GOD EATER -The Frontier Spirits-   作:フェンリル北米支部

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EPISODE23:明白なる運命

 旧サンフランシスコ海軍工廠に端を発した神機兵の暴走は、ザ・シティ全域へとたちまち飛び火した。前線兵力の大半を神機兵に任せていた北米支部に、これをおさえる手段はなかった。

 

 

 無人神機兵は基地を制圧すると、破壊の限りをつくした。北米支部は機能を喪失し、市街地の至る所で火の手が上がっていた。美しかった街並みは見るも無残な瓦礫の山へと変貌し、大通りには血塗れの死体が蟻のようにアスファルトの上に積み上げられていた。

 

 配備されていた軍隊は、神機兵の圧倒的な火力の前にほとんど鎧袖一触に打ち破られた。

 

 そもそもサンフランシスコの防御はノートン・ラインを始めとする外のアラガミへ向けた壁や地雷原が主であって、内側からの反乱に対しては警官隊と昔ながらの銃や戦車で武装した軍隊しか残っていない。そのほとんどが市民を逃すための盾となり、勇敢に戦って命を落とした。

 

 

 

 ようやくシアトルの北米支部・最高総司令部が事態に気づいて援軍を派兵した時には、すでにサンフランシスコ・ハイヴは壊滅状態だった。

 

 旧宗主国と戦って独立を勝ち取り、明白なる運命に導かれて西へと進み、先住民を追いやって荒地を開拓し、二度の世界大戦と冷戦を経て築き上げた超大国は、再び斜陽の坂を転げ落ちていく。

 

 わずかに残されたアメリカの遺産は、自由と民主主義は、時を刻む度に崩れていった。

 

 

 それをもたらしたのが、『再びアメリカを偉大にする(Make America Great Again)』とのスローガンが銘打たれた救国兵器・無人神機兵だった……というのは皮肉でしかない。

 

 

 セレナ自身、無人神機兵の性急な導入について全く危惧していなかったわけではない。ただし、それはあくあまで無人神機兵に不具合があれば北米支部がアラガミの襲撃に対して無力化してしまうというリスクだ。まさか無人神機兵そのものが暴走し、アラガミとなってサンフランシスコを内部から崩壊させてしまうとは。

 

 

(……もしかすると、あれが最後のチャンスだったのかもね)

 

 コウタの顔を思い出しながら、セレナ・スペンサーは車を降りてそう呟いた。

 

 北米支部には自らを変えるだけの力と余裕があったのに、現状に甘んじてそれをふいにした。

 

 そして今では、サンフランシスコ・ハイヴ全体がその対価を払っている。

 

 

 

「所長、こちらへ」

 

 セレナは神機を展開して、後に続くアーヴィング支部長を先導した。彼女たちの周りには、乗り捨てられた車でいっぱいだった。しばらく先へ進むと、今度は徒歩でサンフランシスコから脱出しようという人々で溢れていた。

 

「殺された家族を返せ! どうしてくれる!?」

 

「北米支部が無能だからこうなったんだ!」

 

「無人神機兵の暴走を予想できなかったのか!」

 

 市民は完全にパニックに陥っている。サンフランシスコ市警が宥めようとするも、群衆の興奮は収まらなかった。

 

 その先にあるサンフランシスコ・VAメディカル・センターは、鉄条網で覆われたコンクリート製の壁で覆われている。ここが現在の臨時司令部だ。

 もう少し先へ歩を進めると、アサルトライフルで武装した人間の兵士たちが殺到する人々を押し留めていた。

 

 

「通して! ゴッドイーターよ!」

 

 セレナは兵士たちに向けて声を張り上げる。正直、権威をかさに着るような方法は好きではないが、今は状況が状況だ。彼女の持つ馬鹿デカい神機を見て、兵士たちは道を開けようとするが、それを一人の黒人の兵士が止めた。

 

「待て、順番に検査する」

 

 職務に忠実な兵士なのだろう。その心意気は勝算に値するが、セレナにも任務がある。

 

「私は構わないけど、後ろにも貴方から伝えてくれないかしら」

 

 兵士は胡散臭そうにセレナの背後を見やり、アーヴィング支部長に気づいて慌てて敬礼した。

 

「し、失礼しました! どうぞこちらへ」

 

