GOD EATER -The Frontier Spirits- 作:フェンリル北米支部
(この人、なんだかんだで恵まれた生活送ってたんだろうなー)
知らんけど、と心の中で付け足しつつ、ヒルデは目の前にいるアジア系の少年をそう評した。
少し話をしてみただけだが、印象は悪くない。素直にこちらの話に耳を傾けてくれるし、自分が知らない相手に拘束されているというのに、暴れたりパニックになる素振りもない。
(まぁ、単に平和ボケしてるだけかもしれないですけど)
極東支部について、ヒルデは何も知らない。外国に興味もなければ中学も高校も出てないので、車で行けば何時間かかるんだろー、ぐらいの認識だ。
服装から北米支部の連中ほど豊かではないだろうが、純朴そうな表情から“やり過ぎない限りの”殺人や盗みに騙しといった、生き馬の目を抜く酔うな生活は経験していないのだろう。
―――少しばかり、それが羨ましく思えた。
「そうそう。ちなみに私の親、ゴッドイーターだったんですよ」
「え?」
コウタが驚いたような顔を見せると、ヒルデは悪戯に成功した子供のような表情を見せた。
「ゴッドイーター関係者の家族はハイヴに住めるはずなのにどうして? みたいな顔してますね」
そう続けたヒルデがコウタを見据えると、コウタは頷いて肯定の意を示した。
あまりにもコウタが素直で思った通りの反応をしてくるものだから、話過ぎかなと思いつつもヒルデは話し込んでしまう自分に気づいた。擦れているようで案外、同年代で異性の友人には飢えているのかもしれない。
「追い出されたんですよ」
「追い出された?」
「ダディの方は普通に前線で戦ってたんですど、マミィの方は研究所勤めだったんですよ。問題はその研究所ってのが割とヤバげな人体実験をしてた場所で、ある時それがマスコミにすっぱ抜かれちゃって」
逆にこんな状況でもマスコミが機能している事自体、フェンリル独裁体制で生まれ育ったコウタにとっては意外だったが、そこは敢えて聞かないことにした。
話しぶりを聞く限り、どうやら悪い意味で民主主義が機能しているような印象だったからだ。
ヒルデは話を続ける。
「そんでさ、そこの所長が責任とって辞任すりゃいいものを、あろうことか責任をぜんぶ秘書のマミィに擦り付けたんすよ。マミィは日系移民だったから、スパイだとかテキトーな理由でも世論は疑うことなくそれを信じて……」
「そんな事が……っ」
「それが出来るんですよねぇ。その所長、誰だと思います? 名前はオズワルド・スペンサー、今の北米支部副局長ですよ」
その名を聞き、ヒルデの話が一気に現実味を帯びた。
北米支部に来る前、一応は相手の重要人物についてはフェンリルから資料を渡されていた。フランク・アーヴィング支部長に次ぐ重要人物として、極東支部でいえばシックザール元支部長に対するペイラー榊博士に相当する人物が、オズワルド・スペンサー博士だった。
(それに、スペンサーって……)
コウタの頭に、セレナの姿が浮かぶ。
自分から見れば年上のお姉さんといった感じの彼女だが、それでもリンドウさんやサクヤさんに比べれば若いはずだ。にもかかわらず、少尉であるリンドウに比べて2つも階級が上である背後には、父親の影響もあったのだろうか。
「つーか、なんですか。急にニヤけちゃって。女ですか女なんですね」
女の勘なのか、本筋とは関係ないところに思考を飛ばしていると、どうやって察したのかヒルデがジト目で突っ込んでくる。
「いや、これは、その――」
「あーあー、そういやスペンサー博士って、クソ美人の娘いましたね。ミス北米支部の」
「ミス北米支部……」
北米支部ってミスコンやってんのか呑気だなとか、やっぱセレナさん優秀しちゃったのかとか、あれほどの美人なら当然だよな、とか再びどうでもよい事を考えてしまう。
セレナさんはパッと見はクールビューティーな仕事のデキる年上の女性といった感じだが、話してみるとノリが良く気配りも出来る、誰からも好かれるクラスの中心といった女性で、正直なところコウタも好印象を抱いている。
だが、彼女の父親まで同じ人格とは限らない。
こちらに来る前に読んだ資料から浮かび上がってくるのは、切れ者でストイックな合理主義者という印象だ。
たしかにフェンリルと旧アメリカ政府に太いパイプを持つスペンサー所長なら、その程度の工作は造作もないだろう。反論しようとすれば、逆に命がいくつあっても足りない。
(いや、今はそれはいい。ヒルデの話を聞こう)
雑念を振り払いつつ、コウタは無理やり話の続きを促した。
「それで、どうなったの?」
「見ての通りっすよ」
ヒルデは肩をすくめて、全身を使ったアメリカンなジェスチャーで表現する。
「次の日から『戦時治安特別法違反』ってことで“敵性市民”の烙印と一緒に、哀れヒルデちゃん一家はハイヴの外に放り出されたというわけですよ。もちろん反対する人もいましけど、大多数の意見はこう―――」
