GOD EATER -The Frontier Spirits- 作:フェンリル北米支部
「でも、セレナさんたちは――」
悪い人たちでは無かった。エディ曹長も、死んだダグラス曹長も、気さくで仲間想いの良い人たちだった。そんな彼らが、裏では同胞を犠牲にしながら自分たちだけ繁栄を享受している……?
「信じられない、って顔してるな。そんなに意外だったか? 極東だって、アナグラに入れるのはフェンリル関係者だけだって聞いてるが」
アダムが片目を吊り上げる。
コウタは何も言えなかった。この目でヒルデやアダムたちの生活を見るまで、自分たちがやっていることのおぞましさに気づきもしなかった。
極東支部もまた、「全員は救えないから」とフェンリル関係者以外をアナグラに入れず、アラガミの跋扈する大地の彼方へ追放している。利用しているとはいえ、武器を与えている北米支部の方がまだマシに見えるほどに。
だが、構造的な問題とはそういうものだ。
システムというものは、一旦それが根付いてしまうと社会全体がそのシステムを前提に動いていく。最初は抵抗していても、「慣れ」というものは惰性で自己保存的に機能する。
そして一度そのシステムに慣れてしまえば、むしろ変革するコストの方が大きい。簡単に変わるものではないし、慣れた人間からすれば既存のシステムに従って動く方が楽だからだ。
(そういや実際、極東支部にも謎ルールみたいなのあったな……)
ゴッドイーターに成りたての新人の頃は、内心では密かに反発していた。だが、徐々にゴッドイーターとしての生活に慣れていくうちに、多少の理不尽はうまく受け流せるようになっていた。
失敗した時のリスクを背負ってまで、大勢の人間を敵に回したり説得したりしてルールを変えるのは割に合わない。だったら、ルールに合わせて自分が変わってしまった方がリスクは小さいし、慣れればそこまで悪いものでもない。
世の中の多くは、きっとそんな風に惰性で動いているのだろう。そして多くの人はシステムに入って慣れていくが、どうしても慣れない者、システムに入りたくても入れない者もいる。
「ちょっと、ついて来てくれ」
アダムが先導して歩き出した。
「言っておくが、俺は別に憐れんでもらうためにお前に話をしたんじゃないぞ。俺たちだってやられっぱなしじゃないからな」
そう言うアダムの目には、確かな未来が見えているように思えた。コウタが経験したような苦悩など、とうの昔に体験しているはずなのに、めげることなく前へと足を進めている。
そんなアダムの自信と希望が、少しばかり今のコウタには羨ましく映った。
「ここだ―――」
アダムに案内されたのは、モールの搬出口のような場所だった。コンクリートに囲まれた、がらんとした倉庫にいくつかの物体が並んでいる。
大きな冷蔵庫ほどの大きさの円柱形の物体には、コウタも見覚えがあった。
「アラガミ誘導装置……」
フェンリル極東支部でも試験的に使われたことのある装置だ。その名の通り、起動させればアラガミが誘導装置目掛けて集まってくる。
「実のところ、フェンリルに復讐するだけなら難しい話ではない。俺たちが戦いを放棄すればいい。アラガミを素通りさせれば俺たちも死ぬが、フェンリルも道連れに出来る」
皮肉っぽい笑顔からは、本気なのか冗談なのかイマイチ読み取れない。両方だと言われても納得してしまいそうだ。
もっとも、実際にアダムの計画を実行するのは、口で言うほど簡単ではない。北米支部にはいくつも拠点があるし、3大拠点のひとつサンフランシスコ・ハイヴは、3重のアラガミ防壁に囲まれている。かなりの被害は出るだろうが、そう簡単には陥落しないだろう。
「フェンリルと……戦争を始めるつもりですか?」
「そうさ、戦争だ。奴らの欺瞞を暴いてやる」
きっぱりと、アダムは言い切った。
「だが、単にアラガミをフェンリルに誘導させただけでは効果が薄い。北米支部所属のゴッドイーターによって処理されるだけだ。
アダムの予想では、首尾よくカリフォルニアにいるアラガミの誘導したところで、北米支部が混乱するのはせいぜい1週間程度だと見積もっていた。一番外縁にあるアラガミ防壁は突破されるかもしれないが、3重の防壁すべてを突破されるほど北米支部は弱くない。
