GOD EATER -The Frontier Spirits- 作:フェンリル北米支部
『パトリオット』神機兵によってもたらされたカタストロフは、その日のうちにサンフランシスコ中に広がっていた。辛うじて指揮系統が繋がった軍とゴッドイーターたちは街の至るところで戦い続けており、昼夜を問わず爆撃音が響いていた。
現在、暴走があった旧サンフランシスコ海軍工廠は完全に放棄され、防衛ラインは大きく北へ後退している。
―――だが、それも長くはもたないだろう。
誰もがそう考え、実際にフェンリル北米支部ハンターズ・ポイント基地(旧サンフランシスコ海軍造船所)では、既にシアトルやバンクーバーといった他の大型ハイヴから集められた船が次々と接岸していた。輸送船の他に小型艇、駆逐艦、民間船などすべてを動員して、キャンプで保護しているサンフランシスコ市民を脱出させる計画だ。
「まるで“ダンケルク”ね」
セレナ・スペンサー‟少佐”が呆れたように呟く。
かつて第二次世界大戦で港町ダンケルクに追い詰められたイギリス軍は、民間船まで徴用してドイツ軍の攻撃を防ぎつつ、辛くも脱出に成功した。
そして今回の敵はファシストではなくてアラガミ、というわけだ。全員を無事に収容したら、サンフランシスコのベイエリア全域に空軍による大規模な核攻撃が行われる。
人類にとって貴重な生存圏がまた一つ失われるわけだが、背に腹は代えられない。限られた時間と資源を効率的に使うということは、何を生かして何を捨てるかを判断する仕事でもあるからだ。
「とりあえず、船を確保できただけでもマシね」
セレナがそう呟くと、横にいた部下のジェシカ・ハーパー曹長もホッとしたように言う。
「本当によかったです。でもまさか、こんなに船があったなんて」
「半分以上はモスボール保管されてた旧時代の遺産を、急遽レストアしたものよ。過去の偉大な国家に感謝しないとね」
窓の外から港をのぞくと、大勢のエンジニアたちが必死に修理・点検作業を行っている。第1級ライセンスを持つエンジニアは他の市民よりも優先的に救助されており、その非情なトリアージが功をなした形だ。
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その日、ついにサンフランシスコ市民が待ちに待った放送が発信された。
「アラガミの脅威から市民を守るため、フェンリル北米支部は大規模な避難計画を実施します。現在、シアトルとバンクーバーより送られた約700隻の船がサンフランシスコへ向かっています」
アーヴィングの言葉と同時に、太平洋に浮かぶ無数の船団が映し出された。
「さらにサンフランシスコでも、既に260隻の船が出港準備を始めています。1週間あれば、市民全員を町の外へ脱出させることが可能になります」
力強く語るフランク・アーヴィング支部長に、人々が歓声の声を上げた。
――ついに脱出できるのだ。遅くとも1週間後には、この悪夢も終わる。この大船団こそ、偉大な過去の先人たちが残してくれた遺産なのだ。
「皆さん、フェンリルを信じてください。そしてアメリカを信じてください。いかに困難な状況でも、共に手を繋ぎあえば乗り越えられない試練はありません。我々は決してくじけない!そして必ず生き残る!」
アーヴィングが声を振り絞って叫ぶと、市民たちから歓声のコールがあがった。それは司令センターにいるアーヴィング本人にも、集音マイクを通じて聞こえてくるほどだった。
(今度こそ、信用を勝ち取れた……)
やっと市民たちの不満を抑え込めたことに、アーヴィングはホッとして椅子に腰を下ろす。
(民衆は愚かで弱い存在だ……。不安があるとすぐパニックに陥り、そのくせ自分たちでは何もしようとしない。常に他力本願で政府に頼るくせに、文句ばかり言う……)
だが、そんな彼らでも市民権を持つ同じアメリカ人なのだ。彼らの求める者を与えるのが、有権者に選挙で選ばれた政治家の自分の仕事だ。
彼らは力強い声を欲していた。必ず自分たちを助けるという声を。
――たとえそれが、一時の気休めに過ぎないとしても。
そんな真実は知らなければ、彼らの中では「脱出できる」という偽りの現実へと変換される。
不誠実かもしれない。だが、そうしたリップサービスがなければ、市民は際限なくサービスを求めるようになる。税金は減らせ、でも教育費と医療費は無料に、年金と補助金はもっとくれ……そんな彼らに適当な夢を見せて宥めつつ、専門家の意見を聞いて正しい方向へ導くのもまた、政治家の仕事なのだ。
「所長、お疲れ様です。見事なスピーチでした」
セレナがチェリーコークの缶を差し出してくる。よく冷えた好物のチェリーコークの軽い刺激が、カラカラになったアーヴィングの喉を潤していく。そのまま一気に飲み干した。
「……セレナ、アルカトラズからは何の連絡もない。悪いが――」
「大丈夫です。お構いなく」
コーラの缶を受け取るセレナの手が、わずかに震えた。そのまま小さく頷いて無言で立ち去っていく彼女の後ろ姿を見ながら、アーヴィング支部長は大きな溜息を吐いた。
本音では、怒りか弱音の一つや二つも吐きたかっただろうに。それを押し殺し、聞き分けの良い人間を演じ続けている。
考えてみれば、随分と年下だ。スポーツやセックスにうつつを抜かしていても、誰からも咎められない年齢だというのに。いつの間にかそんなことも忘れて、つい頼ってしまう。
(彼女たちのためにも、なんとしても脱出作戦を成功させねば……!)
