GOD EATER -The Frontier Spirits- 作:フェンリル北米支部
アリサ・イリーニチナ・アミエーラは、ゴッドイーターになりたての頃、ロシア支部で何度か隔離病棟に入れられたことがある。オオグルマ医師による暗示が安定してからはほとんど無くなったが、今でもロシア支部のコンクリートで出来た冷たい窓の無い空間のことは覚えている。
それに比べれば、北米支部から与えられた部屋は非常に快適だった。
たとえ監視役がついていようとも、最新の防弾ガラスとプラスチック防壁で覆われた逃げ場のない密室だとしても、少なくともテレビはついていたし、雑誌やドーナッツ、代用コーヒーからハンバーガーまで頼めば大抵のものは出してくれた。
アウトローたちの反乱がひと段落ついてからというもの、アリサたちは「研修」という名目でフェンリルの施設に押し込められていた。
(体のいい軟禁、といったところでしょうか)
北米支部の様子を見るに、口封じに殺すほどの必要もないが、かといって即時解放するにはタイミングが悪い、ということなのだろう。アウトローたちを騙すようにして使い捨てている事実は醜聞であろうが、他の支部だって多かれ少なかれ「フェンリルないしゴッドイーター関係者だけをハイヴで保護」という原則を貫いている。
北米支部にとって問題なのは、むしろ「反乱を起こされそうになった」という事実だ。これが明るみに出れば、北米支部はフェンリル本部から危機管理能力を問われかねない。
(フェンリル本部には、独自路線を行く北米支部を快く思わない幹部もいます。だから無人神機兵で圧倒的な実績を作って、誰も口出し出来なくしてから事実を追認する……そんなところでしょうか)
面会は許可されていないが、他のメンバーの無事も確認できている。命に別条がなく、研修という名目があれば極東支部もこれ以上は動けないだろう。
同僚の藤木コウタは、反乱の首謀者アダム・グリーンの裁判以来、ふさぎ込んでいるようだった。愛想笑いぐらいは返してくれるようになったが、どうにも元気がない。
(リンドウさんは相変わらず定時連絡をサボりがちですし、なんだか調子が狂いますね……)
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そんなアリサの快適だが退屈な日々は、突如として終わりを告げた。
その日、アリサ・イリーニチナ・アミエーラは、ひどい寒気を感じて目を覚ました。
上半身を起こそうとすると、吐き気と頭痛が同時に襲ってくる。同時に、体中に針で刺されたような鋭い痛みを感じた。この感覚には覚えがある。
(検査用の針……?)
頭痛を堪えて自分の体をよく見てみると、薄い患者衣を着せられていた。部屋に冷暖房は効いておらず、寒気はそのせいなのだろう。
さらによく見てみると、両脚と両手、上半身にいくつもの針が刺さっていた。頭には電極のようなものが付けられ、針や電極の先からはカラフルな色をしたケーブルがベッドの横にある何台ものモニターに繋がっている。
(そうだった、たしか今日は検査入院の日で……)
考えようとすると、再び酷い頭痛に襲われた。オオグルマに暗示をかけられた時と同じだ。暗示をかけたものに都合の悪いことを少しでも考えると、頭が真っ白になるような痛みがある。
だが、あの時ほどではない。
アリサは頭痛に耐えながら、体中に刺さっている針を抜くことで意識を保とうとした。まず右腕の針を引き抜き、ついで左腕。あとはその繰り返しで、頭痛がして意識が遠のく度に、針を引き抜くことで現実に意識を戻す。
ようやく全ての針を抜いたころには、アリサは記憶の大部分を取り戻していた。
(北米支部は、アウトローに関する記憶を改ざんしようとしていた……?)