「何も俺たちだって、北米支部を丸ごと滅ぼしたいわけじゃないさ。わざわざ快適な家を自分で全て焼き払うほどの恨みはないだが、交渉ってのはタイミングとパワーバランスが重要だ」
最初の混乱から立ち直れば、すぐにでも他のハイヴから増援が来る。場合によっては、他の支部に応援要請を出すかもしれない。
アラガミの脅威が去れば、もはや北米支部はアウトローたちと対等の立場で交渉しようとしないだろう。だから彼らが混乱している内に、こちらに有利な条件で取引を持ち掛ける。
「その時、君にも交渉のテーブルについてほしい」
この事件に極東支部所属のゴッドイーターが関わっているとなれば、当然ながらペイラー支部長ら極東支部が乗り出してくる。そうなれば――。
「フェンリル本部が動く……」
コウタが答えると、アダムは「そういうことだ」と大きく頷いて見せた。
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これまで北米支部はフェンリル本部に対する高い独立性によって、あらゆる問題を内々で処理してきた。アウトローたちの件も、外部にはほとんど伝わっていない。
「問題を解決したいときはな、まず“問題がある”ということを世間に知らせる必要がある。内輪で処理なんかさせたら、お山の大将の言いなりさ」
アダムの計画は想像より遥かに大きなものだ。世界を巻き込むといっても過言ではない。もしシナリオ通りに話が進めば、北米支部の作り上げたシステムは崩壊するだろう。
「最初はな、ただ恨んで憎んで、こんな世界なんて無くなればいいと思ってた。だけどな、北米支部をただ壊滅させたところで何も変わりはしない。新しい強者が現れて、また弱者を差別するという構図はどこにだって残るだろうし、ずっとそのシステムは続いていく」
だからこそ、フェンリルが自分たちに都合のいいよう覆い隠している真実を、世界に向けて公表する。普通の人々が当たり前だと信じていたものが、強者に都合のいい幻想であったと思い知れば、世界は変わるはずだ。
「俺たちはな、ただ破壊をしに行くわけじゃない。この国の欺瞞を暴き、真実を世界に知らせる。そして真実の中から、新しい未来を創るんだ」
アダムが誇らしげに胸を張った。成功すればアメリカのみならず、世界にすら変革をもたらす革命になりえる計画だ。失敗する可能性が高かったとしても、世の中を変えるための行動であれば、自らの命の張りどころとしては悪くない。
「もちろん被害はある程度出るかもしれん。だが俺たちだって負け犬のまま、見向きもされず大人しく死んでやるようなタマじゃないんだ。最小限の犠牲で、この国から見捨てられた人々を救う事が出来るんだ」
だから、とアダムは続けた。
「頼む。あんたの力を貸してほしい」
切実に訴えるアダムの言葉に、しかしコウタの心は迷い続ける。
アダムやヒルデたちが酷い環境に置かれていることは、実際に自分の眼で見てきた。多分、アダムもそれを見せるためにヒルデたちに同行させたのだろう。
だからアダムやヒルデたちが、北米支部と交渉したいという想いは理解できる。手助けしたいとすら思っている。
それでも、北米支部とアウトローたちが全面対決するのは避けてほしかった。もし北米支部が徹底抗戦を選べば、ヒルデたちとセレナさんたちが戦うことになる。それだけは嫌だった。
もっと穏便な方法はないのか―――。
そう問うのは簡単だろう。だが、それはきっとこれまでも議論し尽くされたはずだ。話し合って簡単に解決することなら、そもそもここまで状況はこじれていない。
「……迷っているのか?」
「はい」
構わないさ、とアダムは告げる。突き放すでもなく、いずれ共鳴してくれることを期待するでもなく。淡々とコウタに対してアダムは言葉をつなぐ。
そういう奴が一人ぐらいいてもいい。次の時代に必要なのは、考え続ける奴なのだから――と。
慣れ・惰性って、味方につけると強いけど、敵に回るとこれほど厄介なものも無いですよねーと。