 重々しい鋼鉄のゲートが開かれ、セレナとアーヴィング支部長、そして幸運な若い運転手は空軍基地への入場を許可される。それにつられた群衆もわっと殺到するが、すぐに兵士たちに押し留められた。

 

 

 **

 

 

 ようやく安全地帯にたどり着いたアーヴィングは安堵の表情を浮かべ、すぐに普段の尊大な態度を取り戻して部下に現状を報告させた。

 

「状況はどうなっている?」

 

「空軍基地周辺の安全は確保しましたが、つい先ほど市街地に展開した第1連隊、第2連隊との通信が途絶しました。第3連隊から第7連隊までは完全に撤退しております」

 

「封じ込められる見込みはあるかね?」

 

「いえ、サンフランシスコ市警との共同作戦で構築した防衛ラインは全て突破されました。封鎖は不可能です」

 

「シアトルから増援は?」

 

「空軍に航空支援を要請しましたが、空爆の効果は限定的です。逆に無人神機兵の反撃を受けて航空隊に被害が出たため、参謀本部は作戦の中止を決定しました」

 

 どうやら、アラガミ化した無人神機兵の暴走は想像以上の速度で広まっているらしい。

 

 

 

「このままでは偉大なアメリカが滅びる……か」

 

 冷静さを取り戻したアーヴィングの脳裏を占めるのは、怒りだった。そんな事を許してなるものか。

 

 北米支部長としてのアーヴィングは10年間の長きにわたり、故ポール・ウォーカー上院議長から受け継いだ地位を何の問題もなく勤め上げてきた。いや、それどころか他の支部に先駆けて復興と再建を果たし、フェンリルの中でも独自の特別な地位を築き上げるほどに繁栄させてきた。

 

 その集大成となる無人神機兵の完成は、フランク・アーヴィングという男をアメリカの生ける伝説にまで押し上げる……そのはずだった。

 

 

 ――無人神機兵の暴走さえ無ければ。

 

 

 ブチッ!とアーヴィングは青筋を立ててキレた。

 

 

 こんなところで。こんなことのために。自分は今まで築いてきた全てを失うのか。

 

 

「くそっ」

 

 

 アーヴィングはひび割れた携帯電話を投げ捨てると、胸ポケットから小さな無線機を取り出した。国家レベルの非常事態に備えた、軍の独立部隊への直通回線を通じてアーヴィングは恐るべき命令を下す。

 

「私だ。『オペレーション・マニフェスト=ディスティニー』を実行に移せ」

 

 隣にいたセレナがさっと顔色を変えた。

 

 アーヴイングはそれを無視して、自分の口から発せられる命令がどれだけの犠牲をアメリカに強いるかを分かった上で、敢えてそれも無視して怒りのままにただ叫ぶ。

 

 

「私の邪魔をするものは全て一掃してやる! アウトローも、無人神機兵も! 全てだ!!」

 

 

 **

 

 

 ――オペレーション:マニフェスト=ディスティニー。

 

 

 それは極一部の政府高官だけが知る、北米支部最後の禁じ手だ。その内容は「大量の核兵器の集中投下でアラガミを殲滅する」という、かつてのメイフラワー計画の焼き直しともいえるもので、即時発動プランでは市民の犠牲も止む無しとされてる。

 

 もちろん、重要な人材は話が別だ。北米支部の貴重な財産である彼らは、優先的にシアトルへ避難させる手筈となっている。

 

 

「避難の進捗は?」

 

 そう言ってアーヴィング支部長が振り返ると、セレナ・スペンサーはムダの無い滑らかな動きで彼に向き直った。まだ擦り傷や煤が残っているが疲れた様子は無く、いつものお嬢様然とした優雅さとは違う、野性的な強さを放っている。

 

「市街地に残っていた、第1級ライセンス保持者は全て退避させました」

 

「流石だな、仕事が早い」

 

 セレナ・スペンサーはアーヴィングの知っている限り、父親よりも“組織”というものをよく理解していた。

 

 命令と階級に忠実で、与えられた条件のもとで目的遂行のために最善を尽くす。指揮系統に対して異議を唱えたり、作戦の前提条件そのものを問い直すようなことはしない。

 

「よし、ゲートを封鎖するんだ」

 

「了解しました」

 

