GOD EATER -The Frontier Spirits- 作:フェンリル北米支部
夜も更けようとしている北米支部の事務室で、セレナ・スペンサー大尉は膨大なメールと格闘していた。市民団体からの陳情書、ロビー団体からの情報開示要求、上層部とフェンリル本部への報告レポート……目を通すだけで一晩かかりそうな代物だ。
それに加え、周囲では電話の呼び出し音が絶え間なく鳴っている。
「はい、こちら北米支部・第2ゴッドイーター小隊」
電話をとる事務員たちの顔にも、疲労が滲んでいた。事件直後ということもあって厳しいクレームも多く、大勢が精神的ストレスで参っている。何より、本来であれば非番の日に呼び出されて休日出勤というのが更なるモチベーションの低下を招く。
「なんだ、大騒ぎだな」
入ってきたグレアム・ウェーバー少佐が驚きの声をあげた。入院した部下を見舞っていたところで、呼び出しを受けて駆け付けたのだ。
すぐにセレナが出迎える。大半の隊員が戦闘服のまま場違いなオフィスに座り込む中、ワイシャツ・ベスト・プリーツスカートという事務用の服にわざわざ着替えていた。オーバルの眼鏡も相まって、どう見ても完璧なOLだ。
「少佐、こんな時間にお呼び立てしてすみません。今、コーヒーでも入れますので」
「なんだ? 今晩は寝かせないってか?」
「それだけ軽口が叩けるなら、大丈夫そうですね」
どうぞ、とセレナがコーヒーカップを差し出す。グレアムの好みでミルクは多め、砂糖は抜いてある。
ソファに座ってコーヒーを飲み終わると、セレナが間髪入れずに隣に腰を下し、書類を見せてきた。自然と肩を寄せ合う形になり、セレナの纏うフローラル系の華やかな香水がグレアムの鼻をくすぐった。
「なんだ?これは」
「市民向けのPR動画の原稿ですよ。広報部の方が言うには、実際に現場で戦ってる人間、ゴッドイーター隊のトップが直接メディアに出た方が市民の不安も和らぐとか」
街の破壊とアウトローの反乱について問い合わせが殺到している状況に、北米支部は急遽「市民対応窓口」を開設した。フェンリルの事務員だけでは数が足りず、当直を終えて待機中のゴッドイーター隊までが駆り出される羽目になっている。
一応、休日出勤として特別手当が付くだけの配慮は為されているのだが、そんなことより休ませてほしいというのがゴッドイーターたちの本音であった。
「そもそも不安つーか、家を壊された文句とかの方が多いぜ。そういうのは保険会社に言えよな」
長々と続く苦情の電話をようやく切ったエディが、辟易したように言う。
実際、広報部の狙いと違って苦情の電話の方が多く、家事や停電、医療品不足など日常生活に関わる不満のクレームばかり対応する羽目になっている。
「まさに民主主義に乾杯、だな。必死に体張って守った市民から貰えるものといったら、クソみたいな苦情ばかりで―――」
「エディ曹長」
いつの間にか背後に立っていた、セレナのほっそりした指がエディの腕に絡みつく。予想外の強い力で、そのまま受話器に押し付けられる。
「愚痴は後で聞いてあげるから、ね?」
「はい……」
有無を言わさぬ笑顔で睨まれ、エディはそくさくと自分の席へと帰っていった。セレナは呆れ半分、仕方ないなと諦め半分でその後ろ姿を見送った後、自分の手元から携帯端末を取り出してチェックする。
(また既読無視……ほんと、ブライアンったら何してるのよ)
朝から何度か連絡を入れてるのだが、副隊長のブライアンからは一向に反応がない。発信元が職場からだというのを見て居留守を決め込んでいる、というのは邪推のし過ぎだろうか。
(まぁもともと非番なんだし、無責任とか言うのもお門違いではあるんだけど……)
はぁ、と大きくため息をついて、セレナは自分の仕事へ戻った。
***
目覚めたとき、アダム・グリーンの瞳を炙ったのは強い光だった。
ゆっくりと目を慣らしていくと、照明と天井が分離していく。その光をさえぎって、拘束衣を着せられたアダムを覗き込んだのは良く知った顔だった。
「ブライアン……」
「よぉ、随分と情けない恰好だな」
F-SATのジャケットを着こんだブライアンは、どこからどう見てもフェンリルの人間だ。とてもアウトローたちと内通していたようには見えない。
「お前、3重スパイだったのか?」
「いや、2重スパイってのが嘘だっただけだ」
相変わらずジョークのセンスは最悪だ。そんな愚にもつかないことを思いながら、アダムは自分が最初から最後までフェンリルの掌で転がされていたことを悟る。
結局、同胞たちを救うどころか窮地に追い込んでしまった。自分の人生は全てムダだったのだ。
「それで、俺はいつ処刑されるんだ?」
