今回は短め。
ふと気がつくと、俺は瓦礫の山と化した町にただ一人立っていた。
ああ、これは夢だ。それも最悪の悪夢だ。俺の意識がそう告げている。
なぜなら、俺がこの夢を見るのは初めてではないからだ。体に疲労が蓄積したときに、俺は決まってこの悪夢を見る。
夢の中で、俺は黒の礼服を着ていた。礼服と同じ黒のネクタイを首に締めたそれは喪服に他ならない。
横を向いて、瓦礫の中に残ったショーウィンドウの残骸に映る自分を眺める。そこには15年前の、中学生の俺が立っていた。
今ほど疲労でくたびれた顔もしておらず、髪の毛も散髪屋で適当に短くカットしてまともにセットすることもなく、少し彫りの深い顔立ちが女の子受けしていた頃の俺だ。
……本当に、代わり映えのない夢だな。
短いツンツンの髪の毛を一房指でつまんで弄びながら、いつもの夢にため息を吐く。
そして、ため息の余韻が消えると、俺は終わってしまった街並みを歩き始める。これは《超獣ゲゼル》によって終わりを迎えることになった街並みだ。
もう、数えきれないほど見た夢だ。抜け出す方法など、とうに分かっている。
崩れたビルの残骸で粉っぽくなった大通りのアスファルトを、ジャリジャリと音を立てて踏みしめながら歩く。大通りには、まるで歩いてくださいよと言わんばかりに大きな瓦礫の類いがは一つもない。
逆に、左右に続く歩道や元ビルの残骸には《ゲゼル》によって殺された人たちの無数の亡骸が、四分五裂した状態で悪趣味な現代アートみたいにへばりついている。
それは、あの日俺が見た糞みたいな風景のデッドコピーだ。
「ったく、もっとましなことを覚えてりゃいいのにな」
悪態を吐きながら頭をかきむしるも、どうしようもない。
あの頃の俺はまだ幼すぎて、目の前で起きた全てを受け入れる余裕がなかった。だから、その記憶を元にして作られた夢も、俺の脳みそに焼き付いたあの日のセンセーショナルな部分しかピックアップされていないのだ。
これは俺の過去だ。今さら俺が見てきたものは変えようがないからな。
そう割り切って、俺は黙って夢の果てを目指す。
そして、夢の果てはすぐに訪れた。夢の中で距離などと言うのもおかしな話だが、距離にして100メートル位しか歩いていないだろう。
そこは、大通りの真ん中に瓦礫の壁で囲まれた円形の広場だった。その広場の中心には、蓋の空いた二つの白木の棺が横たわっている。
俺の両親の棺だ。
俺は黙ったまま棺へ近寄っていく。ぴったりと棺の前で立ち止まると、中を覗き込む。
そこにはやはり、白装束を纏った父と母が横たわっていた。物心ついた頃から10年以上見てきた二人だ。見間違うはずがなかった。
しかし、二人の顔には子供がクレヨンででたらめに塗りたくったような黒いもやが蠢いていて、その表情を窺い知ることはできない。
これも理由は分かっている。親戚の人たちが「遺体はあまりに酷いから君たちは見ない方がいい」と言って、俺と正美には棺の中を見せてくれなかったからだ。
俺は両親とはちゃんとした最期の別れを済ませられなかった。
だから、未だに心のどこかでは両親が死んだことを受け入れられていないのかもしれない。そのせいでこんな悪夢の住人になってしまっているのだ。
「父さん、母さん、さよなら」
そう言って、いつの間にか右手に握りしめていた二本の菊の花を一本ずつ両親の胸元に添える。
本当は、こうしてちゃんと別れを済ませたかった。
けれども、現実の俺は両親の最期の姿を目に収めることはなく、泣きじゃくる妹の肩を抱きながら、火葬場の座敷で半ば茫然と二人が灰になるのを待っていただけだった。
俺が花を胸元に添えた途端、棺を中心として炎の渦が巻き起こる。眩しさに俺が思わず腕で目を覆う間に、炎は飛ぶような速さで瓦礫やそこらかしこにある死体に燃え移っていく。
悪夢が音を立てて燃え落ちていく。
……あと何回、こいつは繰り返されるんだろうな。
炎と煙に撒かれながら、朦朧とする意識のなかで俺はそう考える。
もしすると、この夢は俺がヒーローである内は決して消えることは無いのかもしれない。
あるいは、両親の敵である《ゲゼル》を倒すそのときに初めて消えるのか。
少なくとも、今は、まだ、そのときでは、ない、な……
炎の赤と煙の黒が織り成すコントラストの中で、悪夢から逃れた俺は深い眠りに墜ちていくのであった。