たぶん、それほど間違ってはいないはずだ。口封じに殺すほどではないが、あまり周囲に漏らされたくもないのだろう。
だが、北米支部は中半端な状態でその目論見を放棄してしまった。なぜかは分からないが、完全に記憶を抹消する前に麻酔薬が切れた。実に不自然というほかない。
モニターを確認したところ、先日から麻酔薬の補充やバイタルチェックの履歴が残っていなかった。テーブルの上には検査キットや手袋などが無造作に置かれており、作業を途中で中断したように見える。
(まるで、なにかに慌てて避難したみたい……)
アリサはベッドから立ち上がり、部屋の隅に自分の神機が安置されているのを確認した。意外なことに、ロックはかけられていない。そのまま部屋の外へ向かおうとすると、やはり30cmもある頑丈な鋼鉄製のドアにもロックはかけられていなかった。
廊下に出ると、今いる場所がやはり病院らしいことが分かった。
だが、廊下には誰もいなかった。医者も、看護師も、患者もいない。静寂だけが病院に存在し、人間が活動している様子は見られなかった。ところどころに置かれている車椅子や手術台の存在が、つい最近までこの場に人がいた痕跡を残しているだけだ。
アリサはクローゼットの前にあった病院職員用のジャンパーを掴み、薄物の手術衣の上に重ねた。
(なんだか気味が悪い……)
他の皆はどうなったのだろう。リンドウさんや、コウタさん、そしてセレナさんたちは無事だろうか。
***
アリサの不安は正面ドアを開けた途端、現実のものとなった。病院の外にあった光景は、戦場がピクニックに思えるほどの惨状だった。
「一体なにが……?」
来たばかりのころには美しく舗装されていた歩道は、敷石が割れてゴミ箱がひっくり返っている。脇の車道にはバス、車、バイク、装甲車とあらゆるものが乗り捨てられ、ぶつかりあってひしゃげていた。あたりにはゴミが散乱し、街頭は倒され、至る所で煙と炎が上がっている。
「アリサ!」
背後から懐かしい声が聞こえた。
「コウタさん!」
何度か戦闘したらしくコウタの顔と服は泥や埃で汚れていたものの、疲れた様子もなく比較的元気そうだ。
「無事でよかった。これでも心配したんだからな!」
普段は軽薄なところもあるが、根は情に厚く仲間想いの少年の言葉にアリサも自然と笑顔になる。普段からこのぐらい素直なら可愛いのに。
「他のみんなは?」
「無事だ。ちょっと先のガンショップに難民と一緒に立てこもってる」
実にアメリカらしい避難先だ。神機兵相手にどれだけ銃器が効くかは怪しいところだが、戦って生き延びようという意思があることは悪いことじゃない。
アリサはコウタの後に続いて大通りを避けるようにして、裏路地を抜けながらアパートの一階部分に併設されているガンショップを見つけた。
中に入ると、40人ほどの人々が銃をこちらに向けてきた。
「待ってくれ! ゴッドイーターのコウタだ!」
コウタが降参のポーズをとるが、先頭にいた金髪の女性警官はショットガンの引き金に指をかけたまま質問する。
「後ろの女は?」
「コイツはアリサ。俺と同じ極東支部のゴッドイーターだ」
コウタは神機を見せるようにアリサに目配せする。しばらくの沈黙の後、ようやく納得したように女性警官がショットガンを下すと周囲にいた人々も警戒を解いた。
「極東支部なら信用できるわ」
「それはどういう……」
アリサが尋ねると、女性警官は短く刈り込んだ金髪を書き上げながら、フンと鼻を鳴らした。
「北米支部のゴッドイーターは軍とべったりってこと。自分たちが助かるために、ヘリも医療物資も全部空軍基地で独り占め。少しでも近づこうものなら、マシンガンでアラガミだろうが人だろうがハチの巣よ」
アリサが驚いてコウタを見ると、悲しそうな顔で首を振った。信じがたいが、本当のことらしい。
「これからどうするんですか?」
「――それには俺が答えよう」
突然、背後から声がする。振り向くと、そこにいたのはリンドウの姿だった。少し怪我をしているが、元気そうだ。
「リンドウさん!」
「コウタもアリサも、久しぶりだな。1週間ぶりぐらいか?」
感動の再開を楽しむ間もなく、リンドウは二人の前でさっと地図を広げた。リンドウの話では、1か所だけ脱出できるチャンスのある可能性がある場所に心当たりがあるという。
「どうやら、北米支部は富裕層や専門技術を持つ一部の人間だけを船団で脱出させて、証拠隠滅を図るらしい」
「船はどこから?」
「少し先に、海軍の基地がある」
屋上に出て、リンドウが指さした先には、いくつもの艦影が浮かんでいた。双眼鏡で見ると、たしかに大量の船団が停泊していて、大勢の人間と物資が運び込まれていた。
「アーヴィング支部長はあれが第1陣で、すぐ交代で第2陣が来ると言っているが多分ウソだ」
「どうしてそれが……?」
「聞いたのさ、フェンリル北米支部のお偉いさんにな」
リンドウが肩をすくめるて顎で指した先には、手錠をかけられたグレアム・ウェーバー大佐がいた。彼の顔と名前はアウトローの反乱時にアリサも知っていたので、思わず目を丸くする。
そのすぐ後ろには、粗末な神機のようなものをもった、露出の高い服を着こんだ少女がいた。たしか、コウタが「ヒルデ」と呼んでいたアウトローの少女だ。
アリサはリンドウに向き直った。
「それで、決行はいつですか?」
「今夜だ。早い方がいい」
リンドウが詳細について説明しようとしたその時、夜空が赤く輝いた。
(え……?)
虚を突かれて空の輝きを見上げていると、次の瞬間には巨大なビームが海に浮かぶ駆逐艦を貫いた。大爆発が起こり、吹き飛んだ駆逐艦のパーツが離れているはずのガンショップまで飛んでくる。
「伏せろ!」
物陰に飛び込み、身をかがめて爆風を避ける。一撃で、駆逐艦は大破炎上していた。あの様子では、もう助からないだろう。
「海からの攻撃……でも、どうして?」
「さぁな。ただ、分かった事がひとつだけある」
――残された時間は、そう多くない。
2人は起き上がると、急いで駆け出していた。慌ただしく準備を整え、武装した一団がガンショップから夕方のサンフランシスコの街へと乗り込んでいった。