絞首刑か、薬物か、電気椅子か。あるいは毒ガスか銃殺かもしれない。いずれにせよ、北米支部はこの“世紀の大悪党”に対して容赦はしないだろう。残虐な殺し方をすればするほど、市民は拍手喝采を送って喜ぶ。コロッセウムで剣闘士が殺し合うのを見て楽しんでいた古代ローマ時代から、人類は一歩も進歩していない。
「表向きは絞首刑ってことに決まったらしい」
「“表向きは”ってどういう事だ?」
アダムが眉根に皺を寄せると、ブライアンは肩をすくめた。
「簡単さ。裏があるってことだ」
「どうするつもりだ?」
「徴用されるんだよ。死ぬまでアラガミと戦えってことだ」
ブライアンのもったいぶった態度に嫌な予感を感じつつも、アダムはその意味を考える。徴用? どこかのアラガミ掃討作戦の際に、捨て駒か囮として投入でもされるのだろうか。
「……もう少しヒントが欲しい。どうせ死ぬ身だ。ブライアン、最後に旧知のよしみで教えてくれてもいいだろう」
「そうだな。正確に言えばお前を
ぶっ壊れる……ブライアンは確かにそう言った。否、言い直した。人として死ぬのではなく、機械のように壊れるのだと。
それが意味することに気づいた時、アダムは戦慄した。
まさか、そんな事が。いや、しかし―――。
「やっと気づいたか。まぁ、顔を見れば大体わかる。大方、お前の予想通りだよ」
まるで面白い余興を見終わった後のように、ブライアンの表情が満足げにほころぶ。この男は最初から全て知っていて、ずっと楽しんでいたのだ。
「ここは刑務所じゃない、研究所だ。まぁ、元は刑務所だったんだが」
「アルカトラズ……」
研究所に改造された元刑務所を、再び刑務所替わりに使うとは笑えない。
だが、外界と隔絶されたこの島ほど機密保持、あるいは隠蔽工作にうってつけの場所は無かった。マスコミの目も届かないし、内部にいる人間が勝手に逃げることも出来ない。外部向けの映像なら、CGでいくらでも誤魔化せる。
文字通りアダムが何をされようとも、外の世界にいる人々は何も知ることは出来ないのだ。全ては闇に葬られ、北米支部に都合が良いように改変されたものだけが出ていくことを許される。
「なかなか良い見世物だったよ、アダム。その顔が見れただけでも此処へ来た甲斐があった」
「くっ……」
「それじゃ、さようならだ。お前は死にもしないし、北米支部はお前を殺しもしない。アメリカの自由と正義のために、永遠に生かされ続けるんだ」
ブライアンはそれだけ告げると、動きのとれないアダムの首筋へ注射を撃ち込んだ。あと数十秒もすれば、アダムの意識が遠のくだろう。
視界がぼやけ始め、再び証明と天井の境界線があやふやになる。混濁する意識の中で、アダムは最後の力を振り絞って叫んだ。
「待て! 仲間はどうなる?」
ああ、とブライアンは興味無さげに振り返る。
「アメリカは法治国家だからな。ちゃんと責任を持って、順番に1人づつ裁判を受けさせる。まぁ、大半のお仲間とはすぐ
もっとも唾棄すべき皮肉を聞かされたのを最後に、今度こそアダムの意識は途絶えた。
**
部屋から出たブライアンは、そのまま刑務所を後にした。しかしフェンリルの宿舎には戻らず、サンフランシスコの歓楽街の方へと向かった。
いかがわしい通りの裏にあるゴミ捨て場で、ようやくブライアンは足を止める。ジャケットの裏から取り出したのは、透明な液体の入った注射針だ。表面にはフェンリルのロゴも入っている。
(あの調子じゃ、アダムの奴は気づかなかったみたいだな)
これでも友人のよしみのつもりだったんだがな、と呟くいたブライアンはそのまま無造作に注射針を放り投げた。本来であれば、アダムの首筋に撃ち込まれるはずだった麻酔薬を。
(さて、ショーはここからが本番だ)
唇を歪め、ブライアンはポケットから携帯を取り出す。セレナから何度も着信が入っているのを見て、苦笑する。
「ったく、非番なのにご苦労なことで。律儀に職場用じゃなくて、プライベート用にかけてくれば出るかもしれないってのに」
その程度のことに気づいていないはずはないが、それでも原理原則に忠実、ルールはしっかりと守るのがセレナ・スペンサーという人間だ。
本当につくづく何かに縛られるのが好きな女だ、とブライアンは思う。
頭は良いのに、その良さを活かしてルールを悪用したり裏をかくことはしない。まさに模範的な市民の鑑だが、それゆえ尽くす相手に都合よく振り回されがちとも言える。
(こんな時代でも無けりゃ、良い人生が送れただろうに。悪いがこのまま利用させてもらうよ)
ブライアンは履歴を無視し、別の相手へと電話をかけた。そして会話内容を聞かれないよう、大通りへと足を進めていく。そのままブライアンの姿は、夜のサンフランシスコへと消えていった。
ブライアンは急な休日出勤には(気づかなかったフリして)応じないタイプ、セレナは応じちゃうタイプ。