多くのものを犠牲にしても、その決意だけは揺るがない。
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そして翌日から、ついに脱出計画が開始された。
フェンリルの職員たちは、休む間もなく働いている。乗船の優先順位に、入港の割り当て、必要な食料や医療物資に燃料の配分など、やらねばならない作業は山積みだ。
だが、一人として弱音を吐く人間はいない。彼らの仕事には、100万を超える市民の命がかかっているのだから。
「セレナ先輩、いっそ副支部長にでもなった方がいいんじゃないんですか?」
市街地からの撤退戦を終え、基地に戻ったセレナに部下のジェシカが言う。ようやく地獄から脱出できる目途が立ったからか、日に焼けた顔の表情も心なしか明るい。
「買い被りすぎ。良いメンバーに恵まれたからよ」
「その良いメンバーに恵まれる、ってのがリーダー向きだって言ってるんですよ」
アーヴィング支部長はセレナを昇進させ、サンフランシスコ市警察の生き残りに対する指揮権を与えた。
基地に集中していた軍と違って町中の至る所に配備されていた市警察は被害が大きく、ほとんど敗残兵の寄せ集めのような状態になっていたのだが、セレナはすぐに組織を再編している。
セレナは信用できる人間を何人か集め、彼らを中心に有志で残留希望者を募った。
少しでも不満があるのなら、ここにいるより家族のもとにいた方がいい……組織力の低下と管理の限界を踏まえて、不満を抱えた人間を残して数を維持するより、少数でも士気の高いチームを作った方が現実的との判断だった。
結局、半分ほどしか残らなかったものの、逆に数が減ったせいで個々の得意スキルを活かした効率的な人材配置が行えるようになり、最大の効果を出している。
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そうした北米支部の努力もあって、避難は順調に進んでいた。
既に第1陣が出発し、その結果が新たな司令部となった原子力空母USS.ユナイテッド・ステーツの戦闘指揮所に送られてくる。
司令官席に座っているのはアーヴィング所長だ。大勢のスタッフも引き連れ、膨大な情報を処理できるような指揮中枢センターとしている。
「17番滑走路、発進よし。どうぞ」
「徴用船『ホライゾン』、乗船率89%」
「第1級ライセンス保有者全員の避難を確認しました」
巨大なモニター上には、サンフランシスコの地図や脱出用の船の情報が映し出されている。乗船率が100%に達した船はブルーに色分けさせるが、随分とその数も増えた。
「現在、市内からの退避率は30%です。シミュレーションを行ったところ、残り5日と11時間で全ての市街地からの脱出が完了する見込みです」
うむ、とアーヴィングは頷いた。
今のところ、脱出計画は順調だ。
無人神機兵の暴走は抑えられなかったものの、組織的な襲撃にはいたらなかったのが不幸中の幸いといったところか。あくまで個々の暴走した神機兵が散発的に視界に入った人間を攻撃するにとどまっているため、キャンプに近づく個体をゴッドイーターたちが露払いしている限り、問題はない。
(あるいは嵐の前の静けさということもあるが、静かなうちに逃げ切ればこっちのもんだ)
いや、何としても逃げきらなければならない。そうでなければ、大勢を犠牲にした意味がない。
「一刻も早く避難を進めよう。皆、疲れていると思うが奮起してくれ」
たぶん退役軍人ジジイがモスボールされたイージス艦とか動かしてる。