GOD EATER -The Frontier Spirits-   作:フェンリル北米支部

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EPISODE24:ノスタルジア

         

 目の前にあるモニターで、ブライアンは中継されるサンフランシスコの惨状を見守っていた。目の前で発生している悲惨な光景は、ほとんどブライアンの心を揺さぶるものではなかった。

 

 

「こりゃサンフランシスコは終わりだな」

 

 

 暴走した無人神機兵はブライアンの予想通り、いや予想以上の戦いぶりを見せていた。おかげで大勢が犠牲になることは残念だが、それもブライアンに与えられた任務のために多少の犠牲はやむを得ない。

 

 ブライアンは北米支部に忠誠を誓っているが、フランク・アーヴィング支部長に対して個人的な忠誠心は抱いていなかった。そして支部長以上に厄介だったのが、目の前にいるオズワルド・スペンサー博士だ。

 

 

「……シアトルの老人共に丸め込まれたか」

 

「まぁ、そんなところだ」

 

 

 苦々しげに吐き捨てるスペンサーに対し、ブライアンは涼しげに答えた。

 

 スペンサー博士が率いる無人神機兵の研究チームが北米支部で主流派の位置に属しているのは、全てアーヴィング支部長の強力なバックアップあってのもの。しかし北米支部の中には、それを快く思わない者もいる。

 

 

 特にスペンサー博士は能力こそ万人が認めるものだったが、徹底した実力・能力主義で無能と見なした相手には容赦がなく、多くの敵を作ってもいた。

 

 

 ――アメリカは本来、自立した個人が作った『市民』の国だったはずだ。断じて‟たまたまその国に生まれただけ”の『国民』の国ではない。

 

 スペンサーの考えでは、民主主義とはそれを担うだけの責任と能力がある者にだけ許される。断じて、無駄飯ぐらいの生活保護受給者や障碍者、ホームレスに犯罪者、囚人にアル中やヤク中などといった連中が「人権」の名のもとに汚して良いものではない。

 

 ‟たまたまアメリカ人に生まれた”というだけで「自分には価値がある」などと思いあがって選挙権やら生活保護やら失業保険をもらえて当然、というのはとんだ勘違いだ。 

 

 

 だが、それも無人神機兵の生産が軌道に乗るまでだ、とスペンサーは考えていた。

 

(私の無人神機兵が軌道に乗れば、ああいった社会のお荷物ですら‟有効に活用”できるようになる)

 

 まさに『愛国者(パトリオット)』だ。無人神機兵の生体CPUとなり、この偉大な国をアラガミから守る戦士となる。これぞ適材適所、人材の有効活用という奴だ。

 

 

 だから、それだけに解せなかった。

 

 

 ブライアン・ケインは北米支部のゴッドイーターの中でも、十本の指に入るほど優秀な戦士だ。無能が自分の計画に反抗するならまだしも、どうしてエリートの彼が自分に反旗を翻したのか、まったく理解できない。

 

「ブライアン、君のような優秀なゴッドイーターが何故……」

 

 

 言いかけたスペンサー博士を、ブライアンは神機で制する。

 

「まさかアンタ、本当に気づいていないのか?」

 

「……何をだ?」

 

 本気で訳が分からないといった顔をしているスペンサーに対して、ブライアンは大きな溜息をついた。これだから、エリート研究者という奴は。

 

 

「そうさ。アンタの言う通り、俺は優秀なゴッドイーターだ」

 

 そのために血の滲むような努力をしてきたし、幾度となく死の危険を冒して実績を上げてきた。現場で体を張ってアメリカのために戦ってきたという自負もある。ゴッドイーターとしての特権を享受することも、報酬に対する正当な権利であるはずだ。

 

 そんな“ゴッドイーターとしての自分”が、ブライアン・ケインはこの上なく好きだった。

 

 

「無人神機兵なんかが量産された暁には、俺たちゴッドイーターはお払い箱だ。この俺に、来月からホットドッグ屋でもやれって言うのか」

 

 

 合理的な性格のアーヴィング支部長なら、容赦なく無用になったゴッドイーターたちをクビにするだろう。貴重な資源は最大限に有効活用されなければならない。

 戦わないゴッドイーターに特権だけ与えて、飼い殺しにするなどという無駄は絶対に犯さないだろう。

 

 

 スペンサーは無人神機兵を「アラガミとの戦いから解放する」と言ったが、ブライアンに言わせれば「アラガミとの戦いを奪われる」以外の何物でもない。

 

 幼いころに適正が見つかり、そう育てられてきた。ブライアン・ケインの青春と人生は、アラガミを倒すことだけに捧げたのだ。

 

