GOD EATER -The Frontier Spirits- 作:フェンリル北米支部
世界が終わる前、フランク・アーヴィングは既に政治家としては“終わった”人物だと思われていた。
オレゴンの片田舎から高校卒業と同時に陸軍士官学校に入学し、卒業してからは海外でいくつかの戦闘を経験した。学校では決して成績優秀とは言えなかったが、戦場ではどんなに困難な任務であろうと無茶な作戦であろうと、最後には必ず目標を達成した。
上官の受けも良かった。命令にはイエス以外で返すことは無く、納得できる理由があろうとなかろうと全力で与えられた仕事に取り組んだ。アーヴィングの勇敢な戦いぶりを目にした部下や同僚は、戦場では常に彼のあとに付き従った。
最終的な階級を大佐で退役してからは妻の実家である地元企業の役員を務めた後、義父の支援で州議会選挙に立候補して当選、政治家としての人生がスタートした。元軍人としてのコネを使い、国防族議員として軍産複合体や退役軍人らの支持を背景に時流に乗り、一時は未来の大統領候補とさえ言われた。
だが、順調に見えたキャリアも長くは続かなかった。急激な立身出世が同僚の政治家たちの妬みを買い、40代半ばには献金スキャンダルで失脚してしまう。
中央政界を去ってからは、辛うじて地元での人気と知名度を生かしてオレゴン州知事に選ばれたものの、2050年の州議会選挙では多くの議席を失って大敗――――後は任期満了を待つだけの盛りを過ぎた政治家であった。
だが、その年に発生した大量のアラガミが、「過去の人物」だったアーヴィングを不死鳥のごとく蘇らせた。
『――軍は戒厳令に従って東部海岸全域に展開しており、西部へ通じる主要な国道は封鎖された模様です。既に幾つかの州では連邦政府を見限って独自の動きが……』
「まさか、世界の終わりが私の任期より早いとはな」
地元のニュース番組をほとんど聞き流すようにしながら、アーヴィングは頬張っていたブリトーを置いてチェリー・コークに口を付ける。
パンデミックが発生してから既に48時間、彼の元に届く報告は誤報と凶報ばかり。真面目に分析するのが馬鹿らしくなってくるほどだ。
「知事、ウォーカー下院議長がお待ちです。2番会議室になります」
秘書のアリソンからそう告げられた時、アーヴィングは軽く驚いた。
現合衆国下院議長のポール・ウォーカーは顔と名前こそテレビで知っているが、会ったことも話をした事もない。それでもアーヴィングの知る限り、アメリカで3番目に力のある人物だ。少なくとも大統領職継承順位ではそうなっている。
長い廊下を渡って目的の会議室へ近づくと、通路の向こうから声が聞こえてきた。野暮ったいアイルランド訛りから察するに、州兵部隊の司令官であるジャスパー・オブライエン少将が報告をしているのだろう。
「幸い、西部海岸ではまだアラガミ大量発生の報告は聞いておりません。どうやら中部の砂漠地帯ではアラガミの移動速度も低下するらしく、隣のワシントン州やカナダのブリティッシュコロンビア州でも治安状態は良好です」
アーヴィングが部屋に入ると、厳めしい軍服姿の将軍たちが勢ぞろいしていた。中央にはテレビで見たことのあるウォーカー下院議長と、その隣には知らない白衣の男が座っていた。
「よく来てくれた」
ウォーカー議長が口を開く。心労のせいか、テレビで見た時より白髪が抜け落ちているような気がする。既に70を超えている老人にとって、ここ数日の間に起こった出来事はあまりに過酷すぎた。
「こちらは、フェンリルのオズワルド・スペンサー博士だ」
議長の隣にいた白衣の男が、神経質そうな作り笑いを浮かべて握手を求めてきた。彫りが深く、心の奥底まで見透かすような青い瞳、細身で髪や髭は几帳面に整えられている。研究者というより、先祖から財閥を引き継いだ貴族のような印象の男だ。
フェンリルという名前はアーヴィングも聞いたことがあった。たしか、北欧の生化学企業だったはずだ。それが何故、こんな場所にいるのかは分からないが……。
「まず、これを見てくれ」
ウォーカー議長が部屋の中央に置かれた地図を見るように言う。大きなアメリカ合衆国の地図だ。その上にはいくつもの線や×印が描かれている。
「ボストン、フィラデルフィア、ニューヨーク、ボルティモア、ワシントンDC、デトロイト、マイアミ……東海岸は軒並み壊滅だ。全ての主要都市がアラガミに侵略されている」
「アラガミ?」
「世界中を襲っている、正体不明のバケモノのことだ」
アーヴィングは納得して頷いた。
「ついさっき、ワシントンDCからの通信が完全に途絶えた。コロラド州のNORAD(北米航空宇宙防衛司令部)に向かったエアフォース・ワンからの連絡もない」
「おお、神よ……」
それはつまり、この国の統治機構が失われたことを意味する。たった今、連邦政府が壊滅したことで「アメリカ合衆国」はその300年の歴史に幕を下ろしたのだ。
だが、アーヴィングたちにはまだ守るべき市民たちが大勢残されていた。彼だけではない。ここにいる全員が、大統領亡き今、それぞれに出来る最善の努力を果たすべく集まっているのだ。
「ひとつ、言い忘れていた。今は私が大統領だ」
気の抜けた声でそう言ったウォーカーに、アーヴィングはどう声をかけるべきか分からなかった。本当に、最悪のタイミングでの就任だ。