 セレナが部下にジェスチャーで指示を飛ばす。十秒と経たないうちにゲートが閉まり始め、市民のざわめきが大きくなる。

 

 次の指示を出そうとアーヴィングが口を開く前に、その意図を察したセレナは小さく頷いてガンラックからアサルトライフルを掴む。これもアーヴィングがセレナを贔屓する理由のひとつだ。

 

 

 **

 

 

 セレナが空軍基地ゲートへ向かうと、そこは一触即発の状況だった。

 

 

「北米支部の連中、自分たちだけ安全な場所に逃げる気だ!」

 

「特権階級め!」

 

 空軍基地の閉鎖を目の当たりにして、市民はパニックに陥っていた。兵士や警官たちに殴りかかる者もいる。不安が恐怖を増長させ、人々の中で怒りの波が広がっていた。

 

(早く鎮静化させないと不味いわね……放っておけば、すぐに不満が燃え広がる)

 

 セレナは基地を取り囲む壁の上に登ると、拡声器で市民に呼び掛ける。数十人の武装した兵士を引き連れて。

 

 

「当基地において、これ以上の受け入れは不可能です。市民の皆さんは避難誘導指示に従って、別の安全エリアに退避してください」

 

 

 事実上の締め出し宣言に、当然ながら市民たちは憤った。ヤジが飛び、壁の外にいる警備員と警官の列が押し込められていく。警官たちの中にも職務放棄して市民たちに加わる者や、諦め気味に民衆を素通りさせる者も出始めていた。事実、「見捨てられた」という点では彼らに違いは無い。

 

 

「皆さん、落ち着いて行動してください。すでにバンクーバーとシアトルから、救助のために軍とフェンリルが動き出しています。冷静になって、政府の指示を待ってください」

 

 

 だが、民衆の騒ぎは収まらない。兵士たちの隊列を突破し、壁をよじのぼらんとする勢いだ。

 

「ひっこめ上級市民!」

 

「全部フェンリルのせいだ!」

 

 まるで聞く耳を持たない。恐怖から目をそらし、理不尽な目にあった怒りをその元凶たるフェンリルにぶつけている。

 

 

 ――ある意味では、彼らの行動は正しいのだろう。

 

 無人神機兵の暴走を過失と言ってしまえばそれまでだが、その開発と運用に責任を負っていたのはフェンリル北米支部だ。「今はパニックに落ちる状況ではない」という正論も、パニックの原因を作った人間が言っても人々の心には響かないだろう。

 

 

「早く救助しろ!」

 

「支部長を連れてこい!」

 

 

 市民の興奮は収まらず、投石が始まった。警官たちがライオットシールドを掲げる。だが、そのうちの一つがセレナの額に当たった。

 

 

「ッ―――」

 

 すぐに部下たちがセレナをかばって退避させようとするも、セレナは手でそれを制し再び市民の前に立った。

 

 もちろん、本心を言えば一人でも多く入れてやりたかった。とはいえ、現実的に考えて全員は無理だ。だが、一人でも例外を作ってしまえば、全員を同等に扱わなければいけなくなる。

 

 

 だから、ここは心を鬼にするしかない。

 

 

「我々には任務遂行のため、実弾の使用が許可されています。繰り返します、我々には実弾の使用が許可されています」

 

 ここに来て、さすがの市民たちの間にも別種の動揺が広がった。暴徒化した人々に混じって、「まさか市民を撃つつもりじゃ……」「いや、いくら何でもそこまでは」といった不安の声が聞こえ始めた。

 

 

「これが最後の警告です」

 

 

 市民たちの抗議に、セレナは銃で応えるつもりのようだった。彼女はアサルトライフルを空に向かってフルオートで10発ほど撃つと、部下とともに市民に銃を向ける。

 

「30秒以内に黄色いラインの外に出てください」

 

 セレナはメガホンを部下に手渡し、コッキングレバーを引く。

 

「25・・・24・・・23・・・22・・・」

 

 無表情のセレナが顎で指示を出すと、その迫力に圧された部下たちも一斉に発砲準備を整える。

 

「3・・・2・・・1」

 

 兵士たちは市民たちに向かって、一斉に引き金を引いた。

 




「我々には任務遂行のため、実弾の使用が許可されています」

 地味に言ってみたい台詞、言われたくはないですけど。
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