 

 ゆえに戦う以外の生き方を知らなかった。それを奪われたら、後には何も残らない。生きがいもプライドもすべて奪われた、ビジネススキルすら持たない無職の負け犬が一人が残るだけだ。

 

 

「ケイン中尉、君なら警察でも政治家でも、きっとやっていけるはずだ」

 

「かもな。だけど今さら、ゴッドイーター以外の人生なんて御免だね」

 

 スペンサーの言葉を、ブライアンは鼻で笑う。もちろん他の職業に転職してもそこでベストを尽くし、それなりに満足できる人間もいるだろう。

 

 たとえば優等生のセレナあたりなら、ゴッドイーターを辞めてフェンリルの事務職員になろうが銀行に行こうが、研究者や教師だってなれるだろうし、たとえ専業主婦であろうとベストを尽くして周囲の期待に応えようとするに違いない。

 

 ブライアンにしても、たしかにスペンサー博士の言うように警察あたりなら、転職しても食うに困らないぐらいの生活はできる。

 

 

 だが、聖書でもこう言うではないか。

 

 

 ―――人はパンのみにて生くるにあらず。

 

 

「ゴッドイーターはな、アラガミという敵なしには生きられないんだよ。アラガミとの戦いが無くなったら、俺には行き場所なんて何処にもない」

 

 

 戦場で生き、戦場で果てる。アラガミと戦い続け、いつか戦死するまで生き抜く……それだけがゴッドイーターとして育てられた者の存在意義だった。それを証明し続けることが、ブライアンの人生だった。

 

 

 

「俺はな、今のアメリカが好きだ」

 

 

 ブライアンの声は、静かだった。

 

「アウトロー共を犠牲にして、壁の内側に引きこもって現実から目をそらし、過去の栄光ばかり追い求めている……そんなアメリカを守る事が俺の生きがいだった」

 

 

 例えどれだけ歪んでいようと、そんな祖国をブライアンは愛していた。誰が何と言おうと、ブライアンにとっては誇れる愛すべき祖国だった。

 

 

「出撃前にバーでグレアムやエディとバカをやって、死に物狂いでアラガミと戦って、運よく無事に生き残れたらセレナとファックする。そんなしょうもない日々が、俺は楽しかったんだよ」

 

 自分の生き方を決めるのは、こんな世界にあっては贅沢の部類だろう。だが、一度それを知ってしまったからには元には戻れない。誇りある仕事と仲間を失い、シアトルの安全なスラム街で飲んだくれているだけの日々なんてまっぴらごめんだった。

 

 

「スペンサー博士、確かにアンタの研究は大勢のアメリカ人を救うだろうよ。アメリカは大きく変わる。北欧に変わって、フェンリルの支配者にすらなれるかもしれない」

 

 

 ―――だが、それは俺の好きなアメリカじゃない。

 

 

「俺の好きなアメリカは、今のクソったれなアメリカだ。それをあんな脳味噌の詰まった鉄の棺桶なんかに奪われて溜まるか」

 

「それが、この惨劇を起こした理由か」

 

「そうだ」

 

 

 よどみなく答えるブライアン。皮肉屋の彼にしては珍しく、冗談の色が消えていた。多分、本当にこれが本音なのだろう。

 

 今回の騒動で、アーヴィングとスペンサーの失脚は免れない。その原因を作った無人神機兵も、完全に凍結されるだろう。そうなればブライアンを始め、ゴッドイーターたちは今まで通りの生活が出来る。

 

 

 

「……くだらん懐古趣味だ」

 

 ばっさりと、スペンサーはブライアンの信念を切り捨てた。

 

 話を最後まで聞いてみれば、結局は進化を恐れる老害の発想だ。フロンティア・スピリッツを忘れた過去の亡霊に未来は無い。あまりにも下らなさ過ぎて、逆にその発想に思い至らなかったほどだ。

 

 

 もっともそれが原因で裏をかかれた点については、素直に自分の失点だとスペンサーは反省する。

 

「シアトルの老害どもからどんな報酬を約束されたが知らんが、味方する相手を間違えたようだな。お前と同じく保身しか頭にない連中だ。いずれ切り捨てられるぞ」

 

「かもしれんな。だが、アンタが作ろうとしている新しいアメリカよりかは、俺の居場所が残ってる可能性は高い」

 

 動揺することもなく、ブライアンは淡々と答える。その程度の覚悟など、とうに出来ていた。

 

 

 ―――だから、引き金を引くときにも一切の躊躇いは無かった。

 




ブライアン「昔は良かった・・・」

思い出は美化されがち

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