる。
「そう、『デザインドヒーロー』。なんか、遺伝子段階からヒーロースーツに最適化されたデザインドベイビーなんだと。それの第一期たちがついに現場に投入されるらしいんだ」
ヒーロースーツが世界に送り出されてから既にかなりの年月が経った。技術というのは年が経てば経つほど課題が見えてくるもので、その課題の一つに「使い手の能力がスーツの性能に追い付いていない」というものがあった。
技術は日進月歩、恐ろしいほどの加速度でハイテク化が進むが、肝心の人間はそんなに早く進歩できない。
あるいは、進歩したとしても元から適性のないことはできない。例えば、翼を持たない人類には翼の使い方は分からないし、限られた関節のある腕を二本しか持たないので、タコのような多腕無関節の生物の動きも再現できない。
そんな問題を解決するのが『デザインドヒーロー』だ。
遺伝子レベルで体を調整した『デザインドベイビー』を、幼少期からスーツにあった教育を施すことで高機能化するスーツに最適化させた存在。
これが上手く機能すれば、恐らく俺たち普通の「正義のヒーロー」では太刀打ちできない存在になるだろう。
そして、今後はヒーローの仕事は『デザインドヒーロー』たちにとって代わり、俺たちは早晩お役御免となることは想像に難くない。
「残念だけど、生まれながらにして『正義のヒーロー』になることが決まった奴には勝てないよ。水の中で魚に人が勝てないようなもんさ。世界が違うんだ」
そこまで言って、俺は缶コーヒーのふたを開けるとぐいっと一口中身を呷る。ほろ苦さの中に微かに甘さを感じる。まるで俺の人生みたいな味だと思った。
俺は、なんとか勢いに任せてここまで「正義のヒーロー」をやってくることができた。
でも、多分あきら君に俺と同じ生き方は無理だ。彼は俺のように無茶な生き方をするには心根が優しすぎる。彼にはできれば、そのことに早く気づいて欲しかった。
そんなあきら君は、俺の言葉を聞いてから、少し考え込むように口をつぐむ。あるいは、使うべき言葉を選んでいるのか。
しばらくの沈黙の後、あきら君はゆっくりと口を開いた。
「……でも、それでも僕は、まさよしさんは『正義のヒーロー』でよかったと思います。ヒーローって強いだけじゃダメなんです。ヒーローは、なんというか、もっとこう……救われる、そう、見ている人の心が救われるような存在じゃないとダメなんです」
「あきら君……」
あきら君の口から溢れる重みのある言葉に、俺は思わず彼の名前を口にしていた。
もしかすると、彼はずっと救われるときを待っていたのだろうか。
いや、あるいは、今まさに彼は救われようとしている最中なのかもしれない。
ならば、俺の言葉はそんな彼を振り落とそうとするものではなかったか。俺は自分の迂闊さを呪った。
「もし、もしもですよ、僕がヒーローになるなら、なれるなら、僕はまさよしさんみたいなヒーローになりたいです……」
俺の内心の戸惑いに気づかないあきら君は、そこまで振り絞るように言い終えると、俺と同じようにメロンソーダの蓋を開ける。
そして、それを一口喉に流すとーー
「ぶっへぇ!?」
「うぉう!?」
ーー盛大にむせた。
「だ、大丈夫か!?」
「ごほっ……す、すみません。実は、炭酸の飲み物って飲んだことがなくって……ごほっ」
「そうか、ならゆっくり飲みな。別に急ぐ必要もないさ」
俺は、まだむせているあきら君の背中を優しく
……そうだ、別に急ぐ必要はない。
あきら君にはまだまだ時間があるんだから。
もう30歳の俺とは違って、あきら君はどんなに高く見積もっても12歳、未来を決めるのはまだ先の話だ。
自分と同じ轍を踏んでほしくなくて、つい性急に話を進めてしまったことを申し訳なく思いながら、俺は彼の小さな背中を擦り続ける。
彼の目尻に輝く涙は、メロンソーダにむせたせいか、あるいは。
「あ、ありがとうございます、まさよしさん。やっぱり、僕は、まさよしさんみたいな人になりたいです」
「ふふっ、ありがとうな」
あきら君の調子が元に戻るまで、俺たちはしばらくそのままベンチに座っていたのだった。
ということで、野球帽の少年「あきら君」は、今後のメインキャラクターの一人です。
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