アメリカ合衆国は『法治国家』なのだから、法を守らない連中は退去させられて当然だ、と。
「まっ、筋は通ってますからね。一応は」
何がおかしいのか、ヒルデは薄く笑う。
もちろん、法律違反へのペナルティが必要だとして、いきなり強制退去というのはやり過ぎではないか、という反論もあった。
だが、すぐさま反論で叩き潰された。
曰く“アメリカ国民が選挙で選んだ、国会議員からなるアメリカ国会”がそう決めた。合法的な選挙で選ばれた国会は、正しく民意を反映するはず。だとすれば、自分たちの意見が通らないからといって、法律を無視するのは民主主義に反する……。
それでも当初は、「多数派の横暴だ」というデモもあったらしい。
しかし、それもすぐに「文句があるなら次の選挙で勝てばいい。勝てないなら、その意見は民意を反映していない」という反論で封じられた。
――それでも反対を続けるようなら、それこそ“民主主義の敵”という訳だ。
「まぁ、そんな感じで最後は出ていくしかなくなった訳でして」
ヒルデはお手上げだといったジェスチャーで天を仰ぎ見る。
「日系アメリカ人って、人口比率じゃ1%もいないんですよね。そりゃあ、多数決っていう“民主主義”じゃ勝ち目は無いのも当然と言いますか」
勝ち目のない選挙が存在したところで、それを民主主義とは言えるのだろうか。多数決を民主主義と言い換えた、多数派の専制といった方が適切だろう。
だが、そんな細かい話は一部の学者しか興味ないだろう。
大多数の民衆は、恐怖の中で「自分たちとは違う者たち」を排除することで得られる安心感に縋ろうとした。明日の見えないアラガミの襲撃の緊張は、冷静な議論よりも集団の空気を優先する。
「みんな、そうやって追い出されちゃいまして。ここにいる人たちは基本、そういう“はみ出し者(マイノリティ)”ばっか」
最初のターゲットは服役中の犯罪者だった。次は前科持ちのもと犯罪者、それから中東系移民、中国系移民が続く。それから環境活動家に労働組合が加わり、オタクにホームレスも追加された。それでも止まることはなく、段々と意に沿わない中間層にまで広がっていった。
むしろ、日系人が排斥されたのは遅いぐらいだった。
それまでは他のマイノリティを排斥する事でなんとか生き延びていたが、結局は自分たちも最終的にマイノリティとして排斥されてしまったという、なんとも皮肉な結末だった。
――自分には関係ない。自分だけ助かればいい。
そうやって見て見ぬふりしてれば、いつか終わる……そう信じて沈黙を続けた挙句、徐々に強制退去対象は拡大していって、いざ自分の番になると味方は誰もいなかった。
「まぁ、ダディもマミィもそういう意味では自業自得なんでしょうけど」
それが北米支部を支える、偽りと平和と繁栄の正体だった。
常に社会から弱者を切り捨てることで、強者はその平和と富を分かち合うことなく既得権益を維持し続ける。
最初こそ「全体の為に一部を切り捨てる」は必要悪だったが、その必要悪から必要が薄れてもなお必要悪を続けるならば、それは限りなく悪に近い必要悪なのではないか。
「………」
ヒルデから告げられた北米支部のおぞましい真実に、コウタはただ戦慄することしかできない。まだ彼女の言葉を完全に信用したわけではないが、自分たちを混乱させるための嘘にしては、あまりに話が出来過ぎていた。
***
「―――あーあ、好き勝手にペラペラと喋っちゃって」
牢獄には似合わない、あまりにも呑気な声が響いた。
「……え」
どこからしたかも分からない声にコウタの瞳が丸くなる。ガチャリと鍵が開けられ、ぬっと大きな人影が入ってくる。
「―――他になにか質問があるかい、少年」
「ブライアンさん……!?」
そこにいたのは、見慣れた顔であった。
恐らく私物であろうシャツとジャケットに着替えてはいるが、間違いなく『フリーダム』小隊副隊長のブライアンだ。
「よぉ、久しぶりだなー。ヒルデも元気そうでなによりだ」
ブライアンが軽いノリで挨拶すると、ヒルデは拗ねたような表情になる。
「遅刻なんて酷いじゃないですかぁ。こっちだって銃のメンテとかあって暇じゃないんですから」
「すまんなー。文句はお前らのボスに言ってくれ」
しっしっと手でヒルデを追い出すと、ブライアンはコウタの前で肩をすくめた。
「なんだその、ヒルデたちとはちょっとした知り合いでね」
「セレナさんたちも、これを……?」
コウタの問いに、ブライアンはフッと鼻で笑う。
「さぁな。少なくとも、俺から話をしたことは無い」
そう言うとブライアンはコウタに近づき、後ろでしゃがみこむ。慣れた手つきでコウタの手錠を外すと、付いてくるように手ぶりで示した。
「どうして俺が“アウトロー”と一緒にいるのか、色々と聞きたいことがあるだろうが話は後だ。悪いが、ちょっと手伝ってくれ」