GOD EATER -The Frontier Spirits- 作:フェンリル北米支部
それから何時間が経ったころだろうか。コウタは自分の名前を呼ぶ声で目を覚ました。目を開けると、服を着替えたヒルデが立っていた。
「そろそろ昼っすよ。起きてください」
コウタが起き上がると、朝食替わりのつもりなのかスニッカーズのチョコバーを差し出された。
「それ食べたら、ちょっと付いてきてください。ボスが呼んでるんで」
「ボス?」
「アダム・グリーンっていう元国語教師で、一時はフェンリル職員してたオッサンなんですけど、なんか用があるとか」
いかにもカロリーのありそうなチョコバーを食べ終わると、コウタはヒルデに続いて外へ出た。しばらく歩くと、大きなショッピングモールが目に入る。
「ここは……」
「見ての通り、古いショッピングモールですよ。緊急時には、皆でここに避難したりもしますね」
入口は封鎖されており、中に入るには併設された駐車場の屋上へ繋がる通路を渡らなければならない。通路の前には神機ミニットマンを構えた民兵が4人ほど警備しており、厳重な印象を受けた。
そのまま通路を登って屋上駐車場までたどり着くと、ショッピングモールへと降りる階段がある。そこにも警備の民兵が何人か立っていた。
ヒルデの後を追って、ショッピングモールの3階を歩く。電気はまばらで、中は薄暗い。しばらく進むと、ヒルデがとある部屋の扉を軽くノックした。中から返事とも唸り声ともつかない声が聞こえたので、そのまま開く。
――むわっと漂う本と金属の匂い。
うず高く積まれた本の山。そこかしこにラベルが貼ってあり、段ボールがいくつも地面に置かれていた。
そんな部屋の一番奥で、恐らく40を越した男が机に足を乗せて本を読んでいる。いかにもアメリカといった感じのテンガロンハットに、もじゃもじゃの髭面、日に焼けた赤茶色の肌をした白人男性だ。
ヒルデが呆れたような声で言う。
「もうちょっと、行儀よく本を読もうとは思わないんですかね?」
すると男はちらりと二人に視線をやり、口元だけで笑った。
「あいにく育ちが悪いもんでね」
澄んだ青色の瞳は、薄暗い部屋の中で一層わずかな光を反射する。見た目からするとこんな場所で本を読んでいるなどとは全く想像できないが、青い瞳だけが妙に理知的な光を放つ。
それがアダム・グリーンという男であった。
ぱたん、と本を閉じて無造作に机に投げ出す。アダムの視線はコウタに注がれていた。
「あの……ここは?」
「本屋だ。閉店中だがな」
コウタの質問に、実に明快な答えが返ってくる。それは今ではほとんど失われてしまった、かつての文化の名残り。
「本屋?」
よくよく見て見ると、たしかに棚には雑誌やら小説やらが置かれている。
「俺が整備したんだ。これでも少しは綺麗になったんだぞ?」
アダムがある個所を指差すと、たしかにきちんと整頓された区画があった。
「国語教員時代の記憶を頼りに再現した。――アラガミが誕生して世界が滅びる前の状態をな」
コウタにはそれがどんな光景だったのかは分からない。
だが、そこは人々が生きるために仕方なく銃のマニュアルを読み込んでいたような場所ではないだろう。、各々が料理やゲームに恋愛といった生活を豊かにするため、楽しみながら本を読んでいた場所であったはず。そう思えるぐらいには、場違いなほどに小洒落た空間だった。
「何のために、アダムさんは……」
それ以上は言葉を濁したが、コウタにはそこまでしてアダムが本にこだわる理由が分からなかった。アダムの方もコウタの表情から言いたいことを察したようで、付いてくるように合図する。
「こっちだ」
別の扉から外へ出ると、そこには吹き抜けの空間が広がっていた。
アダムたちがいるのは3階で、廊下に面するようにいくつかの店があった。もっとも営業しているのはごく僅かで、ほとんどは居住区として使われているようだ。
「この場所はな、俺がガキの頃はショッピングモールだったんだ。映画にボウリング場、フィットネスクラブにカフェなんかが詰め込まれていたんだ」
しかし見渡す限り、その面影はほとんど残っていない。3階から地面を見下ろすと土を掘り起こして作られた小規模な畑があり、トマトやナスといった風に弱い作物が植えられている。店も服などの生活必需品を修理するようなものや、武器のメンテナンスを行うような所ばかりだ。
「君が想像する通りだよ。今じゃ皆が日々を生きるので精一杯だ。とても本を読む余裕なんか無い」
アラガミと飢えとの戦いに備える日々では、本を読むなどという娯楽は完全に余計なものだろう。先ほどの女、ヒルデなんかも娯楽が足りないと嘆きつつも、本を読むようには見えなかった。ファッション雑誌や漫画があれば、話は別なのだろうが。
「だからこそ、だよ。俺は彼らに、死ぬために生きるのではなくて、楽しむために生きて欲しいんだ」
アダムの瞳に、強い光が宿る。
「アメリカは偉大な国だ。建国以来、常に敵と戦って打ち勝ってきた。イギリスからの独立戦争、西部開拓での先住民との衝突、二度の世界大戦に冷戦、超大国として世界中の戦争に介入した黄金時代――」