「失礼しました。そうとは知らずご無礼を……」
「構わんよ。このご時世じゃ、大統領就任なんぞ呪いのようなものだからな」
白髪のウォーカーは一瞬だけ肩をすくめると、再び真面目な顔になった。
「専用機と連絡が途絶える直前、大統領が全米に非常事態宣言を発令したことは知っているな?」
アーヴィングは頷いた。非常事態宣言に伴い、統治機構がまだ健在な州では州兵が州警察が主要な幹線道路を封鎖し、夜間外出禁止令を敷いて治安維持に努めている。
「ここから先は最重要機密になるが―――」
ウォーカーは一瞬だけためらい、思い切って続けた。
「連邦軍には西部海岸への異動命令が出された。ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州は砂漠とロッキー山脈のお陰で他の州から隔離されている。つまり……」
部屋にざわめきが広がった。彼が何を言わんとしているかは、この場の全員が共有していた。しかし、それを口にすることは言い出したウォーカーですら憚られるようだった。
「西部海岸の3州を除く、全ての州に核弾頭を撃ちこむ。大量の核兵器を使った飽和攻撃で、合衆国からアラガミを完全に浄化する」
この類の答えを予期していたにも関わらず、アーヴィングは思わず天を仰いだ。他の政治家たちも概ね似たような反応で、軍の将校たちは憮然としている。
「馬鹿な、2億8000万もの自国民を巻き添えにする核攻撃など……!」
「憲法違反ではないのか? いや、それ以前に……」
「――逆に言えば、残る2000万もの合衆国市民を確実に救うことが出来るのです」
政治家たちの批難を遮るように口を挟んだのはオズワルド・スペンサーだった。全員の視線が彼に集中する。
その表情は硬いが、未曽有の暴挙を前にしたショックによるものではない。彼はそれほど人間を好きではなかったし、会ったこともない人類のほとんどは彼にとってどうでもよい存在だ。
アラガミによって古い世界は滅ぶ。
それは避けられない運命だ。だが、全てが滅亡するわけではない。破壊の中から新しい世界を創造することはまだ可能だ。
スペンサーを突き動かしているのは焦りだった。彼には成し遂げるべき使命=研究があり、そのためにある程度の財源と人材が必要だった。
「ご存じでしょうが、アラガミに既存の兵器はほとんど効果がありません。我がフェンリル社ではアラガミを構成するオラクル細胞を利用して、その結合を食い破る兵器を開発中ですが、凄まじい速度で突然変異を繰り返すオラクル細胞に対してどこまで対応できるかは未知数です」
今のところ、アラガミに対抗できる唯一の兵器は、フェンリル社から供給されるオラクル細胞を塗布しただけの銃弾しかない。下手をすると弾に捕喰される恐れもある上、大型アラガミにはあまり効果がなく、時間稼ぎ程度にしかならなかった。
「――失礼。諜報部の話では、フェンリルはそのオラクル細胞とやらを使った、対アラガミ用の特殊な生体兵器を開発していると聞いたが?」
将軍の一人がしかめっ面でスペンサーに詰問する。フェンリル内部でもまだ極秘機密扱いの新兵器“神機”について、CIAか何かの諜報機関が情報を掴んだのだろう。
(サイバーセキュリティ部門の無能共め)
スペンサーは内心で舌打ちした。だが、この場で嘘をついて誤魔化すのは得策ではない。
「将軍のおっしゃるような研究が存在するのは事実ですが、完成の目処はたっていません。希望的観測に縋るより、迅速で効果的な手を打つべきかと」
事実、スペンサーは神機の開発チームをあまり信用していなかった。計画そのものに反対では無かったが、限られた時間と資源はもっと有効に使うべきだと考えていた。
「アラガミのオラクル細胞はあらゆるものを捕食する性質を持ちますが、例えばマグマなど膨大なエネルギーを持つ物質を捕食した場合、それに耐えきれずにオラクル細胞は霧散します。しかし突然変異のスピードは極めて高く、高エネルギー耐性を持つオラクル細胞が現れるのもそう遠い先ではないでしょう」
スペンサーは大きく息を吸い込んだ。
「今ならまだ、核爆発のエネルギーに耐えられるアラガミは地上に存在しません。アメリカにはまだ4000発の核弾頭があり、それを絶え間なく撃ち続ければ合衆国から連中を一掃できるでしょう。時は一刻を争います」
そう、今ならまだ間に合うのだ。国民の8割以上を犠牲にする、自国への核兵器集中投下など正気の沙汰ではないが、このまま希望的観測に縋れば人類にはその選択肢すら残されなくなってしまう。
「幸い、西海岸には合衆国の中で最も優秀な頭脳と最も豊富な資源があります。それらを終わりのない消耗戦で浪費するより、核兵器で一気にケリをつけて、戦後の再建に生かすべきです」
気まずくなるほど長い沈黙が訪れた。多くの者はスペンサーの意見が正論であることは認めたが、最悪のシナリオを自らが演じることに抵抗を感じているようだった。
「やむを得ないようですな」
最初に口を開いたのはアーヴィングだった。退役する前の彼は勇敢な軍人だったが、引き際は心得ている男だった。
「世界の終わりがやってくるのなら、我々はそれに向けて備えるしかない……違いますか?」
ポストアポカリプス系の話、アメリカ軍は核兵器を撃ち込みがち。