アダムの口から唐突に語られるアメリカの歴史に、コウタはいささか面食らう。しかし彼の放つ独特の空気にのまれ、黙って耳を傾けた。
「唯一の例外は、アラガミとの戦いだ。あの戦いで、アメリカ政府は多くの国民を核ミサイルで一瞬のうちに吹き飛ばした」
「そんな……!?」
咄嗟にコウタは首を振った。そんな事が。まさか。
「意外そうな顔をする事でも無いだろう。現に、今でもフェンリルはパッチテストでゴッドイーター関係者以外をハイヴの外に締め出しているのだから」
「それとこれとは話が……!」
違う、と最後まで言い切ることはできなかった。
見殺しにする側にとってみればそうなのかもしれないが、見殺しにされる側にとってはそう変わらない。アダムは皮肉っぽくコウタの葛藤を眺めていたが、その青い瞳に恨みや嫉妬のような色は無かった。ただ、事実をあるがままに受け止めている……そんな視線だった。
「より多くの国民を生かすため、“救われるべき国民”と“犠牲になるべき人間”を選別するという政策はずっと続けられてきた。アメリカがそれを最初に始め、他の国がマネして、最後にフェンリルだけが残った」
それは必ずしも特権階級を守ろうとして、下層の人間を切り捨てたという悪意に満ちた話ではない。むしろ各国が一人でも多くの人間を救おうとした善意の結果、効率的な生存・復興のため生産性の高い人間が選別されてきたのだった。
だが、その対応の素早さと苛烈さにおいてアメリカは群を抜いていた。
連邦政府の出した結論は、「限られた時間と資源で全ての国民を救う事は不可能」というシビアなもの。そして国家という組織を存続させるべくホワイトハウスのとった手段は、「選択と集中」という徹底的な資源集約および弱者切り捨て。
迫害を逃れて新天地へ逃れた歴史にちなみ、『メイフラワー計画』と呼ばれたプランは恐ろしく合理的だった。
「当時の政府が正しかったのか、それとも間違っていたのか。それは後世の歴史家が判断してくれるだろうよ。俺の仕事じゃない」
アダムは否定も肯定もしない。恐らく政府高官は彼らなりの理屈で、ベストを尽くしたはず。ただ、その過程で割を食った人たちがいて、運悪くそれが自分たちだった……そんな風に諦観と納得が混じった表情だ。
事実、結果として生き残ったアメリカ――北米支部は5年足らずで食糧の自給自足を達成し、西海岸を工業化してフェンリルの一大国防産業拠点を築き上げ、一応は民主主義の伝統をも守ることに成功した。
犠牲を最小限にとどめ、幸福の総量を最大化するという意味では、恐らく北米支部は極めて効率的に復興を達成したと評価しても良い。
事態が手に負えなくなる前に国土と国民ごとアラガミを吹き飛ばし、西海岸だけでも完全な形で残した。そして予め優秀な人材や物資を避難させ、適材適所で最大限の効率が発揮できるように総力戦体制を整えた。
頭を使うのが得意な人間は技術者や科学者になり、神機への適性がある者はゴッドイーターとなる。そのどちらも得意でない人間は運任せの仕事……ありていに言えば、使い捨ての兵隊だ。
ゴッドイーターの数が十分でない初期には、兵士と銃弾の飽和攻撃でアラガミを食い止めるしか無かった。
優秀だろうが、無能だろうが、運が良い者が生き残って運の悪い者は死ぬ。そうした戦場では、何の取り柄もない人間の価値が相対的に上がる。投資では貧乏人は金持ちに勝てないが、ギャンブルなら勝ち目は平等というわけだ。
だから、当時の政府を責めるつもりはない。それでも―――。
「それは当時の理屈だ。問題は錆びついたシステムが、アップデートされないまま今日まで残ってることだ」
時代は変わった。神機の性能は向上し、ゴッドイーターは北米支部を守るには十分過ぎるほどいる。
――にもかかわらず、北米支部は現状維持に努めている。壁の中にいる連中の既得権益を守る、なんて自分勝手な都合の為だけに。
だから、アダムたちアウトローを取り巻く環境は変わらない。存在を公にされず、未だその身を犠牲にしてアラガミから北米支部を守る最初の盾として、捨て駒同然に扱われている。
それどころか、公式には存在すらしないことになっている。
それはつまり、北米支部はもはやアダムやヒルデたちを「同じアメリカ人」と見なしていない、ということ。
かつての国民国家は社会契約により、主権者たる国民を守る義務を負う代わりに政府が統治する権利を得ていた。
だが、今や権利よりも義務の負担の方が重くなり、一方的に社会契約は破棄された。彼らは「アウトロー」として文字通り法律の外の置かれ、捨てられた存在となっている。
否、単に棄民しているだけでなく、利用しつくした上で使い捨てているというタチの悪さ。そういうシステムを作り上げ、維持することで、北米支部はあのサンフランシスコの繁栄を独り占めしているのだ。
無茶苦茶だ――。
眩暈のするような構造悪だった。
昔はうまく機能したシステムが既得権益化しちゃう「構造悪」って、囚人のジレンマみたいなとこあって、悪人不在だから難しいですよね。